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陽と風が包むベッドの上に

 それから数日は、各詰所の説明等であっという間に過ぎた。クラフトとアルツが暇を見つけては色々教えてくれる。そうでない時は、街中をぶらぶらとして過ごした。基本的には順番に街を見回ることが仕事であり、そもそも平和だったこの街において、外敵がいなければ必要の無いものだった。


 俺があの日に暴走したがために、その外敵が現れてしまった。原因を作ったのが俺ならば、その責任は果たさなければいけない。こうして街を見回ることもまた、少しだけ罪悪感を消してくれる。


 ――子供たちを悲しませる事だけはいけねぇ


 酒が入るたびに、グスタフが言っていた。毎夜付き合わされる身にもなってもらいたいところだが、彼の熱意には尊敬できるものがあった。


 聞くと、この街から、時折子供が消える事があったらしい。お隣のタイニーヴァルトとは違い、長閑に暮らすこの街は横のつながりが強い。そんな中で人が一人消えるとなると、大騒ぎである。それが、立て続けに起きた。


 その時、グスタフが立ち上がり、今の自警団が出来た。見回りを始めた後は、そんな事件がすっかり影を潜めた為、街の人々も好意的にしてくれる。


 南詰所の近くまで来たとき、そうだ、と一つ思いついた。後日孤児院を訪れたとき、ギルバートから教えて貰っていたのだ。この南詰所のすぐ隣、この辺りではかなり大きい屋敷に、ティーレン先生が住んでいるとのことだった。


 鉄柵が塀のように屋敷を取り囲んでおり、入口の門は、細かく装飾された蔦の飾りが、黒々と太陽の光を反射していた。鉄柵の上は槍のようにとがっており、丁寧に整理された庭は、色とりどりの草花でにぎわっていた。


 門をくぐると、細かな石が敷き詰められた道が、屋敷のドアまで案内してくれる。木製のドアは金細工で飾られており、そのノブの金色に輝いている。数度、戸を叩く。しばらくすると、かちゃり、と中から一人の女性が現れた。


「あら、ニーロじゃない。どうしたの?」


 現れたのは、アルツだった。


「アルツこそ。どうしたんだ、こんなとこで。ここは君の家じゃないだろ」

「ここのおばあちゃんのお世話をしているのよ。少し前から体調が悪いみたいなの。こう見えても、私はお薬のお勉強しているから、何か助けになればと思って」

「ティーレン先生、お体が悪いのかい?」

「あら、知り合いだったの?」

「昔、孤児院にいた頃にお世話になっていたんだ。今日はお礼と帰ってきた挨拶出来ればと思っていたんだけど……日を改めた方がいいかな。ご迷惑かもしれない」

「あら、そんなこと無いわ。今はもうほとんど回復しているもの。それにティーレンおばあちゃんも、話し相手が欲しいって言ってたわ。懐かしい顔を見せてあげれば、きっと元気になるわよ」


 こっちよ、とアルツが俺を招き入れる。奥の部屋に、ティーレン先生はいるらしい。


 屋敷の内装も、外と同じように美しいものであった。棚や絨毯や角に置かれた壺。まるで別世界のように思えてしまう。昔から、ある種の上品さを感じていたが、これほどとは思っていなかった。小さかったころも、この辺りにはあまり近づく事が無かったため、知らなかった。


 孤児院も、元宿屋も、街の東側にある。街の西側の方は整った住宅街になっており、そのため俺たちが近づくような場所ではなかったのだ。それでも、この周辺の家に比べると、この家は頭一つ抜けている。


 煌びやかなそれらに気を取られていると、アルツに早くと急かされた。奥の扉。開けたとき初めに目に飛び込んできたのは、ふわりと空気を含んで膨らんだ、美しい白のカーテンであった。そして、その広い窓からやさしく流れ込む風は、部屋の中央に置かれた大きなベッドに向かっていた。


 そのベッドの上。陽が柔らかく照らすその場所に、その人はいた。以前よりかなり白くなった頭に、皺も随分増えている。あの時よりも歳をとった顔に、あの頃と変わらないやさしい微笑み。小さいころの俺たちを支えてくれたその笑顔は、今もまた、俺に力をくれる。


「お久しぶりです、ティーレン先生……俺の事、覚えていらっしゃいますか」


 あれからもう十年は経っただろうか。俺は随分と背が伸びた。


「あらあら、お久しぶりね、カイト。元気にしてたみたいで嬉しいわ」


 先生が呼ぶ名前は、確かに、俺の名前だった。あの日研究所で消される前のもの。その名を呼ばれて、それが俺の名前だということを思い出した。それと同時に、その名前を使ってはいけない、そう思わされた。それはまるで呪いのように心臓に楔が打たれたようで、それを思うだけで胸に痛みが走る。これもまた、研究員の誰かの能力なのかもしれない。


 それでも、この時だけは、この家の中だけはカイトでいよう。大切な思い出と共に過ごしてきた名だ。


「はい、カイトです。覚えていてくれたのですね」

「忘れるわけないわ、私の大事な子供たちですもの。でも本当に懐かしい。いろんなお話を聞かせて頂戴ね」


 ずきりずきりと痛む胸を押さえながら、俺は色々なことを話した。孤児院を出た後の宿屋での出来事。俺が一つ話をするたびに、先生は笑って頷いてくれた。

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