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004 傾神党の乱

■◇■4.01 傾神党


「レンは今悲鳴がした倉庫を探せ!」

桜童子は<鋼尾翼竜>から飛び降りるなり、そう叫んだ。

「任せといて!」

シモクレンも着地と同時に駆け出した。


「ハギ、そっちはまだか」

桜童子は叫ぶ。

(こいつは厄介ですよ、隊長!)


「たんぽぽもいるのに倒せねえほど強いのか!」


ハギは絞り出すように言う。

(恐ろしく弱いから倒せないんすよ。この人たち、みんな―――<大地人>だ)


その瞬間、桜童子の首筋目がけて矢が放たれた。強烈な音がして、折れた矢が地面に叩きつけられる。

「<戦技召喚:剣閃皇女(ソードプリンセス)>」


射手は移動しながら桜童子を何度も正確に狙った。これほどの精度と威力ならば、レベルの高い<暗殺者>と<付与術師>の仕業に違いない。

それでも<剣閃皇女>は飛来する矢を残らず叩き落とす。


いつもは、ふわふわのぬいぐるみと鎧姿の美女という癒し系のコンビだが、今は炎の織りなす陰影のせいか凄みのある印象を生み出している。

「そうかい、<冒険者>なら―――、遠慮はいらねえな!」



倉庫に入ったシモクレンは目を疑った。


放心状態の<ユーエッセイ>の歌姫アウロラが立っている。


その手には血に染まった刀を持って。


目を転じると背の高い母狐が虚ろな目をして、壁にもたれている。

床には血だまりができている。


血だるまの狐の兄弟が母狐の腹部にとりついて泣いている。


「間に合えぇぇえええええ!」

シモクレンは叫ぶ。


この状況が、「アウロラが母狐の腹部から刀を引き抜いたため起きたもの」で、何もしなければ数秒後に母狐が死ぬと瞬時に読み解けなかったら、もう母狐は助からなかっただろう。


もし、シモクレンが回復魔法を照射するのに躊躇していれば、アウロラは取り返しのつかない心の傷を負ったに違いない。


不意に我に返ったアウロラが再び悲鳴をあげそうになるのを、シモクレンが強く抱き締めてなだめた。


「大丈夫や。姫さんは助けようとしただけやったんよね。ちゃんとわかっとる。姫さんが叫んで教えてくれたおかげで間に合ったで」


刀が床に落ちて音を立てる。アウロラは声にならぬ声で嗚咽した。


「まったく、どこのどいつらなんだ。こいつらはー」

桜童子は<ユニコーン>を従えて入ってきた。

<ユニコーン>は背中に載せた<冒険者>を振り落とす。

<冒険者>たちは<ウンディーネ>の氷で後ろ手に凍らされているので、顔面から落ちて情けない悲鳴をもらした。


「<傾神党>―――、うぐ」

「まだしゃべったらあかんて、やっと<出血>のBS解除できたばかりなんやから」

ミクズが喋ろうとして吐血したので、シモクレンが注意する。


「脳震盪だか<傾神党>だか知らねえが、こっちは怒り心頭なんでね。おい、レン。ハンマー貸しちゃくんねぇか」

桜童子は<ウンディーネ>を喚んで作らせた氷柱を、捕らえた<暗殺者>の眉間に押し当てる。


「ちょいちょい、虜囚を虐待したらあかんって」


「知ったことか。おいらは身勝手で凝り固まった主義主張のために、弱者を虐げるようなやつが一番大っ嫌いなんだ。おい、あんまりジタバタしたら、死ぬまでにすげぇ痛い目あうぜ」


そう言うと桜童子は氷柱の尖端を眉間ではなく目に突き込もうとする。

「あかんって、にゃあちゃん! ちょっとあんたさんもふごふご言って煽らんといて」


シモクレンは桜童子を抱えあげて床に横たわる<冒険者>二人から引き離した。床の二人は何か言いたげに暴れているが、顔を隠すための布が口に押し込まれているためにもがもがとしか聞こえない。


