006.二人でベッドイン
今日は色々あった。
身も心も汚れてきってしまっている気がする。
日も傾いてきたし、(スライムのおかげで)少しだが金も増えたことだし、黙って町に戻って体を休めるとしよう。
宿屋に戻ると宿屋の親父は会うなり良かったなと言って声をかけてくれた。
どうやらギルドに入会出来た事は知っているらしい。
ってか何でそんな事知ってるんだ。
宿屋ってそんなに暇なのか、と思ったが口にはしなかった。
下手なことを言ってへそを曲げられても困る。
それに今日から宿代が二人で20ルピと半額になったのだ。
安いことは良いことだ。
ふと気が付くと、あれだけスライムでベトベトだったはずが、意外にもすっかり乾いてスベスベしていた。
スライムの持つ溶解力が汚れだけでなく角質も取ってくれていたのだが、ルイスが知るはずもない。
とはいえ服は汚れているし、湯桶で体に残っている汚れ(た感じ)は落としておきたい。
残り少ない金だが、明日から気分良く仕事もしたいし必要経費だと考えて頼むことにする。
全く旅が始まってから数日しかたってないのに、金の問題ばかりが付いて回る。
早く金のことなどを考えずに冒険できる身分になりたいものだ。
カウンターに宿代と2食分、それに湯桶の代金を置いて食事に向かうことにした。
――
酒場に併設した宿屋の食堂は、出てくる料理と内容があまり大差ない。
違うところは宿泊客しか利用しないために、割と空いていて静かだということくらいだ。
ルイス達は未成年で飲めないが酒も頼めば飲める。
もちろん別料金になるけれど。
そして自慢のオーク肉の串焼きだって当然のように出てくるわけだ。
この料理も宿屋のサービス料金で食べられるから、なんだか得した気分になる。
夕食のテーブルにつくとオーク肉の串焼きに舌鼓を打ちながら、明日からの事をアンジェリークと話をしはじめた。
「明日からはオーク狩りをするけど付き合ってくれよな?」
「金目当ての狩りじゃろ。付き合ってやらんこともないがの」
気の無い返事を返す。
そんな事よりオーク肉の方が大事だと言わんばかりに、引きちぎるように口に流し込む。
しかし、ふと何かを思いついたように、肉を見つめてアンジェリークは言葉を続ける。
「オークと言えば、この肉もオークと名前がついておるの」
「そりゃそうだよ。だってその肉はオークを倒して手に入れるんだから」
ルイスも美味しそうに肉を頬張りながら答えた。
アンジェリークは目を輝かせていた。
「じゃったらオークをぶっ殺せば肉をもっと食えるようになるのか?」
「ぶっ殺すとか物騒だな。そうだよ、オーク肉がもっと食べられるようになる。やりたくなっただろ」
「おおおおお、それは楽しみじゃ!」
あれだけ食っておいて、まだ食い足りなかったのだろう。
でも食い気でやる気が湧いてきたようだ。
素直に喜ぶとしよう。
理由はどうあれ、大事な戦力には違いないのだから。
だがこれで一先ず話は纏まった。
オーク退治については色々とルールを知って貰わなきゃいけないんだけど、忘れるだろうから細かい段取りは明日話すことにしよう。
金を稼ぐ算段がついてダンジョンに入れる日も近く感じたルイスは食事が進むと共に、自分達のこれからと金の話にも自然と熱がこもる。
「それにしても、ルイスはあの鋼の剣がよっぽど欲しいんじゃな。金集めは大変じゃのぉ」
「あの剣が欲しいんじゃない。あの剣が必要なだけだ」
「ふーん、ではあの剣があれば夢が叶うんじゃな」
気のない返事が返された。
なぜだかその返事に温度差を感じる。
アンジェリークはルイスの気持ちを分かっていない気がして悲しくなった。
あのコーカオンを聴いたから仲間になっただけの腐れ縁だとは分かっているが、お互いの思いや考えは未だに分からないままだ。
ルイスがどんな夢を持って何をしたいのか知ってもらいたい。
少なくとも分かってもらえなきゃ仲間じゃない。
そんな思いがあったから、自然と心情が口から出てしまっていた。
「なんだよ、ふーんって。夢持っちゃいけないのかよ。俺が村を出たのは色んな事が知りたかったからだ。誰も行ったことのない場所。誰も見たことのない物。色んな人に会って話して、自分の大事なものを見つけて。アンジェだって何か夢を持って……」
そこまで言ってアンジェリークはルイスが話す様子を黙って見ていたことに気が付く。
振り返れば気のない返事はしていたが、目だけはルイスをじっと見ていた。
「すまん、俺って変だよな」
言ってから子供っぽい発言をしてしまったと赤面した。
