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003 クズハとミクズ

■◇■3.01 ナインテイル伯爵


<ナインテイル自治領>は、<九商家>と呼ばれる商家が自治する地である。


この<九商家>の領主は、全てナインテイル伯爵の血を引くという。

<九商家>の中には、<リーフトゥルク家>のように<猫人族>や、<オイドゥオン家>のように<ドワーフ族>など様々な種族がいる。


ナインテイル伯爵はその名の通り、九尾を持つ<狐尾族>である。尾の数が多いほど格が高いとされるから、かなりの霊力と格があったと思われる。


<狐尾族>の血を引く様々な種族の領主がいる<ナインテイル自治領>。それにはこんな伝説がある。



時は280年前―――。

巷には悪鬼が溢れ出し、アルヴの怨念ここに極まれりといった世の中である。

跳梁跋扈の一方で、悪鬼対策のため新造された種族たちにも第二世代が生まれ、順調に人類の繁栄が期待されはじめた。


マサキ=タイゼーンは第一世代の<狐尾族>である。白皙金毛九尾の彼は、魔法技術に優れ、武運にも恵まれた。


千回の戦闘により、悪の種族に奪われた失地を取り戻した功績で、<フォックスドラゴン>の称号と爵位を得、領国とすることが許されたのが現在の<ナインテイル領>である。


当時<アナト海峡>より南は人類の住処ではなく、わずかに残る豪族たちが日々生き残りをかけて戦っていた。


伯爵はわずか二十四騎の手勢とともに、現在の<ナカス>近くに城を築いた。

そして<ハナグリ城><ヒミカの砦><ミコトモチの司><コクラ城>と勢力範囲を広げ、徐々に人の住める環境を整えていった。


その勇猛果敢な姿で人目を引いたのは、やはり豊かに揺れる九本の尾である。人々は彼を<ナインテイル伯爵>と呼ぶようになった。その呼び名を気に入った伯爵は、<フォックスドラゴン>の称号を返上し、正式に<ナインテイル伯爵>を名乗るようになる。


全戦全勝、まさに破竹の勢いで快進撃を続けるナインテイル伯爵が絶体絶命の窮地に陥ったことがある。


<パンナイル>、<クリュム>、<イクハ>と川沿いに進撃し、盆地に入った。そこに城を築き、民を呼び寄せた。その中には十六になる伯爵の娘ミクズもいた。


伝説ではこの時のことを「一言の災いにより窮地に陥り、危うく難を逃る」とあっさり説明するものが多いが、散見するフレーバーテキストなどから、次のような話が浮かんでくる。



