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少女の「見えるもの」

 少女に手を引かれるまま、人の行きかう町中を歩く。なるほど中々に活気のある町だ。


 研究所の町、僕たちが生まれた町からはかなり歩いたと思っていたが、その隣町にたどり着いていたようだ。


 孤児院から住み込みの仕事、さらに研究所と続き、ずっと余裕のない生活が続いていた。もちろん、ろくに遠出などしたことがなったが、地図を眺めて思いにふけることもあった。


 しかしどうして実際に足を踏み入れると考えさせられる。こんなにも人の数が違うとは。


 そんな人混みを気にする素振りも見せず、人の間を掻き分けながら少女はずんずんと進んでいる。

落ち着く暇もなく考える暇もなく歩いていると、不意に人垣が途絶えた。


 急に開けた景色が広がる。多様な緑と深い青空。町を抜けたのだ。草原の中に細く続く道が延びる。とてもとても遠くまで。どこまで続いているのだろうか。視界を上げると、見おぼえのある峰がうっすらと浮かび上がる。


 そうか、と独りごちた。この先に懐かしい町があるのだと。感慨に耽る間もなく、グイと腕を引っ張られる。長々と続く街道の途中、さらに一段細い横道に逸れた。その先にぽつりと家があった。


「いらっしゃい、私の家に! 私はフィーア。あなたは?」


屈託のない笑顔が眩しい。そうだ、ここまで連れられてきたのにまだ自己紹介もしていない。


215(ニーゴ)


 ぽつりと答える。変わった名前ね、と不思議そうな顔をするフィーア。


「友達が決めてくれたんだ。大事な友達がね」


 216(ニーロ)は、彼は上手く逃げられているだろうか。またこの名前を呼んでくれるだろうか。

不安げな僕を察してか、一層にこやかにフィーアが言う。


「とっても大事な名前なのね! とっても素敵よ!」


 その太陽のような笑顔に引き込まれるように、家のドアをくぐった。フィーアに似合った、可愛らしい小さな家だ。


~~~~~~~~~~~~~~~


 お茶を入れるわ、と言い残し、フィーアは奥へと入ってしまった。


 小さなテーブルに二人掛けのソファ。ソファに腰を降ろすが早いか、だんだんと瞼が重くなる。考えてみれば一日中歩き倒しだったのだ。気が緩むと、どっと疲れがのしかかってきた。


 落ちかけの瞼の裏に今日の光景が浮かぶ。苦々しい日々を過ごした研究所の白い内壁、雪積もる険しい山道、笑うフィーアの顔、窓に映る町並みと人々、そして、その窓ガラスに映らない僕自身の姿。


 ハッとした。色々なことが立て続けに起き、バタバタとしいてるままに意識の中から押し出されていた。あれは何だったのだろうか。


 頭を抱えているとほのかにいい香りが鼻をくすぐる。おまたせ、と奥のキッチンからフィーアが出てきた。ティーポットとカップが二つ。かちゃりとテーブルに置くと、そっとカップに紅茶を注ぐ。


 どうぞ、と目くばせすると、ソファの空いた隣に腰かけた。ソファのスプリングが少しだけはねる。差し出されたカップに口をつけると、ちょっぴり心が休まった気がした。


 時間をかけて、ちびりちびりとカップの紅茶を飲み干す。と、先ほどの疑問がまた頭をよぎった。


「フィーア、鏡を貸してもらえないかな」


 フィーアは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに赤い手鏡を持ってきてくれた。


 少し緊張したが、ええいままよと鏡をのぞき込む。そこには手入れのされた窓と、鮮やかな青空が映っていた。僕の体は素通りされて、背にした景色が映りこんでいる。


 やはり、体が消えてしまってる。これが僕の覚醒した能力だったのだろうか。だとすれば、なぜフィーアは、フィーアだけは僕のことが見えているのだろうか。


「ねぇフィーア、君はなんで僕のことが見えるの? この鏡にも映らない僕のことを」

「あら、そりゃ見えるわよ。私、昔から色んな妖精さんを見ることが出来たわ」


 えっへんと、どうだと言わんばかりに胸を張る。やはり、見かけよりも言動が幼い。だからこそ、ふらふらと引き込まれてしまう不思議な魅力を感じていた。


 でも、とフィーアの表情が曇る。


「でもね、だーれも信じてくれないの。妖精さんを見たって言ってもバカにされちゃうの。この前だって、久しぶりにトムを見かけたから、トムのお父さんに教えてあげたら怒られちゃった。2年も前に死んだんだって。すぐ隣にいたのに、とってもひどいわ」


 そう一息に吐き出すと、フィーアはまた笑顔を僕に向ける。それを聞いて、僕は一つの可能性が脳裏をよぎった。


「でもね、あなただけだったわ」

「僕だけ?」


 言いながら、驚くほど落ち着いている自分が不思議に思えた。そうだ。確かに今までのことに辻褄があう。何が、と開く口を遮るようにフィーアは続ける。


「あなただけが、返事をしてくれたの。私、初めて妖精さんとお話できたわ!」


 その嬉しそうな声を聴きながら、僕はもう死んでしまったのかもしれないと、そう思った。

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