全く何を言っているんだか。
村の皆にも同じように話しをして誰にも相手されなくなったことを思い出した。
誰にも理解されないから村を飛び出したようなものだ。
自分が興味あることだからって人も同じとは限らない。
まして会って間もないアンジェリークに話したって理解されるはずもない。
肝心のアンジェリークは肉を噛みながら聞いていた。
満足気にオーク肉の味を堪能し終えると、ようやく返事を返した。
「変じゃない。それは欲張りなだけじゃ」
そして笑いながら続けた。
「じゃが、それがルイスの夢じゃと言うなら儂も結構欲張りじゃぞ」
二人は互いを見てニヤニヤした。
初めて誰かと何か共感できた気がした。
これからもアンジェリークとは仲良くやっていけそうだ。
――
宿屋の親父は体がごついのに細々と気が利く人だ。
ここに来て宿屋で不自由を感じたことは無い。
食事を終え、腹も膨れて部屋でくつろいでいると、宿屋の親父がタイミング良く湯桶をもってきてくれた。
これでようやくスライムでついた体の汚れを落とせる。
「後ろに向いてるから先に使っていいぞ」
「……うん」
まだ暖かい湯桶に布を浸してアンジェリークに手渡す。
さすがにこのまま寝たくはない。
さっぱりして明日からのオーク退治に臨みたいのだ。
「どうした?」
その間、待つ時間を利用して長剣を研ぐなど手入れをしていたルイスは肩を叩かれ手を止めた。
アンジェリークは湯桶を持ったそのままの状態で立っていた。
なぜかモジモジしている。
それを見て、知り合ってまだ数日しか経っていないことに思い至った。
いくら幼いとは言え、やはり男の前で裸になるのには抵抗があるのだろう。
一向に湯桶を使おうとしないアンジェリークを残し、部屋の外に出た方が良かったかと慌てて扉に手をかけた時だった。
「……ふ、ふ」
「ふ?」
「拭いてくれ」
「はぁ?それくらい自分でやれよ」
告白はいつも唐突、アンジェリークはいったい何をお願いしているんだ。
アンジェリークは顔を真っ赤にしていた。
冗談で言っている訳じゃないのようだ。
ルイスが戸惑っていると、たまらずアンジェリークは説明しだした。
「儂は自分で体を拭いたことがないんじゃ」
「どこの姫だよ」
「エヘヘヘヘ」
「喜ぶな。褒めてねぇし」
アンジェリークのことを少し分かったと思ったらこの調子だ。
裸を見られることより自分で拭けないことが恥ずかしかっただけらしい。
魔王なのか姫なのか。
一般常識が足りないのだけは分かっているが、日常生活にすら支障をきたすのは問題がありすぎだろ。
自分で出来ることは自分でやって貰わないと仕事が増えて仕方がない。
取り合えず自分の体くらいは拭いてもらわないと困る。
アンジェリークとルイスの間で湯桶の押し合いが始まった。
「いい加減にしろ!そこまで面倒見れねえよ」
「それじゃあ、このまま寝てやる!」
「やめろよ!ベットが汚れるだろうが!」
――バン!
二人の喚き声がピークを迎えた頃、扉は開かれた。
そこには宿屋の親父が笑顔を引きつらせて立っていた。
デジャブを感じた。
この場面知っている。
そしてこの後に起こりそうなことも何か分かった気がする。
「毎晩毎晩、楽しそうで羨ましいぜ!だがな。宿屋は寝るところだと親に教わらなかったのか?」
宿屋の親父は腕を組みルイスだけを睨んでいる。
ルイスが悪いわけではないのに。
親元を離れて知り合った宿屋の親父に怒られる毎日。
問い詰める目線が張り付いて離れない。
「今夜は何で揉めてたんだ?」
「あのですね。体を拭いてくれと言われまして」
「ほぉー」
宿屋の親父の眉間に浮き出た血管は切れそうになっていた。
思えば村ではあまり怒られたことがなかった。
上手く立ち回っていたのもあるが、妹の面倒見も良かったと自負していたほどだ。
今のルイスは駄目な兄貴にしか見えないのだろうか。
「妹の体くらい拭いてやれ!」
そう言い残すと、大きな音と共に閉められた扉の向こうから、荒々しく去っていく宿屋の親父の足音だけが聞こえた。
この宿屋に泊まる限り、アンジェリークは妹であり、兄として扱われるルイスに勝てる要素がない。
理不尽だと叫んで洗いざらい言ってしまえば、後に残るのは高い宿代を払わなければならないという苦悩だけだ。
ここは我慢するしかない。
早く自分の体を拭いて眠りたいルイスの答えは決まっていた。
「ったく、拭いてやるから桶をよこせ」
「おぅ。優しく頼むのじゃ」
「やっと湧いたやる気が削がれるから喋るな!」
半ギレでアンジェリークの両手を上げさせ、服を剥ぎ取る。
