下敷きと爆発
崩れかけた大穴から建物内部へ侵入する。隠密であること、それがこの潜入の第一の条件だった。
暫く道なりに歩く。鉄扉に小さな小窓。当時を思い出す。苦い思い出であっても、それはかけがえのないものであった。
静かな廊下。この鉄扉の向こうには誰もいないのであろうか。仮に中にいるのであれば、彼らにも気づかれるわけにはいかない。
頭がその扉に重ならない様に慎重に歩く。が、異常なほどに人の気配がない。
「懐かしいな」
聞こえて来た言葉に、俺も心の中で頷いていた。その声の主はサンダであった。彼もまた、ここで過ごしていたという事であろう。
その横顔を見ると、まるで入れ込んだ馬のように目を血走らせたサンダの顔があった。森の中でも何か気にしている素振りはあったが、ここまで露骨なものではない。
少し前のめりになっているサンダの肩を、シュネリの手が掴む。彼の異変に、二人も気が付いているようだ。
「落ち着いて、サンダ。一体どうしたというの?」
「わからない。森の中までは平気だったんだが、何かどす黒いものが胸の中から湧いてくるようだ。血が沸騰しそうなほど心臓が鳴っている」
「無理なら、外で待っていてくれないか。足を引っ張られるのはごめんだ」
俺もまた、少し苛立っているようだ。口調が冷たいものになる。俺の言葉に、サンダは小さく舌打ちをした。
「迷惑をかけるつもりはない。リーダーが俺を選んだんだ。その理由をわからせてやるよ」
そういうと、腰に差していた鉄の棒を振り上げる。廊下の端、曲がり角から、何者かの影が現れた。
甲高い音と共に、サンダが大きくはじけ飛んだ。大きく床に叩きつけられ、呻き声を上げる。
サンダを吹き飛ばした主、廊下の角から現れたその影は、巨大であった。
俺はこの年になって、俺よりも大きな人間を見たことが無かった。そんな折に出会ったヴィテスは俺より一回り大きく、化け物がいるものだと思わされた。
しかし、今目の前にいるその男は、そんなヴィテスが子供に見えるほど巨大であった。鬼か熊かと、首筋に嫌な汗をかく。
その大きな体には不釣り合いな顔の骨格が、それがその男の能力によるものなのだと気づかせる。
「なんだこの化け物……」
思わず漏れる声と、構える様に突き出る拳。間合いに入った瞬間に、この拳を突き立ててやる。倒れているサンダに目をくれることも出来ず、三人は臨戦態勢を取っていた。
そんな巨躯を活かすためか、相手の選択した攻撃はのしかかり。余り広くないこの廊下。両の腕を目いっぱいに広げたまま、その男は倒れ込んできた。
その男の能力の副作用だろうか。まるで締まりのない顔のまま真っ直ぐに潰しに来る。体に力が偏りすぎて、頭まで回っていないのではないか。
ふと見ると、巨大な男の足元に研究員が一人いる。本来は彼が守られるはずだったのだろうが、このままでは下敷きになるだろう。そんな彼の姿すらも、今見えていないのだろう。
軽く後ろに飛べば、簡単に回避出来そうである。それはシュネリもヴィテスも同じだ。顔を見ると、知能の低そうなまま、涎を散らしている。白目まで向いているではないか。
……白目?
そう思ったとき、大きな音と共に周囲が強く揺れた。男の体が床に着いた瞬間に、それ程の衝撃が発生したのであった。
倒れた男を見ると、気を失っている。下敷きになった研究員も無事では済まないだろう。
出会いがしらでのサンダの一撃。あの一撃により、すでに男の意識は切れていたのだろう。
倒れ込んできたことも、攻撃ではなかった。不意に奪われた感覚に、ただその体を支える事が出来なかったのだ。
それに気が付いて、先ほど吹き飛ばされたサンダへと振り向く。サンダはすでに立ち上がってはいたが、痛そうに頭を押さえていた。
床で跳ねるほどの一撃を食らったのだ。頭を打っていてもおかしくはない。そう思った矢先、それが先ほどからの異変の続きだという事を思い知った。
後頭部。まるで何か突き刺すかのような痛みが走る。
思わず頭に手をやる。攻撃を食らった訳ではない。只々強い頭痛が襲ってくる。めまいがして、その場にへたりこんでしまった。
サンダも同様にふらついているが、シュネリとヴィテスには変化がない。
壁に手を当てて、どうにか立ち上がる。一体何が起きたのか、状況が掴めない。
「大丈夫か、サンダ」
俺の声に、サンダは小さく首を振る。何かを発しようと、口を開くのが見えた。その時、
爆発音。それも一か所ではない。施設のいたるところから、激しい音が聞こえて来た。
クラフト達だろうか。いや、それにしては上の階から聞こえてくるというのはおかしい。
周囲を警戒するように、ふらつく足を無理矢理動かして四人で固まる。
気が付くと、先ほどまでは人の気配が欠片もなかった鉄扉の向こうから、怒声とも歓声ともとれるような叫び声が一斉に湧き出してきた。
鉄の扉を開こうとしているのか、何度も打ち付けるような音もする。とすれば、上の階から聞こえてきた爆発音もまた、この扉の向こうの彼らと同じ理由なのだろうと思えた。