雨が続いた。兵站が途切れて、盆地に兵も民も孤立することになった。

「いつまで続くのかね、この雨は。のう、伯爵殿」

二十四士のひとり、<ドワーフ族>のナンシューは言った。

「食糧も十分にある。だが、あと七日雨が続けば<パンナイル>に戻る必要があるだろうな」

酒を飲みつつ、ナインテイル伯爵は呟く。

「俺は反対ですぞ。早く東に進むべきだ」

褐色の肌をした<エルフ族>のナムジィロが進軍を示唆する。


「あと三日は結界作りに時間がかかります。そこまでは待機を願いたい」

<法儀族>のジャクシーンは言う。

車座になって飲み交わす強者たちは口々に自分のアイディアを語る。そして、いつの間にか別の話題になる。酒の席とは得てしてそのようなものだ。


二日経った。ここより下流の地で氾濫があったと知らせが届いた。聞きしに勝る暴れ川である。


夜になった。民たちが騒いで城に入ってきた。雨の中、火の手が上がっているのだという。

「<醜豚鬼>が包囲しているだと?」

「今見てきたけど、敵影五百は下らないにゃ」

<猫人族>のツネニャオが叫ぶ。実際は<醜豚鬼>だけでなく、他の悪の種族も含めて二千の軍勢が反撃に出たのだ。


泥沼の夜間戦闘となった。二十四士は手傷を負いながらも敵を山地まで後退させることに成功した。

ナインテイル伯爵は血と汗と泥と雨に濡れた身体で、城に帰還した。百以上の敵を倒し興奮していたのだろう。


「この二千の軍勢から無事に民たちを逃し、敵を滅ぼしてくれたなら、娘をくれてやってもいい」


ふと、心にもないようなことを口走った。


「キイタゾ、キイタ―――」


城の中にまで実体を持たない敵が侵入していた。伯爵は切り払ったが、逃げた数匹は、伯爵の何気ない呟きを喧伝し続けた。


クズハは美しい娘である。この話に鼓舞せぬ者はいなかったが、悪いことに、民の若者にまで火をつけてしまった。


伯爵は己の言葉に後悔した。若者たちが折角二十四士の閉じた城郭の門を開いて、外に出てしまった。そこを狙って敵はせめよせてきた。二十四士がいかに敵愾心を煽ろうとも、ナインテイル伯爵がいかに敵を次々と打ち倒そうとも、城内への侵入を堰き止めることができなかった。


いよいよかと観念しかけたとき、ジャクシーンとナンシューが伯爵のもとにある作戦を進言しにやってきた。

「伯爵は民を率いてお逃げください」

「民たちだけ逃せばよい」

「非常に危険をともなう策なのです。伯爵がいなくては誰も従うはずがありません」


堰にたまった流木を繋ぎ合わせ、それを筏代わりにして民を乗せ、堰を破って下流に逃げるという案だった。

「それでは下流の者たちが」

「下流はすでに決壊しているのです。これ以上悪くなることがありましょうか。さあ、早く」


民たちはずぶ濡れになりながらも筏に乗り込んだ。

「お前たちは!」

伯爵は二十四士の身を案じたが、必ず討ち果たしてから再会すると告げてジャクシーンとナンシューは堰を破壊する。


荒れに荒れた川の中を揉まれるように進みながらも、筏は<クリュム>の辺りまで無事流れ着いた。

その後は嘘のように晴れた。伯爵は二十四士を待った。

二日後、二十四士は誰ひとり欠けることなく二千の軍勢を討ち果たし、伯爵の前に現れた。


伯爵は不用意な一言から危機を招いてしまったことを後悔した。

そして、その内容を反故にしたかった。

しかし、約束を果たさねば二十四士の忠孝に背くことになる。


その時、娘のクズハが父の横に立って言った。

「父の言葉に私は従います。ただし、私も一言の災いをともに背負わせていただきたいのです。勇士のみなさん、お聞きください。次に言う品をどれかひとつでも持ち帰った方をわが夫と認めます」


クズハは考えうる限りの幻想級・秘宝級の宝物を口にした。




■◇■3.02 クズハ姫


この後、二十四士のうち十二の将が宝を持ち帰ることになる。


二十四士がわれ先にと宝の争奪戦を繰り広げれば、血で血を洗うことになりかねない。ナインテイル伯爵は、内部抗争を生んで結果的に約束を反故にするための提案なのかとはじめのうちは考えた。


しかし、諍いが起こりにくいよう、姫は次のような条件をつけたのである。

「私とともに暮らすのは一人につき一年間のみ。早く宝を持ち帰った者から順に夫として私は従います。ただし、一年が経った後は速やかに未踏の奥地へと平定の旅に出ること」


クズハ姫がただただ約束を守るために提案したのだと知り、伯爵はわが娘の心の清らかさに胸を打たれるとともに、自分の発言の愚かさを悔いた。


早く姫を妻としたい者には二重のリスクがあった。短期間で手に入る宝はどれも非常に強い敵と戦う必要がある。また、ともに暮らして一年経てばそれからの平定の旅は難度が高い。

腕に自信がなければ、気の遠くなるような長い時をかけて宝を入手し、大概の平定が終わったところで戻ってくればいい。


ただ、二十四士のほとんどが、平定に意欲を燃やし伯爵についてきた者たちだ。リスクを恐れるようなものは少ない。それよりも、クズハ姫と婚姻できるという大変な褒美に胸踊らせるものがほとんどだった。


豪の者と自他共に認めるナンシューが、わずか十日足らずで宝を持ち帰った。クズハ姫は、約束通りナンシューとともに暮らし子を生した。どこから見ても幸せそうなドワーフ一家に見えたというから、クズハには類まれなる変化の能力があったに違いない。


