009 サテライト・コマンドーズ
■◇■9.01 カーネリアン
「ぶぇっくしゅにゅ! うひょーぃ」
豪快にくしゃみをする<アキヅキ>影の軍師カーネリアン。自分のくしゃみにケラケラと笑うところはさすがに女子中学生らしさが漂う。
「あ、失礼しました。姫様のお食事中に」
「ちょうど食べ終わりよ。あ、ひょっとして<ハギナガト>の方たちが噂をしているのかもしれませんわ。そうだわ、食後のデザートのかわりにそのお話をしてくださらない?」
<アキヅキ>の現当主エレオノーラの微笑みの前には、いかに同性の天才軍師といえども逆らう術をもたない。
「参ったなあ。そういうのは、ウサギ耳のにゃあ君の役目なんだけどなー」
ティーポットで琥珀色の茶を姫のカップに注ぎ入れてから、カーネリアンも席についた。
「まず、この連続反乱事件はある人によって企図されたものです」
「<Q―A>ね」
今は下野しているが<アキヅキ>の元重臣にも檄文が届けられたので、エレオノーラも内容は知っている。
その送り主はインティクスであったという報告を桜童子から受けている。
「彼女が目をつけたのは、強硬派の征イースタル論者。そういう人は現状に不満がある人ばっかだから、ちょっとつついただけで大爆発。ここで功をあげれば、東伐の際には新恩給与もユメじゃないなんて思い込んで反乱の首謀者に平気でなっちゃう」
「うちも対岸の火事では済まないところでしたね。で、<ハギナガト>はどうつついたのですか。何もしなくて無事鎮圧なんてことはないのでしょう?」
カーネリアンはメガネを光らせた後、ポケットに両手を突っ込んだ。
「もーろーバーレーのしょじょーぅ!」
正確には、<窃視巻紙>という比較的容易に手に入るアイテムである。
既読状態であっても勝手に未読状態に復元するので、日常書簡としては大変な瑕疵のあるアイテムだ。
そこに違った価値を見出すのが、カーネリアンの力と言えるだろう。
「これに意味深なことを書いて渡すとね、勝手に元に戻っちゃうから内容が印象に残ってしまうの。パッと読んで破り捨てたって同じ。やっぱり内容が頭に焼き付いちゃう。この手紙を受け取って中味を読んだらアウト。読まないって選択肢を選ばない限り、必ず内容に振り回される。でも、封をされたものほど開けたくなる。それこそ人間心理ってもんです」
ホウスウの選んだ「凶」という言葉から逃げ出すように、マエヴァーラは兵を起こした。
見事作戦通り動かせたのである。
「でも、よく<ホーンナイル>に来るよう仕向けられましたね」
「銀行強盗を起こそうとしてたら、その銀行の支店長からポンポンと肩叩かれて『いやあ、銀行強盗なんてするものじゃないね』と世間話してきたら、きっとその銀行は止めとこうって思うじゃないですかー。それと同じ、みたいな」
「ん、ん、んー。分からない概念がいくつかありましたが、第一の標的から別の標的に変えさせるための手が何かあったということかしら?」
エレオノーラは優雅に茶を口に運びながら、カーネリアンの言葉を噛み砕いて考える。
「インティクスが<ウエストランデ>の損になるようなことはさせないだろうからねー。そもそもの標的は<ホーンナイル>だったんだと思いますよ。ナカルナードから書状が渡せれば、その確率はかなり高くなる。マエヴァーラに渡してナカルナードはすっきり。マエヴァーラは<クォーレ>の正反対に目を向ける。あとは、その日のうちに兵を出すか否か。決して低くはないと思ってたけど、バックアップ案が全く必要ないくらいこっちの思い通りでしたねー」
身ぶりをつけて語るカーネリアンに、ポンと自らの両手を叩いて讃えるエレオノーラ。
「ふふ、思い通りに人を動かすだなんて。さすが、<詐欺師>」
「やな言い方ですー。メンタリストと呼んでほしいですー」
「これは褒め言葉。だって、貴女のその力がなければ、リチュア=クオーツは父上から譲り受けた<アキヅキ>の街を失うばかりか、命さえも無くしていたのかもしれないのですから」
