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義妹はやっぱり魔王でした  作者: タンタン
出郷編
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007.オーク狩り

 砂漠を根城にする醜悪な面を晒す魔物が我が物顔で徘徊している。

 名を豚頭族オークと呼び、顔は病的に腫れあがった豚のような面を張り付けており、それはまるで性格をも表すかの如く暴食と残忍を兼ね揃えた魔物だ。

 ゴブリンとほぼ変わらぬ身長にも関わらず、1.5倍に膨れ上がった肥満体型となんともバランスが悪い体格をしている。

 その肥大化した体はオークならではのものと言えよう。

 ついた脂肪は畑の畝のように体全体に纏わり付き、醜悪さを更に際立たせている。

 当然動きは鈍重で攻撃を避けるのは苦手なのだが、その蓄積させただけの余分な肉はオークの意図ではないにせよ、軽い斬撃であれば弾くほどの肉厚で身を守ってくれる。

 だがその代償として巨漢を維持する為には、オーク自身が異常なまでの食欲に襲われることになる。

 常に飢え続けているのだ

 彼らの通る場所には口に入るものは全てが消化の対象となる。

 動物や植物はもちろん、岩、泥水に至るまで全てだ。

 故に彼らが根付く場所は砂漠と化す。

 オークは好んで砂漠を根城にしているわけではなく、根城にすれば砂漠になってしまうのだ。

 そして食物に対してはどんなものに対しても平等に扱う。

 不幸にもオークの前で命が尽きたものも当然、皆等しく彼らの胃袋に収まることになるし、それは同じオークであっても例外ではない。

 傷つき、弱りはてた同胞であっても容赦なく食べ尽くされる。

 強者だけが生き残れば良い。

 それを実践するオーク共は、生きている者こそが強者と言えよう。

 食欲の為に生きる。

 その考えは彼らの持つ武器の選択にも表れていた。


 オークは武器として槍以外の武器を持つことはない。

 穂先が魔鉱石で出来た槍で通常の槍に比べ突き通すのに優れた武器。

 獲物を一突きで刺し殺す殺傷能力に加え、肉の損壊が少なくて済むためだ。

 剣で大事な血を流してしまったり、ゴブリンのように棍棒で肉を撒き散らせてしまっては、折角獲物を倒しても食べる量が減ってしまう。

 それはオークにとって悲しむべき行為なのだ。

 故に命だけ刈り取る理想の武器である槍を好んで使う。


 先ほど無謀にも戦いを挑んできた戦士も、魔鉱石の槍によりほとんど血を流すことなく胃の中に収まっている。

 喜ばしいことだ。

 だがここにいるオークの数は三体。

 たった一人の人間では、その至福は一時的なもので胃袋はとても満足はしてはくれない。

 彼らは食い残した肉の破片や血がしたたり落ちていなかったか地面を探す。

 持っていたリュックに武器、盾に至るまで全てが胃袋の中でもうない。

 地面に残っていた石ころをピーナッツでも食べるかのように、コリコリ音を立てて食べてもまだ地面から目を離さない。

 そして湿った砂を見つけて這いつくばる。

 それが血か汗なのかは問題ではない。

 何かを舐り取るように砂を食むことこそ重要なのだ。

 オークの一体は自分の魔鉱石の槍に付く血を嬉しそうに舐っていたが、そのことで他の二体より先に視界に動くもの、口に入るものをいち早く見つけ出すことが出来た。


 目の前には二人の人間が歩いていた。

 とても小さい。

 子供と呼ばれる未成熟な人間だ。

 オークの腹を満たすには少なすぎる肉の量。

 しかし食欲は彼らの肉を欲して止まず、食いつくせ、丸のみにしろと叫んでいる。

 獲物の大小は関係ない。

 すでに量のことなどどうでも良くなっており、オークは新たに用意された食事で喚起に湧いていた。

 喜びの涎を垂らして再び槍を握りしめる。

 そして同胞より多くの獲物を口の中に放り込むために、一足早く人間に向かって走り出した。



――



 オーク共に会う一時間ほど前。


 町を出発したルイスはオーク共が根城にする砂漠へと向かう道すがら、アンジェリークに基本戦術を教えていた。

 凶暴と恐れられるオークだが、三点の注意事項さえ守ればゴブリンより容易く狩れると昔教えてもらっていたことそのまま話す。


