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義妹はやっぱり魔王でした  作者: タンタン
出郷編
4/96

004.ギルドの試練

 明日からの話は明日することにして。

 落ちのついた話で酒場を後にし、夜も遅いので今夜の宿を取って寝ることにした。


「酒場の料金システムは説明しといた方が良いか?」

「お願いします」


 宿屋の親父は父に似て優しい顔をしていた。

 酒場で紹介してもらった良心的な宿。

 というか、酒場の女主人の旦那が経営している宿屋なのだが、良心的なのは間違いなさそうだ。

 一緒に飯を食っていた冒険者の連中も同じように泊まっているらしく、口を揃えて「安いわりに良い宿だ」と言っていた。

 もっとも、みんなグルで騙されているかもしれないが、女主人も親切で言ってくれてるようだし信じてみよう。


「宿泊は一人20ルピだ。食事は別に一食5ルピ。朝夕付けるなら8ルピと少しお得だが、その分じゃ今日はもう飯は食ってきたみてえだな。身体を拭くなら桶湯も用意してるから利用してくれ。2ルピだ。宿泊時に言ってくれたら部屋までもっていってやるよ。ここまではいいか?」

「一人20ルピか……」


 ルイスは頷く。

 今の所持金は先ほど酒場で払った20ルピを差し引いて1980ルピ。

 道具などを買い揃えることを除いて考えると、収入なく二人が心配なく滞在出来るのは1カ月といったところか。

 当分一人で生活する予定だっただけに二人分の宿泊費は正直きつい。

 宿屋の親父はルイスのそんな姿を見兼ねたのか、後ろで欠伸をしているアンジェリークを少し見て話を続けた。


「冒険者になるそうじゃねぇか。小さい部屋でも良いなら二人で30ルピで用意してやる。料金は前払いだ。これ以上は他の宿でも探せねぇと思うぜ」

「分かった。それでお願いするよ」

「それじゃあ説明を続けるぜ。この町の中心には冒険者ギルドって施設がある。登録には試験が必要なんだが、ここに登録すれば腕に魔刻印ってのを張り付けてもらえる。今日の分には適用できねぇが、それを見せてくれりゃあ、さらに一人5ルピ引くことができる。つまり二人で20ルピになる」

「おお、安くなった!でも、そんな上手い話しだと宿屋は儲からないんじゃないの?」


 親父は渋い顔をした。


「後で話が違うって言われても困るから言うが、冒険者ギルドの登録者には依頼を指定回数こなす義務が発生する。例えば村の守衛や討伐とかだな。門で立ってたろ」


 あれは冒険者だったんだ。

 ルイスの村くらいの規模なら、たまにくる冒険者で事足りるかもしれないが、リストア村くらいだと積極的に退治してもらわないと増えてしまうのだろう。

 わざわざ雇うより冒険者を利用した方が効率が良いし、冒険者にとってもメリットがある。


「当然、ダンジョンに行く時間が少なくなったり効率が悪くなることだってある。が、冒険者ギルドで依頼を受けなきゃ狩りをしたって報酬をもらうことは出来ねぇ。当面は依頼を受けて得た報酬で装備を充実させたりするのが一番早道だと思うぜ」