「ホラ、こいつらは何の反省もしてねぇ。どうせ『神を信じぬ者に鉄槌を』とか叫んでんだぜ!」


桜童子は飛びかかって氷柱を顔面に突き立てる。<暗殺者>の男は危ういところで躱したが耳がざっくりと裂けてのたうち回った。

砕けた氷を顔に浴びながら、隣にいる<付与術師>の男は身体を何度もくの字にして、くぐもった叫び声をあげた。


「ああ、仕留め損ねた。いいか、お前ぇら、<大地人>に同じことやったんだぜ? 楽に死ねると思うな。<剣閃皇女(ソードプリンセス)>」


<付与術師>は気でも狂ったかのように、ひいひいと身を捩らせる。シモクレンは<剣閃皇女>との間に身を滑り込ませる。


「ちょいちょいちょい! 待ちぃなにゃあちゃん! ホラ、この人たち何かしゃべりたいけどしゃべれんだけやないの!? あんたさん、何か言いたいことがあるんやないですの?」


<付与術師>が必死に頷くので、シモクレンはしゃがんで、口の布を外してやる。

「ぶはあ! 待ってくれ、なあ、待ってくれ。ひぃぃ。助けてくれ」

「態度でけぇ」


桜童子は剣の先でザクザクと<付与術師>の顔を突く。

「待って、待ってください、お願いします! 赦してくださいぃいぃい!」

男は涙ながらに懇願した。手も脚も凍らされているから、自由に動けないのだ。

「何か言いたいことがあるんやないの!?」

「いいさ、何もねえさ。<冒険者>には<大地人>ほどの痛みも感じねぇんだ。ひと息にやってやるよ」

桜童子は吐き捨てるように言い放つ。

「待って、何かあるはずよ。きっと。ね、トラッシュさん」



名前を呼ばれて何度も何度頷く<付与術師>。

「いやいやいや、こいつにおどされてウソをつくかもしれないからな。耳もきちんと削ぎ落としとくか」

すでに耳を怪我している<暗殺者>はうう、ううと苦しそうに首を横に振った。


「待って! トラッシュさんはちゃんと話したがってるから。もう一人はダストンさんね。あなたさんもしゃべりたいんやろ。今布外すわ」


シモクレンが身を呈して二人を守ろうとする。桜童子は数歩下がった。


「俺たちは雇われただけなんだ! ホントだ! ウソじゃない!」

「ビッグマザーって狐女を仕留めろって言われただけで、です!」


耳を切られて興奮状態のダストンは大声で叫び、怯えに怯えているトラッシュは語尾をいちいち言い換えて喋る。でもどちらも堰を切ったようにどんどんとしゃべり続ける。


「俺たちを雇ったのは<大地人>だ! <傾神党>ってヤツらなんだ! 俺たちには主義主張なんてこれっぽっちもない!」

「金が欲しかっただけなんだ、です」


「あなたたちはホンマに雇われただけなんやな」

シモクレンが確認の合いの手を入れる。

「は、ハイ! <傾神党>を名乗る<大地人>に、です」

「<傾神党>ってのは、<神聖皇国ウェストランデ>第一主義なんだ! でも、俺たちがそうってわけじゃねぇ」


「何者なん?」

「古い貴族さまだ! それに賛同した土地の人間だ!」

「何でも二十四士家って呼ばれてるらしい、です」


「何が目的なん?」

「それは、俺たちにもわからねえ」

「ただ、<ウェルフォア家>の悪政から民を守る、世に我々の存在を知らしめる、とは叫んでいた、です」


「じゃあなんであのミクズって人とか、にゃあちゃんとか襲ったん」

後ろを振り返ると、桜童子がアウロラの手をひいてミクズの近くに座らせようとしている。タララオとジロラオもそれを手伝っている。


「あの人は<ウェルフォア家>第三巫女、ミクズ=ウェルフォアだ、です」


「俺たちはパーティで暗殺に来たのに、四人は返り討ちにあった。あいつおそろしくつええんだよ。なんとか致命傷は与えられたが、二人じゃどうにもならねえ。他のやつらを待ってる間にあんたたちがやって来た」