カーネリアンは唇の前に人差し指を立てる。
「『壁にシロアリ、時どきヒアリ』です」
これだけ巧みに人を操りながらも、単純なことわざさえよく知らないのがカーネリアンである。
「あら。先日は、『壁にシロアリ、陽気なメアリー』って言ってませんでしたか?」
「あれ? んー。ジョージとメアリーの家がシロアリだらけだった気がする」
「ジョージとメアリー?」
「『壁にシロアリ、ジョージにメアリー。ヒアリがいても、陽気なメアリー』が正解です。多分。とにかく、油断大敵なのです」
「二人きりだから甘えてしまいましたわ。ごめんなさい、私の可愛い<詐欺師>さん」
「もうっ」
明るく話しているが、家の存亡に関わる重大な秘匿事項である。
カーネリアンは照れながらもぷーっとむくれる。
リチュアの名を捨て、エレオノーラとして実を取った現当主は静かに質す。
「これで、反乱事件は終わりになるのかしら」
カーネリアンは頬の空気を抜いた後、唇を尖らせた。
そして、静かに予言する。
「いいえ。きっと、あとひとつ」
■◇■9.02 バジルとイクス
「うにゃはー! 懐かしい香りの空気だにゃー!」
<剣牙虎>の背にゆられながら、イクスは青空に向かって言った。
「ここんとこ、天気が悪かったからにゃー、気持ちいい空だにゃー!」
イクスにほとんど無理やり連れてこられたバジルも空を見上げた。
「空じゃ空腹は満たせねーぜ、イクスちゃんよう!」
八つ当たりに愚痴られても、旅の道連れがいるというのはいいものだ。
まず、二人と一頭は<アキヅキ>から<白灰街道>を南下し、バジルが<大災害>当時に楽器作りをしていた小屋へと向かった。
<エイスオ>よりも山側にあったためか、<醜豚鬼>の襲撃に遭ったらしく、ほとんどなにも残っていなかった。
ディルウィードたちも南下してしばらく<エイスオ>に滞在するというので、イクスたちはほとんど休息を挟まず<ヒュウガ>を目指すことにした。
バジルはイクスの「峠にうまい食べ物屋がある」という言葉に口車に乗ったのだが、そのような店はどこにもなかった。イクスがここを通ったのは<大災害>以前である。イクスにはだますつもりなどなかったが、バジルの小屋同様、すっかり様変わりしてしまっていた。
しかし、ある程度進んでそれ以前の問題であることに気付く。
<ヒトヨシ>、<ミヤコンジョ>と進んで<デイサザン>に入るつもりだったが、なんと、<ハイザントイアー>へ向かっていたのである。南に行くはずが真東に進んだくらいの間違いである。
丸三日かけてようやく<ヒュウガ>の玄関口、<ハユマ>にたどり着いた。
「って、ここ来るなら<ビグミニッツ>から南下すりゃ、二日でこられたじゃねえか。ろくに飯も食ってねえしよぅ! 早く飯だ、飯!」
文化の到達が遅れに遅れた東側であったが、一年経った今、ホンの数軒だが美味い飯屋もできている。
「うおおおおお! おい親父ー! なんでチキ南ねぇんだよ!」
「腐れバジルもいつまでも騒いでないでイクスといっしょの焼き鮎冷汁定食にするにゃ! ではお先にいただきますにゃ」
「ここまで来たらチキ南食えると思ってオレぁ頑張って来たんだぜぇ! チキ南をよぉ」
「チキチキ言ってないで早く食べるにゃ! 口開けるにゃ!」
木の匙にキュウリと魚のほぐし身をたっぷり乗せ、バジルの口に押し込むイクス。
「むぐぉっ! ぬうう、んんんっまああああああい!!」
バジルは木の椅子をバタンと倒しながら叫ぶ。
「うめえええ! なんてうめぇもん作りやがったんだ親父ぃ!」
口に飯を詰め込まれてもうるさい男だ。
店の奥からエプロン姿の黒髪のおっとりとした女性が出てくる。
「あんたたちねえ」
「うにゃにゃ、バカバジル! 騒ぎすぎだにゃ! 怒られるにゃ!」
「親父オヤジ言ってるけど、作ってんのはあたしだからな! 中身はおやじだけど!」
「え、それは、微妙にすんません」
バジルは反応に困りながらも頭を下げる。
