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014 海の藻屑

筏にしがみついて、鮫からの難を逃れた<冒険者>は後にこう語った。


「ビルの倒壊現場に居合わせた気分だ。生きた心地がしなかった。決着がついたときも勝利の喜びというより、生きていた喜びしかなかった」



高所へと避難していた<大地人>はこう語る。

「決着がついたのは多分避難していた最中だろう。高台に上がったときにはもう、あのお化けクジラしか見えなかったんだ。ああ、そうだ。避難する最中、何か揉め事が起きたような声がしたんだ。女の子がひとり消えたって言ってたけど、波に巻き込まれてなきゃいいなあ」


戦いの場を見るのは初めてだという<ユーエッセイ>の歌姫は語る。

「戦があれほど恐ろしいものだとは知りませんでした。でも、私にも何かできることはないかと考えていました。高台に上がった人たちは勝負の行方より、消えた少女の噂で恐慌状態に陥っていました。私には民のために祈り、歌を捧げることしかできません。祈りの歌が心を癒したのならよいのですが。それにしても消えた少女は見つかったのでしょうか」



戦闘中盤まで、ボクとトキマサは補給業務に携わっていた。

ダメージが一にしかならないのでは、矢が何千本あっても足らない。宝珠もたくさん必要だった。

途中から、元【工房ハナノナ】メンバーだというしららんさんという方が手伝ってくれたが、そのうち波が高くなり物資を届けるのが難しくなってしまった。


リーダーさんから指示を受け、補給に関わっている人たちを避難させる仕事に変わった。

(ヨセ違えれば、勝負は中盤に戻っちまう。津波が次々押し寄せることになる。確実に周囲の人々を避難させてくれ)


高台に誘導しているとき、岸の方で声がした。詳しくは聞き取れなかったが、少女が消えたという噂だった。だとしたらボクのせいだ。全員を避難させるのが、ボクの役目だ。


「舞華先生! 何する気ですか。舞華先生!」

トキマサはボクの腕を引いた。ボクは波の花が散る岸辺に立って波を睨んだ。

誰かが消えたというなら波に飲まれたに違いない。


「ボクには<潜入取材>という特技がある。侵入禁止の道の先。開かないはずの扉の奥。ボクはきっと逆巻く波の中も入れるはずなんだ。ボクはボクの役目を果たさなきゃいけない」


「また波が来ています! 舞華先生!」

「トキマサくんは高台に避難していて」

「先生! 海上戦闘が終わってからでも!」

「事態は一刻を争うの」


そこにしららんさんが駆けてきた。

「誰かいなくなったのは間違いないみたい。今動揺している<ウフソーリング>の人をなんとか避難させてきたよ」

「しららんさん、トキマサくんをよろしくお願いします」


「行くんだね」

そう言って回復呪文で援護してくれた。

「先生!」


トキマサは自分で描いた絵をボクに渡した。ヨシキリザメの描かれた布。

ボクはハッとしてフレーバーテキストを確認する。

<我が仲間を護る盾とならん。絵師の強き念が凝固し鮫の形となる。鮫は海中の王にして、稲妻の如く泳ぐものなり>


<潜入取材>がどこまで通用するかわからなかったが、これで一縷の希望が見えてきた。

「早く高台へ!」


ボクはトキマサのくれた布を身に巻き付け、海に飛び込んだ。


海中は思ったよりも静かだった。きっと<潜入取材>の効果だろう。とても明るい。あたりを見回したが少女がいる様子はない。

珊瑚を足掛かりに強く蹴ると、恐ろしいほどの速度で海中を進むことができた。


ボクの耳は絶叫のような音を捉えていた。

耳の方が自信がある。ボクは急いで音の方向へと泳いだ。

ずいぶんと深いところだ。一度海上に出て呼吸しておきたかったが、音のした方向を見失いたくない。


頭上には筏や鮫の影があった。ボクは戦場の近くまで来ていたことに気付く。

音のした方に、白い何かが見える。


急いで泳ぐ。

白いブラウスの少女、ジュリだ!

