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義妹はやっぱり魔王でした  作者: タンタン
出郷編
3/96

003.リストア町

 未熟な冒険者と未熟な魔王との出会い。

 文面だけ見れば二人の間には稚拙な闘いしか始まらなさそうだが、実際起こったことはボーイミーツガールってだけの話。

 田舎道で手を繋ぎ仲良さげに歩く兄妹の姿が誕生していた。


 リストア町はもう目の前だった。

 町に近づくにつれ、人の姿を見かけるようになってきた。

 それに伴い、新たな問題も発生していた。

 気の多いアンジェリークが、花や虫を見つけるたびにどこかへ行こうとするので、田舎道からずっと手を繋ぎっぱなしだったのだが、道行く人に「儂の仲間だ」といちいちルイスを指さして自慢して回るのがとても恥ずかしいのだ。

 町に着いて早々目立ちたくないが、本人に悪気はないので特に止めるのも気が咎める。

 知らない歌を口ずさみ上機嫌なアンジェリークを、ルイスがわざわざ損ねることもないだろう。


 リストア町の門には守衛が二人立っていた。

 どちらも腰に長剣を携え、軽装備を身にまとっている。

 外の魔物が簡単に街の中へ入って来られないようにするための守衛だ。

 時折談笑をしつつ警戒しているが、見るからに少しだらけているのを見ると、町の周辺はそこまで魔物は多くないらしい。

 一応、町に入ろうとする者も監視はしているが、目立った者でなければ呼び止められることはないだろう。


 いや、本当に問題はないだろうか。

 隣を歩くアンジェリークの胸には大きく「魔王」の文字が刻印されている。

 本気にしないだろうけど、いきなり斬りかかってきたり尋問されたりしないだろうか。

 これを解決する方法はあるにはある。

 外套で前を隠させれば済むことだ。

 ただ、一瞬でも手を放すと大自然に誘われて走り去ってしまう気がする。

 町中なら良いが、あの草原でかくれんぼでもされたら、日が暮れるまでに町に帰ってこれない可能性だってある。

 そこまで面倒を見てやる筋合いはないが、コーカオンが鳴って仲間と認識された今、そのまま放逐するのは色々問題が出てきそうで怖い。


 いっそ服を脱がそうか。

 いやダメだ。

 倫理的にダメだ。

 それに脱がしているところを見られたら、別の容疑で俺だけが捕まってしまいそうだ。

 まして逃げられでもしたら。

 裸で逃げる幼女を追いかける絵なんて想像したくもない。


 でも「魔王」なんて書かれている幼女の仲間だと思われたら、最悪、俺も守衛と戦わなきゃいけなくなるし。


 どうしようかと迷っているうちに、守衛の一人がアンジェリークをじっと見ていた。

 考え事をして歩いていたから、いつの間にか門の前まで来てしまっていたのだ。


 しまった。

 決断が遅かったか。

 出来るだけ足早に通り過ぎよう。


 杞憂だった。

 呼び止められるかと思ったが、特になにも言われず中に入れた。

 前を歩いている時に、守衛は少し笑っていた。


 仲のいい兄妹に見えたのだろう。

 ちょっとお頭の弱い妹の面倒を見る兄。

 アンジェリークは可哀そうな子だと思われたのかもしれない。


 手を繋いでいるだけで辱めを受けている。

 もう町中なので、手を放しても大丈夫だろう。

 ここには花や虫はいない。

 外套で魔王の文字を隠すように言いつけると、ようやく恥ずかしさから解放された。

 そして冒険者としての第一歩となる賑やかな街並みを暫し眺め歩いた。


 リストア町はユーラジア大陸のほぼ中央に位置する中規模の町だ。

 とりわけ特産があるわけでも商業が盛んというわけではない。

 だが、この町が重要視される利点は、その場所にある。


 リストア町の東の街道を10日進めば、城塞都市カトレアがある。

 北に横たわる山脈が途切れる国境の街だ。

 その為、メルキオ公国の要となる城塞都市カトレアは、北のドワング王国と陸路を結ぶ唯一の関所となる。

 交易都市としての役割は非常に大きいと言えよう。


 当然、城塞都市カトレアに運ばれる物、ここから運ばれる物も多い。

 その多くはユーラジア大陸を横断し、西の沿岸部にある首都メルキドに向かうこととなる。


 リストア町はその公路の中継地点にある。

 首都メルキドに向かう最短のルートだ。

 それ故に宿場町として存在意義を強めていくことになっている。


