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狼さんの初恋  作者: 遊月奈喩多
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2話 狼さんの戸惑い

おはようございます、遊月です。順当にのめりこんでいく狼こと健志くん、彼の明日はどっちだ……!

本編スタートです!

「はぁ……、はぁ……っ、はぁ……っ!」

 雰囲気を出すためと言って照明が絞られた部屋の中で、熱の籠った吐息が交叉する。

 上気した顔でこちらを見てくる女性の顔も、まともに見えないほどの暗がりの中で。


 那賀嶋(ながしま) 健志(けんし)は、幼い頃から他人の好意の対象になりやすい少年だった。向けられる好意には恋愛感情も当然のごとく含まれていたが、それだけではなく、とにかく周囲からの心証のよい少年だったのだ。

 それは自身たちが人付き合いを苦手としていた両親たちからの「無難に人付き合いのできる子になってほしい」という切なる願いからくる教育の賜物であり、呪いにも似たそれは、時折厳しい折檻という形をとることすらあった。

 徹底した「教育」の結果、健志は誰に対しても人当たりのいい少年となり、その結果として健志は誰からも好かれる少年となった。人からの好意を当たり前のように享受できる人間に。

 そうは言ったところで、健志だって聖人君子ではない。

 むしろ、幼い頃に自身を抑えることを強要されてきた反動として、思春期になった頃にはそれらに歯止めをかけるのが難しい性分になっていた。そしてそんなときにこそ、健志は幼い頃の教育で培われてきたコミュニケーション技術を駆使してきた。

 幸いにして容姿にも比較的恵まれていた健志は、その人当たりの良さも手伝って、他の同年代の少年達に比べればかなり得をしてきた。その最たるものは、やはり「これ」だろう。


「…………ふぅ」

「ん? どうしたの、狼ちゃん?」

 ふとついた溜息に反応したのは、数度体を重ねている女性。初めて会ったときに何らかの名前を名乗っていたが、興味もなかったしふざけた調子で名乗られたその名前は偽名かも知れないとも思ったため、特に覚えたりすることはなかった。

 相手の方も健志の名前を覚えてはいなかったようで、メールをしたときに冗談めかして自称した「寂しがり屋の狼」からとった呼び名で健志のことを呼んでいる。

 彼女は、汗まみれの体を健志の背中に押し付けながら尚も「どしたの? どしたの?」と尋ねてくる。肌を重ねているときから感じていたが、どうやら今日は少し飲んでいたらしい。電話で呼び出した時にも、やたらと騒がしかったのを思い出す。

 どうかしていなきゃ溜息をついちゃいけないのか。

 普段なら口にしないような言葉が口を突きそうなのをこらえながら、「特に何もありませんよ」とそっけなく返す。

「ふ~ん? 何か、アレの最中もずっと上の空っぽかったから、何か悩み事かと思っちゃったよ~」

「残念、外れですよ。俺には特に悩みなんてありません。ちょっと疲れてるだけです」

「ふ~ん???」

 ますます興味深げに笑みを深める彼女。

「まさか、絶倫で体力が凄い狼ちゃんが疲れてる、ねえ……。珍しいこともあるんだねぇ~」

 茶化すように笑う彼女に、健志は「あぁ、やっぱり年の功というものは本当にあるのかも知れない」と、口には出さないものの内心で舌を巻いた。

 それを誤魔化すために彼女と舌を絡め、彼女の茶化した笑いと小うるさい疑問を打ち消す。

 そして、その最中にさえ、彼女に指摘された「悩み事」は途絶えないままだった。


 赤崎あかざき 奈津なつと出会ったのは、2週間ほど前の夜だった。

 その日の健志は、出会った「彼女」と、ある問題でうまく「そういう」流れに乗れず、気分が腐っていた。

『まさか、あそこで彼氏の名前出すとか……』

 ただそれだけのことで、健志の気持ちは妙に冷めてしまい、その後はほぼ何もしないで「彼女」の部屋を後にしてしまったのである。

 健志の好みにピッタリの容姿をした女性だった。声も可愛らしく、いかにも「乙女」という風の、とてもそそる女性。そんな彼女が自分の誘いに乗ってくれた……そう少し受かれていたのかも知れない。

