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008 踊る導火線

■◇■8.01 ナカルナード


ナカルナード交代行列。

<クオーレ>から<ナカス>に向けて、派手なパレードが行われた。

権帥であったクオンがいつの間にか<ウエストランデ>に戻っていたことから、<ナインテイル>に対する権威回復のためにもこの行列は豪勢に行われる必要があったらしい。


「おうおう、<ランダー>どももよく集まっとるようじゃあないか。せいぜい噂せい。ワシゃ左遷されたんやないぞってな」


ナカルナードがぼやくと、周りに集められた華やかな女性騎馬武者たちがくすくすと笑う。


「脇に避けませーい、避けませーい!」


先頭の露払いの声がする。見物人たちが馬に跳ねられないよう警告する役目だ。やがて歩みが止まった。なかなか見物人が道を開けないようだ。


「まったく、さっさと避けんかい。ちょいと、お嬢ちゃん。様子見てきてもらえるか」


騎馬武者の一人に前の様子を見てこさせる。すぐ戻ってきた。


「なんや、<ランダー>じゃあないんかい、道を塞いどるんは。<冒険者>のジジイだって? 全く酔狂なやつだ」


ナカルナードが馬を降りると観衆がざわめく。ナカルナードは好きでこんな行列をやっているわけではない。だが、邪魔するとあらばパンチの一発くらいお見舞いするのが道理だろう。

そう思って先頭まで行けば、そこにいたのは、なぐるのも不憫になるような年寄りだった。中華サーバーから抜け出してきたかのような仙人じみた老人だ。


「おいおいおい。あんたホウスウっていうのか。どこの雑魚かは知らんが、命知らずもいいところだなあ」

ナカルナードが言うと、老人は出し抜けに笑う。

そして言う。


「虚を致すこと極まり、静を守ること篤し。常を知るを明という。常を知らざれば、妄りに作して凶なり」


「ああん? なんだって?」

「ひょひょ。これは伝言ゲームなのですぞ。ナカルナード様。何やら不吉に聞こえたやも知れませんが、これは単に警句なのです。そこでお願いなのです。この警句を必要とする者に伝言していただきたいのじゃ」


「意味がわからん」

どうやら直訴に来たわけではなさそうだ。


「軽挙妄動することなく、天下人は大所高所より物事を見つめ虚心をもってふるまうべし。というところですかな。書にしたためましたゆえどうぞお受け取りを」


そう言って書状を出す。

やっぱり直訴じゃねえか―――。


受け取った紙を見ると、そこそこ質の良い紙と高級な墨を使っているように見える。最早<魔法術具(マジックアイテム)>と言えるレベルの品だ。


中には先ほどの警句とやらが書いてある。


「こういうもんは、一昔前に流行ったチェーンメールとか『不幸の手紙』と一緒だろ」


読んだら期日中に何人かに読ませなければ不幸になるという手紙、それが『不幸の手紙』だ。その対処は、書かれた中身を鵜呑みにせず、自らの手で負の連鎖を止めること。


ナカルナードが書状を一息に破ろうとすると、ホウスウという男が枯れ枝のような手を突き出してそれを制する。


「妄りになせばすなわち凶!」


「んだと?」

「軽んじて破ろうとすれば、凶はそこに留まります。むしろこれは幸運の手紙。この警句を必要とする者に届けませい。さすればそのものこそ幸せをうることができるのです」


「気は済んだか、ジジイ。行列の邪魔だ。ぶん殴られる前にさっさと去ね」

「ひょひょ。ご無礼お許しを」


老人はそれだけ言い残すと、見物客の中に姿を消した。

ナカルナードが書状をくるくると巻くと、書状を封じる紐が勝手に巻きつき、墨引きの線まで元通りになって結いあがった。

「気味悪いな、コイツは」


破らなくてよかったとナカルナードは考え直して、腰の<魔法鞄>に書状を放った。


■◇■8.02 イッセー家


パンナイル公が逗留する<ホーンナイル>は、<フククジラの町ペンギノ>にある。


地球世界で言えば、山口県下関市にある角島である。


 山口県を便宜上四つのエリアに分けて紹介するならば、一つは本州最西端の下関・宇部エリア。山陰側の萩・長門エリア。広島に接する県南、岩国・周南エリア。そして、その三つのエリアをつなぐ県央、山口・周防エリアということになるだろう。