「ありがとう。勉強になったよ」

「それじゃあ明日の食事はどうする?付けるなら40ルピだが」


 ルイスは40ルピを支払う。


「部屋は1階の一番奥を使ってくれ。貴重品は手元から離すなよ。朝食等はそこの広間で食べることになる。俺は声をかけてくれりゃ座ったテーブルまで運んでやるよ」

「色々と親切にしてくれるんだね」

「酒場の女主人ティファに言われたからな。妹を連れて大変だろうってな」


 酒場の女主人に感謝だ。

 勘違いしているみたいだが妹ではない。

 赤の他人。

 そして自称魔王を名乗る中二病患者の幼女なのだが。

 割引価格は素直に感謝。

 むしろもっと割り引いてくれてもいいな。


 そんな人の温情にケチをつけた報いはキッチリと受けることになった。



――



「ルイスよ」

「言いたいことはわかるよ」


 二人は部屋の入り口で話し続けた。


「儂はベットで寝るぞ」

「俺だってベットで寝るつもりだぞ」


 部屋は本当に狭かった。


「あの親父にちゃんと説明するんじゃろうな」

「説明したら、あの値段にはならんだろ」


 そしてベットは1つだった。

 宿屋の親父も慈善事業をしているわけではなかったのだ。

 部屋を特別安くしたよう言っていたが、要はシングルルームを二人に貸し付けただけだ。

 親父の懐は痛まない。

 それでも兄妹の二人だからの特別待遇なのだろうが。


「は、はなせ!このベットは儂のじゃ!」

「一銭も払ってないやつがベットとは贅沢な奴!身の程を知りやがれ!」


 部屋の扉は勢いよく開かれ、先ほどの親父が現れた。


「やっかましぃわ!他の客の迷惑になるだろうが!兄妹なんだから二人抱き合って、さっさと寝ろ!」


 親父の大声が宿屋に鳴り響く。

 あんたが一番うるさいよと言う前に、扉は来た時と同じく勢いよく閉められドカドカと去っていく。


 宿屋での初夜はこうして終わった。



――



「寝ぐせついてるぞ。今、朝食持っていってやるから座って待ってな」


 昨夜はあまり眠れなかった。

 結局アンジェリークにベットを奪われ、板張りの床で寝たからだ。

 外で寝なかっただけマシとはいえ、夜の寒さは肌に堪えた。

 さすがに幼女のアンジェリークを差し置いて、ベットで寝るわけにもいかなかったわけで。

 もちろん抱き合って寝るわけにもいかないし。

 これが毎日だと死んじゃいそう。


「メシだ、メシだ」


 対して熟睡したアンジェリークは美味そうにパンを頬張る。

 ルイスも腹が減っていないわけではないので隣の席に座った。


「今から冒険者ギルドに行くんだろ?」


 宿屋の親父は声をかけながら朝食を運んできてくれる。

 寝ぐせを直しているルイスの前に朝食のトレイが置かれた。

 パン1切れにコンソメスープが入ったカップ。

 それにオーク肉の薄切りと目玉焼きが乗っている。

 アンジェリークがルイスのトレイからオーク肉を搔っ攫っていくのを横目に、親父が話を続けた。


「受付にハルクっていう髭面の爺さんが座ってるはずだ。ギルドの入会説明は爺さんが教えてくれる。お前たちの話は通しておいてやったから、後は自分で上手くやんな」

「何から何までどうも」

「良いってことよ」


 理由はどうあれ、よく気をまわしてくれる親父だ。

 話しをしている内にトレイからは目玉焼きも消えていた。

 見ると、視線を逸らすアンジェリークの口はしっかりと何かを嚙み熟している。

 ルイスはまだ残っているパンとスープをお腹に流し込む。

 初めての土地で不安はあったが、やるべきことは見つかった。

 まずは冒険者ギルドに行かなきゃね。


 宿屋の前で、地図を確認する。

 冒険者ギルドは大通りを曲がった場所か。

 腹が膨れて動きが緩慢なアンジェリークが遅れて出てくる。

 ルイスも一晩寝ると恥ずかしさも慣れてきたようで、自分からアンジェリークの手を握ってやる。

 そのまま足取りの重いアンジェリークを引き連れ、目指す場所へと歩き始めた。

