戦いが終わり
胸が詰まる思いだった。視界が徐々に歪み、自然に涙が溢れだした。
「良かった……生きていた……」
安堵した。強張った全身の筋肉が弛緩する。今になって、両の手に激痛が走った。これまでは戦いの高揚感と緊張で、あまり感じていなかった痛み。骨が折れているのかもしれない。
そんな事は、どうでもよかった。
「ニーロ! 僕だ、ニーゴだ!」
僕は叫んだ。精一杯叫んだ。
その間も216は辺りを見渡していたのだが、悲しそうに溜息をついて、首を振った。
「お嬢さん、怪我は無いか?」
「ええ、有難う……」
「おじさん、この子を連れて離れておいてくれ。後は俺達が何とかするからさ」
「おう、すまないな。ほら、行くぞフィーア」
ふらつくフィーアを支えるハロルド。二人は近くのダンの家へと避難した。それを見送る216へは、いくら声をかけても反応が無かった。やはり、先ほど目が合ったと思ったのは気のせいだったのだろうか。
216とその仲間が駆けつけてからは、その場はすぐに鎮火した。彼らは本当に強かった。逃げ去ったはずの警備隊もまた、戦いに再度投入されていたが、その頃には殆どの暴徒が倒れていた。
結局、合流した警備隊の仕事は、既に倒れたもの達を縛り上げて運ぶだけだった。その後、隊長らしき男が、研究所の封鎖が完了したとの声を上げた。
どうやら、別動隊が今回の原因である研究所へ派遣されていたらしい。彼らが言うには、研究所の者達は全て捕らえられ、これ以上暴徒が来ることはないそうだ。
これから片づけと、捕まった者たちの個体番号を確認する作業があるとのことで、ほぼ全ての者からは安堵の声が、一部警備隊からは不満の声が上がっていた。
そうして、街はすっかり落ち着きを取り戻した。その頃、僕はダンの家でフィーアの手当を受けていた。両手は赤く染まりボロボロで、右手の中指の付け根からは、白い骨が覗いていた。
強く包帯を巻くと、随分痛みが軽くなった。今はまともに指を動かせない。暫くは不便な生活になるだろう。
治療中、ダンやローレン達は不思議そうにフィーアを眺めていた。ハロルドが説明をすると、どうやら納得したようで、じろじろと見ることをやめた。
「ハロルド、あの助けてくれた人達は誰だったのかしらね」
「ああ、あれはガルナーレの自警団だな。何人か知ってる顔があった。団長のグスタフは雑な奴だが、どうやら強さは本物みたいだな」
「私、あの人の顔をどこかで見たことある気がするの。どこだったか思い出せないのだけれど……」
フィーアの言うあの人というのは、サンダと名乗った男だろうか、それとも216の事だろうか。
「思い出した! 一度ガルナーレの孤児院に荷物を届けたときに会ったのよ」
何やらすっきりしたというように、満面の笑みを浮かべるフィーア。ガルナーレで孤児院というのは、きっとあの場所の事だろう。
しかし、そうか、216はガルナーレで自警団に入っていたのか。昔から喧嘩は強かったし、酒場で警備員もしていたのだ。らしいと言えばらしいと思った。
窓から街を見下ろすと、警備隊長らしき者が、自警団の輪に加わるのが見えた。そこでかなり大柄な男と握手を交わしている。
彼がグスタフなのだろうか、その輪の中心から笑いが起こり、街の人々にも徐々に伝染していった。
まだまだ警備隊達が片づけをしている横で、自警団の面々は酒盛りを始めていた。それに感化されて、街中がちょっとしたお祭りのような騒ぎになっていた。
何所にそれだけの量があるのか、大量の酒が運び込まれ、文字通り浴びるように飲んでいる。よく見ると、警備隊の一部も、仕事をさぼって参加しているようだ。
窓の外からがやがやと騒がしい街のざわめきが聞こえてくる。そんな時、ノックの音が響いた。
ダンが玄関へ向かった。客と何やら話している。
暫くして、戻ってきたダン。
「フィーア。君にお客さんだ」
そこに現れた客。それは216だった。何やら深刻そうな表情の216を見て、他の者は隣の部屋へ移動した。この場には、僕とフィーアと216だけになった。
「フィーア、以前孤児院で出会ったことを覚えているかな? ……君に聞きたい事があるんだ」
小さく頷いたフィーアを見て、216の眉間から皺が消えた。何か確信めいたものがあるのだろうか、柔らかな表情だった。
「君は、ニーゴという男を知っているだろう?」
その問いにフィーアは思わず僕のほうを向いた。それを見た216が、やっぱりかと呟く。二人のやり取りを見ながら、また涙ぐんでしまう僕を見て、フィーアが察したように微笑んだ。
「やっぱり、そこにいるんだなニーゴ。……駄目だな、残念ながら俺には見えないみたいだ」
「大丈夫よ。ニーゴも喜んでいるわ。嬉しすぎて泣いているみたい」
「ははは、昔から涙もろいからな。そうか。無事だったんだな、本当に良かった」
そう言う216に瞳も、涙で揺らいでいた。
「でも、ニーロ……さん? なぜ私とニーゴの事を知っているの?」
「そうだな。俺がこの街に駆けつけた時、君が襲われていた時に見かけたんだ」
少しだけ前かがみになって、216はゆっくりと話し始めた。