下関・宇部エリアつまり<ペンギノ>と山陰エリア<ハギナガト>の境に、美しい海に向けて長い長い橋が架かる。その先にあるのが角島、<ホーンナイル>である。



さて次は、この地の勢力について語ろう。

<ナインテイル伯爵>の家臣二十四士家のうち、娘クズハと姻戚関係を結んだものたちが<九商家>の元となった十二家であることは以前にも述べた。

この地を領する<九商家>はいない。二十四士家のうち三家が領する。


 というのも、このあたりは<ナインテイル伯爵>が直轄していたが、その死後、側近であったものたちに分けられることになったためだ。


 <九商家>も商用で訪れるもののあまり影響はない。あるといえば定期的に他サーバーからの船がやって来る<御転婆の扇オンテンパール・デ・ジーマ>をもつ<ラレンド家>が、以前は<ペンギノ>でよく活動していたというくらいである。


二十四士家のうち、<ナインテイル伯爵>と姻戚関係を結ぶことのなかったもので、特に優れたものを六傑と呼ぶことがある。<イッセー家><キッド家><コード家>が中でも有名である。


特にこの地を語る上で重要なのが<イッセー家>だ。


 <イッセー家>は県央<スオウ>を本拠にしているが、<山隠れの聖堂>を中心に<ハギナガト>にも勢力を伸ばしていた。


貴族というものは働かない。働かなくても富を手にできる。

働かないかわりに無償で民のために尽くす。

これが貴族のあり方である。


腐敗した貴族になると、領民を虐げ搾取に精を出すのだが、現当主マエヴァーラは人徳のイッセーと呼ばれたほどの貴族で、まさに無償で民のために尽くしてきた。


街道整備に<人喰鬼>対策。難民救済に療養所の設置。

ただし、マエヴァーラは強硬派征イースタル論者であり、思想は過激だ。為政者にありがちな二面性である。


彼の過激な一面と、そして南征将軍ナカルナードが<サンルーフ山地>の南に陣を敷いていたことは無関係ではない。将軍はいわば防波堤のようなものだ。


マエヴァーラにとってナカルナードは、言わば目の上のたんこぶであるが、<イッセー家>としてナカルナードの交代行列は歓迎せざるを得ない。


「クオーレからお疲れでありましたな」

「どうってことねえさ。それにしても、こんなにしてもらって悪いな。酒と肴まで出してもらってよう」


<イッセー家>でナカルナードに晩飯(サパー)を振る舞おうと考えたが、一行全員でバーベキューがいいというので、急遽庭先を貸すことになったのだ。


「やれるもんなんて何もないが。ああ、そうだ。見知らぬじいさんからこんなもんもらったんだった。何やらありがたい言葉が書いてあるらしいぜ」


ナカルナードは腰の鞄から書状を取り出し、マエヴァーラに手渡した。


行列が去ったのを見届けてから、マエヴァーラは書状を開けた。


「妄りになせば凶だと!? 妄りになせば凶だと!?」

マエヴァーラは二度叫んだという。そして書状を破り捨てた。


「おのれ、我らの力思い知らせてやろうぞ!」

そう言って振り上げた拳には、インティクスの檄文が握られていたというのが専らの噂だが、真偽のほどは確かではない。


マエヴァーラは、すぐに家臣たちを集め軍議を開いた。

そして、ある決断を下す。


その日の夜更け。

マエヴァーラは<聖堂>から挙兵した。



ただし、<ウェストランデ>に向けてではなく、<ホーンナイル>に向けてであった。



松明の明かりと魔法灯の明かりが山中を抜ける。この兵の中に<大地人>と<冒険者>が混じっている証でもある。

山地を抜けると明かりが消された。

低く垂れこめた雲の下、静かに鎧と蹄の音だけが辺りに響く。


やがて、<ホーンナイル>の長い長い橋のたもとにたどりつくと、二頭の軍馬が進撃を開始した。



■◇■8.03 スプリガンZ


現代日本人である<冒険者>にとって、「戦争」というより「武力衝突」という方がわかりやすいに違いない。

なぜなら、時の政治家がわざわざ言い換えて用いるのだから。


というのは、皮肉屋の冗談だが、「戦争」も「武力衝突」も本質的には血が流れるという点で変わらない。


ことセルデシアにおいては、流れた血さえ泡と化すものだから、「戦争」も「武力衝突」も「レイド」ですらも区別が消えかける。


しかし、それは<冒険者>からの観点である。


<大地人>からすれば、「戦争」は本領安堵のために生命を賭けた闘いであり、「武力衝突」は意志を貫くためのせめぎあいであり、「レイド」は他種族から暮らしを守るための困難な労働である。