店の主人は「いいってことよー」と言いながら、隣の席の椅子を引き寄せてドンと座る。どうやら暇過ぎて話し相手が欲しいようだ。
「そういやあこの店、とんでもなくうめえもん出す割に、客がいねえな」
「ほんとにゃ。開店休業にゃ」
「あんたたち、旅の人だろ? どっから来た」
「オレ様たちは、<サンライスフィルド>の出でよう。<エイスオ>のあたりから迷い込んでここに出ちまった」
「ハン、やっぱりな。<サンライスフィルド>がどこだかぁ知らねえが、現在大きな街道は封鎖されちまってんだ。<ハヤト>の玄関口ってのがここの謳い文句なのに。道が封鎖されてっからここにくる客もよっぽどのやつしか来ねえ。お前さん方みたいな迷子とかな」
「それで、商売やっていけるにゃか」
「おかげ様っていうか余計なお世話っていうか、なんとかな。夕方にはこのあたりの<大地人>もやってくるさ。金に困りゃあ、そこいらでモンスター狩りゃいいし。ま、どうにでもなる」
主人は顔に似合わぬ口調なので調子が狂う。声だけはしっとりとした女性の声だ。バジルはどう接していいかよくわからず、イクスに会話を任せることにした。
「なんで道が封鎖されてるにゃか?」
「ああ、そうか。山越えで来たなら知らねえわな。ここいら一体を仕切っている領主様は九商家の巫女イトウ=ヨーコ様だ。ヨーコ様は簡単に言えば鎖国政策をとることにしたのよ」
「商売で成り立ってるのににゃか?」
「商売つっても、ここは陸路で売るにゃあ不便なところ。それならいっそ陸路の交易絶って自国でつくったものを船でよそに売りつけてやるって考えたほうが無難だろ」
「無難かどうかはわからないにゃけど。にゃああ! バカバジルが、イクスの焼き鮎冷汁定食食べつくそうとしているにゃー! 返すにゃ、この、この!」
「うわ、バカ。おめーは喋ってりゃいいんだよ!」
ひとつの木の匙に乗せられた具を、顔を寄せ合って奪い合おうとするイクスとバジル。
「はっはっは。そんなにうまかったなら、すぐ作ってやるよ。冷汁定食は味と早さが売りだ。チキ南は仕込んでいないから一晩泊まっていくなら出せるけどな」
「おおー! 泊まる泊まる! やったぜ、イクス。いい店に来たなあ」
翌朝、バジルとイクスは捕縛されて、とある屋敷の庭に連れられていた。
「って、前言撤回だ、ゴルァアアアア!」
叫ぶバジルの前に店の主人が現れて艶めかしく指だけで手を振ってみせた。
「言ったじゃない。鎖国してるんだって。余所者捕まえたら褒美が出るの」
鎧の男が店の主人に何かの袋を渡す。本当に小遣い程度の褒美らしい。
「ありがたくちょうだいいたしますー。悪く思わないでね、あんたたち」
悪ふざけで投げキッスまでよこすものだから、バジルもついに我慢の限界が来たらしい。
「こんのやろぁああああ!」
「やめるにゃ、バジル! 力任せに切れるような縄じゃないにゃー!」
イクスの心配もどこ吹く風でバジルはすっと立ち上がる。バジルを捕らえた縄ははらりと解けた。
「ど、どうやったにゃ!」
「こちとら指先の器用さ極限まで高めてんだ! 腐っても解散しても【工房ハナノナ】の腕利き楽器職人バジル様なんだよ!」
「やはり腐ってたにゃか!」
鎧の男が刺又を突き出すのをナイフを当てて躱す。
「バカ言ってねえで、山丹呼んで立て! イクス!」
「言われなくても」
塀を飛び越えて庭に現れた<剣牙虎>山丹が、イクスを口で放り上げ背中に乗せる。イクスは銀の尾を伸ばし、縛っている縄を断ち切る。
鎧の男の首にナイフを突き立てるバジル。屋敷から他の兵がとびだしてくるのをはねとばす山丹。地面に腹這いになった兵士の背中に舞い降りるイクス。
「そこまでにしてもらおうか!」
弓矢の兵士がずらっと並び、バジルと山丹とイクスを取り囲む。
「誰だ、てめ・・・」
「何者にゃかー! イクスたちをどうするつもりにゃかー!」
「おまっ! オレ様の台詞を奪うんじゃねー!」
現れた小男が弓矢隊に命じる。