 今朝は行き交う人は昨日と違って軽装が多い。

 冒険者達はダンジョンなど目的の地に散っていった後なのだろう。

 この時間に辺りを歩いているのは地元の人が多いようだ。

 道を尋ねれば、すぐにギルドまでの行き方を詳しく教えてくれた。

 おかげで目的の場所はすぐ見つかった。


 通りでは見かけなかった鎧を纏った冒険者だが、どうやらこの付近に集まってきていたようだ。

 その建物の入り口には大きな看板が掲げられていた。


 冒険者ギルドのロゴは牡羊。

 なんでもギルドを始めた冒険者は羊飼いの案内人だったらしい。

 誰も立ち入らない場所への導き手。

 魔物から逃げる為。

 先駆けて敵領地へと攻める為。

 最初の目的は様々だが重宝されたのが切欠で、案内では終わらず自ら開拓する冒険者となった訳だ。


 アンジェリークの手を繋いだまま、冒険者ギルドの中へと入った。


 中は酒場だった。

 いつも行く酒場とほぼ同じ間取りに、テーブルは少なめの6卓。

 カウンターも用意されており、昼間にも関わらず酔いどれ冒険者数人が酒を飲んでいる。

 その奥に受付カウンターと掲示板らしきものが見える。

 素面の者が遅めの出立なのだろうか、カウンター周辺で何やら話あった後に酒場ギルドの外へと出て行った。

 ここは冒険者の待合室として、食事の提供出来る施設はないものの、酒と雑談をする場所として利用されている様だ。


 その酔いどれ冒険者の一人、雑談していたひげ面の男がルイスに気づき急に笑い出した。


「グハハハハハ、見ろよ。可愛いお客さんが入ってきたぜ」

「おいおい、此処は何時から託児所になったんだっけ?」

「ギャハハハ、こんな嬢ちゃんを連れて気軽に冒険やれるようじゃ俺たちぁ引退だなぁ」


 指をさす男の声が伝染し、下品な笑い声が響き渡る。


「無礼者め。儂をだれ……」


 機嫌を損ねたアンジェリークの口を塞ぎ、申し訳ないと顔で作りながら冒険者ギルドの窓口に向かった。

 いちいち突っかかっていても限がない。

 昼間っから酒を飲んでる冒険者とパーティはごめんだが、もしかしたら彼らと仲間になるかもしれないし、揉めるのはもっと宜しくない。

 目を付けられないようにしておくのが賢明だ。


「あのぉ、ギルドの受付はここで良いですか?」


 笑い声を後ろで聞きつつ、ギルドの受付カウンターらしき場所で尋ねる。

 声をかけた男は肩肘をついたまま、こちらを睨んだ。

 曲げた腕で老齢だが筋肉は衰えていない上腕二頭筋が嫌でも目立つ。

 人相からして宿屋で聞いた髭面の男に違いない。


「ハルクさん、ですよね?」

「ああ、お前さんらのことは聞いておるわい。ギルドの手続きをしたいらしいの。小童だとは聞いておったが」


 どうやらハルク爺とは、この男で間違いないらしい。

 ルイスは頷いた。

 睨んだハルク爺は、しばらくして大きなため息を吐いて口を開いた。


「ったく、こんな小童を冒険者にしようなどと、宿屋の親父ヨークはどうする気なんじゃ」


 ブツブツ言いながら間仕切りされたカーテンを開いてハルク爺は出てきた。

 中から出てきたハルク爺の姿は、年齢の割にまだ現役でも通用しそうな逞しい体を保っていた。

 だが残念なことに片足は義足だった。

 それが原因で現役を退いたのだろう。

 経験もあるし、そういう人物が冒険者ギルドで働いている方が都合が良い。

 よくある話だ。

 先ほどまで笑っていた冒険者たちは、ハルク爺が出てくると一斉に静かになった。

 昔はそれなりに名の知られた冒険者だったらしく、ここにいる先輩達では頭が上がらないようだ。

 ハルク爺は探すようにしばらく冒険者達を眺めていた。

 それだけで誰も目を合わそうとせず、立ち去ろうとするものまで出てきた。

 再びルイスの顔を見る。


「口幅ったいこと言いたくはないが、おめぇらだけで冒険するのは危険通り越して死ににいくようなもんだ。経験者と一緒に回ったほうがいいんだが……小童はどこも入れたがらないようじゃな」

