予定外な信頼
「最近になって、ガルナーレの警備が厳しくなってきている」
マハトの言葉に、両隣が頷く。俺はそもそもその町に近づいていないので、何のことかはわからなかった。が、口を挟むような雰囲気でも無かったため、とりあえず合わせて頷いた。
今回の会議の趣旨は、警備の厳しくなったガルナーレに対して、ちょっかいを出すのはやめておこうというものだった。ガルナーレ側の強化もそうだが、最近になって急激にアジトに人が増えたことで統制が取りづらくなっているのも原因の一つのようだった・
「ここ最近で、人数も倍に増えた。誰がどんな能力なのかも把握していないし、能力の無いものもかなりの数がいる。これまでは時折タイニーヴァルトから色々仕入れていたけど、余り目立ちすぎるとそれも難しくなる。それに新人たちが少し前のめり過ぎるみたいで、負傷者も多くいる。そうだろ? メディ」
「ええ、残念だけど。とてもじゃないけど、私一人では診きれないわ」
それに、とメディの上体が前のめりになる。
「ここ最近は、本当に大怪我一歩手前くらいの子も多いわ。そこのつんつん頭みたいにね」
言いながら、顎で俺を指す。つんつん頭とは俺の事か。また変なあだ名が増えてしまった。
しかし、メディの言うことも的を射ている。昨日の俺もそうだが、最近は夕刻になるとひっきりなしに救護テントに人が出入りしている。中には、肩を借りなければ歩けないような怪我をしているものも見かけた。今のところ警備隊に捕まったという話は聞かないが、それも時間の問題かもしれない。
ここは山を少し切り開いた程度であり、能力持ちが多いとはいえ、守りなど手薄である。タイニーヴァルト側から少し離れているおかげで、ここら辺りまで警備隊が出張ってくることはないが、余り暴れすぎるとどうなるかわからない。最悪の場合、ガルナーレの自警団と協力して挟み撃ちということも有り得る。
「この状態をまずは落ち着かせなければいけない。そのために、俺たち以外にも、アジトの中である程度分かりやすい上下関係を作ろうかと考えていてな。腕っぷしとかな。そこでサンダ、お前が必要になる」
マハトは俺に視線を向ける。つられるように、両隣の二人の視線も集まる。最初期のメンバーであるこの三人がトップに立って引っ張っているとはいえ、その下となると皆自分自身の事ばかり考えている有象無象としか思えないものだった。
「腕っぷしね。それで俺を誘ったわけか。確かにこの中じゃ一対一で俺に勝てる奴のほうが少ないだろうが、皆俺の言うことなんか聞くかね?」
「大丈夫だ。お前の強さはこのアジトにいる全員がわかってる」
特に何か結果を出したわけでもない、皆からバカなあだ名で呼ばれる俺に対して、その強さには信頼を置いているという。
このアジトに来た直後、俺は疲労から深い眠りに落ちた。その眠りの中で、研究員から追われ捕まりそうになる夢を見ていたのだが、寝ぼけた俺は周りの人間を研究員と間違え、寝ぼけたまま大暴れしてしまったのだ。
その際に、十人程度を気絶させ、気が付いた時には五人の能力持ちから押さえつけられていた。その後、メディからはこっぴどく怒られた記憶がある。疲労で呆けていたため、半分くらいしか覚えていないが。
とにかく、掌さえ触れれば倒せる能力である以上、接近して戦う奴らのほとんどを封殺出来てしまう。アジトの中は喧嘩禁止であり、俺自身もその騒動から大人しくなってしまったため、嫉妬や妬みも含めて標的になってしまったのだった。
とにかく、このマハトの提案には大賛成だった。ここの奴らを見返す為に一番手っ取り早い方法だと思う。とは言え、どのような手段でその強さを格付けするのだろうか。
「で、具体的にどうするんだよ。殴り合いの決闘でもするのか」
俺の冗談交じりの提案に、マハトは笑いながら首を横に振った。
「いや、別に今までと大きくは変わらない。俺たちが、そう格付けしていると認識してればいい。少しずつ時間をかけて、なじませていく。なに、春までには何とかなるさ」
なんとも悠長なことだ。しかし、マハトの声には確かな説得力があった。きっと色々と考えた結果なのだろう。そして、明確な未来像が見えているのだろう。共にいる日は浅くとも、俺は、いや、俺たちはマハトに対して絶大な信頼を寄せていた。我らが主の思うことであるのならば、尊重しないのは野暮というものだろう。
そのまま、この会議での俺の役目は終わった。格付けしていると認識していればいい。それが、マハトが俺に伝えたかったことなのだろう。三人はまだ別の話があるとのことで、俺だけが小屋の外に出されたのだった。
結局、ヴィテスの声を聴くことはなかった。彼はこの会議にいる意味があるのだろうか。いや、まあきっと必要なことなのだろう。
さて、これからどうするか。強さを示すにも、その場面はそう多くない。きっとマハトが計らってくれるだろうが、俺自身も何か考えておく必要がる。頭を掻きながら、これからの事に考えを巡らせた。
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あの会議の日から暫くの月日が経ち、山に積もっていたの雪はすっかり溶けていた。陽が照らす時間も長くなり、時折強い風が、咲いた草花を揺らした。
春を迎えるころには、アジトの中は大幅に変わっていた。あれから買い出し以外で街に降りることは禁止され、狩りや採取した野草などでの生活が基本となっていた。その狩りの中で、マハトは俺を重用した。俺の力を込めた鉄は、手を離れてもしばらくは効果が持続するようになったため、投擲で獣を生け捕りに出来るようになったのだ。
血抜きをするのにも、直前まで生きている方がよい。肉の臭みが取れる。美味い肉は良い。皆、胃袋をつかまれると弱い。予想していた形ではないが、俺は皆からの尊敬を集めるようになっていた。




