002 八十島かける天の飛魚
■◇■ 2.01 シモクレン
もうすぐ日没になろうかという頃、<ロクゴウ>から<ユーエッセイ>に一時帰還したシモクレンは、まず拝殿前で狼狽するお葉婆に会った。
「姫様がおらぬのじゃ、姫様がおらぬのじゃ」
お葉婆は、この神域を守る役目をもった<大地人>の老婆である。この慌てぶりは目も当てられない。
シモクレンはあざみの仕業だと直感したので、できる限り穏便に済むよう、秘密裏に捜索する約束をしてお葉婆を落ち着かせた。
それから、<常蛾>の眠りから目覚めた桜童子に経緯を念話で伝え、ハギにも連絡をとる。
ハギの式神ハトジュウに上空から探索させるのが一番早いだろう。ハギには<常蛾>の卵掃討に集中してもらいたいところだが呼び寄せるしかない。ハギや桜童子が来るまでは、シモクレン自ら探さねばならない。
<ユーエッセイ>から姫を連れて逃げたと考えると、東はまずないだろう。<ロクゴウ>がある方面でシモクレンがやって来た道だ。
西に行けば<往還街道>がある。ここは以前復活したイクスが通って大変な目にあっている。可能性としては薄い。
南は<上の道>や<下の道>に接続する道なので、この方面に進んでいれば、飛竜を駆って向かっている桜童子と出会う可能性が高い。
そうすると、シモクレンが探すべきは北だ。
海沿いに北西にすすんでいけば、<ナカツ><オコシカケ><ゴーブリジ>などを経由して<コクラ>にたどり着く。<往還街道>の入り口である<ナカツ>さえ無事に抜ければ、比較的安全なゾーンが多い。
しばらく捜索していると、それほど神殿から遠くない所であざみを発見した。死んだように目を見開いたまま硬直した状態で倒れていた。
ステータスを見るとHPもMPも残量1。
「あざみ! どないしたん!」
シモクレンが駆け寄って肩をゆすろうとした瞬間、あざみはするりと腕をすり抜けて立ち上がった。
「は?」
「姫ー! あれ? メスゴブリン」
意識を取り戻したあざみはシモクレンを見るなりそう言った。
「誰がメスゴブリンやの!」
思わず怒りに任せてハンマーを振るうシモクレン。シモクレンがしまったと思った瞬間、あざみはハンマーに向かって手を伸ばしていた。
振り抜いたハンマーの先にあざみはいなかった。既にシモクレンの背後にあざみはいた。
「今のどうやって」
それまで感覚的にこの技を習得していったあざみは説明する術を持たなかったが、今はっきりと自覚的に発動させたので、シモクレンの問いに答えることができる。
「気流を捉えたんだよね」
「はあ?」
「そして花びらが風に舞うように舞ったんだよ」
「はあ?」
たしかに、あざみは指先でハンマーが起こす気流を捉えたのである。
極限にまで磨いた<察気>で攻撃から発生される気流を感知し、速度や方向はそのままに後方に引いた。サッカーのトラップの技術に似ているかもしれない。
全力で後方に引いた力をロスなく円運動に変える。それを可能にしているのは、<口伝:紅旋斬>で鍛えた体軸の感覚だ。
ただ、残念なことに、せっかく説明できるほど技の仕組みを理解したのに、あざみは全く説明する気がない。
「これが新技<桜花円舞>」
「はあ、もうええわ。どうせ説明する気ないんやろ」
そこあたりはシモクレンもよく心得ている。
「そうやのうて、姫様どこやったん?」
「いや、それはアタシもききたい」
「なんで姫様連れ去ったん?」
「いやいや、アタシは手伝ってお供して置き去りにされただけ」
心得ているとはいえシモクレンの怒りはピークに達する。
「なんで、アンタだけこんなところで死んだふりしとったん!」
「なーんか、さっきの<桜花円舞>の他に新しい技覚えちゃったらしいんだよね。<狸寝入り>っていうんだけど」
「なんやの? その<狸寝入り>って」
「何って言われてもなあ」
「アンタ、大変な状況になってんのわかっとるん?」
「ん、ああ、多少」
もうここまでくるとシモクレンはあきれる他ない。
「にゃあちゃんもこっちに向こうてるから、今後の対応考えてもらわんと。それからあざみ! 大人やから過剰な心配はしてへんけどな、それでも言わせて」
