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紛争と破壊

「ここは国境の町だろ?」


 ハロルドの問いに、ええ、と小さくフィーアが頷く。


「昔は今ほど国同士は仲良くなかった。この町は、よく小競り合いの中心になっていたんだ」


 僕たちが孤児院にいたころの話のようだ。十五年ほど前になるのだろう。当時は良く分からなかったが、噂程度には聞いていた気がする。淡々と話すハロルドの言葉には、余計な思いを入れないようにと、とても慎重に言葉を選んでいることが感じられた。


 両国は仲が悪いとは言え、この二国の間にはいくつもの山脈が走っている。海路で攻め込むことは可能であるが、それ程には事を構える気はない。しかし、相手より有利に立ちたいという思惑により、山脈の僅かな割れ目に接しているこの町が標的にされてしまったという。


 春頃から始まったいざこざは、秋口には本格化していった。それでも、その殆どは牽制のようなもの。まだ兵士の中で数人の死者が出る程度で済み、大規模な被害が出ているような状況ではなかった。しかし、そんな半端な膠着状況を嫌ったこの国は、ある一人の人物をこの地に送っだと、ハロルドは言う。


「それが……」

「そうだ。それが魔女だ」


 フィーアの漏らした声に、ハロルドが答えた。魔女。たった一人、紛争の場に送られた女性とはどのような人なのだろうか。


「魔女は、能力持ちだった。自由自在に空を飛び、何か見えない力で敵を吹き飛ばしていた。俺は後にも先にも、あんな恐ろしい能力は初めてだったよ」

「空を……」


 僕は思わず声を出していた。それはハロルドには聞こえていないとはいえ、フィーアの気が散らないだろうかと、少し悪い気がした。しかし、あの時フィーアが空中に浮いているように見えたのは、僕が抱きかかえていたからだ。自由自在にとなると、まったく違う能力なのだろう。


「ただ、魔女の強さは戦況をあまりに変えすぎた。そうなってしまえば、相手だって黙っていない」


 魔女の登場によって傾いた戦況を打破しようと、相手国もまた、能力持ちを戦場に繰り出して来た。相手も一人ではあるが、それもまた強力な能力を持っていたのだという。


 その日友達の家に遊びに行っていたハロルドも、避難先から戦況を見ていたようではっきりとはわからないのだが、暴風でも吹いているのではないかと思うほどの轟音が鳴り響いていたと語り、目を伏せた。


「何日か経って、急に相手国が撤退を始めた。能力持ち対決は、魔女が勝ったのだと聞かされたよ。ただ、久しぶりに見た我が家は半分以上吹き飛んでいた」


 そこで、戦火に巻き込まれた両親の変わり果てた姿を見てしまったのだという。そう話すハロルドの声は、微かに震えているのがわかった。友人の家から直接避難出来たハロルドは幸運で、他にも多くの町民が巻き込まれ、甚大な被害が出てしまったのだ。


 そして気が付いたころには、魔女の姿は消えていた。まさに嵐のように、両国の思惑も、この町も吹き飛ばしてしまったのだ。


 程なくして、両国は正式に友好条約を締結した。このような争いの中、水面下で交渉は進んでいたようで、結果的にこの町を守り切ったこの国が少し有利なものになったようだ。


 この町の文献では、魔女はこの争いに終止符を打った英雄として描かれている。国からの教育の中でもそのように教えられている反面、それを経験した世代は嫌な記憶として語りたがらない。


 ここに来る前の、子供とその親との反応の違いはそういう理由だろう。そしてハロルドもまた、語りたがらない(・・・・・・・)側の人間だろう。それでも、フィーアの事を案じ、思い出したくない記憶とともに語ってくれたのだろうと思う。


狭間の魔女(はざまのまじょ)も、国にかかれば英雄になっちまう。っと、そう、この町じゃ魔女のことをそう呼んでる。というより、そう呼んでるやつは、大体彼女を嫌っている」


 話を聞いているうちに、フィーアの顔はどんどん暗くなっていた。目尻に一粒、涙が溜まっているのも見える。僕も、見ているだけで心苦しくなる。そんなフィーアの様子に慌てて、ハロルドは取り繕おうと言葉を続けた。


「俺は別に近くで戦いを見たわけじゃないし、あんな状況で彼女を恨むつもりもないが、それでも好きになれるかと言えばノーだ。俺なんかよりよっぽど嫌な感情を持っている奴らはこの町にいっぱいいる」


 それに、とハロルドはぎこちなくもやさし気に、フィーアに微笑んだ。


「それにフィーアはフィーアだ。あの魔女じゃない。町の連中も今は嫌な思い出のせいで辛く感じているだけだ。きっとすぐにいつも通りに戻るさ」


 ぽん、とフィーアの頭をハロルドが撫でた。フィーアは小さく息を吐くと、袖で目元をグィと拭った。


「そうよ。私は私。み~んな変な勘違いをしちゃって、困ったものね! 頬でも叩いて、目を覚ましてあげなきゃいけないわね!」


 いつものように元気に、フィーアの笑顔がはじける。それは強がりなのだと思う。何とかしてあげたい。こうなった原因は僕なのだから、僕がどうにかしなければ。店を開けるために立ち上がった二人を見送りながら、爪が食い込むほどに強く、拳を握りしめた。

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