「あの狐さんに助っ人されたらとてもじゃないがかなわねぇです。だからあのイカレうさぎ、さんが一匹、いや、おひとりになったところを仕留めようと、です」


トラッシュは桜童子が近づいてきたのに気付き、たびたび言葉を改めながら白状する。


「<ウェルフォア家>って既に<ウェストランデ>に与したから<傾神党>側やないの?」

「そいつは、<傾神党>の中に<ウェルフォア家>の正統継承権も継ぐべき領地もないやつが混ざってるってことでしょ。なあ、ハギ」


シモクレンの問いに桜童子が答え、入り口を見た。


入り口には馬に跨ったあざみとハギと<ユニコーン>がいた。

他に<ユニコーン>の背に縛られた男がひとりと、馬に繋がれた人々が十人ほどいる。


「この人でしょ、よっと。ハイ。ヨウカ=ウェルフォア」

ハギが<ユニコーン>から中年大地人を下ろす。男は左耳が肩につくくらい首が曲がっていた。


「いやー、ユエさんに<オニハヤへデラヘリックス>の種をもらっといてよかったですよ。彼らを縛るのに役立ちました」


「あー、この人なんで首曲がってるかって言うとさ、時代劇でお侍とか忍者とかがえいって首筋に当て身をして気絶させるじゃん。実際やったら気絶するどころか粉砕骨折しちゃって。宝珠二つも使っちゃったよ。で、こんなになっちゃった。レン治して」

「あざみ! あんたはいつも余計なことを増やしてからに!」


ハギが桜童子の前までヨウカを突き出すと、ヨウカは威張って喋り出す。

「このような真似をして、タダでは済むと思うなよ。ワシは兄上の子どもたちの誤ちを正しに来ただけだ! そこの娘は十八年前に禁忌の宝を使った! その大罪について裁いただけじゃないか! 何が悪い」


「へえ、その話、もっと聞きてぇなぁ」

桜童子は<ユニコーン>の代わりに<羅刹>を喚んだ。

<羅刹>がトラッシュの首根っこをつかむと、トラッシュは喚いた。


「バカ貴族! バカ言葉遣い! この人をキレさせるな! おい、おい、何する、ですか、うわ、うわわあぁあああ!」

<羅刹>はトラッシュを放り投げた。馬に繋がれた人々の中でも貴族っぽい服装の二人が、トラッシュに体当たりされたようになって激しく転んだ。あの勢いで転べばただでは済むまい。


「にゃあちゃんも余計なこと増やさんといて!」

「おい、ダストン。こいつにいくらで雇われた。大義名分背負って親族殺しするからにゃあ、結構な額もらったんだろうなー」

<羅刹>がダストンを吊るし上げる。

「六人で金貨六百枚!」


「たったひとり金貨百枚かよ。手前ぇの罪悪心はそんなものか」

「我らは<傾神党>! 我々が正義! 罪悪心などあるか!」

ヨウカは叫ぶ。


桜童子は<羅刹>に命じてダストンを床に下ろさせる。

「へぇ。なあ、ダストン。お前ぇの腕の氷外したら、正義の味方になってみねえか」


<剣閃皇女>はダストンの氷の戒めを断つ。


「お前ぇの正義の心に照らし合わせて、弓矢を射ってみろよ。ミクズ姫か、おいらか、この醜豚鬼のようなおっさんか。さあ、射つべきはどいつだ」

ダストンは少し躊躇したものの、小弓に矢をつがえると、ヨウカの眉間に狙いを定めた。


「お、おい! 何でワシなんだ。お前は正義がよく分からんのか? そうか、金ならやる。どうだ、金貨二百でいいだろ」

ダストンは弓を引き絞る。

「ま、待て。五百ならどうだ。いや、六百! お前が独り占めしていいぞ」


ダストンが呟いた。

「それがお前の命の値段か」

ダストンは小弓を下ろし、太ももを射った。

「ぴぎゃああぁあああ!」


「殺す価値もない。おい、イカレうさぎさんよ。俺たちが間違いだった。人型モンスターぶっ殺しすぎて感覚が麻痺してたんだ。命の重みなんて考えなくなってた。今度から仕事は選ぶよ」


桜童子は脚の戒めも斬ってやる。


「なら、頼まれてくれねぇか。<傾神党>はこれで壊滅だろうが、また息を吹き返さねぇとも限らねぇ。お前ぇたちで、こいつらが悪さしねぇように目をかけてやってほしい」


「イカレうさぎさんよ。あんた、イカレてるけど真人間だな」

「褒めてもなんも出ねぇぞー」


「いらねえよ。行こうぜ。トラッシュ」


シモクレンはぷりっぷりに怒りながら治療を続ける。ハギが名前と住んでいる土地を聞いて治療が終わった者から逃がす。中には二十四士家の者が二人いたが、長男ではないらしい。これも逃がす。