 その注意点とは。


 一点目、オークが目の前の敵より食欲を優先させる種族であること。

 常に飢えているオークにとって目の前に食物があれば、仲間に食われてしまうのを恐れて我先に食らいつく。

 対策としてすでに町で仕入れた肉の塊を4つほど用意しており、これをオークの目の前に投げつければ肉をむさぼるオーク共を始末することなど容易いのだ。


 二点目は武器を奪ったり槍先を切り落としてはいけない。

 彼らの武器である槍は危険ではあるが、経験者であれば避けられないほどではなく脅威と言うほどではない。

 むしろ巨体を利用して体当たりをされたり、手で掴まれて噛みつかれるなどすればひとたまりもないのだ。


 三点目はオークが共食い前にするための注意事項だ。

 基本はオーク同士で共食いしてもらって倒すことになるが、大事な右耳の確保をし忘れる食べられてしまって報奨金が貰えない。

 一撃目は右耳を狙いつつ、力があれば右肩をそぎ落とす。

 もしくは首を落とすなどして右耳の確保をしてしまわなければタダ働きになってしまう。


 後は適当な一体を同じように殺傷していけば、同士討ちを繰り返して倒してもらえば良い。

 そして最後の一体は次のオーク狩りの肉になる。


 言えば簡単に聞こえるが、この狩り方は誰でも出来るわけではなく、オークを単独で倒せる程度の剣術レベルは必要になる。

 無謀にも実力の伴わないものが行って、その代償として自らの命を食べられる者も多い。

 だから余り他言しないようにと言われている。

 だがルイス達の剣技レベルなら大丈夫だろう。


 問題があるとすれば、こちらにも食欲と言う名のアンジェリークがいることだ。

 この点については後でたっぷり食べさせてやるからと約束したら我慢すると確約してくれた。

 これで肉を食ってしまう事態や、放ってもオークと一緒に食いに行くなんてことにはならないだろう。

 そんなことにでもなったら洒落にもならない。

 右耳の回収、共食い、槍を躱す、これさえ熟せば楽な仕事なのだ。

 きっちり作戦を伝えた頃、涎を垂らしたオーク共三体の集団に出会う事になった。


 オーク共はこちらを見つけるなり走り出してきた。

 しかし巨体なので足が遅い。


「あまり突っ込むなよ」

「おう」


 短い返事をしたはずだが、アンジェリークの体は前へと飛び出していった。

 人の話を聞いてなかったのか。

 その思いは最悪の形となった

 始まって数秒と経たずにアンジェリークはオークが繰り出す槍の餌食となって横腹を刺されていたのだ。


「ばっか!なにやってんだよ!」


 槍が引き抜かれると同時に、アンジェリークの腹部からは赤い血が流れだしていた。

 ルイスは素早く肉の塊を手に取り、全てオーク共に向けて放り出す。

 槍を突き刺したオークはアンジェリークを狙いに定めていたが、残る二体の興味をそちらに向けることに成功した。

 だが危機的状況は続いており、アンジェリークは痛みでその場に突っ伏してしまっていた。


「早く薬草を口に入れろ」


 走るルイスはオークとの間に割って入り込むと、続けて突き出す槍をいなした。

 傷を負わせた獲物を未だ口に出来ず、新たな獲物が邪魔をしてきたことでオークも怒りをむき出しにしているが、執拗に繰り出す槍はルイスには当たらない。

 イラつきが叫びとなって周囲に鳴り響いた。

 オークの槍を5合、6合といなし続ける。

 だが膠着が長引けば長引くほどルイスにとって不利な状況になっていく。

 先ほど肉を投げた先のオークを見やると肉がほとんど残っていない。

 こちらに襲ってくるのも時間の問題なのだ。

 かなり不味い。


 一度体制を立て直すべく撤退しようと考え始めた時、目の前のオークの顔面に肉が投げつけられた。

 ダメージは与えられないもののオークは一瞬惚けていたが、それが肉と分かると戦っている最中なのに慌てて口に頬張った。

 その隙をルイスは見逃さなかった。

 オークに放った剣が首元を刻む。

 不意を突いた剣撃が上手く首筋に当たり、オークの意識を刈り取ったようだ。

 一撃、二撃と連続して放たれた剣で首と手首を半分切断し、瀕死の傷を与えることが出来た。

 しかし、それでもオークの生命力は尽きてはない。

 口元から血を吐き出しつつ、尚も本能で槍を構えようとする。

