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お手柔らかに頼むよ

 こちらの踏み込みに合わせるように、クラフトもまた、間合いを詰める。剣と拳。確かな間合いの差。離れてしまえば、相手が有利なことは間違いがない。相手が下がることを想定していた俺は、その行動に面食らった。


 一瞬、反応が遅れる。木刀が鋭く突き出される。避けられない。腕を交差するように構えた防御の形。その中心を貫くように、木刀が突き立てられる。激痛に二、三歩後ずさってしまう。その機を逃さんとばかりに、さらにクラフトは攻め立ててくる。


――お手柔らかに頼むよ


 クラフトの奴め。そんな事微塵も思っていないではないか。苛烈な攻めは尚も続く。先ほどの一撃の所為か、それとも、クラフトの言葉を思い出して、わずかに気が抜けてしまったのか、腕どころか足まで力が鈍ったように思えてくる。そうして、足がもつれるように、ガクリと膝が砕けた。態勢がぐらりと崩れる。それを見て、クラフトは止めを刺そうと振りかぶる。


 それが一つ焦りとなったのか、こちらが大勢を崩しているところでの油断なのか、大振りになっている。振り下ろす木刀の付け根、持ち手を強かに打ち返した。木刀がはるか後方へと吹き飛ぶ。勝った。そう確信した。更に周囲の男たちが沸く。決着の瞬間に、一層熱量が上がったように思えた。


 それが、油断だった。


「まだ、剣を捨てただけだぞ」


 至近距離で、クラフトがささやく。剣をはじく瞬間、クラフトの右手はすでに木刀から離れていた。左手一本での大振り。それを隙だと勘違いし、まんまとクラフトの策にはまっていたのだった。吹き飛ぶ木刀、それを握っていた左手は勢い良く打ち上げられた。そして、その勢いごと乗せられたクラフトの右腕が、俺の腹を強かに打った。


 確かにそれは、決着の瞬間だった。俺は腹を押さえてうずくまり、クラフトは少し晴れた手首をさすっている。誰が見ても、どちらの勝かは一目瞭然だった。


「お疲れ。大丈夫か? ニーロ」


 クラフトが、労いながら、手を差し出してくる。ゲホゲホと数度咳を払うと手を取って立ち上がった。


「いい勝負だった。剣を飛ばされたなんて初めてだ」

「いや、完敗だよクラフト。こりゃ暫く酒の肴にされるな」

「間違いないな。勘弁してほしいもんだ」


 嘆く二人と対照的に、周りはすっかり酔いどれてしまっていた。その戦いに感化されたのか、広場のあちこちで殴り合いが始まっている。止めずに囃し立てるグスタフも含めて、なんと迷惑な奴らなのだろうか。


 そのおかげで、本来主役の俺たちはすっかり忘れられているらしく、気づかれぬうちにと、そっと二人で抜け出した。


 宿屋に戻り、一階の食堂でどかりと座る。ここは夜は酒場ではあるが、この時間は簡単な料理を出してくれている。ここのビーフシチューは絶品で、ここに来てから毎日食べている気すらした。


 水を一杯貰う。戦いに火照った体を、一気に冷やす。ごくりごくりと喉がなる。体中に染み渡るようだ。


「まったく、あいつらも元気だな」


 外の騒ぎを呆れたように見て、クラフトは小さく言葉を漏らす。まったくだ。俺もまた、そう思った。クラフトも水を一気に呷ると、生き返ると言わんばかりに、グラスをテーブルに強く降ろした。ダン、とテーブルが鳴る。


「しかし、あの態勢から良くあんな強いのが打てるな。咄嗟に右手を放してなければ俺の負けだった」

「咄嗟の判断であの動きが出来るのかよ。作戦じゃなかったのか」


 まさか、と楽しそうに首を振るクラフト。あの動きが咄嗟の事とは、その判断力と反応に恐れ入る。あの時、態勢を崩したとき、俺は能力を使ってしまっていた。一瞬だが、その力のおかげで、クラフトの木刀を吹き飛ばすことが出来たのだ。しかし、その力を使いつつ真正面からぶつかった結果、俺は負けたのっだった。


 何となく、悪い気がした。こちらの能力を黙っているのが、公平でない気がするのだ。また同じように戦いたい。クラフトとの戦いからは、得るものがきっとある。そう確信めいたものがあった。


「あの態勢から強い攻撃が出来たのには、実はからくりがあるんだ」


 言うことにした。ほう、とクラフトも興味を持った目でこちらを見る。口に運ぼうとしていたグラスを、コトリと置いた。


「からくり、か。面白そうだ。教えて貰えるかい」

「ああ、構わない。からくりと言っても単純なものだ。俺は、能力持ちなんだ」


 ぴくりと、クラフトの体が小さく跳ねる。まさか、という驚きと、それ以上の好奇心を含んだ目の光が、こちらに向けられる。


「俺は、周りの力を吸い取って、自分の身体能力を上げられる。そういう能力なんだ」

「また、相当強そうな能力だな。いや、味方としては心強いが……」


 一瞬、何かを考えるように俯く。そうだな、と小さくつぶやくと、クラフトもまた、俺に秘密を打ち明けてくれた。


「実は俺も、能力持ちだ。お前みたいな戦闘向きのものではないんだがな」

「まさか、クラフトもなのか……クラフトも、研究所にいたのか?」

「研究所? あの山の上の変な施設だろう。いや、俺はあそこには行ったことは無い」


 俺とは違い、クラフトは自然に覚醒した人間らしい。そもそも数の少ない能力持ちである。まさか身近に現れようとは思わなかった。


「で、クラフトはどんな能力なんだ?」

「いや、それがな……」


 クラフトは少し恥ずかしそうだった。


「動物とかがさ、懐くんだ。まあ、雨に当てられていたりするのを助けてるんだけどな。俺の言葉がわかるみたいに言う事聞いてくれるんだよ」


 そして、なんとも可愛らしい能力だった。

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