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岩と土と骨と夢

「お、おいフィーア……急に料理が増えたぞ!」


 ハロルドの大きな驚きの声に、キッチンからフィーアが顔をのぞかせる。そして、状況を察したのか、クスリと笑った。つられて、僕も笑ってしまう。


「そ、そうか、これがフィーアの能力だったんだな」

「え~と、そうね。少し違うけれど、そういう事にしておきましょう」


 エプロンをか片づけると、フィーアも食卓を囲む。凄い能力だ、などと呟くハロルド。そういえば、いつもの僕の席は彼に取られている。むしろ、座る場所がない。少し悩んだ後、仕方がないので立って食べることにした。


 頂きますの声の後、スープに手を伸ばす。ハロルドがまた目を見開く。


「おい、フィーア。今度は消えたぞ……いったいどうなっているだ」


 ハロルドにとっては落ち着かない朝食を済ませる。先ほどまで眠たそうな顔をしていた事が嘘のようだ。能力の事を問うにも、フィーアに軽くはぐらかされていた。


 何度も首を傾げるハロルドの背中を押して、家を出る。タイニーヴァルトの門へ向かうと、いつもとは様子が違っていた。


 明らかに、警備隊の数が多い。門の周りにも、町中にも、色々なところで彼らを見かけた。雑貨屋に向かう途中、八百屋の開店準備をしているダンと会った。


「昨日の今日で、随分と対応が早いな」

「おお、ハロルド。そうだな、今朝からずっとこんな感じだ。暫くは商売どころじゃないかもしれないな」

「そうだな……ところで、ローレンとアイシャの様子はどうだ?」

「アイシャはまた少し熱が出て……怪我のせいかな、今はぐっすり寝ている。ローレンは看病しているよ」

「早く怪我が治るといいんだがな」

「大丈夫よ。ハロルドが目利きしたお薬を渡しているんだから」


 腰に手をあて胸を張るフィーア。呆れたように笑うハロルドは、ダンにまた来ると言い、場を離れた。僕とフィーアもそれを追いかける。小さく手を振るダンに、フィーアは大きく手を振って答えた。


 路地の奥という事もあり、普段から人通りが多いとは言えないが、そんな場所でも普段よりさらに人の姿はない。


 街中がぴりついた雰囲気の中、努めていつも通りであろうと、店を開ける準備を整えていった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 夕方にしては少し気温が高い。

 216(ニーロ)はクラフトの背を追って、懐かしい山道を登る。


~~~~~~~~~~~~~~~


 懐かしい道だ。一度通ったきりではあるが、悔しさと共に胸に刻まれている。クラフトの話では、道の途中で脇に抜けた先に、待機できるだけの少し開けた場所があるらしい。


 研究所への道すがら。俺の記憶では、まだ半分を少し超えたくらいの距離といったところだろう。少し短く刈られた草を越えると、影が重なった木々の先に小さな草原のような場所があった。


 ここに待機するのだという。広場の隅、別の道へと続くように木々に隙間があった。そこから、研究所の外壁が見える。思っていたよりも近くまで来ていたようだ。


 空が橙色に染まるまで、もう少しあるだろう。緊張で、高く打つ心臓の音がいやに響いている。落ち着かせようと、深呼吸を繰り返す。


「緊張しているのか、ニーロ」


 そう声をかけてきたクラフトの方が、よっぽど強張った表情に見える。


「正直、昨日はあまり眠れなかった。色々な思い出が頭の中を渦巻いてな。嫌な思い出が多すぎるんだ」

「他の仲間達が集まるまで、まだ時間がある。俺達が周りを警戒しておくから、仮眠でも取ると良いさ」

「済まないな。お言葉に甘えさせてもらうよ」


 気にするな、とクラフト。俺は木陰を見つけて横になった。


 眠りが浅いのか、まるで幻覚のような夢を見る。215(ニーゴ)と共に狭い部屋で励ましあった事や、世話になった先輩の墓穴を掘った事。それがまるで今起きているかのように錯覚させられた。


 先輩を埋めた。土をかけて平らにした。その大部分が人を埋めるために剥げてしまった草原。215の隣で、研究員が岩に何かを掘っている。それが何かを思い出せない。


 次の瞬間、ふと気が付くと周りから誰もいなくなっていた。茶黒い草原と大きな岩だけが視界に入る。


 そうだ、先ほど研究員が何かを掘っていた。気になって、その辺りに指を当てて確認する。


 215

 216


 数字の意味は、思い出した。俺たちに振られた番号だ。しかし、さっきまで確かに215は横にいたし、俺もここに立っている。


 日が傾いて、岩の数字が読みづらい。目を凝らして近づこうと一歩踏み出したとき、足が何かに引っかかった。思わず、前につんのめってしまう。


 引っかかったというよりは、足が持ち上げられなかった。両足ともに何かがまとわりついているように感じる。


 目線を下ろす。足首。土から伸びた二本の腕が、それぞれをつかんでいた。少しずつ盛り上がる土。現れた顔は、所々の皮膚が腐り、その半分が赤黒い骨となっていた。


 残りの半分、それもグズグズに腐ったそれでも、その主が誰であるかは直ぐに分かった。215と、俺だ。


 声にならない声を上げて、俺はその悪夢から目を覚ました。嫌な汗が首の周りを濡らしていた。

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