 次いで反対側からも連撃を食らわせ、ようやくオークの巨漢を跪かせることに成功させた。

 一体相手に結構時間を取られてしまった。


「大丈夫か?」

「だひひょうふひゃ」


 一時的な安全を確保して、首だけ振り向きアンジェリークの状況を見やる。

 先ほどの血も止まって、傷が癒えていくのも見てとれた。

 薬草を食べながら喋る姿に、とりあえず無事を知れて安心したが、不用意に前へ突っ込んだアンジェリークに怒りも沸き起こっていた。

 だが言いたいことは山ほどあるが後回しにしよう。

 今は目の前のオーク退治を優先させなければいけない。

 幸いタイミングよく肉を食べつくしたオーク共の前に、倒したばかりのオークが倒れてくれていた。

 ご馳走だと言わんばかりに、一体が先ほどまでの仲間を口で引きちぎって食い始めていたおかげで、もう一体も取られまいと食欲を優先してくれたようだ。

 そのせいで頭の部分はほとんど残っておらず、残念ながら一体目の右耳は回収困難のようだった。


 しかしこれで必勝パターンに入れたようだ。

 残るオークの一体に狙いを定め、ルイスは斬撃を食らわす。

 落ち着いて対処すれば問題ない魔物なのだ。

 オークの右耳を切り落とすように繰り出す斬撃は、そのまま肩口に食い込み、オークの肩の上部が裂けた。

 肩口の傷は浅かったが落ちた右耳を回収すると、次いでアンジェリークも手伝って二撃目、三撃目と右耳を無くしたオークに斬撃を集中する。

 やがてアンジェリークの斬撃が深々と体に食い込み、戦闘不能状態に陥った。

 もう一体もようやく共食いを止め戦闘態勢に入ったが、もはや形勢を逆転させた状況は変わりようがなかった。

 挟むように取り囲まれたオークは二人して渾身の斬撃を食らわせられたると、あっけなく地に伏してしまった。


 その後、オークの死体を前にアンジェリークを正座させて小一時間説教した。

 命の危険があったんだから笑えない。

 アンジェリークも反省したらしく、叱咤したあとは順調に狩りが進んでいく。


 狩り方法も細かく変化していった。

 持ち運べるように小さく切り取るのも面倒なので、先ほど倒したオークの周辺へと誘ってこようとしたがこの作戦は上手くいかなかった。

 どうしても場所が限定される上に倒した場所を見失ってしまいそうになる。

 肉を見失えば町に戻らなくてはいけなくなる。

 なので巨体のオークの肉を切るのは面倒だが、必要最小限の肉を切り取り、後は燃やすことにする。

 アンジェリークは全部持ち運びたがっていたが、効率が悪いし狩りをする際に邪魔でしかないので却下だ。

 そして見つける度に目の前に肉を投げつけ、口に頬張るオークを確認しつつ狩りが始まるのだった。

 どれだけの量の肉でもすぐにでも無くなるほどの食べっぷりは見てても悍ましい。

 勢いよく食べるオークを脇目に、食事中のオークの一体に狙いを付けたアンジェリークは静かに近づき剣撃を放った。


 アンジェリークの剣撃は強く深く首筋に食い込むと、一撃で首を飛ばして絶命させる。

 ルイスは素早く右耳をそぎ落とし回収する。

 こんな単純作業が繰り返し行われる。

 気まぐれで槍を繰り出されることもあったがルイスが前に出て手順を踏む限り、二人とも大した傷を負うこともなかった。

 更に何回かオークと出会う度に肉を投げつける狩りを続けられ、帰る頃には八体分の右耳を手に入れていた。

 このままで終われば大満足の内に帰路につくはずであったのだが。


 帰り際、アンジェリークがどうしてもこの場で肉を食いたいと言い出したことが新たな問題を引き起こすことになる。

 焼くだけで簡単に出来るだろうと安易に考えたルイスにも原因はあったのだが、調理を見たことが無かったので責められるべきではないだろう。

 単純に笑顔満載のアンジェリークに乗せられたが、幼女のやる気も手伝ってテキパキと料理が始められることとなった。


 食材は豊富だが砂漠なので材料が余りない。

 なのでオークで焼き場を作るべく三体には犠牲になってもらい、二人がかりでコの字に並べる。

 少し離れた場所で見つけた石を持ってくると間を埋めるように敷き詰め、簡単なものだが焼き場が完成した。

 意外と現場のあるもので準備が出来てしまった。

 そんな素人丸出しの焼き場だが、食材となるオーク肉はまだ残っている。

 