あざみにも説教される覚悟はできている。姫に請われるままに脱出の手伝いをしたが、長話のせいで敵の接近に気付かず姫を見失ったというのは事実だ。
「アンタが無事で、よかったわ」
「え?」
「ほうけとらんで、にゃあちゃん来るまで姫様どこに行ったか、痕跡を探すで!」
「お、おう」
あざみは思う。これがギンゴやマリの抜けた後の【工房ハナノナ】の風土なのだ。
それまでは何かが過剰で何かが不足したはみ出しものたちの梁山泊のようなところだった。
それが、どこか家族的なつながりを感じるようになった。
だから、しららんがいなくても居場所だと感じられるようになったのだ―――。
「あ、ちょっとだけタイム。ちょっとだけ念話させて」
「大事態やいうとるやろ」
「ホント野暮用、ホント野暮用」
あざみはステータス画面を表示させ、フレンドリストに入る。スクロールするとシモクレンからわずか下にしららんの名前があるのを再確認した。
「やっぱりしららんログインしてる」
そういって念話をしはじめた。しららんの他は灰色の文字でログインできていないことがわかる。
念話をかけても相手が出ないということはしばしばある。忙しくて意図的に無視したり、戦闘中だったり、念話不可なゾーンに入っていたりすれば出られない。
「また後でかけ直してみよう。ああ、レン。ごめんごめん」
「なあ、あざみ。黒狸族の足跡とアンタの足跡はあるのに、途中までしか姫様の足跡がないんやけど、アンタほんまに姫様と一緒やったん?」
捜索範囲を広げたものの、未舗装の道にはアウロラ姫の足跡はどこにもなかった。
■◇■2.02 桜童子
緊急事態なのでハギを呼び寄せて、ヤクモやハトジュウに探索させることにした。さらに三十分経って桜童子が到着した。
完全に日は没したが、空は群青色に暮れなずんでいる。
「まだ<常蛾>の影響が残ってんのかな。比較的飛びやすかったよ」
普段、異常エンカウントのせいで騎乗生物をまともに高速飛行させられない桜童子は言った。
「にゃあちゃん、どこかで歌姫見かけんかった?」
シモクレンが桜童子の到着を出迎えて言う。
「おいらの来たコースにはいなかったなぁ。念のため<蒼球>持って来たんだが、反応する様子もなかったからなあ」
<蒼球>は【工房ハナノナ】の保有する最大級の<ルークィンジェ・ドロップス>である。
姫には<ルークィンジェ・ドロップス>を感知する能力がある。桜童子は以前はっきりと外の世界に出すと約束した。だから、桜童子の接近に気付けば、姫が何らかの反応をみせると思われた。
「まあ、そう簡単にはいかねぇか。おーい、たんぽぽぉー。なんか妙な力を手に入れたらしいなー。ちょっと教えてくれー」
あざみにとって桜童子は年の離れた兄のような存在なので、比較的素直に指示に従う。
<白昼夢>というバッドステータスを受けたところの話をしたところで桜童子が口を挟んだ。
「そいつは珍しいヤツに会ったなあ。<黒狸族のタマツラ>っていって、ここら辺じゃ滅多に会わないネームドモンスターだ。経験値もだいぶ入ったろ」
「うん、レベルアップした。そしたら<狸寝入り>って技まで習得してて」
桜童子は中級召喚術師であった頃から、出会った生物たちを図鑑のように記録し描きためていたから、在来のモンスターには詳しい。
「でかした、たんぽぽ」
「え?」
「お前ぇのおかげで、地球帰還への目処がたったよ。まあ、可能性のレベルだけどな」
「ち、地球帰還? <狸寝入り>で?」
あざみがうろたえるが、桜童子は軽やかに手を振って否定した。
「<狸寝入り>ってのは、<猫人族>の特技<シェスタ>みたいなもんさ。どこでも寝られて疲労度を回復できる。ただ、<黒狸族>の技だからな、死んだふりみたいな見た目になるんだろ。そんなんじゃ、地球帰還なんてできねぇさ」
「え、じゃあどういうこと?」
「まだ、可能性の段階だし、これから実証するにしても運の要素が強いからうまくいくとは限らねえけどな。<狐尾族>のお前ぇが<黒狸族>の特技を手に入れたってとこが大事なんだよ」
