005 ナイトフォーク
■◇■5.01 ディルウィードとアリサネ
<オウーラ>から一旦北上し<ホーンナイル>に寄った【工房ハナノナ】の所有する船<la flora>は、<ドーン内海>のドックに帰港した。
明け方ではあったが、港ではネコアオイからの使いが龍眼たちを出迎えた。
「牛だと?」
「ハイ、牛ですにゃあ」
使いの<猫人族>が出迎えの言葉の後に、奇妙なことを言ったのだ。「お疲れのところではありますが、牛集めしてくれにゃと、姫巫女様からのご伝言なのですにゃあ」と、その少年は言った。
何でも、<ハヤト>産の牛が大量に逃げ出したそうだ。多くは持ち主の元に帰ったが、まだまだ逃げているのもあるらしい。
普通なら捕まえて持ち主に返せばいいのだが、すでに領内で人や家屋に被害が出ているところもあるので、責任を免ずる代わりに捕まえた者が所有権を得るという約束ができているという話だ。
<パンナイル>は農業も盛んで平野も広い。その主たる労働力は牛である。<la flora>を設計・建造した<カラクリギエモン>の作った「田植えおーとまた」や「稲刈りおーとまた」というロボットもあるが、人間一人分の作業を代替するくらいの効率でしかない。牛は貴重なのだ。
<パンナイル>の住民の多くは好奇心旺盛な<猫人族>である。牛がもらえるのに物見に行かないはずがない。しかし、深夜に牛追い祭りをするような危険な状況であることが分かると、早々に諦めた。おとなしく<冒険者>たちに譲ることにしたようだ。
「<冒険者>は気前がいい。なぜか知らないが、捕まえた牛の所有権など主張しないものがほとんどだ」と考えたかはわからないが、これまでの経験から<冒険者>に任せた方が得策であると判断したようだ。
<パンナイル>領内に残る<冒険者>はそれほど多くない。<見廻り組>と呼ばれる自警団がいるくらいで、<フォーランド>や<火竜のすり鉢>など定期的に調査に出かける者達や、【アロジェーヌ17】のように<フィジャイグ>に砦を作って暮らしている者達など、<パンナイル>以外にいる者がほとんどなのだ。
「じゃあオレたちも牛追い祭りに参加しときますかー、なぁディルくん」
陽気に声をあげる栴那に反対したのはイタドリだった。
「ダメよダメダメー」
栴那たち<機工師の卵たち>は<パンナイル>在住が長いので、こちらがホームグラウンドという感じなのだろうが、新婚であるイタドリは愛の巣である<アオウゼ―F>に帰りたかったに違いない。
「何言ってんですか。牛の突撃受けられるのは、ドリィ姐さんしかいるわけないですよ」
「スオウの言う通りですよー。頼りになる<守護戦士>なんですから」
「えーえーえー」
スオウとあやめに簡単に説得させられるイタドリ。
「ボクたちも牛追い祭りに参加させていただこうかな。いいよね、軍師殿」
「ああ、構わない。むしろそちらの方を任せたい。<白炎の魔法騎士>よ。私はネコアオイ様と話しておきたいことがある」
アリサネが龍眼の許可をもらって<機工師の卵たち>の引率を申し出るが、反対したのは婚約者のクロガネーゼだ。
「私は勘弁してちょうだい。<ドンキューブ>で休ませてもらうわ。行くわよ、すず」
「お、お嬢様、待ってください」
振り返るとすずが鼻血を滴らせ、顔を真っ赤にしていた。
「ど、どうしたの、すず。ま、まさか例の悪い病気ね!」
「悪い病気だなんてとんでもありません。ただ、引率を申し出たアリサネ様のお気持ちを考えますと、ディルウィードさんへの何かしらの思いがあったのではないかとおもえるのです。そうなると<口伝:一子相伝>でその身を投げ出したように全身で愛を伝えられることが無きにしも非ず! それを見逃すなんてすずにはできません」
すずの興奮した様子に、エドワード=ゴーチャーが声をかける。
「どうしたんだい。すず嬢はどこか悪いのかい」
「どうにも腐女子をこじらせておりますの。普段は可愛い清純派ドM女子なのだけど、何かのはずみであのようになるの」
