保健室の「春琴抄」
「こんな時、横センいないなんて、使えねえな」
守屋君が呟く。
保健室には、養護教諭の横田先生も誰もいなかった。
彼がとりあえず、ベッドへと私を横たえた。
私は起き上がり、ベッドに座り直す。
「痛む?」
「うん……」
ズキン、ズキン、と右足首が疼く。
彼は、勝手に棚を物色すると、湿布薬を持ってきた。
「足、見せて」
彼がその湿布を貼ろうとしてくれている。
しかし、私は恥ずかしくて、思わず足をひいてしまった。
素脚を見られるなんて。
それも、守屋君に……
「動くなよ」
しかし、彼はそんな私には構わず、私の右足首に触れた。
瞬間。
ゾクリとした。
彼の冷たい指先を生足で感じる。
ドキドキする……
まるで、あの「春琴抄」の佐助と春琴みたいじゃない……
「ごめんね……。守屋君……」
私は痛みから、いや、彼の一挙一動が胸を打ち、涙が溢れてきた。
「泣くなよ」
彼はいつものように無愛想だったが、私は何より彼の優しさを感じていた。
「まったく。お前は……」
守屋君は私から視線を外した。
「見てらんないんだよ。危なかしくって」
ぼそりと呟く。
次の瞬間。
私を見つめた。
それは、あの冬の夜の時より、さらにもっと微妙な表情だった。
「守屋君……」
その時。
「神崎……!」
誰かが、私の名を叫び、保健室へと駆け込んできた。
「吉原君……」
息せき切って駆け寄ってきたのは、吉原君だった。
「大丈夫か?! 授業がやっと終わったから」
そう言えば、さっき、六限目の授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴ったような気がする。
「吉原」
守屋君が言った。
「こいつが家まで帰るのに、手を貸してやれ」
そう言うと、彼は私に背を向けた。
「……お前が送っていけばいいだろ」
吉原君が噛みつくように言う。
「俺は漕艇部だよ」
そう言い残して、守屋君は保健室を出て行った。
後には私と、悔し気な顔をしている吉原君だけが残された。