狐尾族が他種族の技を取得するといってもヒューマン、エルフ、ハーフアルヴ、ドワーフ、猫人族、狼牙族、法儀族の中のいずれかからなのである。狐尾族の特技だった場合は他職業の特技になる。
当然、そこに黒狸族は含まれていないのである。
「あ、そういえば」
「今までだったらありえない。だからといって、この現象が今回のアップデートによる全面的な変更とも思えないんだ。おそらく、『ランダム取得される特技が敵種族のものとなる。ただし、<口伝>を使用してレベルアップした場合に限る』ってことじゃないかな」
「ほ、ほう」
「今後、必ず<ログアウト>させる技をもつ敵が現れる。おいら自身が<常蛾の眠り>に堕ちて確信した。たんぽぽがその技を手に入れられたら、おいらたちは地球帰還だってできる。まあ、そのくらいの話だ」
壮大で実現がいつになるかわからないような話だ。あざみにはそれよりも直近の悩みがある。
「それより、にゃあちゃん。アタシよかったのかなあ。姫様を外に連れ出して」
あざみは珍しく不安気な表情を浮かべた。
しかし、桜童子はいつも通りの表情で呪文のような言葉を発した。
「雷水解五爻だな」
「ら、え?」
雷水解―――。易経における卦のひとつ。
困難な状況が氷解することを示す。
五爻は、三狐を得、同時に黄金の矢をも得るような状況の兆しを意味する。
「よかったかどうかはわかんねぇけど、そういう状況がやってきたってことでしょ。おいらたちにできることは、よりベターな結果に導くよう努力することじゃあないか」
「隊長!」
そこまで桜童子が言ったところで、ハギが駆け寄って声をかけた。
「ダメですね。ヤクモには黒狸の足跡を調べさせましたが、あざみちゃんと戦った個体のものしかありません。姫様の足跡はそやっぱり消えています。争って連れ去った形跡もないです」
「ハトジュウは?」
「北西に飛ばしていますがまだ見当たらないですね」
シモクレンも戻ってきた。
「あざみが姫様を見失ってからおそらく一時間ばかり。<冒険者>やあらへんからそんなに遠くまではいけんやろうね」
「さあどうかな」
桜童子が言った。
「足を抑えてうずくまった姫様が、馬に乗ることを拒否したのに、足跡も残さず消え去った。争って拉致した形跡もない。だとしたら答えは残り僅かだなあ」
「答え合わせをお願いします」
ハギは素直に言う。
「おっと、もったいぶらせてくれねぇなぁ」
桜童子は笑って腕組みした。
「一、姿が見えないだけ。透明化する隠れ蓑や魔法のドアのようなアイテムがあれば、それは可能だ。二、戦闘に巻き込まれて死亡した。死ねば虹色の泡になるからな。三、足跡をつけずに立ち去った」
「で、どれが可能性が高いと思うんです?」
ハギは先を促す。
「一はまずない。おいらの従者<ウンディーネ>にここら一帯に水をまかせた。しかし、地面は全部濡れている。何かに遮られた様子はない。だから近くには潜んでない」
「いつの間に」
あざみは驚いて周りを振り返る。
「二だったらもう手遅れだが、足跡の状況から見て、姫様の位置からすると致命傷にいたったとは考えにくい。お前ぇが盾になるように動いてくれたおかげだな」
「いや、アタシは何も」
「つまり、三が一番可能性が高い。とはいえ、姫様が自身で歩行補助魔法を使って浮いたか、タマツラとは別に現れた飛行生物に攫われたか、そこは不明だ」
「つまり、通常歩行で考えられるような捜索範囲にはいない可能性が高いんやな」
シモクレンが結論付ける。
「まあな。というわけで、おいらとレンが<鋼尾翼竜>で一旦<コクラ>辺りまで飛ぶ。ハギとたんぽぽは道から外れたところにいる可能性も視野に入れながら、そうだな、月がのぼりきるまでに<オコシカケ>までは進んでくれ。二手に分かれて範囲を狭めていこう」
「了解!」
■◇■2.03 タララオとジロラオ
狐尾族の兄弟は、見た限りまだ幼いようだった。それがしきりにケンカばかりするのである。
先ほどは、足の痛みには薬草を練って作った団子を貼るのがいいか、岩清水のご霊水で濡らした手ぬぐいで冷やすのがいいかで揉めていた。
結局どっちも試すことになってドロドロになった布が姫の足首に巻かれている。
そう、桜童子たちの読みは正しかった。