クロガネーゼはため息をつく。
「それはイケメンアリサネ様と美少年ディルウィード様の奏でる禁断の世界! ともに将来を約束した者がありながら、倒錯的で退廃的な感情に身を焼かれ、心に秘めた愛を交わすかと思うと、ふぉー! 高まりゅー! お嬢様、すずはお嬢様とは一緒にいけませんー!」
「なんておそろしい子! いいわ。このアクは強いのに影の薄いエドワードという男を護衛につけますから。先に帰ります」
「ゴス幼女! 今ひどいことをサラリと言わなかったかい!?」
「あら、マドモアゼルは公式文書にも用いられなくなったから、幼女の容姿だろうとマダムでいいのよ。エドワード、行きましょう」
「は、はいって、何だか有耶無耶の内に付き添うことになっているー。ディル君、申し訳ないー!」
牛捕獲にエドワードはついていけなくなった。たしかに<冒険者>と言えども、女性のひとり歩きは決して安全とは言いきれない。
「あ、ディル君。俺も船みてから行くから間に合わないかも」
ツルバラは船の点検に集中するようだ。
カーネリアンは<アキヅキ>からの迎えを待ち、鎮西ハチローも<第8商店街>に連絡を入れるため港に残るという。
ディルウィードたちは馬に乗り、<ヒミカの砦>を目指す。牛たちは<ナカス>方面から領内に入ったとなると、以前マルヴェスが<パンナイル>侵攻に使ったコースを逃げてきているに違いない。
<セフリ>山中で馬が嘶いた。
「どうやらいるね」
アリサネは言った。白馬乗った王子様然とした姿がとても凛々しい。
アリサネのように、魔法を駆使しつつ近接攻撃と主体とする前のめりなビルドを<魔法剣士>と呼ぶが、<秘宝級>名馬に跨るこの姿こそ彼が<魔法騎士>と呼ばれる所以である。
二頭の牛は、のっそりと姿を現した。
「やるってのー? やろうってのー?」
ディルウィードの腕の中でイタドリは叫ぶ。
「待ってもらっていいかい、ろりぃさん」
「アルちん、またダメな間違いだよ、ダメダメー」
「この二頭は、ボクとディルくんが、<騎士の巡幸>で仕留める」
ディルウィードとアリサネは馬を降りる。すずが二頭の轡をとる。
「で、なんでアリサネさん、ボクの背後にいるんです? 向こうの牛をお願いします」
アリサネはディルウィードの頭にあごをのせるほど近くに立っている。
「いや、ここでいいんだ」
「え、じゃあボクは向こうを」
「いや、君もここでいいんだ」
「ど、どういうことです」
「今日のルーンは<ヤラ>なんだ」
「意味が分かりません」
「意味は<一年><収穫>。だから大丈夫さ」
「いや、分からないのは会話の流れの方で」
「さあ、はじめよう、<騎士の巡幸>を!」
不承不承ながら、ディルウィードは呪文を唱え始める。アリサネはそれをそっくり真似る。足元に魔法陣が浮かび、あらかじめ位置をセットした<ブリンク>で移動する。
<ブリンク>には幻弄の効果がある。牛は二人を見失った。
二手目。そこでアリサネが意外な手を打った。
とんでもないスピードで拳を繰り出す。
「ボクの師匠はスプリガンZと言ってね」
「な、何を!」
牛が振り返る。
五手目。再び乱打。牛が動く。
「アリサネさん、何を!」
「これでいい。この位置がいいんだ」
十手目で位置調整の乱打を放つ。
「この技を<閃華>という」
牛が歩き出してしまった。<ブリンク>の軌道修正をする必要がある。
「何をしているんです!」
「君は<ルークスライダー>という技をどう思う」
残り十手。いけるはずだと、ディルウィードは考える。
「どうって」
「まさに<城>のように、前後直線でしか進めない」
残り九手。
「それは、<妖術師>の中で移動砲台型のビルドが現れることが予期されていたからだ」
残り八手。
「だが、ボクたちはその枠を飛び出した」
残り七手。
「食らったら即死、そんなハンデを背負った捨て身のビルド」
残り六手。ディルウィードはアリサネの真意を図りかねた。だがきちんと終局を見極めて飛ぶ。残り五手。
