夢を見た
能力に目覚めるものは、余り多くはない。その上、それが実用的かどうかは分からないのだからたちが悪い。能力が全て判明している訳ではないが、少なくともこの国では戦闘や諜報に有用な能力に関しては優遇されている。それは、そういった能力のものを軍が引き取る為である。
軍に入り、国に飼われることになる事を代償に、生活面が保障される。その恩恵は基本的に本人のみが受けられる。また、その能力持ち達は全て首都に集められるため、家族と離れたくないなどの理由で能力を隠しているものも少なくはない。
軍の徴兵基準から言うと、クラフトの能力は確実に外れの枠に入る。もちろん軍の中にも、能力自体は強力でなくても、素晴らしい成果を上げたものもいる。垂直方向へ跳ぶ距離が数倍になる能力という、明らかに外れとされていた能力持ちが、ある山岳戦で八面六臂の大活躍をしたと聞いたことがある。
そして、そういう意味では、俺の能力はとても恵まれている。身体能力上昇と瞬間移動。どちらも欠点があり、まだまだ使いこなせていない。これがあの研究所の力だと思うと癪ではあるが、使えるものであれば使いこなしたい。
それに、恐らくこの能力の片方は215のものだと思っている。一人で複数の能力を持っているものなど聞いたことはない。いずれ、彼に再開したとき、きっと返す方法を探そうと決めている。
「な、使いにくい能力だろ?」
動物に懐かれる。いい能力じゃないか。この長閑な街に似合う、とても平和な能力だと思った。素直な気持ちが口に出る。
「平和で、いい能力じゃないか」
「そう言ってくれると助かるよ。ふう。今日は疲れた。ニーロも変なことに巻き込んで済まなかったな。今度一杯奢らせてくれ」
クラフトに同意する。まだ日が沈んではいないにもかかわらず、本当に今日は疲れた。ありがとな、と席を立つと、部屋に戻ることにした。もう寝てしまおう。今ならすぐに寝入ることが出来る気がする。
クラフトに別れを告げ、宿の階段を上がる。部屋に戻ると、ドサリとベッドに横になった。もう寝てしまおう、と目をつぶる。ほう、と息を吐くと、今日の事が思い出される。
ティーレン先生とまた話すことが出来たのは、本当に良かった。215も一緒に連れてきたい。小さい頃の思い出話で盛り上がれたら、どれだけ幸せだろうか。
その幸せで温かな想像。二人で陽の当たるベッドの横からティーレン先生に話しかけている。それに冷や水を浴びせるように、鋭い剣先が目の前に突き立てられる。腹部の痛みが再現される。クラフトに見下ろされている。そのクラフトの表情が、俺を馬鹿にしているかのように歪む。冷たい目、嘲笑するかのような目。そして、一つ溜息をついたクラフトが、その手にした真剣を振り下ろす。その切っ先が喉に触れる。
……目が覚めた。窓の外はとっぷりと暗くなっている。嫌な時間に、嫌な汗を書きながら夢から覚めてしまったものだ。そうか、と独り言ちる。
俺は、予想以上に悔しいらしい。思い返せば、これまであのような争いの中で負けたことが無かった。孤児院でもガキ大将だった。宿屋の用心棒をしていた時も、酔っ払いたちをあしらうだけであった。真正面からぶつかって、手も足も出ずに負けたのは初めてだった。
溜息をつき、起き上がる。窓の外は寝静まった街。たまに聞こえる音と言えば、窓を揺らす風の音だけである。また一つ、溜息をつく。まるで俺意外がいないかのようなこの空間。苛立ちだけが、心を沸々と満たしている。
お互いに自分の能力を語り合ったのだ。特訓して、次こそは彼に勝ちたい。
寝静まった街を抜け、街道を少し外れたところに、小さく開けた場所があった。馬車に揺られてこの街に来た時に、視界の端に見つけていた。そこは確かに街からは見えづらく、馬車に乗ったものくらいしか気に留めるような場所では無い。また、こんな時間に街道を進む者もいないのだから、秘密の特訓をするにはちょうど良い場所だった。
ローレンの家にいた頃から行っていた、心を落ち着ける特訓。周囲から生命力を奪うこの能力を使う上で、加減をしっかりと身につけなければならない。それは、今後も続けていこう。
そしてもう一つ。今は全く使いこなせていない瞬間移動の能力。あの時、まるで火事場の馬鹿力のように発動したその能力は、中々主人の言う事を聞いてくれない。
今は、三回試して一回発動出来ればその日は調子が良いという具合で、その移動距離もまちまちであった。少なくとも視界の範囲内以上は移動出来無いようで、視界の悪い森の中や、大きな岩壁の向こうへ移動するということは無かった。もっとも、その確認中に岩の中に移動してしまうような事が無くて良かったと、今更ながら思うのだが。
また、もう一つ。この能力は連続使用出来ないようだった。朝一番で成功した場合、おおよそ太陽が山影から顔を出し切るくらいまで、次が成功することが無い。それでも練習する内に、感覚が短くなってはいるようだ。始めの頃は、太陽が真上に来るまでは成功しなかった。その条件を把握するまで、どれだけ無為な時間を過ごす結果になった事だろうか。
地面に一つ杭を打つ。この位置を目標に、少し離れたところから発動をする。今日は、一発で発動に成功した。杭にはまるで届かなかったのだが。