アウロラは狐尾族の兄弟に連れられて、<コクラ>から<ユーエッセイ>の間にやってきていた。もう少し正確にいうなら、<オコシカケ>中心部からほど近い、<テンチザン>という小高い丘に兄弟はアウロラを運んだ。
いかにして運んだかというと、野外音楽堂跡に置かれた布とかごが物語っているのだが、詳しくはあとの話に出てくるので確かめていただきたい。
さて、今度は狐尾族の兄弟が姫に差し出す握り飯のことで揉めている。
「ジロラオはこまいんだからジロラオのをあげればよか」
「タララオはにいになんらからゆずることを覚えたらよか」
姫は今まで自分が何を食べてきたかさえ思い出せなかったが、少なくともこのような握り飯を食べた記憶はない。
素直にそう伝えると、今まで言い争っていた兄弟は頷きあって、持っている握り飯を全て盆に乗せて差し出した。
「おおきかもんとったらいいばい。うまかよ」
「うまからよー。こいね、こいね、<冒険者>のねえねからもろたけん。うまからよー」
「あ、いただきます」
どう食べてよいか分からず、盆に顔を近づけて握り飯の上の方だけかじった。
その様子がえらくタララオとジロラオの心をゆさぶったらしい。隣の握り飯の方が大きくなったからそちらをかじれと言う。
「うまかやろ」
「こっちのこまいのも食べていいばい」
「よかばいよかばい。ジロラオのは食べんでよかばい」
「にいにばっかりずるいー」
小さい方の狐尾族が泣き出して地団駄を踏む。きっと餌付けでもしている気分なのだろう。さっきまでどちらが譲るかで揉めていたのに、今度は食べられないと嫌なようだ。
仕方が無いので、姫は大きいのも小さいのもどちらもかじる。今度は姫の頬についた米をどちらが取ってやるかで揉めはじめる。
姫は両頬についた米を取ってもらうまで、大人しくじっとしていた。
兄弟がごきげんになったようなので、姫は尋ねた。
「どうして私をこのようなところへ連れてきたのです」
タロラオが言う。
「ここに来たのは次に飛び立ちやすいからだけどな」
「にいにが、ねえねが綺麗らから助けようっていったから、ぐいーって引いたよ」
ジロラオも身振りをつけながら話した。
「え?」
「お姉さん、タマツラに襲われとったとでしょ」
「タマツラ?」
「いじの悪い狸ったい。おらたちの旅の邪魔ばっかりするイヤなヤツやったと」
「にいにね、にいに、たまぬらに殺されかけたんばい」
「タマツラな」
「たまてゅりゃに殺されかけたんばい。でも<冒険者>のねえねが助けてくれたつばい」
ジロラオは自慢げに言った。
「てるるって人に何とか海に逃がしてもらったんだ。でも、タマツラのヤツずっと追いかけてきてて」
「そしたら、今度はねえねがおそわれとったと」
「そこでおらたちは、<八十島かける天の飛魚>に姉さんを引っ張りあげたんだ」
姫は背後の黒い布の塊を見た。
「空飛ぶ、魚?」
「そうらよー。ジロラオがうおーって火を出すの。火を出したら飛魚大きくなるの」
「おらが飛魚の腹の中に風を送るとよ。すると、飛魚が空に泳ぎ出すんだ」
タララオは自慢げに言う。
「やってみてやろかー」
ジロラオも負けずに自慢する。
「これに乗れば、空を自由に進めるのですか」
「風さえよかなら。じゃあ乗らんね、姉さん」
熱と風を送ると布がふくらみ始めた。熱気球のようだが、違う部分がある。布の中に小さな鳥籠のようなものがある。その鳥籠のような中に青く輝く宝石が回転しているのが見える。
狐尾族兄弟の妖力に反応して、<ルークィンジェ・ドロップス>が回転し、エネルギーを発生させているのだ。そのエネルギーは、飛魚の羽の下についたファンを回す。これにより、飛魚は頭の方に進む推進力をわずかながら得ることができるのだ。
「ねえね、早くのって」
「姉さん、もう暗いからおいらたちのすみかに案内するのは朝になってからな。ジロラオ、今日は浮くだけにしとくぞ」
姫と兄弟を乗せて飛魚はふわりと宙に舞い上がる。
「わあ」
みるみるうちに先ほどまでいたところが小さくなり、ほとんど明かりがないが、<スオウの速海>が黒ぐろと広がっているのが見えた。ファンがついているが飛魚は実に静かに浮遊している。