成長してない体。
ルイスの妹とそっくりだ。
ない胸を手で隠す。
全く興味がないから隠すんじゃねぇとばかりに、下もぞんざいに剥ぎ取ってやった。
完全に丸裸にしてから、湯桶の布をきつく絞る。
顔、腕、体の順に拭いてやり、最後に足を拭く頃にはアンジェリークの羞恥心は無くなっていた。
「あー気持ちよかった」
裸のままで大の字になって寝ようとしたので、捕まえて服を着させる。
まったく最後まで手間がかかる義妹だ。
村でも結構妹の世話で手を焼いたが、この町に来てまで義妹の世話をしなきゃいけないとは。
アンジェリークの着替えが終わる頃には、湯がすっかり冷めていた。
金も勿体ないし宿屋の親父にも会いたくないしで、自分の体は残った水で拭くことに決めた。
と、ここまでは坦々と作業を済ませていたのだが。
「アンジェ、見るんじゃねぇよ」
先ほどから服を脱ぐルイスは、ベットの上で大の字になって寝るアンジェリークに横目で見られていた。
しかもジト見だ。
なんにでも興味を持つ年頃なのだろうか。
「何を言っとるんじゃ。散々儂の体を舐めまわすように見おってからに」
「そうしないと拭けなかっただろ……」
当然の権利のように見るアンジェリークに言い返そうとしたが止めた。
ここで争うと、また宿屋の親父が飛んでやって来る。
なんかアンジェリークと出会ってから、恥辱プレイが続いている気がしてしょうがない。
それにしても勝手な話だが、見るのは良いが見られるのはとても恥ずかしいものだ。
そして現在、アンジェリークの視線はルイスの体に釘付け状態。
熱心に見られても辛いが、アンジェリークはどちらかと言うと蔑むような冷たい目線にも見える。
興味がないなら見てくれるな。
俺の妹はそんな目はしなかったぞ。
妹より少しだけ年が上だってだけで、ここまで態度が変わるのだろうか。
リノア村に残した妹だけは、こんな風に育たないように祈るばかりだ。
そんな事を考えながら服を脱ぐ。
脱いでしまえば羞恥心など消えてなくなるのだ。
すっかり冷めた桶に布を浸して絞り、体を拭いていく。
かなり寒い。
さっさと済ませないと羞恥心より先に風邪をひいてしまいそうだ。
着替えを済ませると、ついでに汚れた服も洗濯しておいた。
早いうちから自立心が芽生えたルイスは身の回りのことは自分でやる癖がついていた。
服を洗いながら思う。
どこで間違ったのだろう。
俺の考えてた冒険となんか違う。
アンジェリークのパンツまで干している自分は冒険者ではなく、むしろ家政夫。
落ち込みそうな自分を無理やり奮い立たせて全てを終えたのだった。
明日は早い。
ようやく落ち着いて板張りに腰を下ろした。
装備品の手入れは念入りに済ませると、いつものように効果の現れない魔法を唱え続ける。
心地よく疲れが溜まったところで、大きな伸びをしてその場で横になろうとする。
しかし、その動きはアンジェリークに掴まれ邪魔された。
そしてその手はルイスの服を引きちぎる勢いでベットへと引きづり込んだのだ。
「終わったんじゃから寝れば良いではないか」
「だから寝ようとしてんだよ」
嚙み合わない話にアンジェリークの手の力をさらに強くする。
全くどこにこんな力があるのやら。
手を放してくれたので、改めてベットに座りなおしてアンジェリークに振り返る。
「一緒に寝れば良かろうが」
そう言われて引っ張っていた理由を知った。
「いや、さすがに一緒に寝るのは嫌だろ?」
「お互い裸まで見ておいて何を恥ずかしがっておるんじゃ。早くこっちに来るんじゃ」
そこまで言うと、ここで寝ろと言わんばかりにベットを叩く。
言われてみればその通り。
今更、別々に寝る必要もない。
どうやらルイスの裸を見ていたのは興味のあるなしではなく、お互いの裸を見たという行為を共有したかったのだろう。
アンジェリークなりに気を使って待っていてくれていたのだ。
数分後には二人は一緒に横になり布団をかぶっていた。
昨日、板張りで寝たこともあって、今日は布団がやけに暖かく感じる。
おずおずとアンジェリークはルイスの手を握ってきた。
安心できる存在になれたのだろうか。
しばらくすると寝息を立て始める。
アンジェリークは無防備に眠りだした。
こうしてみるとやっぱり幼女。
守ってやらなきゃいけない気になる。
……あれ?俺ってこいつを番犬に育てるんじゃなかったっけ。
まっいっか。
明日からしっかり働いてもらおう。
明日からは剣を使ってそれから…………。
やがてルイスもアンジェリークの寝息に吸い込まれるように眠りにつくのだった。