何でこんなところに。


気絶しているらしい。咄嗟にボクはジュリの鼻をつまみ、唇を重ねる。

肺に残る空気を全部ジュリに送る。

ジュリの身体が浮かびはじめる。

ボクの身体を包む回復呪文が光の脈動をはじめる。ボク自身溺れはじめているのだ。


ジュリにトキマサの布を巻き付け、浮上する。

しかし、意思に反して身体が動かなくなった。

ジュリだけでも、と海面に押しやる。


反作用でボクの身体は沈んでいく。

誰かジュリを助けて。


海面がとても明るくなった。暴風雨が止んだのだろう。

光に包まれながらボクは目を閉じる。

ボクは海底で久しぶりの<ロスト>を味わった。



■◇■


「予備動作三秒前!」


<典災ヒザルビン>とアマワリが並ぶ。

辺りは騒然となる。

「一!」


「ヘルアンドォゥ! ヘヴゥーーーーーン!」

フルオリンが氷を蹴った。脚部装備<エレメンタルギア>の驚異的な推進力がフルオリンの身体をロケットのように押し出す。


ヒザルビンの触手が振り上げられる。


その触手は振り下ろす途中で止まった。

アマワリが触手を握りしめたのだ。


そして、海スライムのようなヒザルビンを強烈に殴った。


フルオリンは突進を止めない。

桜童子が設置した滑り台は急角度過ぎて、フルオリンの身体は、完全に真上に飛び上がった。


「来い!」

アマワリがヒザルビンを殴るその横で、フルオリンは盾を胸に構えて叫んだ。


その盾にユイが舞い降りた。

「二段階式ヘルアンドー、ヘヴゥウウウウウン」


ユイは高く飛び上がる。何種類もの援護呪文を受け、光の軌跡を残して遥か上空に舞う。

フルオリンの狙いは攻撃ではなく、ユイを打ち上げることのみにあったのだ。


「火雷天神ーーーーー!」

桜童子が叫ぶ。

ユイのいる遥か高みに届くのはフククジラに乗った<火雷天神>だけである。


「わかっておる」

落下するユイの脚に雷撃の加護を与え、ユイの身体を加速させる。



発射台となりユイを見上げていたフルオリンは、ハッとする。

海スライムが二本目の触手を動かしていたのだ。

防御力向上の盾で軌道を逸らしたが、盾は砕け、身体は海面へ弾き飛ばされた。


二本目の触手はアマワリの身体を突き破った。


その時である。

雷の槍と化したユイが海スライムの頂点を貫いた。


海スライムはコロイド状ではなく、流体だった。それを突き止めたのは能生である。

下から水を吸い上げて頂点から全体に流しているのなら、頂点には周りに広がる力が働いているはずだ。

ユイは、一点を攻めることができればコアに到達すると考えたのだ。


水道を上向きにし吹き上げる水を指の先で突くと、すーっと指先が入っていく感覚。

面ではなく点での攻撃。それがユイの踵落とし式<ライトニングストレート>だ。


ヒザルビンのコアが異変を感じ、上を向く。

その瞬間足下から胸の間へと、電撃の串が貫いた。


ディルウィードの<騎士の巡幸(ナイトツアー)>シンギュラリティブレンドだ。

ディルウィードは海中に潜み、天地逆さに<騎士の巡幸>を仕掛けていた。

MP節約など考えない最大の一撃を、海水を吸い込む瞬間に放ったのだ。


ユイの踵がヒザルビンの顔にめり込み、激しく砕いた。


その瞬間、海スライムが弾けて巨大な波が起きる。

筏に掴まるものも、鮫も、氷の滑走路も一気に押し流される。

氷河が崩落する際に起きる大波のようだった。


幸運だったのは、戦闘区域に十分な深度があったことや、岸が狭い入り江の形をしていなかったことだろう。もし、狭い湾だったとしたら、津波は高台を易々と飲み込んだだろう。



顔面を吹き飛ばされたヒザルビンの身体は海底へと沈んでいく。

ディルウィードは気絶しているユイを抱きとめた。能生はユイにも<ウォーターブリージング>をかけ、戦闘区域から離れるよう指示をする。



<鋼尾翼竜>に乗った桜童子とあすたちんは、フルオリンを救出する。

<火雷天神>は押し流されるフククジラに立っていられず、幼童の姿に戻って、<クェダ=ブラエナ号>にしがみついているに違いない。


(波路厳王よ)



「今、アマワリが喋った! もふうさちゃん、アマワリの前に戻って」

あすたちんの回復呪文を受けながら、フルオリンは言った。

「戻ってくれ、<鋼尾翼竜>!」



(よくぞこの地を守り抜いた。私とて、元はこの地を守り抜く役目があったのだ。しかし、謀略に遭い命を落とした私は、怨む気持ちのあまり<黄泉騎士>として蘇ってしまった)


「アマワリさん」

(もう、私が蘇ることはあるまい。しかし、怨嗟の念は払いがたきもの。北へ北へと憑いていき、やがて、<新皇>を招くであろう。波路厳王よ。<新皇>から民を守り抜いたとき、再び波路厳王の名を名乗るがよい)


「アマワリさん、聞いて! あーしたち、<新機動戦線アマワリ>っていうの! アマワリさん消えちゃうかもしんないけど、あーしたち、アマワリの名を継いでこの地を守り抜いたんだよ!」


フルオリンが叫ぶと、アマワリはふと笑ったように見えた。


(怨嗟の念に立ち向かうための装備を取れ。いざ、さらば)

