表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/63

ハロルドとダン

 アイシャの寝顔を見ていると、心が安らいだ。十歳ほども離れている少女である。家族と呼べるものは俺にはいないが、妹がいたらきっとこのような感じなんだろう。出会ってまだ数日であるが、この子が、この二人が、この家がとても大切なものとなっていた。


 やはり、早いうちに町へ降りよう。自警団を目指そう。もっと人が多いところであれば、この能力についても知っている人間がいるかもしれない。もっとしっかりコントロール出来るようになるかもしれない。


 この家を、この空間を守りたい。膝についた手を、小さく、強く握りしめた。


~~~~~~~~~~~~~~~


 同時刻。

 ハロルドは大きな荷物をサドサリと、玄関に降ろす。


~~~~~~~~~~~~~~~


「俺は帰らせて貰うぜ。クタクタだ」


 言いながら、俺は肩を数度回す。普段雑貨屋で荷物を運ぶことはあるのだが、これほどの量は久しぶりだった。フィーアが有難う、と手を振るので、小さく手を挙げて返した。


 袋の上から見えていた荷物は、ほとんどが食料品だった。普段、店が閉まった後などに一緒に食事に行くことはあったが、その小さな体に見合った量しか食べていなかった気がする。本当はかなりの大食いで、俺に遠慮していたということだろうか。


 大量の料理の前で目をきらめさせるフィーア。それを勢いよく口に運ぶ。どんどん流し込む。まるで似合わない光景を頭に浮かべていると、少し楽しくなってきた。


町に戻ると、八百屋の店じまいをしているダンの姿が見えた。この後特に予定も無いし、久しぶりに飲みに誘おう。


 声をかけると、ダンは二つ返事で了承した。片づけが終わったらすぐに追いつく、とダン。先に酒場へ向かうことにした。とは言っても、すぐ向かいの道の、隣の路地である。ほんの目と鼻の先にその酒場は立っている。


 酒場の扉を開いて、中に入る。流石にこの時間ではまだ人はまばらだった。すぐ入口横の席では、昼から飲んでいるのではと思わせるほど泥酔した老人が、半分寝ているような状態で酒を握っている。


 奥から、いらっしゃいと声が聞こえる。特に案内もないので、奥の窓際の席へ進んだ。座り、何か頼もうかと思ったところに、すぐダンが入ってきた。これくらいの時間差ならば、八百屋の前で待っていてもよかったではないか。


 いつも通りの酒と簡単なつまみを注文する。酒が出てくるのは早い。適度に冷えたそれは、喉を焼くように胃袋に落ちていった。一気に飲み終えると、燃えるような息を吐いた。この手の酒は一杯目が一番うまい。二杯目を注文する頃に、頼んでいたつまみもちらほらと出てきた。


 目の前の男、ダンは気さくでおしゃべりだ。俺より少し年上だが、見た目はダンのほうがよほど若く見える。昔からの馴染みで、無骨な俺にたいして何かと気をまわしてくれる。たまにこうやって二人で飲むことが数少ない楽しみの一つになっていた。


 俺が仕入れている噂の半分は雑貨屋に来る客たちから漏れ聞こえてくるものだが、もう半分はダンからの情報だった。


「ダン、どうだ、嫁さんの様子は」

「ああ、マリーかい? おかげさまで大分良くなったよ」


 ダンの妻、マリーは二年前から伏せっている。最近は、たまに町中を歩く姿を見ることもあったので、ようやく回復してきたみたいだ。


「君のところのフィーアはどうだい? 僕は彼女が心配でね」

「俺のってわけじゃないが…… まあ、ぼちぼちってところだよ」

「この前、ちょっと彼女にきつく当たっちゃってね。傷ついてないといいんだけど」

「聞いている。あれはあいつが悪いだろ。俺からも言っておいたよ」


 ダンとマリーの息子トムは、二年前に事故で亡くなっている。大事な一人息子だったろうに、マリーは心を壊してしまっていた。少しずつ回復に向かっていたところ、ひと月ほど前、急にフィーアがトムを見かけたと騒いでいたのだ。幸い、マリーは隣町の病院へ検診に行っていたため直接聞いてはいないが、ダンは大層強くフィーアを叱っていた。


 フィーアは小さなころから不思議な子供だった。両親を早くに亡くし大変だったろうに、そんな様子を少しも見せなかった。一度、寂しくないのかと尋ねたことはあったが、たまに両親とは会っていると答えていた。


 話すことはないけれど、見守ってくれていることは知っている、と。それは強がりからの言葉だと思っていたが、今日のあの家を見て、もしかしたら彼女は能力持ちなのかもしれないと思った。


 しかし、これまで生きてきた中で、死者が見えるなどといった能力持ちの話を聞いたことがない。せいぜい、爪を鋭くするだとか、凄い奴でも屋根まで垂直に飛べるとかである。とは言え、フィーアに招かれなければ入れない家などというものが実在しているのだから、そんな能力があってもおかしくはない。


 ダンに家のことを話そうとは思ったが、そうやってあの家を守っているのだから、やたらに広めるのは良くないと思い自重した。言葉を飲み込むように、三割ほどまで減っていた二杯目を一気に開ける。二杯目の最後は、薬でも飲んでいるかのようにいつも苦い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