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祝いの酒と不穏な影

 翌日、日が昇る頃にアルツが部屋を出てきた。その後しばらくは家で休養するといい、クラフトは街から去った。アルツに肩を借りながら歩くその姿は痛々しいものがあったが、俺にはそれを見送るしかなかった。


 俺も家まで送ろうと申し出たが、少し憂うように表情を曇らせると、クラフトはそれを断ってきた。少し寂しい気持ちもあったが、何か理由があるのだろうと思うことにした。


 それから数日が経った。クラフトはまだ戻らない。アルツもまた、看病があると言い、ここ最近は顔を見せていない。大怪我を癒しているクラフトはともかく、少しくらいは顔を見せればいいのに、と思った。


 そんなある日、街を何気なく歩いていると、北門近くの街路樹の影でクラフトが誰かと話している所を見かけた。何やら真剣そうな表情だ。隣にいるのは女性だが、アルツの姿ではない。スラリとした長身でポニーテールの女性。日も傾き始めた時間帯だったこともあり、顔ははっきりとは見えない。街でたまに見かけた記憶はあるのだが、直接話したことはない。


「おい、クラフト! もう体は大丈夫なのか」


 俺の呼びかけに、驚いた表情でクラフトはこちらを見る。声の主が俺だと分かったからか、少しほっとした表情になる。クラフトは一言二言その女性に何か声をかけると、女性は頷き、去っていった。


「なあ、今の人って……?」

「ああ、新しい入団希望だと。本部の場所を教えてあげたから、後は一人で大丈夫だと言っていた」

「そうか、ところでもう怪我は大丈夫なのか?」

「まあ、日常生活を送る分には大丈夫かな。また激しく動くと痛みが出るけどね」


 無理はするなよと告げると、ああ、とほほ笑んだ。クラフトがここにいるという事は、アルツもいるのではないかと思っていたのだが、辺りを見る限り、その姿はない。


「なあ、アルツはどうしたんだ?」

「ああ、彼女は俺の看病をしていてくれたんだけどね。それで無理をしたのか、今熱を出して寝込んでいるんだ」

「医者の不養生ってやつか」

「俺としては助けて貰った身だからね。彼女を悪くは言えないさ。まあ、かなり熱も下がってきていたし、数日中には復帰出来るんじゃないかな」


 それを聞いて、俺は胸を撫で下ろした。何にせよ、もうすぐまた三人で集まることが出来るのだ。


「ところでクラフト。この後はどうするんだ?」

「ああ、俺も本部に顔を出そうかなと思っているよ」

「なら、さっきの子を送ってあげれば良かったのにな」

「まあ、お前を見かけたからな」


 そう言って、クラフトは歩き出す。俺もクラフトと共に、自警団本部へ行くことにした。非番の日に本部へ訪れることは初めてだ。


「おお、クラフト。もう体は大丈夫か……ん? なんだニーロも来たのか。今日は非番だろう」


 本部に着くと、グスタフが笑いながら俺達二人の肩を叩いた。手加減というものを知らないグスタフ。病み上がりのクラフトに対しても遠慮がない。可哀想に、痛みのせいか、脂汗が額ににじんでいるように見える。


「団長、ご心配をおかけしました」

「はっ、心配なんかしてねえよ。熊に襲われたくらいでくたばる玉じゃねえだろ」


 グスタフの事だ、本気でそう思っているのだろう。そう言われたクラフトもまた、それがわかっているようで、嬉しそうに笑っていた。復帰祝いだ、と叫ぶグスタフ。すぐに酒場に場所を移すと、まだ日が沈み切らぬ内から宴の席が始まった。


 病み上がりで酒が飲めないクラフトに変わり、俺は散々に飲まされた。初めは断っていたのだが、グスタフの威圧感というか、口車に乗せられたというか。とにかくなし崩し的に酒を口にしていた。


 頭の痛みで目を覚ました時は、すでに日を跨いでいた。まだ山々の峰が青白く染まり始めた頃。太陽の欠片すらも覗いていない時間に起きてしまった。夜風に当たろうと、ふらつく足で外に出た。


 夜風というには可笑しな時間ではあるが、冷たく頬を撫でる風に、少しだけ頭は冴えた。ふう、と一息吐く。少し寒いくらいだが、火照った体にはちょうどいい。


 熱い体を冷やしながら、白くなっていく空を見上げていると、その視界の端に何か動くものが映った。どうやら人のようだ。こんな時間に一体誰だろうか。


 その人物の方角へ顔を向ける。先ほどまでは道の真ん中にいた気もするが、随分と足が速い。それが角を曲がっていく一瞬に、目が追いついた。束なった髪の毛がふわりと角の先に消えていった。まだ空が明るくないためはっきりとは断言できないが、おそらく女性だろうと思った。


 この静かな朝に、急いでどこかに向かっているなんて、随分と変わった人だ。そんなことを思いながら、体をブルリと震わせる。少し風に当たり過ぎたようだ。自室に戻り、もう一度眠ることにした。階段を上るとき、窓の外にクラフトの姿を見た気がした。もう一度外を覗いた時には誰もいなかった為、寝ぼけているのだと思った。


 目を覚ます頃には、頭の痛みはすっかり取れていた。今日は、自警団に入って初めて一人で見回りをする日であった。共に見回る予定だったものが昨晩の酒で潰れてしまった、という訳では決して無く、クラフトとの共闘によって実力が認められたことによるものであった。


 街の南を回る前に、一度南詰所に寄る。まだ日が照り始めたばかりであり、街は静かなものである。正直なところ、喜びに気が高ぶっていたため、少し早く着いてしまった。


 流石に、ここまで人がいない時間だと、あまり見回りの効果が無い。詰所の椅子にどかりと腰を下ろすと、この手持ち無沙汰な時間をどうしようかと考えを巡らせていた。

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