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作戦完了。そして成功

 三人の賊が去っていく姿を眺める。俺は暫くその場を動くことが出来なかった。呆然と立ち尽くしていると、遠く、北の道から声が聞こえてくる。騒ぎを聞きつけて、他の自警団員達が数名、駆けつけてくれたのだ。


「おいニーロ! 大丈夫か!」


 その声に、はっと我に返る。グスタフが心配そうな顔で俺の肩を揺らす。ぐらぐらと揺れる頭。視界の端には、ティーレン先生に駆け寄る団員の姿が見えた。


 この場は、彼らに任せよう。病み上がりの先生も心配ではあるが、それ以上に、今にはやるべき事がある。


 グスタフに一声かけると、俺は走り出す。俺が呆けている間に、遠くまで逃げられてしまっているかもしれない。クラフトはきっと無事だ、無事でいてくれと、念じながら必死で駆けた。


 南門の少し脇に、探し人はいた。仰向けに大の字で倒れている。周囲にはすでに賊達の姿は無い。まんまと逃げられてしまった。しかし、その中の一人、髪を結んだ彼女が言っていた事については、約束を守ったようだ。


 素性もわからない賊である。クラフトが殺されていてもおかしくはなかった。そんな彼らの気まぐれに胸を撫で下ろしながら、意識のないクラフトを背中に担いだ。まずは彼を落ち着いたところで寝かせてやろう。体を張って先生を助けてくれたのだから、心から感謝の言葉を贈ろう。


 歩いているうちに、耳元で小さく唸り声が聞こえた。どうやら、クラフトが目を覚ましたらしい。


「大丈夫か? クラフト」

「ああ、いや。頭が割れそうだ。少し陰で休ませてくれ」


 どうにも苦しそうに声を出すクラフト。絞り出したようなその声は、彼の辛さを感じさせた。そっと木陰にクラフトを降ろす。木の幹にその体を預けたクラフトは、ほう、と一つ溜息をついた。少しの間、その木陰で休むことにした。クラフトが落ち着くまでは、もう少しかかりそうだ。


~~~~~~~~~~~~~~~


 気が付くと、体が揺れていた。両の足は地についておらず、腹側からは熱が伝わる。

 サンダの攻撃を受けたマハトは、その眼をゆっくりと開いた。


~~~~~~~~~~~~~~~


 揺れる。両の足がぶらぶらと宙を蹴る。腕は前に投げ出され、腹には温かい熱を感じる。それは、誰かの背中なのだろう。朧げな映る視界の景色から、そう推測した。それは確か慎重に俺を運んでいることを感じさせるのだが、それでも小さな振動が頭に響く。その痛みに思わず声がでる。


「大丈夫か? クラフト」


 俺の唸り声を聞いたのか、その背の主である216が、心配そうに声をかけてきた。


「ああ、いや。頭が割れそうだ。少し陰で休ませてくれ」


 我ながら情けない声が出る。その酷い体調を216が察したのか、そっと、俺の体を極力揺らさないようにと木陰に下ろしてくれた。胸の奥から一つ、空気が漏れる。何かに殴られたかのような痛みが、頭の左右を往復していた。


 216は心底心配そうに俺を見つめている。それに小さく笑顔で返すと、216はほっとしたような表情を見せた。


「有難う」


 少しの間の後、ニーロが言う。何のことかはすぐにピンと来る。このために、計画したのだ。この言葉を聞くために、体を張ったのだから。先ほどの老婆を助けるという自作自演(・・・・)。サンダ達は本当に良くやってくれたと思う。


 全ては、ニーロに信頼させるため。そして、ニーロに大きな貸しを作るための計画であった。


 以前216には、俺の能力について話したことがある。その時は、少しばかり能力をぼかした説明をした。


――動物とかがさ、懐くんだ。まあ、雨に当てられていたりするのを助けてるんだけどな。俺の言葉がわかるみたいに言う事聞いてくれるんだよ――


 この言葉には嘘は無い。ただ、動物の中に人間も含まれるというだけである。この時は本当に慎重に事を運んだ記憶がある。嘘は、基本的に人の心を遠ざける。それでは俺の能力を活かすことが出来ない。騙される側だけでなく、騙す側としての覚悟。そこに後ろめたい気持ちがあれば、効果は薄くなる。


 すでにクラフトという偽りの名前で活動しているのだから、これ以上負い目を感じる事を重ねる訳にはいかなかった。嘘では無く、かつ、心を開いたかのように思わせる。その中で、言葉の引き出しをかき集めた結果がこれであった。


 そして、その効果はしっかりと発揮出来た。研究所への奇襲へ向けて、俺は強力な駒を一つ手に入れる事が出来たのだ。


 ニーロの強化能力と瞬間移動。それ単体でも珍しい能力である。それこそ、一部位では無く、全身を強化出来るというのは過去伝えられている中にもほとんど見られず、さらに二つの能力を一人の人間が有しているというのは聞いたことが無い。


 あの大熊を蹴散らした姿を見たときは、心底震えあがった。そして、必ず手に入れようと決意した。そして計画通りに事が進み。思わず頬が緩む。


「なあ、クラフト。あの連中は、なんで俺を襲ってきたと思う?」


 ニーロの声に、緩んだ頬をごまかすように数度咳をした。大丈夫かと尋ねるニーロを制止して、その問いに答えいる。


「ああ、多分あいつらは、山の上の研究所から逃げてきた奴らだろう。お前があの施設から逃げてきたと聞いて、個人的に調べていたんだ。何でも、研究対象の能力持ちの連中が何人も脱走したらしいからな」


 これは、嘘では無い。その脱走者を囲っていたのが俺というだけだ。


「それで、俺はあの研究所に直接行って調べてみようと思っている。実は既に協力者も揃えていてな。それで怪我が治った後も数日ガルナーレに来れなかった。……ニーロ、お前も協力してくれないか」


 もちろん、これも嘘では無い。直接行って、調べるついでに色々と破壊しようというだけである。そして、216は必ず頷いてくれる。ここまでが、俺の立てた計画だった。

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