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温もりと心

 フィーア以外の誰とも話すことが出来ないというのは辛いけれど、意外に悲壮感の無いものだ。体と心を研究所に忘れて来たんだろう。軽かったから、町まで歩いてたどり着けたのかもしれない。


 あの何を考えているのかわからない研究者たちに見つからなくて済むのだから、むしろ良かったのかもしれない。


 僕の心は、強がっていた。

 僕の頭は、必死に受け入れようとしていた。


 216(ニーロ)には、もう会えないのだろうか。孤児院の皆や宿屋の主人とも、もう話せないのだろうか。胸の奥から熱いものが込み上げてくる。


「ねぇフィーア、トムは……」


 声が震える。どうにか言葉を嚙み殺す。僕はきっと悲しくないはずだから。


「トムとは何か話したのかい? 久しぶりに会ったんだろう?」

「それがね、トムったらほんとにひどいのよ!」


 プリプリと頬を膨らませる。


「私がトムのお父さんに怒られてるってのに、ふらふらとどこかに行っちゃうんですもの。いつの間にか消えちゃってるのよ。何を話しかけてもずーっと無視するし、薄情者よね!」


 いぃーっと、顔をしかめて見せるフィーア。ハハ、と空笑いで相槌を打ちながら、ころころと表情を変えるフィーアを眺めていると目頭まで登ろうとしていた熱が少しずつ引っ込むように感じられた。


 聞いてみよう、思っていることを。今の僕にはフィーアしか頼れないのだから。


「僕は、死んじゃったのかな」


 唐突な問いに、フィーアは、驚いたように目をぱちくりとさせた。僕の顔はこわばっていただろうと思う。怖がらせてしまったかもしれない。


「何?急にどうしたの? ニーゴ」

「トムのお父さんが言うには、トムはもう2年も前に死んでいるんでしょ?」


 そう、ひどいお父さんなの! と憤るフィーアを抑えて、続ける。


「トムは、まるでお父さんから見えていないようじゃなかったかい?」

「確かに、あそこまでまるっきり無視するなんてと思ったわ」


 そういうと、何かに気づいたように、ハッと胸に手を当てる。


「私、トムの幽霊を見ちゃったってことかしら」


 嫌よ、怖いわ、と首を振る。妖精だなんだと信じているのに、幽霊が怖いのはなぜなのだろう。


「僕も同じように、町の人から見えないようだった。路地裏で君に見つけられたとき、横にいたおじさんは誰もいないって言っていた。僕は君にしか見えないみたいだ」


 むぅ、とフィーアは考え込んでしまった。無理もない。こうして目の前の「怖い」幽霊が当たり前のように話をしているのだから。時折、首を傾げたり頬を抑えたりと、いろいろ考えを巡らせているようだ。う~ん、う~んとひとしきり唸ったあと、


「やっぱり、違うと思うわ!」


 と、真剣な眼差しで僕を諭した。


「だって、こうしてお話しているわ!」

「それは、君がそういうもの(・・・・・・)と触れ合える能力があるんだろう」

「だって、幽霊ならこんなお日様の下にいられないわ!」

「死んだトムを見た日だって、別に夜中に散歩していたわけじゃないんでしょ?」

「だって、紅茶を飲んだわ。ソファに座っているわ!」

「こういうのを、きっとポルターガイストっていうんだろうね」


 ぐぬぬ、と悔しそうに肩を上げるフィーア。ふと、力が抜けたように体を僕の方へもたげる。突然のことに全身を硬直させていると、だって、と俯いた頭の向こうから小さく聞こえた。


「だって、こんなに温かいわ」

「それは……」


 胸が詰まるようだった。また目頭が熱くなる。大丈夫よと、もたげた頭が揺れる。沈んだ心が柔らかく震える。


「あなたは、ちゃんと生きてる。きっと生きてる」


 不安の中で戸惑っていたのだ。それは、僕が望んだ言葉だった。困惑と安堵が混ざり合い、堰を切るように感情があふれた。


 泣いた。泣いた。どれだけの時間泣いていただろうか。泣き疲れた僕は、フィーアの腕の中で泥のように眠りに落ちていた。


~~~~~~~~~~~~~~~


 目を覚ますと、ソファに横になっていた。カーテンの隙間から日の光が注ぐ。丸一日寝てしまったようだ。体を起こす。辺りを見回すが、フィーアはいない。この時間だ、町にでも行ったのだろうか。


 部屋の中は可愛らしい外観と違い、あまり飾り気のないものだった。テーブルとソファの他には、部屋の隅に小さなストーブと壁際に2段の棚があるばかりだった。


 棚の上には小さな写真立てが置いてある。色あせた写真には、赤ちゃんを抱いた夫婦が映っている。きっとフィーアとその両親だろう。


 そんなことを考えていると、奥のキッチンからカチャカチャと音が聞こえた。心なしか、おいしそうな香りもする。


「あら、お目覚めかしら。ちょっと待ってて。朝ごはんにしましょう」

「僕も運ぶのを手伝うよ」


 まだ目の周りがひりひりする。その痛みが、僕が生きていることを感じさせた。

痛む目に軽く手を当てて、ふぅと息を吐く。大丈夫だ。


 野菜のスープとサンドイッチが昨日から空っぽだった胃を満たす。


「あんまり料理に自信ないの」


 とはにかむフィーアにおいしいよ微笑みながら、3つ目のとサンドイッチに手を伸ばした。

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