つまり、<冒険者>からすると「己のHPとMPを大量消費して、相手のHPを奪う」という行為に、<大地人>は生命を賭けるだけの意義と目的が必要となる。


だがそれは生命を賭けるにふさわしい大義名分でありさえすればよい。


<ホーンナイル>侵攻に用いた大義名分は、橋のたもとの立札に斬奸状として貼り付けられた。


「<リーフトゥルク>家は、<ナカス>からの難民に粗悪な品を高値で売りつけ暴利を貪る悪辣な商人である。よって、<イッセー>家が天地に代わり罪人を罰する」



<ホーンナイル>に架かる橋は非常に長い。途中にある<ポッポ島>を迂回するように架けられているので、橋のたもとから本島は見えない。


二頭の軍馬が<ホーンナイル>に上陸したら、本隊を突入させるため合図が上がるはずであったが、その合図はまだ上がらない。


盗難などを防ぐために馬が越えられないような柵でも設けているのかもしれないとマエヴァーラは考えたのだろう。次鋒として槍部隊を投入した。


だが、軍馬乗りたちが合図をあげられなかったのは、柵のせいではなかった。


二頭の軍馬が、<南国白熊>と<白魔狂狼>によって阻まれていた。


「そうこなくっちゃ! うちのモフモフちゃんたちも、寝ないで待ってたんだからねー!」

そう叫んだのは、<ホーンナイル>に身を寄せた<八体姫>の櫻華である。


馬が熊と頭を突き合わせて力比べをしている光景は奇妙であるが、双方の力が拮抗していれば起こりうる。


高レベル<冒険者>である櫻華の従者と力が拮抗しているのだから、恐ろしい力をもった軍馬とその使い手であるといえるだろう。


ただ、<軍馬使い>としての職業レベルは高いかも知れないが、身体能力はそれほど高くない<大地人>騎手たちは、ロープを持って現れた<風神>スズノシンによってあっけなくなぎ倒された。



次鋒として送り込まれた<守護戦士>五人は、<僧形の夢先案内人>オヒョウと<本草百識娘>ユエの二人によって、こちらもあっけなく捕えられた。


「折角、橋いっぱいに蔦を張り巡らせていたのに、半分も使いませんでしたねえ」

ぼやくユエをなだめるオヒョウ。

「まあまあ、ゆえさん。出番がないのは平和の証。それに、蔦の覆う橋がエメラルドに輝く海に延びる様は、天国に架かる階段を眺めるかのようで良き♪」


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどね、オヒョウさん。作戦と配置をくじ引きで決めるってのは、さすがに雑すぎすぎると思うんだなー」

