三人分の朝食
タイニーヴァルトへの道に合流する頃、先ほどローレン達と合流した辺りから叫び声が聞こえて来た。
それは、咆哮にも似た怒声であり、何か言葉を発しているようで、理解できる言葉ではなかった。
「何、あの声……」
声のあたりを眺めながら、フィーアが小さく言葉を漏らした。馬車のおかげで随分と離れており、不気味さは有れど怖さは無かった。
「わからん。さっき急に襲われてな。ダンがいてくれて助かった」
先ほどローレンと呼ばれていた男だ。ダンの知り合いであるのは確からしい。
「済まない、お嬢さん。何か薬はないだろうか。あんた、ハロルドの店の使いで来てるんだろう?」
「ええ、簡単なものしかありませんが……」
フィーアは鞄から薬瓶と包帯を取り出すと、アイシャと呼ばれた少女の足に巻き付けた。アイシャは、その痛みに一瞬顔を曇らせたが、包帯を巻き終える頃には、随分と落ち着いていた。
「有難うな、お嬢さん。ほら、アイシャもお礼を言いなさい」
「助けていただいて、有難うございます」
ローレンに促されて、アイシャは上半身だけで恭しく一礼した。やはり体を動かすと足に響くのか、頭を上げた時にまた痛そうな表情をしていた。
そんな二人を見て、どういたしまして、と笑顔のフィーア。その後、少し発熱したアイシャを看病しているうちに、馬車はタイニーヴァルトへと到着した。
門の前で馬車が止まる。街に着いた頃には、日はすでに山影にすっぽり隠れていた。辺りは、所々かがり火が立てられているくらいのもので、薄ぼんやりと足元が見える程度の状況だった。
そんな暗い闇の中で、人影が二つ、馬車に近づいてくる。
その気配に一瞬構えたが、灯りに一瞬照らされたそれは、ハロルドのものだった。肩に入った力を抜き、馬車を下りる。
もう一人は、どうやらダンの妻であるマリーのようだ。
「フィーア、無事だったか」
ハロルドは大層心配そうに、フィーアに駆け寄る。隣では、ダンとマリーが抱き合っていた。
二度、三度とフィーアの頭をなでるハロルド。いまいち状況がつかめずに目を丸くしているフィーアとは表情が対照的だった。
「ハロルド。済まないが手を貸してくれないか。孫が怪我をしてしまってな」
フィーアの後、馬車から降りてきたローレンが言う。荷台の上、アイシャは痛む足を上げ、片足で立っている。
「おお、ローレン。久しぶりだな。よし分かった、今手伝う」
そういうと、荷台のアイシャをそっと担ぎあげて、馬車から下ろした。
「しかし、この怪我、襲われたのか?」
ハロルドの問いに、ローレンとアイシャ、そしてダンの表情が曇る。それを見て、ハロルドはやっぱりなと頷いた。
「さっき帰って来た馬車の奴らが騒いでたんだ。ガルナーレに暴徒が押し寄せてるってな。それも、能力持ちばかりだと言っていたな。全員頭のねじがどこかに行っちまったような暴れっぷりだと」
それを聞いて、ローレンが口を開く。
「俺たちは自分の家にいただけだ。偶然ダンが忘れ物を届けてくれてな。ちょうどその時に変な男に襲われたんだ。お前の話が本当なら、その暴徒ってやつからのはぐれ者だったのかもしれないな」
「どちらにせよ、二人とも暫くは家に戻れないだろ。おい、ダン。二人を匿ってやってくれ」
「ああ、元よりそのつもりだ」
任せておけと胸を叩くダンと、その隣で頷くマリー。ローレンとアイシャは、二人に向けて深々と頭を下げていた。
「フィーア、暫くは店に泊まれ。お前の家は確かに不思議な家だが、街の中には警備隊がいる。街はずれよりかはよっぽど安全なはずだ」
「……ええ、わかったわ」
「なあに、落ち着いたら帰れるさ」
その場でダン達と別れると、僕たち三人はフィーアの家に向かった。その日はハロルドもフィーアの家に泊まるという。
夜のうちに店に持ち込む荷物を整理すると、フィーアもハロルドもすぐに眠りについてしまった。
状況次第では、しばらくこの家には戻れないのかもしれない。漠然とした不安の中寝つけない僕は、眠たくなるまで家の掃除をしていた。
結局一睡もしないまま、朝になった。体を動かしていると、案外眠くならないものだなと思った。
起きてきたフィーアは、彼女よりも早く起きている僕を見て、少し驚いた表情をしていた。まだ奥の部屋からはいびきが聞こえている。
「おはようニーゴ。珍しく早起きさんなのね」
「いや、あんまり寝つけなくてね」
「そう……すぐに朝ごはんの用意をするわ。ちょっと待っていてね」
朝の光と同じくらいのやさしい笑みを浮かべて、フィーアはキッチンへ向かった。ソファに座って暫くすると、料理の良い匂いが漂ってきた。
「ニーゴ、運ぶのを手伝って!」
呼ばれて、僕もキッチンに向かう。カップに入ったスープとサンドイッチ。徹夜明けの胃袋を刺激する。
それを持ってテーブルへ向かうと、眠そうに顔をこするハロルドが奥の部屋から現れた。
「おお、随分と美味そうだな。有難うフィーア」
そういうと、いつも僕が座っている場所に、ハロルドは腰かけた。テーブルの上にはすでに一人分のセットが置かれている。
残りの分をテーブルに運ぶ。置かれた三人分の朝食を見て、ハロルドが目をぱちぱちさせていた。