「ボクたち<魔法剣士>とは勇気のビルドなのだ!」
残り四手。
「その本質は護りの<城>ではなく、攻めの<騎士>であるべきだ!」
残り三手。
「だから、<魔法剣士>の本質に迫った君をボクは大いに讃えたい」
残り二手。
「そう、二体の<|騎士>は盤上を自在に跳ねるものだ。だろう、ディル君」
終局―――。アリサネとディルウィードは牛の頭上に背中合わせに現れた。ディルウィードは真下の牛を貫く。だが、アリサネは魔法陣の外に向けてダガーを振るった。
「ボクはこの技を<騎士の両取り>と名付けよう」
ダガーからは、ディルウィードのように電光の柱が伸びた。アリサネは炎系<妖術師>であるのにだ。
「しゃべりながら<エナジーフラクション>も織り込んでいたなんて、なんて器用な!」
「だが、ボクは雷系がひどく不得意なんだ」
アリサネが貫いた牛は頭から電光の角を生やしたまま、後ろ脚でガリガリと地面を蹴り、突進の構えを見せた。
「効いてない! アリサネさんヤヴァいです!」
突進を食らえば<妖術師>の二人は致命的のダメージを負う。
「どすこいどすこーい」
いち早くそのピンチに飛び込んだのは、イタドリである。怒り狂う牛の二本の角に手を伸ばす。
「ろり子さん!」
足元には青い炎が浮かび、両手で牛の突進を受け止めると、可視化された鎖が手と角に巻かれる。
「ふっとべぶっとべー!」
突進した牛の脚が宙を掻く。鎖が粉々に砕けたと思った瞬間、牛はごろりと地面に投げ飛ばされる。
スオウとあやめが蹴られないように注意しながら鼻輪を掴む。
串刺しになっている方は栴那が捕まえる。
「よしー! 牛さんゲットゲットー!」
ホッとしたディルウィードとアリサネはその場に腰を下ろす。
「君の奥さんは大した人だね。<再使用時間>を気にせず一気に攻めた。今の瞬間に五つの技を重ねて、最小MPで最大効果を上げたようだ」
<カバーリング>で飛び込み、<フォートレス・スタンス>で吹き飛ばされるのを防ぎながら<クールディフェンス>で突進の衝撃を緩和、<ヘビーアンカー・スタイル>で再突進を防ぎ、<吹き飛ばし>で牛を転ばしたのである。
「ええ。花純美さんは自慢の奥さんです」
「ふ、妬けるね」
馬に跨ったアリサネの背を見ながらディルウィードは思った。
彼は<シンギュラリティ>を授けてくれただけではなく、<騎士の巡幸>を進化させようとしたのだ。
<騎士の両取り>は複数敵への対応を示唆しただけではない。
魔法陣作成中の攻撃追加。移動する敵への対応。魔法陣の外への着弾。属性変更による効果の切り替え。たくさんの可能性と可塑性を見せてくれた。そもそも目の前で見せたのはたった一度なのに、完璧にトレースしてみせるなど尋常のセンスではない。
「やはり、この人すごい!」
「ん、何か言ったかい? ディルインコ君」
「名前を覚える能力以外は!」
アリサネの馬の轡を取るすずが一人身悶えしていたのは言うまでもない。
■◇■5.02 シュテンドと火雷天神
「のう、鬼よ。これはいかにしたものだろうのう」
「まあ、そりゃあ、乗っ取られたっていうか、クーデターっていうか」
<火雷天神宮>の主、<火雷天神>は自分が祀られているはずの宮に入れなくなっていた。
後に<ナカス南門の変>と呼ばれる事件の後、そこにいたシュテンドという男とともに宮まで戻ったら、こんなことになっていた。
シュテンドは先の<衛兵右腕装備紛失事件>に関わったとして拘禁されていたが、<猫妖精の塔駆逐作戦>のゴタゴタに乗じて逃げてきた男だ。しばらくは宮に匿うつもりでいたがこれではどうしようもない。
「逆ホームアローン状態っていうか」
<ナカス>からゆっくり歩いて戻った明け方のことである。なんの結界が張られたか、<火雷天神>は参道から踏み入ることができないことに気づいた。
<神代>の駅舎跡で<火雷天神>は首を捻る。<火雷天神宮>には表裏両方の攻略ルートがあるので、念のため裏に回ったが、やはり入れない。