ナンシューは約束通り一年で城を去り、ハヤト地方の平定に向かった。ついに<バスケタ>の麓で街を切り開き、持ち帰った秘宝を売却し商いをはじめたのが、後に<剣豪セゴート>などの英雄を輩出した<オイドゥオン家>の興りである。


次に宝を持ち帰ったのがジャクシーンで、彼は後に<ヒュウガ>で<イトウ家>の祖となる。彼と姫の間に出来た子は、ジャクシーンと同じ<法儀族>であったから、この頃クズハ姫は<法儀族>に変化していたに違いない。


その後、<オオスミ><カルファーニャ>と帰還が続いた。


中には六人で六つの宝を持ち帰り、六年間姫と暮らしたものたちもいる。彼らは仮の主従関係を結ぶことで北部ナインテイルを勢力範囲とする有力な集団を形成したが、他の家と比べ、結果的に栄枯盛衰が著しかった。

九商家として現存するのは<ラレンド家><リューゾ家><リーフトゥルク家>である。


十年以上の長い旅の末、宝を持ち帰ったのが<クォーツ家>の祖である。彼は<ナカス>からほど近い<アキヅキ>に居城を構えた。


最後にやってきたのが、<ウェルフォア家>を興すキノという青年である。彼は<ロクゴウ>を中心にナインテイル北東部に勢力を広げた。


これが、ナインテイル伯爵の娘、クズハ姫の血を引く九商家の伝説の全てである。



ところが、ごくごく最近になって、キノと<ウェルフォア家>について記された資料が見つかった。

九商家はいずれも、宝を持ち帰った始祖と同じ種族で形成されるが、<ウェルフォア家>だけは例外である。<狐尾族>の中に四分の一ほどの割合で<ハーフアルヴ>が生まれるのだ。


クズハ姫が<狐尾族>の姿のまま、キノの子を生したということである。

その資料は、クズハ姫が<ハーフアルヴ>に変化するのをキノが拒んだという経緯を書いたものである。


当時<ハーフアルヴ>の地位は低く、奴隷か召使いのようなものだった。この頃の<ハーフアルヴ>は、性的に虐待された<アルヴ>たちの忘れ形見たちがほとんどだった。


キノは二十四士の一人とはいえ、クズハ姫には既に十一人の夫がいるとはいえ、奴隷同然の男に娘をやることにナインテイル伯爵は躊躇した。そして、色々と難癖をつけて婚姻を反故にしようとした。


地獄のような世の中に変えたのが<アルヴ>であるから、その直系のキノの血が混じるのは伯爵にとっては耐え難いものであったのかもしれない。


だが、一言の災いからおよそ十二年。その一言を頑なに守り続けたクズハ姫は、「虚しい差別心から約定を反故にするなど清廉たる伯爵のすることではない」と父を一喝し、出奔する。


<ロクゴウ>の山にこもったクズハ姫はそれでも悩んでいた。父の言葉を実現するために過ごしたこれまでの日々。たくさんの愛を受け、たくさんの子を生したが、本当にそれが正しかったのか迷いはじめたのである。


「もう私が何者か分からなくなってしまいました」

「貴女は美しきクズハ姫です。それは、はじめてあった日から変わりません」


「私にはもう何もありません」

「私がおります。これからよき思い出をたくさん作りましょう」


「あなたにどう接すればよいか分からぬのです」

「姫は姫のままでよいのです。私は貴女に仕えましょう」


それから数日クズハ姫は岩窟の壁面だけを見つめて暮らした。キノは姫の豊かな尾が揺れるのを見ているだけで幸せだったようで、木の実や新鮮な魚を取ってきては、クズハ姫に差し出した。


「おや、やっと食べてくれたのですね」

数日後、ようやくクズハ姫に変化が起きた。キノを振り向いて深々と頭を下げた。


「私は父の言葉に従い生きてきました。夫に尽すためにこの身を転変させてきました。<ドワーフ>の夫には<ドワーフ>に、<法儀>の夫には<法儀>に。ですが父は<ハーフアルヴ>のあなたを否定した。そのため、私には差別心などないはずだったのに、<ハーフアルヴ>に変化することにためらってしまいました。私の弱い心のためです。長い年月をかけ約束を果たしたあなたに大変失礼なことをしました」