 オーク肉をぶつ切りにするのはアンジェリークの仕事だ。

 躊躇なく振り下ろす剣が適度な、いや適当な大きさに切り分けられ、ルイスがそれを魔鉱石の槍を串にして刺す。

 焼き場には橋渡しされたオーク肉がズラリと並んでいった。

 オーク三体が無駄になっているが、それでもルイス達で食べるには十分な量が用意出来た。


 槍の先端についていた魔鉱石はこの時点で回収しておく。

 このサイズなら後で買い取ってもらって金に出来るので、一緒に焼いてしまわないように袋に詰める。

 そして柄の部分の棒は薪代わりに全部燃やしても問題はないので肉の下に放射状に組む。


 いよいよ点火だ。

 薪の下に詰めたオークの着ていた衣服に油を垂らし火を点けると、徐々に白煙を帯びつつ火力が上がっていく。

 ほどなく香ばしい匂いが出始めた。

 火加減を見つつ薪をくべる。

 じっくり火を通そうと、突き刺した棒を回転させて均等に焼き続ける。

 アンジェリークは初めての料理作りに余念がない。

 このまま順調にいけば、こんがりきつね色に焼き上がる予定だった。


 実は焼きあがるのを待つアンジェリークは嬉しそうにしているのだが、ルイスはそれほど心躍らないでいた。

 正直、共食い現場を見ているだけに食欲が失せていたのだ。

 今朝まで美味しく食べてきたオーク肉だが、食材が誇る雑食性。

 それに先ほどまで動いていたのが肉の塊に変わっていくのを見てしまっている。

 これで食欲が湧く方がどうがしている。

 なので原形(生肉)を出来るだけ焼くことで、見栄えが変わって食欲が湧く信じ肉は目指すヴェリーウェルダンに成るべく焼かれ続けることになった。


 しかし所詮素人料理なわけで、適当に焼き続けていたらどうなるかをルイス達は分かってはいなかった。

 大量の肉汁の油が溢れ出てくるため火力が増しはじめて火加減が出来なくなっていき、やがて砂漠の簡易に作られた焼き場は大惨事になっていくことになる。

 火加減などどこの言葉だと言わんばかりの炎が肉全体をオレンジ色に包む。

 焼き場を形作る三体のオークも見るも無残に黒く姿を変えている。

 肉は予想した以上に焦げきっているのだが、ルイス達にはどうして良いか分からない。

 それでもしっかりと火を通すことは大事だと調理という名の火災現場は未だに消化されることは無かった。

 だが現場は更に一転した。

 これまで耐えていた突き刺さる棒は火力に耐えきれず焼け落ちてしまい、支えを失った肉は火元へと直に投下されたのだ。

 これを機に耐えきれなくなった串焼き肉の棒は次々と焼け落ち、全ての肉が直火焼きを初めている。


「儂の肉が!このままでは消炭になってしまうのじゃ!」


 その言葉で我に返る。


「そうは言っても水がない。そうだ砂だ。砂をかけて消すんだ」


 遅くなったが消火活動が始まった。

 ルイスは砂を掬っては火元にかけ、アンジェリークは器用に犬かきの要領で後ろ向きに砂をかけまくる。

 周りを煙だらけにしながらも砂の山となった焼き場はようやく鎮火し、ルイス達は砂に埋もれた肉の救出に向かうこととなった。


 鎮火はしたものの、ここからが更に大変だった。


 素手ではさすがに熱くなった砂の山をルイスは足で、アンジェリークはあろうことか長剣で払いのける。

 たまにルイスの傍を剣が振りぬかれ、混乱と騒ぐ声が辺りに響き渡る。