「ねえね、どう?」
「何だか足場のない空に浮いているよう。少しこわいです。これはやはり<冒険者>の技術なのですか」
「いいや、これは<アルヴ>の遺物だよ」
その言葉に姫はドキリとした。
<アルヴ>とは今はなき血統で、優れた魔法技術をもった種族である。<二姫>はその<アルヴ>の姫であり、アウロラもその血を引いている。
「<狐尾族>のあなた方が、<アルヴ>とどうしてつながりがあるのですか」
タララオはこともなげに答える。
「それはおらたちの母様がビッグマザーだけんね」
「ビッグマザー?」
「ははしゃまはねえねくらい美人の九尾の狐なんらよー」
「母様はおらたちのほかにもたくさんの子どもを生んだんだ。子どものうち一人は、<アルヴ>の技術でよみがえった、<二姫>の生まれ変わりなんだよ」
アウロラは軽く目眩を感じた。
それは、ひょっとして自分のことではないだろうか。
アウロラはこれまで明瞭な意識をもっていなかったから疑問にも思わなかったのだが、自分がなぜ大昔に滅びたはずの<アルヴ>の姫を母と感じるのか。なぜ彼らと出会ったのか。そもそもなぜ自分が神殿にとらえられていたのか。自分は何者なのか。花びらのように無数の謎が頭の中に降りしきる。
急に自由であることが恐ろしく思えてくるのであった。
■◇■2.04 クオン
「何だってこうも面倒なことを起こしてくれるんだ」
<ナカス>の暗い執務室には、次々と人がやってきて、<ナカス>南門が破壊された経緯についての報告をしたり、トゥトゥリ率いる<オイドゥオン家>への対処について尋ねたりしてくる。
「いいんだよ、報告なんかいらないんだよ。ホラまた来た。ピンポンピンポン煩いんだよ。どいつもこいつもやかましいんだよ。ぼくは<ナインテイル>に眠りに来たんだ」
<権帥>とは有名無実の閑職なはずであった。
<予言の歌い手>クオンは、暇だからこそやってきたのだ。
それなのに、<常蛾>だ<猫妖精>だ<オイドゥオン>だなんだと騒々しいことだらけだ。
どろりとした目を配下に向けて手で追い払う。
「どうせ、明日には<ミナミ>に戻るんだ。自分たちで何とかしろ。いや、しなくたっていい。どうだっていいよ」
気分転換に<ナインテイル>に行くのはどうだと勧めてくれたのはKRだったか、それともカズ彦だったか。
結局アドバイスは意味がなかったようだ。
ポストなんて要らないのに、なまじ<十席会議>に属しているものだから、<ナカス>についたら<権帥>に任じられてしまうし、なったらなったで、なんだかんだ事件が起きて騒がしい。位の高い者が他にいないから次々と報告や相談がやってくる。
これでは人生詰みだ。
いや、詰みなら次の一手で確実に死ねる。死んだっていい。静かに眠れるのなら。
何度か試したが、<大神殿>で蘇っても<呼び声>はやむことはなかった。
「ああ、なんて言ったっけ。ステイルメイトだ。いや、パーペチュアルだ。千日眠らなかったら助けてもらえるのかね。でも、まだ三分の一だ」
今夜は<常蛾>もやって来ないようだ。まだその知らせがやってこない。
「やって来てくれよ! 体当たりでも何でもしてくれよ! 何だよ<常蛾の眠り>って。全然眠れやしないじゃないか」
身近にあるものを蹴倒したかったがその気力すらない。
侍従が部屋に灯りをつけにやってきた。
「今夜は外は静かなのかい。はは、煩いのはぼくの頭だけだ。ホラ、また来た。何だよトゥルウァトスって。誰がやっつけようが知ったこっちゃないよ。何だよタリクタンって。広報されなきゃわかんないよ。ははは、もう、どうでもいい。ああ、そうだ。見送りなんてあると煩わしいからな。今から馬車出してもらえないかな。頼むよ、きいてきてくれ」
侍従が下がるとクオンは深いため息をついた。
「ああ、<権帥>を返上して出ていけば、南門が壊された責任をぼくに負わせやすくなるんだろうな。こういう状況なんて言ったっけなあ。動いたら死ぬヤツだ。ツーク、―――ああ、思い出せないや。まあ、いいさ。思い出したところでこのチャイム音が消えやしないんだし」
クオンは椅子の背もたれに体重を預けて目を閉じた。