「鬼よ。そこもとは入れぬのか」
試しにシュテンドが石段に足をかける。
「あ、入れた」
やはりどうあがいても<火雷天神>は中に入れない。白牛<飛梅>にまたがってしばらく待っていると、シュテンドがおそろしい勢いで戻ってきた。二人の古代武者を引き連れて。
石段から飛び降りるようにして逃げ出たシュテンドを、古代武者が追ってきた。
「なんだよ! こいつら<衛兵>級に強ぇ!」
シュテンドは飛梅の後ろに回り込む。
二人の古代武者は、石段のところまで降りて<火雷天神>に武器を向けた。
「童。我ラノ眠リヲ侵スソノ男ヲ我ラニ差シ出セ」
「眠りすぎて耄碌したか、<古代兵>どもよ。わしをなんだと心得る。この宮の主<火雷天神>なるぞ」
胸元から守り袋を引き出して、中身を取り出す。美しく輝く蒼い宝石を、飴玉のように口に放る。
「覚悟するが佳い」
目が炎のように輝き、蒸気のような息がほとばしる。するとぶかぶかの服の袖から、五本の枝を持つ枯れ木が飛び出したかに見えた。巨大化した腕であった。
<古代兵>に掴みかかる。が、目前で壁のようなものに阻まれ指がひしゃげたように曲がる。
「なにぃぃいいい! 突き指したぁあ!」
元に戻した掌にプッと<ルークィンジェ・ドロップス>を吐き出す。手は服の内に吸い込まれる。
「いだだ。<古代兵>どもよ。主であるわしの顔を忘れた罪は赦しても佳い。だが、主のわしを締め出すような愚かな結界は即刻除去するが佳い!」
「ダレガ、主ダ」
「我ラガ主八、ネコミドリ様デアル!」
「はあ? ネコミドリじゃと? 何を言っておるのじゃ。わしは<火雷天神>であるぞ!」
「ナツカシキ名ダナ」
「コノ宮ノ主八、ネコミドリ様デアル」
「はあ? わしが一日留守にしただけで、主が替わるなどということがあろうか」
「ともかく何かがおかしかっちゃん。<天神>さん、ここは一旦引いて作戦を考えますばい」
シュテンドが促し距離をとって話したのが冒頭の言葉である。
「考えただけで腹がたってきたわ。こんなときに<蒼球>さえあれば、このような宮、消し炭に変えてやるのに」
「それじゃ取り返しても住むに住まれんったい」
ぼちぼちと東に向けて歩きながら、鬼と白牛に乗った幼童は話し合う。
「そうじゃ。佳いことを思いついた。<サンライスフィルド>に行って<ぶるぶる>を盗み出すぞ」
「兎耳にばれるんじゃなかとですかい」
「あやかしウサギはどうやら動いて遠くに行ったようじゃ」
「そんなんわかるとですか」
「認めたくはないが元々あやつとは立ち位置を入れ替えできるような関係だったのじゃ。今でも何となくはわかる」
認めたくないと言いながら、従者であったとは言おうとしない。
「そのぶるぶるってやつは、どこに隠してあるかわかるんですかい」
「濃厚なマナを発しておるからの。封印しておるとはいっても、こうやって集中すれば、なっ! おっ! 遠のいておる! どこにやった、あやかしウサギめ!」
「大人しく兎耳に、<火雷天神宮>を奪い返してくれち頼んだらよかろうもん」
「さ、左様な無様な真似ができるか! あ、いや、そうよのう。そうせねばお主を匿うこともできぬからのう」
「え、まあ、そりゃあのう」
<火雷天神>は腕組みをしたまま、シュテンドに言う。
「鬼よ。そこもとがあやかしウサギに頼むが佳い。『<火雷天神宮>に厄介になるはずが珍妙な奴らが邪魔をして大人しく身を隠すことができぬ』とな」
どうしても留守にした間に占拠されてしまったとは言いたくないらしい。
「まあ、そりゃあいいばってんが。あれ、兎耳はなんという名前でしたっけ」
「桜童子にゃあ」
フレンドリストをスクロールするシュテンドであったが名前を見つけられずにいた。
<ナカスオーバーフロー作戦>の三日前に会って話したのと、脱出後<幻獣憑依>した桜童子に出会った二回しか会っていないのだ。
「フレンド登録なんかしとらんかったったい」
「何!? それでは連絡出来ぬということか」