「待て」
弓矢隊が矢じりを下に下げる。
「てめ・・・・」
バジルが首元を押さえていた兵士から手を離し、ずかずかと近寄ろうとした。
「構え!」
一斉に弓矢の照準が合う。
「なぁー! なぁー! ちょっと待て! 待て待て待て! 早まるんじゃねえよ。なあ! お前ぇ何者なんだってよー」
「貴様らこそ名を名乗れ!」
叫ぶ小男の白い髭と着る物は立派だった。
「いいか、落ち着いてよく聞けよ、オレ様の名はバ・・・」
「小物の名など覚えぬわー!」
「えええ。聞いたんだからちゃんと名乗らせろよー」
「ワシの名はウリューノ! <トゥッティモッティ>家宰相じゃ! ワシの領に勝手に入った貴様らの運の尽きよ。観念せい」
「聞く耳ねえな!」
「ただ<トゥッティモッティ>の男は慈悲深い。ワシの話を聞くならば、命は許してやらんでもない」
「えらい人にゃか?」
「やめろ、イクス。聞いてねえよ、こいつは」
「そうじゃ、ワシはえらい人! ちゃんと命乞いして話を聞くなら助けてやるぞ」
「聞く気あるのかよ!」
「・・・・・・」
「なんで無言なんだよ!」
「早く並んで命乞いをせい!」
「自分の言いてえことだけ喋りやがってよう」
バジルもイクスも大人しく元の位置に戻って座る。山丹も大人しくイクスの横に座る。
ウリューノは何やら話がしたいようだ。弓矢隊を下げてバジルたちの前に腰掛けを持ってこさせた。
「<剣牙虎>はうちの巫女様のトレードマークだ。貴様なぜ<剣牙虎>が使える」
ウリューノはイクスに興味があるようだ。
「イクスも<ヒュウガ>生まれにゃよー」
「関係あるのかよ」
バジルは狼顔の眉あたりをひそめる。
「あるじゃろうなー。この地では時折こうした異能の子が生まれることがある」
「あるのかよ!」
「そこで相談じゃ。貴様、ワシの部下にならぬか」
「なってどうすんだよ」
「貴様じゃないわ! この腐れオオカミ! ワシはこの娘に話しておるのじゃ」
「人をアンデッドみたいに言うんじゃねえ!」
「<剣牙虎>遣いは姫巫女の象徴。ワシの下につけば悪いようにはせん」
「具体的に話せー。具体的に」
「貴様に話しとらんと言うておろうが!」
そこでウリューノは一呼吸おいてから言った。とっておきの脅しを使うと言いたげだ。
「内容を聞いてからでは断ることは許さん。断れば生きて帰さん。死ぬよりつらい目に合わせてやるぞ」
「なら今帰れば返してくれるにゃね。行こう、バジル」
「待たんか! 座れ! 座らねば、撃つ!」
「やっぱりこっちの話聞く気ねえんじゃねか」
話を聞く気はないが、話をする気はあるようだ。
「いいか。この<ヒュウガ>一帯は<イトウ>家の治めるところである。<トゥッティモッティ>は<イトウ>と非常に近しい一族。元々は我々の祖先が<クインテリブル>から押し寄せる悪鬼どもと闘いながら切り開いて住んでおったところに、ジャクシーンという<法儀族>の男がやってきて<イトウ>家を興したのが始まり。ワシらは<ドワーフ>だが、次第に血縁関係も結ぶようになっていった。ワシらがいなければ、<イトウ>家の繁栄もない。そうじゃろう?」
「そうじゃろうといわれてもなあ。おっさんどのくらい昔の話をしてるんだ」
「おっさんじゃないわ、バカもんが! この腐敗オオカミ! 三百年ほど前じゃ、たったな!」
たった三百年前と言われてもわからないが、人間なら十世代ほど前の話になるのだが、ドワーフにしてみればそれほど前でもないのかもしれない。
「で、なんなのにゃ。イクスに何しろっていうにゃか?」
「お主、<ヒュウガ>の姫巫女になってみぬか?」
バジルとイクスはそろって無理無理無理と顔の前で手を横に振った。
「柄じゃねーだろ! おっさん!」
「イクス、自分でいうのもなんにゃけど姫様とかには向かないにゃ」
宰相ウリューノは腕を組んでにらんだ。
「笑い話ではない!」
「は、はい」
「でも、急な話で面食らったにゃ」