アマワリは泡となって消えた。



「おーい、感動してるところなんだが、お前ぇさん、<波路厳王>のサブ職消えてるぞー」

「あー、ホントー。やーん、ただの<セクシーメイド>に戻ってるー」

「あーんにゃろ! あーしの話、ホントに聞いていたんかー!」


木箱に入ったドロップ品が、波間に浮かぶ。その中に、布に包まれたジュリの姿があった。


「アスタさん! <ソウルリヴァイヴ>!」

「まかせてー、ってかもう撃ったよーん」

「ありがとう」


桜童子は<鋼尾翼竜>を急降下させてジュリの容態を確認した。筏に引き上げて、無事を確かめる。


「とりあえず、あーしたちは回収作業にはいりまーす。山分けは全部陸に引き上げてからねー!」


フルオリンとあすたちんが<鋼尾翼竜>から降りて、木箱を筏に乗せていく。

桜童子はジュリを<絶海馴鹿>に乗せる。<鋼尾翼竜>では背が高くて引き上げられない。<絶海馴鹿>に<飛行>タグをつけさせれば、桜童子ひとりでも背に乗せられる。


アキジャミヨが心配するといけないから、岸にいる仲間に連絡を入れようとした。だが、浮立舞華には<念話>が届かない。たった今<ロスト>したところだからだ。


少し考えてしららんに<念話>を入れる。

「やっぱり君もこっちに来ていたか」

(ええ、久しぶりに<ナインテイル>に参りました。よろしくお願いしまーす)

「近くに、泣き叫ぶ<ウフソーリング>の男性がいたら、『ジュリは無事』だと伝えてほしい」


(います。声をかけるのも躊躇われるほど泣き叫んでいます)

「大丈夫。教えてやってくれ。そうすれば、彼なら泣いていたことを忘れられる」


<絶海馴鹿>が<クェダ=ブラエナ号>に向けて飛び上がるとき、桜童子の手をジュリが掴んだ。

「うおお!?」

「少し、話せるか」


どうやら、ジュリの眠れる人格<監察者(フール)>のようだ。


「止まっていた針が動き出すぞ」

ジュリは言った。


「<終末時計>ってヤツですか。ということは、あなたがトドメを?」

「眠りを妨げるものだから」

ジュリはやや顔を持ち上げる。


「申し訳ない。ユイとディルで何とかなると思ったのですが」

「<タラソテラピー>。あの<採取者(ジーニアス)>は一部でも残っていれば、海底で蘇る。そういうのを特技というのでしょう?」

「そうだったのですか。だから蘇ってしまったのかー。助かりました」

「気になる力が二つある」

「はい?」


「一つはあそこにいる<アルヴ>の末裔。もう一つは、海の向こうの<航海種(トラベラー)>。おちおち、眠れぬな」

そう言いながら、ジュリは目を閉じ、安らかな寝息を立てた。



甲板に降り立つと幼い姿の<火雷天神>が怒鳴り声をあげる。


「あやかしウサギめ! あのような作戦に出るとわかっていたのなら最初から言えば佳かろう!」

「だから言ったじゃないですか。あとは頼みますって」


「それは、あのツンツン小僧が飛び上がるところであろう。ワシが言っておるのは、あのデカブツが海坊主に襲いかからなければどうするつもりだったのかと聞いておるのだ」

<火雷天神>は最早大福のように膨らんでいる。


「そっちは自信がありました。ありました、って言ってもまだ六分くらいでしたが。あの三体は当初からデザインされたものではない。だとしたらどうして三体が並びうるのか。戦闘開始から<典災>は動きませんでした。そこにいただけだったから攻撃を受けなかった。そう考えたらするべきことは決まっているでしょう」


「ヘイトを高めさせるために触手を使わせておったということか」


「ええ。あなたに何もさせなかったのもそのためです。あなたが動けば一発でヘイト順位が書き換わる。ただ、左近さんとドリィのヘイトを下げて、<典災>が一位になるかは自信ありませんでした。火力はともかく、みな手数は上げていましたからねえ。せめてもう一度、あの触手を使っていれば、おいらもあそこまで冷や冷やすることはなかった」


「もし、ヘイトが書き換わっていなければどうするつもりだったのじゃ」

「あなたが言ったんでしょう。『楽に仕留められる』って。そのときこそ、あなたの出番ですよ。<火雷天神>」


「ぐぬぬ、食えぬウサギめ!」


<火雷天神>が言うと船が揺れた。フククジラが小さくなりはじめたのだ。


(みんなー! 浮いてた分のドロップ品の分配はじめるよー)

フルオリンの声が聞こえた。


「さーて、ウサギ耳。(わらわ)たちにも相応の分配をしてくれるんじゃろうの」


ヴェシュマと右近・左近が近付いて言った。

「かなりの功労者ですからね。期待していいと思いますよ。しかし、おかしいな。舞華くんに連絡が通じない」

桜童子は呟いた。

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