 国にとっても重要路線である認識で間違いはないだろう。

 公路維持という名目で、定期的に城塞都市カトレアから騎士が派遣・討伐がされるほどだ。

 もっとも周囲の魔物の討伐は町に滞在する冒険者によって片づけられてはいるのだが。


 だから余程のことがない限り、町周辺で強い魔物と遭遇することはない。

 守衛が軽装備でほどほどのやる気でも問題ないくらいに。


 そして、近くにはダンジョンがある。

 地下8階層まで続く獣人系のダンジョン。

 リストア町は当初、このダンジョン攻略を目的にした冒険者によって作られた。

 なのでダンジョンまでの行き来が非常に楽な立地にある。


 冒険者が多く滞在している理由はこれだ。

 メルキオ公国で冒険者を目指す者なら、まずこの町を目指す。

 仲間を募るルイスにとっても好都合な町と言える。

 当面はダンジョンが攻略の為に、リストア村に留まることになるだろう。


 もう日が傾き始めていた。

 魔物の多くは夜行性であり、好んで夜に狩りをする冒険者は少ない。

 夕刻ということもあって、門をくぐり宿へと戻る冒険者の姿が多くなってきている。

 町の入り口の通りには道具や武器防具を売り買いする商店が建ち並んでいるのだが、この時間は冒険者の持ち帰ってきた道具の買い取りで忙しそうだ。


 慣れた冒険者なら、この時間に装備品を持ち込まない。

 買いたたかれるのが分かっているからだ。

 だが、新人や一時的にパーティを組んだ者は、さっさと換金して分配を済ませたい。

 そんな心情につけ込む商人たちが、帰ってきた冒険者に積極的に声をかけている。


 が、そこは商人。

 金も物も持って無さそうな子供には一切声をかけてはこない。

 もちろん、その目は正しくルイスが彼らと交渉する機会があるとしても今日ではないことは確かだ。


「早速お前の親を探すか」


 声をかけられないのも寂しいものだが今後次第だ。

 まずは目的を果たすべく隣にいるべき幼女に声をかけたのだが、肝心のアンジェリークの姿が見当たらない。

 やはり手を放すべきではなかった。

 慌てて探すルイスの目に、酒場に向かって走っていくアンジェリークの姿が映った。

 それにしても、ほんの2,3分もじっとしていられないなんて。

 このまま親元に帰ってくれれば良いが、また、どこかでお絵かきをすることも十分考えられる。

 仲間を見捨てると、どんなペナルティがあるか知らないので、とにかく追いかけて捕まえるしか選択肢はなかった。


 夕刻時、酒場ではどの店からも良い匂いを漂わせている。

 匂いにつられて食事をしようとする人たちで、酒場は賑わいを見せ始めた。

 あの幼女に早く追い付かなければ。

 見失ってしまうと大変なことに。

 なんて心配を余所に、一軒の酒場の店先で立ち止まると、そこに立つお姉さんにアンジェリークが喚き始めた。


「こ、こ、これはなんじゃ?美味そうな匂いをしておるのじゃ」


 食べ物に手を伸ばして取ろうとするアンジェリークの額を差し押さえ、酒場のお姉さんは苦笑いしつつ説明する。


「これはリストア名物オークの串焼きだよ。一口食べれば誰でも虜になる絶品料理さ。」

「くれ!食わせろーー!」


 飛び掛かろうとするところで、アンジェリークの試みは失敗した。

 駆け付けたルイスに首根っこを掴まれたからだ。

 野獣と化したアンジェリークを食べ物の近くから引き離す。

 酒場のお姉さんの目が痛々しい。

 手を伸ばしバタつくアンジェリークは、ルイスの指示も忘れて「魔王」の文字を晒している。

 この辱めはいつまで続くのだろうか。


「腹が減ってるなら何か食わせてやる。だから俺から離れず大人しくしてろ。守らなきゃ食べさせてやらないぞ」


 ルイスも腹が空いているし、ここで食事を取るしかなさそうだ。

 アンジェリークも腹を空かせたままでは、親探しもはかどらないだろう。

 首根っこを掴んだまま、店内の食卓にまで引きづっていく。

 食卓に着くと、さっきとは違う年増の女性店員が注文を聞きに来てくれた。

 周りに指示を与えている様子から、どうやら女主人らしい。


「いらっしゃい。何にする?」

「店先にあったオークの串焼きって美味しそうだよね。あれが欲しいんだけど」

「あー、あれはこの店のおすすめ料理だからね。オークの肉と野菜にソースを絡ませて焼いてある。食べごたえももあるし、酒の肴としても好評なんだよ。もっとも、あんたらには酒は出せないけどね」