「カッカッカッ。たしかに予想より寡兵で助かりました。向こうさんも、警戒しながら慎重に兵を出しているのでしょうなあ。平身低頭」

櫻華、スズノシン、オヒョウ、ユエの四人で、捕らえた七人と二頭の軍馬を一箇所に集めて縛り上げる。


「俺たちの出番がもう終わりなんて、背中を風が吹き抜けるようだぜぇ」

スズノシンがぼやく。

「本隊の方はもっと大変だろうけど大丈夫かなあ。彼らに任せといて」

櫻華は案ずる。それに対してユエがメガネをくいっと持ち上げて答える。


「スプさんだったら大丈夫だよー。なんてったって地上最強の戦闘術があるからね」


オヒョウはスプリガンZのいる辺りに向けて合掌した。


スプリガンは敵の本陣に向けて橋の上を歩いている。

<冒険者>だから月明かりのない闇の中でも夜目が効くのだが、松明をあかあかと燃やして近付きつつある。

これでは待ち構える弓隊の格好のえじきだ。


そんなことを気にする様子もなく、スプリガンは呟く。


「相手に不利な一手を強制する技を、チェスの言葉で<ツークツヴァンク>と呼ぶ」


スプリガンの呟きを、発射命令がかき消す。

「放てー!」


第一の矢は放物線を描いて放たれる。

スプリガンは加速した。放物線の頂点の下に入れば矢は当たらない。


弓隊が第二の矢をつがえようと腰に手を伸ばした瞬間、スプリガンは松明を上に放る。

第二射は水平に放つつもりでも、目は自然と明るいものを追ってしまう。そして、矢よりも早く突進するスプリガンの姿を見失う。

次に知覚できるのは、腹部に激しい掌打を喰らったことによる息苦しさと、後方に吹き飛ばされて天地を見失う感覚だけである。


投げ上げた松明が落ちる前に、前列の弓隊が全滅した。

後列はこのような場合を想定していたのだろう。咄嗟にダガーに持ち替えるが、頭に強い衝撃を感じて地面に倒れることとなる。


「弓を引く手が右ならば、ダガーは左手で持つべきでした。死角に対応できなくなりますよ」


稽古でもつけているかのように、スプリガンは倒れた弓隊に声をかける。


「どけい、雑魚どもぅ! ここは俺たち金熊・星熊に任せてもらおうか! おい、ヒョロロン毛! まさか、二人がかりで卑怯だとか言わんよなあァア!!」


鎧の兵を押しのけ、一際でかい<冒険者>がスプリガンの前に立ちはだかった。


「言いませんよ。コンビネーションプレーは嫌いじゃない」

スプリガンは手招きでタウンティングする。


「そう言えば、<イワミ>のダンジョンのレコードホルダーが、何とか熊って言いましたよね」


山陰の猛獣と呼ばれたギルドがあったことをスプリガンは思い出していた。となると、今までの大地人兵士とはレベルも経験も違う。

「それがァア俺たちクマァアアアアア!!」


星熊が猛烈な勢いで(まさかり)を振り下ろし、スプリガンを真っ二つに裂いたように見えた。


「無拍子からの打突を<瞬華>と呼ぶ」


鉞の頭が宙に舞っている。


振り下ろされたのは、鉞の柄ばかりで、切り裂かれたように見えたのはスプリガンの残像だった。


スプリガンは鉞が振り下ろされた瞬間に前進し、柄に掌底で<ライトニングストレート>を放っていた。

「射程外からの打撃を可能にする踏み込み、これを<閃華>と呼ぶ」


同時に星熊の鳩尾に、左肘で<タイガーエコーフィスト>を喰らわせていた。

星熊が膝から崩れ落ちる。

「<瞬華><閃華>を合わせる。即ち是<無影拳>なり!」


星熊の背を踏み台に、金熊が飛んだ。斬馬刀のように長大な剣を、スプリガンの死角から叩き込む。


「言ったじゃないですか。『コンビネーションプレーは嫌いじゃない』って」


背後に味方を隠していたのは金熊・星熊だけではない。


激しい銃声とともに金熊が虹色の泡と化す。

「自ら射線に飛び込んだんだよ、てめぇは。この<モウ・ソーヤの黄金魔銃>の射線によう」


スプリガンが松明を持っていたところから、<魔弾の射手>妄想屋みずっちを忍ばせる作戦ははじまっていたのだ。


背を向けて立ち上がったスプリガンは、静かに講義を続ける。


「連携により相手に不利な一手を強制する戦術。即ち是<ツークツヴァンク・タクティクス>なり」



戦場は蜂の巣をつついたかのような大混乱となった。わずかな時間に弓隊と、切り札である金熊・星熊が倒されたのだ。兵たちは退却命令もないままに全力で逃げ出した。

マエヴァーラにそれを止める手などなく、自身も馬の向きを変え、必死に逃亡を図る。


マエヴァーラは馬の背で反芻する。

一体何が起きた―――!?

騎馬隊と槍部隊はどこに消えた?

なぜ奇襲が失敗したのだ?

誰か情報をもらしたのか?

有り得ない!


そこでマエヴァーラの思考は止まった。信じられない落馬の仕方をしたのだ。

恐ろしい勢いで駆ける馬の前に飛び出した男がいた。それでもマエヴァーラは男を轢く気で突っ込んだ。


現れた男は、なんと走る馬にラリアットを食らわせた。


馬の驚きは半端なかったに違いない。走って来た勢いのまま、もんどり打って逆さまに転倒した。投げ出されたマエヴァーラは地面に叩きつけられて気絶した。


片手装備の鬼神(ワンハンドゴッド)>の名で<ナカス>を震撼させたサタケでなければ、腕が逆にちぎれ飛んだであろう。


「ホッホッホ、無茶をなさる」

サタケの横に老人が現れた。

「俺は馬一頭ですけど、あなたは行列を止めたそうじゃないですか。ホウスウ先生」


「なあに、ワシはシナリオに従っただけじゃ。お前さん方の背後にはよほどの策士がおるようじゃのう」


こうして<ハギナガトの乱>も人知れず終わった。

ただ、翌朝、はぎ忘れた斬奸状を読んだ者だけが、何らかの争いがあったのだろうと噂しあうだけであった。



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