 他に道具も無く、とにかく蒸し焼き状態になっているであろう肉を探すしかない。

 オークでも負わなかった火傷を体に負いつつ、二人の努力で黒い肉の塊を見つけることが出来た。

 やがて全ての黒い肉の塊は回収されると、無造作に砂の上に並べて眺める。

 当然、砂だらけ煤だらけの黒い肉の塊はそのままでは食べられるものではない。

 だが砂と焦げた部分を丁寧に剣で削り落とすと、やや赤身がかった肉が姿を現した。

 意外にも中は綺麗に焼けており、出来立て熱々の串焼き肉が出来上がっていたのだ。

 かなり削ったのだが大きな鴨を丸ごと刺して焼いたくらいの肉の大きさにアンジェリークは目を潤ませている。

 ルイスも出来上がった肉を一つ手に取り、味見がてらに口に運ぶ。

 二人は口に咥えたまま見つめあった。


 結論から言うと、とにかく不味い。

 味だけで言えば食えたものじゃないの一歩手前くらい。

 塩味が足りないのが主な原因だろうがそれだけではない。

 とにかくオーク肉独特の臭みがきつく、美味さの前に常に臭いが先立つ。

 更に質が悪いことに肉が固い。

 飲み込めないどころか食いちぎれないのだ。

 アンジェリークですらいつものように引きちぎることが出来ず苦戦している。

 そして、とうとう泣き出してしまった。


「ルイスゥゥゥゥ。オークは生肉でも武者ぶり付いておったというのに、儂は目の前の焼けた肉ですら噛み切れんのは何故じゃあああああ」

「フッ、俺たちはオークに勝ったが肉に負けたのだよ」


 その言葉にアンジェリークは悲しみで肩を震わせていた。

 今ならわかる。

 この臭くて固いオーク肉をあれほど美味しく調理している酒場の料理人の技術は素晴らしい。

 名物料理にまで仕上げたのだから尊敬に値する。

 それほどまでに、先ほど食べたものと酒場の串焼き肉は違い過ぎるのだ。

 アンジェリークも同じ感想は持ちつつも、味よりむしろ嚙み千切れる柔らかさに驚いていたようだ。


「調理方法さえ判ればなぁ」


 何気なく口にした言葉だが、アンジェリークの気持ちに火が点いた。

 目的のアイテムのある場所は酒場の調理場、そこに俺たちが求める料理レシピがある。


「そこに儂らが求めるものがあるんじゃろうが!それが冒険じゃ!儂らは冒険者じゃろうが!」


 相変わらず意味不明の言葉だったが、ルイスにも冒険と言われ目が覚まされる思いがした。

 ルイス達は特別ミッション「レシピを盗め」を密かに発動することにしたのだった。


 オーク肉は食べられなかったが、初日の狩りとしては上出来だ。

 結果はどうあれ、財産のほとんどを使って剣を購入したことは成功と言えよう。

 今回だけでもオークの報酬と素材である魔鉱石だけで280ルピの収入となった。


 収入の目途が付いたので、翌日より本格的にオーク狩りに没頭することになった。

 それに伴い日を重ねるにつれルイス達の剣撃は強くなっていくことになる。

 特にアンジェリークの剣撃は目に見えて強くなっていった。

 調子の良い時などはオークのでっぷりした腹ですら真っ二つにするほどだ。


 しかし躱すのが下手で、あれだけ不意打ちを食らわしているのに服がボロボロにされるほど槍を食らっており、傷を回復するために薬草をむしゃむしゃ食いながら剣を振っている。

