弾け飛ぶ鉄扉
鉄扉が一つ、派手に音を立ててはじけ飛んだ。俺達が入ってきた崩れた壁側の扉。今いる処からは少し離れた場所であった。
四人は顔を見合わせて頷き、それぞれ近くの物陰に隠れる。少し離れたその扉の部屋から、やせ細った男が一人、のそりのそりと這い出してきた。
虚ろな目。生気の無いその青白い顔。そんなものとは対照的に、男の両手は血で真っ赤に染まっていた。廊下の壁にたたきつけられた鉄扉もまた、同じく血が見える。
何度も殴ったのだろう。何度も叩いたのだろう。それでも、男はその痛みを感じていないかのように、平然と立ち上がり、辺りを見渡す。
男は一つ、まるで獣のような咆哮を上げた。先ほどの爆発音にも負けないような、この研究所中に響かせんとするほどの声。
長い長い咆哮が止んだと同時に、男は壁や床をやたらめったらに殴り始めた。華奢なその体からは予想出来ないほどの暴れっぷりである。
床がへこむ。壁が割れる。おおよそ普通の人間の力ではないそれは、彼の能力が肉体への強化なのだろう事を思わせた。男の拳からは血が舞っているが、気にする素振りは無かった。
それにしても、先ほどの大男といい、この男といい、まるで知性というものが感じられない。何も考えずにただ欲望のままに暴れているだけにしか見えない。
ひとしきり暴れると、男は窓を割って外へ飛び出して行った。外にはクラフト達がいる。いきなりこんな男が乱入していまっては、混乱してしまうに違いない。追いかけるべきだろうか。
そう思い、身を乗り出そうとした俺の服を、シュネリが強く掴んで引き戻す。何事かと振り返ると、シュネリが目線で俺を促した。
先ほどまで暴れていた男がいた場所。その周辺のひび割れた壁。これが、周りの鉄扉の蝶番を歪ませていた。
次々と鉄扉が壊されていく。一つの破壊が連鎖となって、隣、また隣へと拡散していく。気が付くと、すべての扉はその役目を果たせずに、中にいた被検体たちは、薄暗いその檻から解き放たれていた。
その全てが、まるで自我を持たないかのように、虚ろで空虚な佇まいであり、ただ力を使いたいだけの駄々っ子であるかのように思えた。
まるで猛獣の群れのようだが、檻から出てしまったそれを、止める枷など俺達は持っていない。彼らは思い思いに破壊を繰り返すと、研究所を飛び出して行く。
「おい、なんだこいつらは!」
「わからん、ただ倒すしかないだろう!」
外。クラフト達の慌てふためく声がする。そして、それとは反対の方向からもまた、別の声が聞こえた。
「おい、あれ所長じゃないか」
「うわ、下敷きに……生きてんのかな」
「まずいな、あいつらの暴走を止めないと」
先ほどの大男の元へ、研究員らしきものが数人駆けつけてきた。下敷きになった男を見て、それが所長だという。
「俺は所長の手当をする。お前らは暴走した奴らを止めてくれ」
「でも、外に変な奴らも来てたぞ。これ、あいつらの仕業なんじゃないか? 対処はどうするんだ」
「所長が目を覚ませば暴走は収まる! それまで被害を減らす方法を考えろ! 外の奴らは無視でいい。高々あの人数では何も出来ないさ。お前らも能力者の端くれなら、こんな時くらいは力を見せてみろ」
リーダー各の男に叱咤されると、他の研究員たちはそれぞれに散っていった。一人残った男は、先ほどの大男の体を懸命に押していた。下敷きになった所長を助けようとしている。
そして、こちらには完全に背を向けていた。存在を気取られているという雰囲気もない。これは好機だろう。
サンダが素早く近づくと、一撃を腰に入れる。男は低く唸ると、ガクリと膝を折った。
「外の奴らの仲間か……油断した……」
「おっと、気を失ってもらっちゃ困る。少し話をしてくれないか? さもないと……」
へらへらとした口調で、サンダが棒を男の喉に突きつける。
「言ってくれれば、好きな場所を痺れさせてやるぜ?」
「いや、遠慮しておく」
男は一つ息を吐くと、観念したように首を振った。
「そこの大男の下にいるのが所長なの?」
シュネリの問いに、男は頷く。
「ああ、そこで倒れているのがスミス。この施設の所長だ。……っと、そこにいるのは216番じゃないか。それに172番も。後の二人は知らない顔だが、はは、懐かしいな」
不意にその番号を呼ばれ、たじろいでしまう。そしてその動揺は、俺だけではなく、男を羽交い絞めにしているサンダもだった。
「216番、お前が壁を破壊したせいでこの研究所は酷いことになった。172番も運が良かったな。便乗して逃げることが出来て。他の逃げ遅れたやつらは悲惨だよ」
「どういう事だ? 悲惨というのは?」
震える声を隠すように意識をして、一つ一つ言葉を出す。相手の空気に飲まれてはいけない。そう意識はしていた。
あの日、俺はこの研究所を逃げ出した。研究員たちが言っていた暴走とやらに、俺もなってしまったのだろうと思った。
そして、男が話す研究所のその後を聞いて、俺は、俺達は爪が食い込むほどに拳を握りしめていた。