「剣の修行ならしてきたし、しばらく二人で回ってみるよ」

「そういった奴が死んでいくのを見てきたからのぉ」


 義足を軽く踏み鳴らし、冷たい目でルイスの言葉を制した。

 それは自分の経験でもあるのだろう。

 死なないまでも、片足を失ったハルク爺の悔恨の思いが滲み出ていた。

 再び冒険者達に顔を向け、何かを見つけると部屋の隅へと歩き始める。

 やがてテーブルで突っ伏して寝ている男の傍に立った。

 ハルクは固い拳を振り上げると、寝ている男にその拳を叩きつけた。


「起きろ、バガナ」


 思い切り頭を殴りつけられた男は、頭を押さえながら顔を上げた。

 20代半ばで細身の体をしており、ハルク爺とは対照的だ。

 前で腕を組むハルク爺を見て文句をつける。


「んだよハル爺かよ。容赦ねぇな」

「仕事だ。あいつらの試練に付き合ってやれ」

「ああん?どいつだよ」


 バガナは受付の方を眺めた。

 寝起きで焦点が合わなかったのだろう。

 しばらくしてルイスとアンジェリークの姿を確認する。


「まだ寝ぼけてんのかな。俺には子供に見えるんだが」

「そう見えたなら起きたようじゃの。どうせゴブリンの討伐をするんじゃろ。ついでに小童を連れて試練をしてやってくれ」

「やれって言われりゃやるけどよ。死んでも知らねぇぜ?」


 ハルク爺は鼻で笑った。


「お前さんなら死なすことはないじゃろ」

「買いかぶりだな。俺だって怖くなったら逃げることだってあるんだぜ」

「そうなったらそうなった時じゃ。試練がダメじゃったら、小童も諦めもつくじゃろうて」


 信用されているのだろう。

 ハルク爺に指名されたバガナは立ち上がると、その細身の長身を左右に振り体を解した。

 ルイスに向かってゆっくりと近づく。

 と、匂いが。

 酒の匂いがルイスの顔を撫でた。


「オッケー、しゃあねえな。俺はバガナってんだ。よろしくな」


 勝手に話が進んだ末に酒臭い奴によろしくと言われてどうしろというんだ。

 手を差し伸べたバガナだったが、ルイスは訝し気に見返していた。

 しまった。

 こいつが試験官なら印象良く笑顔で返すべきだ。

 バガナが差し出した手を慌てて掴もうとしたが失敗、横から割って入ったアンジェリークが先に握っていた。

 そして、前と同じように握手した手を大きく上下に振り、嬉しそうな笑顔で挨拶した。


「よろしくな!」


 バガナは目をパチクリさせている。

 ルイスも同じだ。

 アンジェリークを指差してハルク爺を見やる。


「この嬢ちゃんも試験するのか?」

「……みたいじゃな」


 人数が一名から二名に増えたのに、難易度が上がった気がした。

 なんてことしやがる!

 この握手魔め!


「お前さんたちにはホブゴブリンを倒してもらおうかの。」


 ハルク爺は淡々と説明してきた。


「二人で一体でも構わん。周りの雑魚はバガナが相手してくれるじゃろ。無事に倒すことが出来たなら、ここでギルドの受付をしてやるから戻ってこい。登録料一人50ルピを用意してな」