 その姿はあまりにも滑稽で、ルイスはオークと対峙していても思わず吹き出した。


「何を笑っているのじゃ」

「すまん、つい」

「後で覚えてやがるんじゃ!」


 真面目に戦うほどに面白く、止められれば余計に笑ってしまう。

 アンジェリークも笑われて向上心が湧いたようで、数日もすれば掠ることもなくなり薬草を食べなくても済むようになるまでに成長していた。


 だが人のことを笑ってばかりはいられない。

 ルイスも腕力にはそれなりに自信をもっていたのだが、首や腕ならともかく太い腹はさすがに切り落とせないでいる。

 腕力差がそれほどあるように思えないのだが、一向に縮まる様子がない。

 なかなか一撃で倒せないのだ。

 その分、足を使って攪乱しつつ狙いを定めて切り伏せる。

 剣の重みは付かないが、剣技は次第に上がっていった。

 アンジェリークの剛剣とルイスの柔剣。


 アンジェリークは力でルイスは精度でオークを切り倒す。

 いつしか安全の為に肉は撒くが、共食いをする前に仕留めることが出来るようになっていた。

 おかげで大量のオーク肉が手に入るわけだが、相変わらず調理法が分からず不味いため、町に持ち帰られない分は燃やして廃棄するしかない。

 もし燃やさなければ、その辺りにオークが異常繁殖する恐れがあるからだ。

 そうすると狩場にムラがあると危険が増えてしまうので、面倒でも処分する必要はあるのだ。

 大量に燃やされるオーク肉の黒煙を、アンジェリークは悲しい目で見つめていたがやらなければいけない作業だ。

 とにかく全ては重くて持ち帰れない。

 それに持ち帰れたとしても買い取ってくれる量にも限度がある。


 しかしこの問題は時間が解決してくれた。

 買い取りに持って帰る量は同じだが多く持ち帰る分、女主人の計らいで多めのオーク肉を付けてくれるようになったからだ。

 満足したアンジェリークは現地で処分することにも積極的になってくれた。


 そして処分方法も変化していった。


「アンジェ、こいつらって叩き潰したはずじゃないのか」

「こやつらは不死身じゃ。呼べば何度でも戻ってきよるわ」

「だからこの間は平気で殴ってたのか」

「当り前じゃ!死なないから叩き潰して金を巻き上げてたんじゃ」


 再び現れた無色透明のスライム達は倒されたばかりのご馳走に群がってきた。

 叩き潰したことに加え、金を巻き上げた自覚はあったらしいがそのことは置いておく。

 それにスライム達は気にもしていないらしい。

 この間した仕打ちは忘れたかのようにアンジェリークを慕って纏わりつくやつまでいる。


「そういう大事なことは先に言ってくれよ。こいつらが生きているのを見るまで、お前は平気でお友達を虐殺する危ない奴だと思ってたぞ」

「なんじゃその評価は!」


 剥れた顔で抗議している間も、オーク共の体は徐々に体を溶かされ数を減らしていく。

 オークに劣らず雑食っぷりを発揮しているが、特に大きく膨れると言う訳でもなく、消化されると無色になっていくといった感じだ。

 とりあえずオークを倒した後に焼くといった面倒な手間からは解放されたといえよう。

 これにより食えもしない肉に涎を垂らす時間は短縮され、オーク狩りもスムーズに終われるようになっていた。


 帰りは二人で荷物を分け合って持っているが、日に日に量が増えていっていく。


 買い取ってくれる量も限られているので無理しない程度に持ち帰るようにしているが、アンジェリークがなぜか多めに持ち帰っているのだ。

 そして夕食前でもあり、結構体力的にきつい時間帯なのだが、町に近づくにつれてアンジェリークの足は段々と早くなる。

 最近は特にそんな傾向にあった。


女主人ティファ。オーク肉持って帰ってきたぞー」


 満面の笑みで報告を済ませると、忙しい時間帯にも関わらず女主人ティファが出迎えてくれた。


「おや、今日も大量だわねぇ。お店も大助かりだよ。アンにもたくさん肉を焼いてあげるわね」


 そう言って必ずアンジェリークを抱擁する。

 アンジェリークも最初は恥ずかしそうにしていたが、今ではまんざらでもなさそうにしている。

 オーク肉を買い取ってもらうために通っている酒場だが、理由はこの抱擁目当てで通ってるんじゃないかと疑いたくなるほど親し気になっている。


「今日もルイスの倍は仕留めたのじゃ。ルイスの倍食べるんじゃ」

「アンはいつもお腹を空かせて元気ね。ちゃんと用意してあげるから手を洗ってから食堂で待ってなさい」


 女主人ティファもオーク狩りにそれほど興味もないのに、忙しい時間を割いて聞いてくれている。

 でも放っておくといつまでも喋り続けるので、限の良い所で腕をひっぱり食堂へと向かうことにする。

 名残惜しそうに、そしてルイスには拗ねた顔で不満を目で訴えかけてくるが店の邪魔になるのでしょうがない。

 それでもなんだかんだ言いながら、言いつけをしっかり守って手を洗うと、お気に入りの窓際の席について食事が来るのを待つアンジェリーク。

 そして注文通りルイスの倍は乗ったオーク肉の皿を持って、たまにではあるが女主人ティファ自身が運んできてくれると、大喜びでその日の出来事の続きを話すのだ。

 もちろんオーク肉を口に運ぶのは忘れない。

 女主人ティファにしても汚す口元をエプロンの裾で拭いてやる姿はまるで母親のようだ。

 実際、これくらいの年齢の子供がいても不思議じゃないので違和感がない。


「またいっぱい持って帰ってくるのじゃ」

「いつもありがとう。でも無理しちゃだめよ」


 そう言って再び抱きしめられるアンジェリーク。

 これがあるから次の日も更に量を増やして肉を持ち帰ってくるのだ。

 明日も持ち切れないほどのオーク肉を運ぶことになるだろう。

 だが余りにも狩り過ぎているせいかオークの生息地も町から遠くなってきていた。


 そして次の日からは狩場にも変化が訪れた。

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