「お主、<大地人>にしてその武勇を抱き、<剣牙虎>を操る異能を持つ。これを才能といわずして何という」
バジルとイクスは目を合わせた。
「いや、あのよう。おっさん、こいつはな」
「残念ながら今は<冒険者>にゃ」
「な、そ、そうなのか。今はというのはどういうことだ」
「簡単に言うと生まれ変わったにゃ」
ウリューノは値踏みするように、イクスの周りを回る。
「いや、どうみても<冒険者>とはわからぬわ」
バジルはイクスに尋ねる。
「<大地人>から見て<冒険者>ってなんか違うの?」
「なんとなーく、違う気がする、くらいにゃ。<冒険者>になってわかったにゃけど、<冒険者>から<大地人>を見た時もほぼ一緒にゃ」
「じゃあ、なんかこだわってんのはこのおっさんの気の持ちようってことか」
「うるさい、貴様ら<冒険者>には一生ワシらの気持ちは分からぬわ」
「いや、そもそも話の流れすら分からねーぜ、おっさんよう」
ウリューノはようやく腰を下ろす。
「<イトウ>家は、今、改革を必要としておる。そもそもの問題は彼ら一族が<法儀族>であることなのだ」
「どういうことにゃ」
「<法儀族>は、<イコマ>に呼び寄せられて何らかの大きな取り組みがなされておるらしいのじゃ。だが、ヨーコ様はそれを勘ぐって『<法儀族>に対する非人道的行為がなされている。打倒、<ウエストランデ>』などと恐ろしいことを言いおる。そもそも<イトウ>家は、<ウエストランデ>のナインテイル伯爵の血を引くもの。子が親に弓を引くようなものであろう」
ウリューノは静かに怒りを燃やした。
「姫様の暴走を止めねば<ヒュウガ>に明日はない!」
バジルはウリューノの話を冷静に聞いていた。九州人だからその感覚は少しだけわかる。中央の言うことになんとなく逆らえないような劣等感があるのだ。
「どうやって止めるってんだ。おっさんが物申せば何とかなるのか。その、ヨーコさんって姫様によう」
「部下になるというなら聞かせてやるわ」
ウリューノは片目を大きく見開き、舌を突き出した。
そして、何度も丸めてボロボロになった書状を見せる。
それは、<Q―A>の檄文。
「クーデターを起こすのさ」
■◇■9.03 食事処キタガワ
「親父ぃ! 約束通りチキ南食いに来たぜ」
入り口のドアを開けるとバジルは威勢よく言った。
「あんたたち! よく、無事、で」
相変わらずおっとりとした表情で店主は言ったが、本当は腰を抜かすほど驚いたようである。
よろめいて席に腰を下ろした。
「イクスは焼き鮎冷汁定食にもち豚カツにゃー!」
「チキン南蛮は準備が」
「なんでねえんだよー! 一晩泊まってったじゃねえかー!」
「なんで、無事で」
バジルは椅子を引き出して、ドンと腰を下ろす。
「そりゃあよう、ウリューノは解任されちまったからな」
「な、なんで」
「そりゃあ、オレ様たちが姫様のところにウリューノを突き出したからな」
「早さと味が売りの焼き鮎冷汁定食早く出すにゃ!」
「は、ハイ。ただいま!」
「二つな! チキ南ねえなら二つな!」
「もち豚カツもお忘れなくにゃー!」
しばらくして店の主人が自ら品を運んできた。
「で、でも、ウリューノ様は兵を率いて<陽光城>に向かったって噂だったはず。それが、なんで」
「決まってんじゃねえか」
バジルとイクスは不敵に笑う。
「ふん縛って引き立てていくより、自分で歩かせた方が楽だろ」
「解散しても、イクスたちはやっぱり【工房ハナノナ】にゃ。あんなおっちゃんの部下になるのも、姫巫女になるのもまっぴらごめんにゃ!」
「それでも百人以上の兵がいたはず、それをどうやって」
そういえば、心なしか二人の裾や袖が破れている気がする。
「戦いの後は腹が減るんだよ。あと、寝床も用意してくれ、親父ぃ! もう、寝込みをふん縛るのはなしだからな」
「ウリューノが勝手にやった街道封鎖も解くらしいにゃから、これからここも忙しくなるにゃよ。いただきます!」
店先では、山丹が特産の果物を美味しそうに食んでいる。