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再会

 周囲の重圧で押しつぶされそうに震えるフィーアを、僕はそっと抱きしめた。


 逃げるだけじゃ駄目だ。街の人々は今冷静じゃない。これからさらに被害が拡大したときに、怒りや悲しみの矛先がフィーアに向かってしまうかもしれない。


 それだけは、避けなければいけない。


 ふと顔を上げると、、路地の影にハロルドを見つけた。あまりにも騒ぎが大きくなっているため、路地の奥の雑貨屋にまで声が届いたのかもしれない。


 まだ状況が掴めていないようで、門の方を呆然と見つめていた。そしてキョロキョロと辺りを見渡し始めた。


 その眼がフィーアを捉える。ハロルドの表情は焦燥から笑顔に変わった。フィーアを呼ぶ声は周りの音に混ざって聞こえないが、こちらに向かって駆け寄ってくる。


 彼がフィーアの傍に居てくれるのであれば、僕は少しだけこの場を離れられる。


「フィーア、ここに居てくれないか。すぐにハロルドが来てくれる」

「ニーゴ……?」

「行ってくるよ。僕も戦ってくる」


 もう一度強く抱きしめる。ごめんと小さく呟くと、震える声で有難うと返ってきた。そっと手を放し、門へ向き直る。


 皆の期待に応えよう。僕も奴らを撃退しよう。戦えない、普通の少女であるフィーアの代わりに、僕が。駆けだす僕の服の裾が、軽く引っ張られた気がした。ハロルドとすれ違った。


「おお、フィーア、無事だったか。本当に良かった」


 ハロルドの嬉しそうな声が聞こえてくる。


「どうして腕を伸ばしているんだ? そこに何かあるのか?」

「いいえ、大丈夫。ごめんなさい、ハロルド」


 その後の二人の声は走る風の中に淡く混ざり、僕の耳には届かなかった。


 門の前、相変わらず暴徒が荒ぶっている。先ほど街の中に入り込んだ者達は、それぞれに数名ずつで追っているようで、残された者は、これ以上街を破壊させてはなるものかと水際で耐えていた。


 敵味方問わず多くの者が倒れ、立って戦っている者は先程のサンダの仲間と思われるものばかりである。


 戦っている彼らが打ち漏らした敵を、僕はひたすら不意打ちで倒し続けた。二人、三人と大人しくさせる頃には、辺りはまるで白けたかのような空気が漂っていた。


 いや、皆僕が見えないのだ。普通の人から見れば、人間が何の前触れもなく気を失ったり、突っ伏したり、吹き飛んだりするわけである。


 それが一度や二度ではなく、暴徒が街に一歩踏み入れるたびに起こるのだから、不気味に思われても仕方がない。


 相手はどんな能力を持っているかもわからず、中途半端に殴って暴れられても困る。一人一人、込めた力は全力だった。


 手の甲が痛い。見ると、随分赤くなっている。フィーアを守った時までは、人を殴った事など無かった。加減も分からない僕は、ただ全ての力を込めることしか出来なかった。


 暴徒達は、想像以上に頑丈だった。いや、理性を失っているがために、痛みをまともに感じていないのかもしれない。何度も何度も拳を打ち付けて、ようやく静かになるものもいた。


 六人目か、七人目か。何人倒したのか良く分からない。手の甲の皮が剝けている。そこにこびりついた血は、僕のものだけではないだろう。


 そろそろ十人は倒しただろうという時に、またもや数台の馬車が近づいてくるのが目に映った。


 サンダの声が、遠くから聞こえる。随分と喜びの声を爆発させている。あの馬車は、きっと援軍なのだろう。敵の数もかなり少なくなってきている。同様に味方も多くの者が戦えなくなっているが。


 皆がボロボロな状態のところ、援軍。助かった。これ以上ないという頃合いだ。


 その瞬間、緊張の糸が緩んだ。少しずつ近づいてくる馬車を、僕の目は追いかけていた。


 一つ息を吐いた時、吹き抜ける風が僕の体を撫でた。いや、違う。吹き抜けたのは風じゃない。


 油断だったと思う。馬車に気を取られている時では無かった。相手がどんな能力かわからないにも拘らず、気を抜いていいはずが無かった。


 駆け抜けたのは、男だった。笑っている。邪悪な笑いを浮かべている。暴徒の一人が、僕の横を通り抜けてしまった。


 早い。それが彼の能力なのだろうか。早すぎる。ひたすらに真っ直ぐ走る男の足は、人間の限界を超えた速さで回転していた。


 そして、ぶつかった者が弾き飛ばされる。地面を転がる者、壁に叩きつけられる者。皆避けようと動くのだが、躱しきれないでいた。


 その真っ直ぐ向かう先には、ハロルドとフィーアがいる。狙っている訳ではないのだろう。男の走る道の上に、たまたま二人がいるだけなのだ。それ程までに、男はひたすらに直線的だった。


 先程と同様に、フィーアは座っていた。腰が抜けたままなのだろうか。ハロルドが腕をつかんで引き上げようとするも、どう見ても間に合わない。


「フィーア!!」


 虚しく響く叫び。また、一陣の風が頬を撫でた気がした。確かに吹き抜けたそれは、先ほどのものより数段早かった。まるで一瞬で移動しているように思えた。


 そして、その風の主と確かに目が合った。少なくとも、僕はそう感じた。


 結局、フィーアやハロルドに辿り着く前に、その風の主の手によって暴徒は撃破された。二人には怪我がないようだ。


 風の主は振り返った。何かを探している。僕は、驚きで動けないでいた。


 彼が探しているのは僕だろう。その顔は、紛れも無く216(ニーロ)その人であった。

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