「いや、ちょっと待っちゃりぃ。さ、さ、さ、さ、そうだ! サタケがおるやないか」
<ナカスオーバーフロー作戦>で桜童子から連絡を受けたのは<不退狂狼>のサタケだ。早速念話をつなぐ。
コール音が数回して繋がった気配がする。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「サタケか。俺だ。シュテンドだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらくの沈黙。繋がってないのか喋れない状態なのかわからない。周りが賑やかなのは漏れ聞こえる。
「寝てるのか」
「酒盛り中だ」
「起きとったとかい。頼みがある」
「それより、ほんなこつシュテンドなんかい」
「なんや疑うとるんかい。サタケサブロウ」
「いや、名前を知っているのはアンタだけだ。しかし、アンタ出られたのか」
「ああ、逃げたさ。逃げる途中でナカスの門吹っ飛ばして、<plant hwyaden>のやつらを青ざめさせてやったがな」
(まあ、 やったのは俺じゃないんだかな)という部分をシュテンドは伏せていた。
「また時機が来たら、<plant hwyaden>のやつらに一泡吹かせてやろうぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
(変な女にそそのかされて、<喧嘩屋騒動>なんて起こして恐慌状態にたたき落とすことには成功したんだよなあ)という心の声をサタケは何とか封じて、無言を貫いていた。
「何だい。びびっちまったんかい、<不退狂狼>。それより、<廿鬼夜行>のメンバーは元気ね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ギルマスの俺が捕まっとったけんな。迷惑かけたったい」
事実上解散してしまっていることをサタケは言い出せなかった。
「まあ、俺も追われる身だけん。しばらくは身を隠す必要があるっちゃん」
シュテンドもそうだが、サタケもほとぼりが冷めるまでは身を隠さなければならない。そこで、現在<ホーンナイル>に来ているわけだ。そこは日本海に浮かぶ島で、<パンナイル公>ことライツ=ブライツ=リーフトゥルクが逗留している。そこに仲間とともに身を寄せたところだ。
「その身を隠そうと思っていた<火雷天神宮>なんだが、<ネコミドリ>ってやつに邪魔されて、身を隠すことができんったい。それでな、兎耳の桜童子に連絡がとりたいんだ」
ついにシュテンドは本題を切り出した。
■◇■5.03 カーネリアン
<アキヅキ>に戻る馬車が走り出した頃、もう<パンナイル>の路上には活気が戻り始めていた。
「昨日まで<常蛾>に怯えていただろうに、ホントに<大地人>って人たちはたくましいわ」
表向きは<アキヅキ>巫女様付きエルダーメイドであるが、その実は<アキヅキ>の<吟遊詩人>たちを巧みに操る天才軍師のカーネリアンの耳には、<ナカス>の状況、<火雷天神宮>の状況はもちろん、<傾神党の乱>の概要まで届いていた。
「きな臭くなってきたわね」
念話か独り言だと判断した<大地人>の御者は、無言で手綱を握っていた。
「<ナカス>の南門破壊なんて大胆なこと、あの兎耳にできるわけないから、とんでもない助力があったとしか思えないな。その無茶苦茶な方法で<plant hwyaden>と<オイドゥオン家>の武力衝突は一時回避したとしても、こりゃあ騒動の火種でしかないよね」
カーネリアンは外の景色を見る。
「せっかく<フォーランド>側を視野に入れて<ナカス>に入らなかったナカルナード君がやって来ざるを得ないってねー。クオンって権帥はいわば更迭だし。そうなったら空白地域の<ハギ・ナガト>辺りで何かが起きなきゃいいんだけど。でも気になるのは<フィジャイグ>の情勢よね。<火雷天神宮>もその影響かなー。何とかしてよねー、にゃあ君」
カーネリアンを乗せた馬車はガラガラと音を立てて走っていく。