その間に桜童子はヨウカを尋問する。

「じゃあいよいよ、ミクズ姫の大罪ってヤツを聞かせてもらおうか」



■◇■4.02 インティクス


イコマ離宮の最奥、<芍薬の宮>にほど近い所に<沈丁花の間>はある。

部屋にも沈丁花が飾ってあり、焼香のような鼻腔をくすぐる香りがふわりと漂ってくる。


「いいセンスね」

花を飾ったのは、黒装束に口許を覆う黒い布が特徴的な黒髪の女性だった。部屋の主の褒め言葉に静かに頭を下げる。


部屋の主が椅子に座るのを、来客は頭を下げたまま待っていた。

「呼びたてて悪かったな、エイメラ=ウェルフォア」

「いえ」


「<ナインテイル>は恋しくないの?」

「いえ、私の他には<ウェルフォア家>を継ぐものもありませんし、身内のものはもうバラバラに暮らしていますから、帰るところはありません」


「田舎では<裏切りの紫陽花>なんて言われているそうね。それでは帰るところなんてないわね」

部屋の主であるインティクスは愉快そうにクスクスと笑う。

「顔を上げなさい。エイメラ」


とても美しい<ハーフアルヴ>の第一巫女で、<ウェルフォア家>の継承者だ。

彼女は<plant hwyaden>が<ナカス>を陥落させた次の日、偶然居合わせた第二巫女の身柄と引き換えに、単身で<ナカス>に赴き<ウェルフォア家>が<plant hwyaden>の支配下に入ることを宣言した。

それは、身内からも、<plant hwyaden>に対決姿勢を見せていた東ナインテイルの勢力からも批判が大きかった。


だが、乱世を必死に生きようとするエイメラの姿はインティクスにとっては好意的にうつる。気に食わないのは家族思いな腹の中を隠し持っていることだ。

そういう相手は、家族のことでいたぶるのがすこぶる気持ちがよい。


「エイメラは昨今の情勢についてどう感じるのかしら」

「私のような身のものは、主上の下知に従うまでです」


まずは一手目。緩やかに駒を運ぶようなやり取りだ。


「それは、こう言いかえてもいいのかしら。<イースタル>と事を構えるとなれば、矢面に立つ覚悟もあると」

「私はさほど戦で役に立つとは思えませんが、それが主上の命とあらば」


ポーンにはポーンを、ナイトにはナイトを合わせてくるかのような会話の手筋は積極的でこそないが、防御の手筋だ。


「濡羽様が<イースタル>との対話路線に入ろうとしているのはご存知?」

「先程宣言があったと聞きましたが、それはそういうことなのですか」


この日、日没後一時間して濡羽の声明が出された。夜間に声明が出されるのは珍しい。そもそも濡羽が号令を出したことが異例である。

それは<虹色昏睡事件>に対する事実上の終息宣言であり、今後の執政方針演説でもあった。


―――東西分断の悲痛、筆舌に尽くしがたし。東方の英傑がヤマトの闇と戦ういま、いまこそ積年の傷を癒やし助けとなるべし―――


「元よりこのヤマトには<ウェストランデ皇王朝>があるのみ。東国は大戦における簒奪者。そう考えるのが元老院たちの考えであり、我々<plant hwyaden>の考えだったのよ。だから、対話路線なんてありえない。しかし、<ナインテイル>出身のあなたならどのように見るのかしら。<イースタル>とも貿易関係にあったのでしょう?」


「商いは顧客がいてはじめて成り立つもの。相手に需要があり、こちらの利益が増えるのならば、<イースタル>だろうとどこだろうと貿易するでしょう。むしろ国交正常化は新たな物流の契機となるので歓迎すべきことでしょう」

ビショップでチェックしたが、ナイトで阻まれた気分だ。別の筋からチェックを狙う。


「<征イースタル論>ってご存知?」

「イースタルの自治を認めず、派兵して領土を奪い返すという考えですか」


引っかかった。眼鏡を指先で押し上げる。

「やはりそのような横暴な考えを持っているのですか、エイメラ」

「いえ、私はそのような」


「まずはイースタルの中心部にきちんと統治機構を作り、その中核に我々からみても信頼のおける人物を据える。その上で自治を行わせるという考えよ」

「私のようなものには及びのつかない考えです」

「でしょうね。あなたのおじさんなんて<横暴征イースタル論>の急先鋒ですものね」



エイメラの顔色が変わった。インティクスの頭の中で描かれた盤面上から、エイメラ側のポーンを取る。


「叔父をご存知なのですか」

「知ってるわー! <ウェルフォア家>の次男に生まれたけれど、商才なし、めぼしい才覚なしでしがない荘園生活。あなたのお父上が亡くなられる時も直々に家督をあなたに継承するとおっしゃったそうじゃない。それを恨みに思ったか姪の征伐に出るそうじゃないの」