 だからこそ尚のこと健志の気持ちは(くすぶ)っており、それと同時に、「体の繋がり」への欲求不満は強まっていた。

 普段行かない公園に足を向けたのは、きっとそういう理由だったのだ。

 そこで適当に休んで……そして運がよければそこに独りでいる女性を誘って、この気持ちをどうにか軽くしてしまいたいと思っていたのだ。

 そして、そのときにいたのが、奈津だった。


 蒼白い月明かりの下で、何をするでもなくただぼんやりとベンチに座っているその姿には、どこか惹き付けられるものがあった。

 どう声をかけたのかは、もうそれから何度となく言葉を交わしている中で曖昧になってしまっている。もしかしたら奈津の方から、近寄った健志に声をかけてきたのではないかとすら思うくらいだ。

『こんばんは』

 そんな無難な言葉から始めたのだろうことは、推測できる。そしてきっと、奈津の反応も決して悪くはなかったことだろう。

 そして、その時に自分がしたことは覚えている。


『もう遅いから、帰ったら? 近くだったら送るよ?』

 どうしてか、そんな言葉をかけていた。その時に見せた、意外そうな奈津の顔も、印象深く覚えている。赤くなっていた目尻も。


 戸惑っているような表情。

 しかし、もっと戸惑っていたのはきっと健志自身だった。だから、言ったのだ。

 どこか安心した顔で隣を歩いている彼女に、精一杯の虚勢を張った。

『もしかしたら俺、送り狼かもよ?』

 冗談めかして言ったことに効果があるのかはわからないが、静かに俯いたり空を眺めたりしながら適当な相槌を返すだった奈津は、おかしそうに笑った。

『へぇ~、那賀嶋さんって狼さんなんだね』

『は?』


 そんな夜道のやり取りを経て、奈津との関係は続いている。今まさに肌を重ねている察しのいい「彼女」のような例外もいるが、ほぼ一夜限りの関係だけを結んできた健志にとって、それは間違いなくイレギュラーなことだった。しかも、その間に1度も奈津と「して」いない。

 していることといえば、ただ奈津が寄ってくるのに付き合うだけ。そこに体のやりとりはないし、形の上だけなら友達にしか見えない。

 もちろん、そこで満足はしない健志である。奈津と「そういうこと」をするチャンスを伺っているのは間違いない。

 しかし、である。

『じゃ、また明日ね!』

『おう。じゃあな』

 そのやり取りで離れて行く奈津を、健志は今のところ引き留めたことがない。

 別れて1人で帰っているときや、他の女性たちと待ち合わせているときなどに「あ、そういえば」と思う程度である。あ。今日は誘えたかも知れないな、という風に。

 だからといって奈津をそこまでして誘うわけでもない。会ったときにただ話を聞いて、分かれ道で別々になる。

 そんなことを、ほぼ毎日繰り返している。退屈で、刺激に乏しいやり取りだ。面倒だし、さっさとすることしてしまいたい。その方が遥かに楽だ。

 しかし、不思議とそれを変えようという気にも今のところなっていない。


「ったく……」

 いつものようにしつこく構ってくる奈津を追い返してから、1つ大きく息をついて、遅れないようにと足を速める。

 こんなのも、たまには悪くない。

 次第に広がるそんな気持ちに「かも知れない」という言い訳を付けながら。

引き続きまして、遊月です。

果たして、健志くんの胸に広がる気持ちの正体とは……(遊月は今回、珍しく素直なハッピーエンドを目指しているところです)!?

次回から少しずつ、物語は動き出します……!

ではではっ!!

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