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タイニーヴァルト

「それに、最近物騒な噂を聞くようになってね。フィーアが心配なんだ」


 ダンが、声色を一段低くした。


「物騒な噂? なんだそれ」


 町の外にごろつきが集まっているのは知っているが、特にこの町に何かしているということは耳にしていない。フィーアが心配ということは、この町周辺に何か起きているのだろうが、もう一つの情報源である雑貨屋の客たちの話にも特に挙がっていなかったと思う。


 店で働いているフィーアを見ている限り、いつもと変わらないように思える。いや、食欲が溢れているという可能性はあるが、物騒というほどではないだろう。


 ボトルとグラスが運ばれてくる。ダンはそれを受け取ると、グラスを氷でカラリと鳴らした。とくとくと酒を注ぐ。溢れんばかりまでになってところで、ゆっくりとグラスをスライドさせて俺に寄越してきた。すまない、と一言、冷えたグラスを受け取ると軽く上澄みを舐めた。


「で、どんな噂なんだ? フィーアが心配ってのはどういうことだ?」

「良く店に来る警備隊の若い奴らから聞いたんだけど、最近家出が多いらしいんだよ」

「家出? 何が物騒なんだよ」


 この町は昔から流動的だった。それは、物も金も人も(・・)である。借金を抱えた結果、いつの間にか女や子供がいなくなる、というのは稀に起きている。より珍しい例だと、流れてきた旅芸人にそのままついて行ってしまった好奇心旺盛なものもいると聞く。


 ダメ元で国家警備隊に泣きつくものもいるらしいが、帰ってきたという話は聞かない。それがこの国境の町タイニーヴァルトの姿である。


 家出のようなものは昔から多かった。よほど近しい者でない限り、基本的には干渉はしない。町のルールというわけでは無いが、長くこの町に暮らしていると知らず識らずのうちにそれが当たり前になっている。


 しかし、家出という話であれば、フィーアが槍玉に挙がるはおかしい。フィーアは一人暮らしだと聞いている。それにあの加護のある家に住んでいるのだ。わざわざ置いて出ていくとは考えづらい。もちろん、普段の振る舞いからも、そういう様子はうかがえない。その疑問に対するかのように、ダンは自分の分の酒を作りながら、ゆっくりと口を開いた。


「家出しているのは、ほとんど町の南側だ。それも少年少女ばかり、それなりに裕福な家庭の子だ」

「そんな子供がわざわざ家出するのか? なんでまた」


 言いながら、そういう事かと独りごちた。恐らくは一人での家出ではあるまい。何かブローカーのようなものがいるのか、あるいは……


「攫われてるのか」

「ご名答、ハロルド」


 軽い言い回しのわりに、ダンは苦虫でも嚙み潰したような表情になっている。ダン自身子供を失う辛さを知っているのだから、思うところはあるだろう。町の南側、フィーアが住んでいる家がある方角だ。


 俺の雑貨屋で働いているくらいだし、何よりこの町で一人暮らしなのだから、フィーアは裕福ではないのは確かだ。しかし、親バカのようだが、容姿は整っている方だし、身だしなみにも気を使っているのはわかる。一見しただけでは裕福な家の子に見えるかもしれない。


「何人くらい攫われているんだ?」

「実際の人数はわからない。それこそ普通に家出の子もいるだろうし。ただ、先月に比べると四倍くらいになっている。それが南側に偏っているんだから、人攫いを疑うのは当然だろうね」

「最近集まってるごろつき共が何かしてるのか」

「いや、実際に攫っているところが見つかってるわけではないし、その辺りは調査中らしい。とは言え、最近起きた南側の変化なんで、そいつらくらいなものだけどね」


 目立つ形で町に対して害が無い以上、警備隊も大っぴらには動けないのだろう。ごろつき共のたまり場とされている場所も、町からすると少し離れたところなのだから、さらにたちが悪いというものだ。


 ダンは一気に酒を仰いだ。こいつはあまり酒に強くはない癖に、酒が好きだと豪語する。俺よりも断然弱いくせに飲む速さだけはダンの方が上だ。そんなことを考えている間に、ダンはさらにもう一杯飲み干した。


 酔いが回ってきたのか、それからは暫くは、警備隊への愚痴が矢継ぎ早に飛び出した。やれ態度がデカいだの、子供たちを守るのが仕事ではないのかだの、そんな事ばかりが口に出た。この酒場にも警備隊員が飲みに来ていてもおかしくはないので、俺は冷や冷やしながら聞いていたが、中年の酔っ払い二人にわざわざ突っかかってくるものもいないようだった。


 ボトルが二つ空になったころ、ダンは机に突っ伏してイビキをかいていた。いつも通り、代金の半分を団の財布から抜くと、俺の金と合わせて支払いを済ませる。ダンの腕を肩に回して支えると、店の主人に挨拶をして酒場をでた。


 辺りはすっかり暗くなってしまった。夜の冷えた空気が、火照った体を落ち着かせる。さわさわと頬を撫でる風が気持ちいい。


 ダンの家は八百屋の二階である。近くで助かるというか、それがわかっててこいつは酔いつぶれているというか。今度からは少し多めに財布から抜いてやろうとほくそ笑むと、酔っ払いとの二人三脚を始めた。


 階段を上がると、ドアが見えた。下の隙間からわずかに光が漏れている。大きな音を立てないように、ゆっくりとドアを開けると、そっとダンを玄関に下ろした。

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