 試験の場所はリストア町周辺で行われることとなった。



――



「っかしいなあ。いつもならここらに集まってくるはずなんだが」


 ゴブリンの頭に突き刺した剣を徐に引き抜くと、バガナは血を払うため空を切った。

 短剣を取り出し右耳を切り取ると、腰の紐に通す。

 酔っ払いでも腕は立つようだ。

 町から半時もかからない平原で、単独行動していた一体のゴブリン。

 棍棒を振りかざして襲い掛かろうするのを避けもせず、正面から一撃だった。

 バガナは辺りを見渡した。


「どうやら森の巣の方へ行かなきゃいけねえみたいだな」


 遠くの森の方を眺め、歩き始める。

 先日、カトレア駐在の騎士が訪れ掃討が行われた為、周辺のゴブリンの数は減っているらしい。

 森に入るまで、ゴブリンの姿は見当たらなかった。

 退屈な三人の散歩が続く。


「おいアンジェ。それどっから持ってきたんだよ」


 気が付くとアンジェリークは棍棒を肩で担いでいた。


「ホブゴブリンをぶっ殺しに行くんじゃろ?だからさっき拾っておいたんじゃ」

「えー戦う気満々?」

「当り前じゃ。仲間じゃろ?」


 真顔で話す言葉にあっけにとられた。

 戦力にならないかもしれない。

 けど、ルイスを仲間だと思い、戦おうとしてくれている気持ちは素直に嬉しい。


 森に入ってほどなく、森の住人ホブゴブリンを発見できた。

 明らかにゴブリンとは違う上位種。

 ゴブリンの体が緑色に対し、ホブゴブリンはピンク色をしている。

 そして何より図体がデカい。

 ゴブリンの1.5倍はある。

 2mを超す巨体の得物は、ゴブリンと同じ大きさの棍棒を持っているのだが、まるで棒切れのように小さく見える。

 その棍棒を軽々と振り回しており、ゴブリンのように引き摺ってはいなかった。


 ゴブリンと同じランクFで魔物の中では弱い方だが、その巨体と群れで動く習性があり一人で出会うと囲まれる危険がある。

 目の前にいるホブゴブリンはゴブリンを4体引き連れた小集団だ。

 試験するにはちょうど良い感じの数と言えよう。


「俺が先に雑魚ミドリ4体殺るから、お前たちは本命ピンクだけに専念してくれりゃ良い」

「分かった」

「それじゃ行くか」


 そう言って歩き出すと腰から剣を引き抜く。

 ホブゴブリンは突然現れた人間に呆然としていた。

 まだ気づいていないゴブリンの背中をバガナの剣が襲う。

 真っ二つに切り裂かれたゴブリンは、そのまま地面に沈んだ。


「グワァァ」


 仲間の死体を見て雄たけびをあげた。

 二体目のゴブリンが出来たのはそれだけだった。

 気づけば顔から剣が生えていた。

 顔面に突き刺された剣で二つ目の死体となっていた。


 ホブゴブリンの振り上げた棍棒が、上方からバガナを襲った。

 地面を抉るほどの一撃だったが軽く躱し、邪魔だと言わんばかりに横にいた2体のゴブリンは腕ごと胴を薙ぎ払われた。


 闘いが始まって10秒。

 平原と同じく空を切って血を飛ばす。

 バガナは無造作に剣を地面に突き刺すと、棍棒を地に付けたまま睨みつけるホブゴブリンを背にしたまま、ルイスの方に向いて言った。


「さあ見せてくれ」


 惚れ惚れする剣技を見せつけられ、一瞬呆気にとられていた。

 正気を取り戻すと、ルイスと次いでアンジェリークもホブゴブリンの元へと走り出す。


 まずはアンジェリークは肩に担いだ棍棒をホブゴブリンに叩きつけた。

 が、振りが遅く、易々と後ろに下がり避けられる。

 ホブゴブリンは先ほど躱されたことを踏まえて、今度は棍棒を横殴りに繰り出してきた。

 アンジェリークの左を襲う。

 棍棒を体に引き寄せクッションにしたが、アンジェリークはそのままの勢いで弾き飛ばされた。

 次の瞬間、逆手で持ったルイスの短剣がホブゴブリンに刺さった。

 首を狙ったのだが届かず、右の肩口を深く抉る。


