作戦開始
それからの二日間は忙しく、あっという間に過ぎ去った。まとめ役としてヴィテスを置いていくといっても、色々ご引き継ぐこともある。マハトの休む部屋には、別れの挨拶に訪れる者が引っ切り無しに訪れていた。
俺の部屋にも数名挨拶に来た。準備に追われ、あまり相手に出来なかったが、中には涙ぐむものまで居たので、少し時間を作ってやった。
そして、別れの時が来た。鳥のさえずりが聞こえる頃、俺たちはアジトの入口に並ぶ。相変わらずヴィテスはシュネリが心配だという表情であったが、それでも、もう我儘は言わなかった。その眼は決意に満ちており、やはりその頼もしさは本物だと思わされた。
かくして、アジトを後にした俺たちは、街道を越えた反対側、ガルナーレのすぐ近くにある小屋へと移動した。その小屋は長らく使われた形跡の無いもので、マハトが以前から目をつけていた場所だと言う。とは言え、マハトは長居するつもりはないという。
「さて、皆作戦は覚えているね?」
マハトの問いに、四つの首が力ずよく頷く。少数精鋭で集められた人員であるが、さらにここからは別行動を行う。
マハトとシュネリは少し前からガルナーレの中でも町民の振りをして活動していたらしく、まずは残りの三人が入りやすいよう手引きを行うという。それまでは俺、ハーディー、メディはこの小屋で待機になる。
さらに、基本メディは基本的に治療専門な為、実際に街に殴りこむのは二人になる。頃合いを見て、マハトとシュネリが自警団に偽の情報を流し、その間に少しずつ相手の戦力を削ぐのである。そして、警戒が強くなるまではそれを繰り返し、その間にマハトが戦力になるものを勧誘していく。
「では、俺たちは行ってくる。頃合いを見て、シュネリを使いに出す。それまでは各自準備をしておいてくれ」
そういうと、マハトとシュネリは小屋を去っていった。マハト達が去った後も、張りつめた空気が漂う。少しの間の後、その空気を破るように、メディがため息交じりに声を出した。
「さて、私は小屋の周りでも見てくるわ。一応薬草持ってきてはいるけど、すぐに補給できるほうがいいし。あんた達は小屋の中でも掃除しておいて」
おい、と呼び止めるが、メディはさっさと小屋から出て行った。残されたハーディーと顔を見合わせる。仕方がないなと苦笑し、押し付けられた仕事に取り掛かった。
メディが戻ってきたのは夕刻であった。両手には多種多様な植物を抱えている。どうやら近くにも多くの薬草が茂っているようだ。
「おお、二人とも、随分と綺麗になったじゃない」
小屋に入るや否や、メディは驚嘆の声を上げる。置いてある物が朽ちかけているのはともかく、床を白い膜のように覆っていた埃は、角まで綺麗になくなっていたのだ。
「一体どうやったんだい? 箒なんて持ってきてなかったでしょ?」
期待以上だと喜ぶメディの隣で、ハーディーの顔が憎たらしくニヤついた顔をしている。
「まさか、サンダにあんな特技があったなんてね」
わざとらしく大仰に、ハーディーが声を張る。
「なになに? サンダの特技って。もしかして小屋が綺麗になっていることと関係あるの?」
わかっている癖に、メディもハーディーの大根芝居に乗る。メディの期待に満ちた目と、ハーディーの殴りたくなる目に見つめられ、起きたことを伝えざるを得なくなった。
「いや、な。俺の力って人を痺れさせるだろ? んで、それは鉄とかも通るだろ?」
「ええ、そうね」
「お前が出て行って、面倒くせぇなってイラついてたら、能力が発動しちまってさ」
「うんうん。それでそれで?」
「そしたらさ、掌にすげえ埃が集まって来てさ。ちょっと離れた埃もさ、風でもあるんじゃないかって位の勢いで、俺の掌に集まって来るんだよ」
「そうそう。そして後は床中をカサカサと歩き回ってもらってね。後は外にぽいって。いやあ、メディにも見せたかったな」
俺の話を遮るように、ハーディーが身振り手振りを交えて説明する。まったく、腹が立つ。が、事実なので仕方がない。おかげで、想像よりよほど早く掃除が終わったので、一応役にはたったのだった。しかし、今後この能力を活かす場面があるとは思えないが。
メディは薬草だけでは無く、茸などの食糧も併せて収穫していた。簡単な食事を済ませると、その日はもう寝てしまう事にした。
そして三日後、その時は来た。外はまだ暗く、鳥や木々さえも眠っている時間に、小屋の扉を小さく叩く音がする。警戒しながらも扉を開けると、そこにはシュネリがいた。
シュネリから、今日の自警団の動きや、狙うべき場所などを伝えられる。今回狙う場所は街の南側。警備が手薄で、一人しか人員を裂いていないらしい。そして、その一人こそがマハトがこちらへ引き入れたい人物なのだという。
この作戦は太陽が山からすっかり出た頃を見計らって開始する。それだけ伝えると、シュネリは去っていった。そして太陽が辺りを照らし、その尻が山に少しだけ重なるころ、俺とハーディーは小屋を出る。これから向かえばちょうど予定の時間になるだろう。
見つからないよう、陰から街の中を見る。のどかな時間が流れているそこには、家がぽつぽつと点在しているのみであり、特にこの南側は人が少ない。わざわざこの辺りまで大人数を向かわせるまでもないということなのだろう。
そして、点在する建物の中に一つ、明らかに人が住むような建物でないものがある。周りの建物より一回り小さく、少し縦長なそれは、マハトに聞いていた自警団の詰所の一つであることが窺える。そしてその中には、一人の男が暇そうにしていた。
俺は、その姿に見覚えがあった。




