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薪割りは疲れる

 数日も寝ていると体はすっかり良くなったように思える。いやに回復するのが早いな、とローレンに憎まれ口を叩かれることもあったが、それは俺のことを気にかけているからこそのものだろう。


 この小屋での暮らしは質素だが快適なものだった。


 泊めてもらっているお返しにと簡単な力仕事を引き受けた。薪割りなど久しぶりに取り掛かってみたはよいものの、体がずいぶんと鈍っているようで3日分の量で息が切れてしまった。


「情けないな、客人」


 肩で息をする俺に、ローレンは皮肉めいた表情で近づく。杖替わりについていた斧をさっさと俺から奪うと、スコンスコンと小気味好く木を割いていった。流石に生活の基盤とあって慣れている。うまいものだ。ほれ、と再度斧をこちらによこす。割ってみろとのことだろう。

 斧を両手に構え、目の前にある木材に一気に振り下ろす。スパン、と力強い音と共に木は真っ二つになる。破片が辺りにとぶ。


「まったく、力任せに振り下ろせばいいってものじゃない。私の見本を見ていなかったのかね」


 言うと、ローレンは俺に斧の握り方から振り下ろすときのコツまで色々と教えてくれた。髭で隠れた口元のせいで表情がわかりにくく不愛想にも思えるが、なんだかんだと世話を焼いてくれる。


 両手とも柄の先端に構えていたが、片手を斧の真ん中あたりに移し、少し力を抜いてさっと振りぬく。スコン、と軽い音とともに木はきれいに割れた。先ほどに比べればほとんど力を入れていない。


「毎度全力で振っていたらすぐに息が上がってしまう。何事もやり方を身につけなければ勿体ない」


 言い残して、ローレンはまた家の中へ戻っていった。調子付いた俺はある限りの薪を割ってやると意気込んだのだが、3割程度で力尽きた。アイシャに言わせればこれで半月は持つとのことで、達成感の無さの割には感謝されたため、疲労感とともに得も言われぬ満足感があった。


 それにしても本当に体力が落ちたものだ。研究所に行く前はそれなりに運動が出来るものと自負していたが、たった4か月の生活でここまでとは。さてどうしたものだろうと考えていると、家の中から俺を呼ぶアイシャの声が聞こえた。食事の用意ができたらしい。何はともあれ、力仕事の後は腹が減るものだ。


 三人でテーブルを囲う。薪割りのことやアイシャが今日森であった人のこと等、とりとめのない話がとても楽しい。と、そんな話題を裂くようにローレンが口を開いた。


「ここを出た後はどうするんだ」


 まだ傷が癒えていない。もうしばらくはこの家で療養させてもらうにしても、確かにずっとこのままというわけにはいかない。


「研究所に行く前はどんなことをしていたんだ。なに、ふもとの知り合いに口利きくらいはしてやれる」

「連れていかれる前は、友人と一緒に宿屋を手伝っていました。俺はそれなりに腕っぷしに自信があったので、そこでちょっとした用心棒みたいなことをしていました」

「あら、薪割りであんなにすぐ疲れていらしたのに?」


 アイシャは口元に手をやってクスクスと笑う。つられて笑う俺をよそに、ローレンは何やら考えているようだった。


「なあ、自警団には興味があるか? 今、麓のガルナーレでは人を集めている。近くでならず者たちが徒党を組んでいるらしくてな。腕に自信のあるやつが必要だと」


 その提案は、確かに俺にぴったりのものに思えた。自慢じゃないが俺は学がない。色々と起用にこなす215(ニーゴ)とは違い、力と図体しか自信と呼べるものはなかった。

 ともすれば、今の鈍り切った体ではいけない。療養するだけでなく、それなりに戦える程度には鍛えていかなければならない。よしとひとりごち、明日やることを頭に巡らせた。


~~~~~~~~~~~~~~~


 翌日、見上げた空には雲一つない。小鳥のさえずりが聞こえる頃、俺はすでに息を切らせていた。朝日が薄暗く森を照らす頃からずっと走り込んでいる。山道を走り家に戻るころ、家から香ばしいく漂うものが鼻をくすぐった。軽く汗を流しドアをくぐると、すでに食卓の準備が整っていた。


「おかえりなさい。朝から精が出ますね、ニーロ」


 温かい食事を済ませると、薪割りの続きをしようと庭に出る。斧を持つ俺をローレンが止めた。


「薪はとりあえず十分だ。その様子だと、自警団への参加には乗り気なようだな」


 はい、と力強く返事をする。


「ならしっかりと鍛えておけ。口利きする俺が恥ずかしくないようにな」


 髭の奥がニヤリと歪んだように見えた。一つ気合を入れると、また山道を走りだした。何よりまず体力を戻すのだ。そのための方法は、俺は走ることしか知らない。


 せっかくなので朝とは違う道を、としばらく走っていると、前方に道を塞ぐ岩があった。その岩の両脇には太い幹があり、避けて通ることも難しい。確かにこの道はあまり使われていないように草が生えていたが、これの為だったのか。わざわざここに来るとするならば、その両脇の木に咲いている冬の季節には似つかわしくない花を愛でるくらいなものだろう。


 ものは試しだと、少し力を入れて押してみる。流石にびくともしない。これを全力で押すというのもいい修行になるのではと考え、もう一つ二つ、力を込めてみた。すると意外なことにその岩は土を引きずりながら少し横にずれた。


 いくらなんでも、それほどの力は込めていないはずだ。驚き、自身の手を見つめる。ふとそらした視界の先、明るく咲いていたはずの花が枯れていることに気が付いた。

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