エイメラは明らかに動揺している。ビショップを取る。

「あら、知らなかった? ヨウカ氏はあなた方世代をひどく忌み嫌っているそうよ。<狐尾族>が多く生まれる家系で、あなたも次の娘も<ハーフアルヴ>、四番目も<ハーフアルヴ>。だから三番目の妹は始祖の生まれ変わりだなんて持て囃されたなんてことまで訴状が来てたわよ。妖魔の如き姪を屠るため<傾神党>を興すってさ」


「なんという」

ナイトを取る。


「あらあら、家庭の事情なのに裏切り者には教えられなかったのかしら。そして、ヨウカ氏はこうも書いていたわ。<傾神党>が力を蓄えた暁には、イースタル征伐に馳せ参じる。どうか本領安堵と新恩給与をってさ」


「身内の恥でございます」

そして、クイーンを取る。


「ヨウカ氏は戦乱の世を望んでいらっしゃるのね。よっぽど土地が欲しいのかしら。<傾神党>が成功すればヤマト大戦のA級戦犯。失敗すれば<傾神党>の乱。あなたはどちらを望むのかしら」


チェックメイト。黒装束の娘が魔法灯を持ち込むとインティクスの眼鏡が鈍く光を反射させた。


「悪いようにはしないわ。さあ、夜も更けたわね。KRに送らせます。ごきげんよう」


インティクスはさっさと立ち上がって出て行く。

その時、入り口に飾ってあった沈丁花の花が散っているのに目ざとく気付いた。


「汚いわね。すぐに片付けなさいよ、くろらん! 私は濡羽の所に行きます」


話を聞いていたのだろう。KRはすぐに現れた。


「エイメラさん、呼びつけられて大変だったね。でもまあ、彼女、悪いヤツじゃないんだ。ただ秩序からはみ出たものを汚らわしく感じる力が強くてね。散った花びら、抜けた毛髪、唾棄すべき人々。とても我慢ができないんだ。そして、今彼女を支えている秩序は<ランキング>なのさ。さて、送るよ。くろらんさんもお疲れ」


KRという男は独り言にも似た言葉をエイメラとくろらんに投げた。



■◇■4.03 生命のゆりかご


「アイコンタクトだけで『いい警官悪い警官』するのやめてよー。ハンマー貸せっていったときのまばたきが合図とか、無茶ぶりもええところやわ」

<絶海馴鹿>の背に跨ってシモクレンは愚痴を漏らす。

「いいじゃねぇか。うまくいったんだし」

桜童子はシモクレンの太ももをぺちぺちと叩く。


<絶海馴鹿>に<八十島かける天の飛魚>を曳航させているのだ。地上ではハギとあざみの馬に跨る姿が見えるくらい低い位置をゆっくりと飛んでいる。


<鋼尾翼竜>では尾の上下動があるので、力は弱いが<絶海馴鹿>の方が曳航にはよいと考えたのだ。

「『チャイルド・プレイ』のチャッキーを彷彿とさせたわ」

「そうか?」


「それにしても、ミクズさんをそのままにしといてよかったん? アウロラ姫のお母さんなんやろ」

「ああ、代理母だ」

「代理母ってどういうこと?」


シモクレンはヨウカの話を聞く間がなかったから、アウロラの出生に関わる話は聞いていない。

「ざっくりと言うとな、体細胞クローンだ」

「あはは、にゃあちゃん、ここセルデシアやで」

「おいらたちは<エイスオ>で菫星さんに会ったが、どうやら各地に同じ姿の菫星さんがいるそうだ」


「双子とか三つ子とかやないの?」

「かもしれない。だが、クローン技術がこの世界にあると仮定した方が<生命のゆりかご>ってアイテムを理解しやすい」


シモクレンは<飛魚>を振り返る。アウロラは愉快そうにタララオやジロラオと話している。


「アウロラは誰のクローンやの?」

「答え合わせが必要かい?」



シモクレンは少し考えて<ユーエッセイ>の方角を見た。

「もう少し先でええわ」


夜風は春から初夏へと移り変わろうとしている。


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