「ゴオワァァァァァァ」


 傷をものともせず、棍棒が振り回される。

 ルイスは右へ左へと躱し、ホブゴブリンの背中に回り込む機会を窺う。

 体は大きいが所詮ゴブリン。

 左腕しか使えないため、動きが単調になっている。


「よくも、よくも儂を吹っ飛ばしてくれたなぁぁぁぁぁ」


 アンジェリークは再び肩に棍棒を担いで走りだしてきた。

 ホブゴブリンの気が逸れた。

 その時をルイスは逃さなかった。

 だらりと下がった肩で首は無防備に露出している。

 短剣はホブゴブリンの首を捉えた。

 今度は後ろから深々と突き刺さっていた。

 ルイスはそのまま横に薙ぐ。

 首がバランスを崩して肩へと零れ落ちた。

 ホブゴブリンは事切れた。


 と、戦闘はここで終了していたはずなのだが。


 事切れたはずのホブゴブリンの巨体がルイスを襲った。

 違う、吹っ飛ばされてきた。

 ルイスは見た。

 ピンクの巨体の後ろで棍棒を振りぬいたアンジェリークの姿を。


 首をぶら下げただけの巨体は、血をぶちまけながらルイスの体を飲み込み押しつぶした。


「ぐはっぇ」


 一瞬、息が詰まった。

 想像していたビジョンと違う。

 もう動かないホブゴブリンに負かされるなんて。

 華麗なる勝利。

 とはならなかったようだ。

 肘に力を込めて、背中に乗る巨体を押しのける。

 ルイスは見上げた先には、アンジェリークの傍に歩み寄るバガナがいた。


「この勝負は嬢ちゃんの勝ちだな」


 勝利宣言をされたアンジェリークは、バガナに手を高々と持ち上げられルイスを見下ろし勝ち誇っていた。


――ブウン!ブウン!


 ホブゴブリンを殴り倒しただけでは満足しなかったらしい。

 棍棒を振り回すアンジェリークを余所目に、バガナと同じようにホブゴブリンの右耳を切り落とす。

 あまり気持ちの良いものではない。


「それをハル爺に渡せば試験終了の印になる。報奨金も貰えるから大事にしまっときな」


 バガナはそう言うと、息絶えたゴブリン達から切り取った五つ目の耳を紐に通す。

 試験はあっけなく終わった。

 ゴブリンは村でも倒した経験もあるし、途中アクシデントはあったが大した魔物ではない。

 こんな魔物も倒せないようでは冒険者に向いてないと言われても仕方がないのだろう。

 ルイスは試験終了の印をポケットに仕舞う。


「お前らの戦いっぷりなら簡単に殺られることはないだろうよ。それに、あの嬢ちゃん。結構、力あるよな」

「まさか俺まで吹っ飛ばされるとは思ってなかったよ」


 ルイスは痛む節々を押さえて笑ったのだが、バガナは真顔だった。

 どうやら二人の評価は違ったらしい。

 尚も棍棒を振り回すアンジェリークを、親指で差して話しを続けた。


「あれは結構拾い物かもしれねぇぜ。大事にしたほうがいいぜ」

「あの馬鹿力が役に立つ時がくるって?」

「そうじゃない。そうじゃなくて……なんというか」


 バガナは面倒臭そうに答えた。


「勘だよ」

「勘かよ!」


 そう言って酒臭い息を撒き散らせながらバガナは笑っていた。


 バガナはその後、ご丁寧に町の入り口までルイスとアンジェリークを送り届けてくれた。

 帰るまでが仕事だからなどと言いいながら。

 その間、ずっとアンジェリークを見ていたけど、ひょっとして幼女趣味だったのかもしれない。


 リストア町の入り口まで来たら、その足で森に戻ると言い出した。

 またゴブリンを狩りに行くらしい。

「働きものだね」の問いに対し「今月のノルマをこなしたら、また酒を飲んで寝る」と言って去って行った。

 ゴブリン退治がノルマを口実に、ハルク爺に会いたくなかっただけかもしれない。


 試練を終えた二人は、再び冒険者ギルドへと帰っていくことになった。

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