キノはクズハ姫の肩に初めて触れた。

「顔をお上げ下さい。私と貴女はすでに夫と妻です。何を遠慮することがありますか。貴女は貴女のままでいい。その姿の貴女と暮らしたいのです」


クズハ姫はさめざめと泣いた。

「キノ様。あなたのような方と出会えたのに、一年という短い期間しか添い遂げられないのは、なんという愚かな約束をしたのでしょう」

キノは笑う。

「私には未来を見る力があります。私より後に宝を持ち帰る者はいません。一年は夫として過ごしますが、その後は貴女に仕える臣下となればよいのです」


キノには不思議な力があるようで、こんなことを言うことがあった。持ち帰った秘宝をクズハ姫の腹部に乗せて言うのである。

「これは、アルヴの<秘宝>なのです。三百と五十年の後、生まれ変わった貴女がこれをこのように抱いたとき、新たな命が生まれるのです。<生命の揺りかご>という石の卵です」


「三百五十年先の世の中はどうなっているのでしょうね」

「それは貴女が見て来たらいいのです」

「夢のある話ですね」

「美しい世であれと願うばかりです」


キノとクズハ姫とその子どもは、石と刀を貿易品にしてその後もその一帯を中心に暮らしたのだという。



■◇■3.03 ミクズ


「ジロラオ! 火じゃ!」

「タララオ! もうやっとるらよ! でんが、これ以上<飛魚>を上げることはなかばい」


タララオは夕闇の中を指して叫んだ。

「にしゃまてえな! ジロラオ、アレを見ぃ! オラたちのすみかの近くやなかか!?」

「火じゃ! ねぇね、火じゃ」


「火事でしょうか」

アウロラは黒々と広がる地平の先に火の手が上がっているのを認めた。

「姉さん。暗いけんどあの火を頼りに進もうと思う。確かめんじゃったら気になって夜も眠れやせんっちゃき」

春は月の出が遅い。もやもやと暗い藍色の空の中を、黒の<飛魚>が泳ぎはじめる。


姫はこれまで封印術を施された神殿で過ごしていた。だから、火事は恐ろしいものと知ってはいても、火事の熱を知らない。頬をなぶる風の圧力や髪を後ろになびかせる風の力も初めて知った。


夜間飛行も火事も恐ろしいものばかりだったが、同時に新鮮な驚きが姫の身体を駆け抜けた。

アウロラはこれが<冒険>というものなのだなと思った。



「ハトジュウが飛空艇を発見した!」

念話を受けた桜童子が<鋼尾翼竜>を急旋回させる。

「ホンマに! どこやて?」

桜童子が振り落とされないよう、内股で強く締め付けるシモクレン。

「いてて、おいら<ファンタズマルライド>持ってるから大丈夫だって! 場所は<オコシカケ>方面から<ゴーブリジ>方面に向けて。だが、<ゴーブリジ>方面に火の手が見えるらしい。急ぐぞ!」



<八十島かける天の飛魚>は炎を飛び越え、平たく開けた土地に舞い降りる。どうやらこの土地は元々滑走路であったらしい。炎はフェンスで遮られている。中の方は安全らしかった。


倉庫のひとつにジロラオが駆けていく。

「ははしゃまー!」

タララオは手を取って籠から姫を降ろした後、ジロラオのように駆け出した。


ジロラオが叫ぶ。倉庫の外に飛び出してきた。

「ははしゃまがー! ははしゃまがー!」

タララオはジロラオをはね飛ばすようにして倉庫に飛び込む。

ほの暗い魔法灯が倉庫の内部を照らしている。多くの布が折り重なって柔らかく覆うその奥に、ビッグマザーは眠るようにもたれていた。


その布は血で黒々と濡れている。

「母様!?」

タララオの声に、ビッグマザーはうっすらと目を開けた。


「タララオ、ジロラオ」


「あの、大丈夫ですか」

アウロラは思わず声にしていた。

ビッグマザーは美しい目を大きく開いた。


「まあ」

「大丈夫ですか」

「大きくなりましたね。ああ、本当に美しい」

「あの」


ビッグマザーは涙をこぼした。

「私の名はミクズ―――。あなたの母です」


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