円卓で会議
翌日、目が覚めたのは太陽も高く昇るころだった。
治療の後は全身の疲労感が強まるため、意識していなくても睡眠時間が長くなる。一つ伸びをして立ち上がると、昨日のことを報告するためにマハトの元へ向かう。二度も取り逃してしまったのだから、まったくもって情けない限りだが、何も伝えないというわけにもいかないだろう。
マハトが彼の自室にいなかったので、アジトの中を探し回ることになった。色々足を運んだのだが、結局、見つけたのは裏の修練所だった。マハトは訓練用の少し細めの剣を一心不乱に振っている。
アジトの裏の空間とは言えど、山の木々を切り開いたそこは、大型の犬が数匹走り回れる程度には広さがあった。マハトだけでなく、アジトに住んでいる皆が、暇があれば能力や武術などの特訓をしている。その所為か、中央の部分は緑が剥げて殆ど土が見えている状態になっている。
この修練所にたどり着くまでに会った奴らから、散々痺れウナギだの情けないだのとバカにされたため、不機嫌なままマハトに話しかける。
「済まない、マハト。また捕まえてこられなかった」
建物の裏、少し離れたところから呼びかける。俺の声に、マハトは振り上げた腕を止めた。そのまま強く空を切ると、ザックリと剣先を地面に突き立てる。
「なんだ、サンダか。別に気にしなくていいさ。皆の頑張りで、今年の春くらいまではしのげそうだ。それにしても不機嫌そうだな」
「はっ、ここは落ちこぼれにはやさしくなくてな。行く先々で人をからかってきやがる。ナイーブな心が傷ついちまうぜ」
どの口が、と笑いながら、マハトは突き立てた剣を抜く。修練を切り上げるようで、剣を鞘にしまいながらこちらに近づいてくる。
他の奴らから痺れウナギと呼ばれる俺にも、サンダという名前がある。もっとも、これはこのアジトに来てから名乗るようになった名前だ。研究所ではもちろん番号で呼ばれていたし、それ以前の名前については、能力覚醒実験の中で記憶から消されてしまった。
恐らく、他の奴らもそうだろう。皆、自身の能力にまつわる呼び名か、まだ能力の無いものはそのまま研究所時代の番号で呼ばれていることが多かった。
短絡的だが、俺の名前も天から降る雷からとった。もっとも、実際の雷ほど強力であれば、このアジト内での立場もまた違ったのかもしれないが。一対一であればこのアジト内でもそれなりに強いだろうと自負しているのだが、いかんせん結果が付いてこない。
「今日はもういいのか?」
「ああ、十分汗をかいた。これからの事で、少し皆に話をしなければいけない」
「じゃあ、俺をいじめないでくれって叱ってくれよ」
「それは、また今度な。お前も少しは言い返えせ」
軽い皮肉を返されて、俺は頭を掻いた。
「そうだ、何か話があるんじゃないのか。まさか失敗報告だけのために、わざわざ俺を探し回っていたわけじゃないだろう?」
そういえばそうだ。それから、昨日の起きたことを話した。少女を二人攫おうとしてみたことや、それぞれ違う原因ではあるが、返り討ちにあってしまったことである。その内一人は、攫う直前に男が急に目の前に現れたこと、もう一人は、なんの素振りもなかったにも拘らず吹き飛ばされたことに加え、メディに治療を頼まざるを得ないほどの傷であったことは伝える必要があった。
聞きながら、マハトは数度頷いた。聞き終えると、何か考え込むように喉を鳴らしている。握った片手で口元を押さえながら、しばらく考え込んだ後、顔を上げて俺の目をじっと見た。数刻。マハトは何かを決めたようだった。
この後の会議にお前も来いと誘われた、どこかに向かおうとするマハトの後を追いかける。向かった先は作戦室と呼ばれる小さな木の小屋だった。促され中に入ったが、マハトは先に汗を流してくるといい、来た道を戻っていった。小屋の中に入ると、メディともう一人、大柄な男がいた。
アジトの皆からヴィテスと呼ばれるその男は、マハト、メディと合わせて最初期のメンバーだと聞いている。戦っているとこは見たことがなく、マハト同様、具体的な能力はわからない。黒髪に短髪でこの図体であるので、いかにも歴戦の強者を思わせる。
作戦室の中は小さな円状のテーブルが一つと、それを囲むように六つの椅子が置いてあった。普段はマハトとこの二人でよく会議を行っているようで、決まったことを外で伝えられる。
俺はここに着てまだ短いが、これまでの生活の中で、アジトの他の人間がここに出入りしていることは見たことがない。なぜ、今日に限って俺も呼ばれているのだろうか。
「おう、サンダか。さっさと座りな」
メディに促され、入口側の席に着く。メディはともかく、ヴィテスとは今まで話したことがない。そもそも無口な男のようで、声を聞いたことがあったかどうかすらも定かではない。
少し居心地の悪さを感じながら、椅子の背にもたれていると、程なくしてマハトが小屋に入ってきた。
「済まない、待たせたな」
言うと、テーブルの奥側の席に座る。ちょうど俺の正面に当たる。左にメディ、右にヴィテスという位置になった。椅子に座り、両手をテーブルの上で組むと、マハトが口を開いた。