 微笑む女主人は優しく言った。

 明らかに未成年だし酒を飲む気はないが決まり文句で言っているのだろう。


「オークの串焼き6本頼むよ。それと子供でも飲める飲み物も2つ頼めるかな」

「あいよ」


 小気味良い返事をして店の奥へと引っ込んでいった。

 いつの間にやら周りのテーブルも埋まりだしている。

 食事時なのも加えて、おすすめ料理を目当てに訪れる常連も多いのだろう。

 ほとんどのテーブルで頼まれているオークの串焼きが良い匂いを漂わせている。


 待ちきれないのか、アンジェリークはお行儀悪く椅子の上で交互に足を振り、料理が運ばれるたびに目で追い何の料理か聞いてくる。

 面倒で仕方がない。

 ルイスだってこの店は初めてだし、何の料理かよく知らないのだ。

 適当に答えてみたら、「そうかそうか」と涎を垂らして納得していた。


 そんなことをやっていると、ルイスとアンジェリークの前にオークの串焼きの山が運ばれてきた。

 一口では少し大きいサイズのオークの肉と香味野菜が3個ずつ交互に串に刺されている。

 辛みのあるソースをかけて焼かれたシンプルな料理だ。

 出来立ての香ばしい匂いと湯気が食欲をそそる。

 美味しい。

 噛めば肉汁がほどよく口に広がる。

 肉と一緒に野菜を食べれば、シャキシャキした触感がまた心地良い。


 一緒に出された葡萄汁は少し酸味があるが、口の中の後味を洗い流してくれる。

 村から出て一回目の食事だ。

 少し奮発した食事になってしまったが満足は出来た。


 食べ終わった串を置き新たにオークの串焼きに手を伸ばそうとしたら、独り占めを決めたアンジェリークは料理の皿を抱かえて唸っていた。


「一人分じゃないんだから、よこせよ」

「ウウウウウゥゥゥ!」


 皿を渡したのが間違いだった。

 野犬に守られた料理の皿からは、もうオークの串焼きは取り戻せそうになかった。

 諦めて店員にもう2本追加してからアンジェリークに言い放った。


「それ食ったら親の所に帰るんだぞ。きっと親も心配してるだろ」

「どこへ帰す気じゃ?儂はずっと一人者じゃぞ?」


 次々と引きちぎるように串から肉と野菜を口に詰めるアンジェリークはそう答えた。


「まぁ冗談はさておき。この町に親がいるんだろ?」

「儂が生まれたのはカロンという名の島じゃ。こんな辺鄙な町では断じてない」

「それおすすめ料理食いながら言うの禁止な。店にも町にも居づらくなる」


 店員の視線が痛い。

 いやそれより親がいないなんて。


 ここでお別れと軽く考えていたのに、このミッションはそんなに甘くないようだ。

 それにカロン島なんて名前は初めて聞く。

 少なくとも、この周辺の島ではないだろう。


「念の為に聞くけど、その島ってどこ?そこにお前を送った方がいいのかな」


 アンジェリークの目は怒っていた。


「さっきからお前、お前って。儂の名前はアンジェリークだと言ったじゃろうが。なぜ名前を呼ばん」

「ご、ごめん」


 なんか怒られてしまった。

 確かに名前を呼ばなきゃ失礼だ。

 非常識な幼女に言われるのは癪に障るが、正論だから仕方がない。

 もう一度聞いてみた。


「んじゃ改めて。念の為に聞くけど、その島にアンジュを送った方がいいのかな」

「無用じゃ」


 名前を省略したのはスルーされて、被せるように簡素な答えが返ってきた。

 送ってくれって言われても無理なので良かったが、素直に喜べないルイス。

 町にくれば解決するはずだったのだが、当分アンジェリークとは仲間として行動しなきゃならないようだ。


 店員が持ってきた出来立てのオークの串焼きを口に運ぶ。

 やっぱり美味い。

 毎日でも食べられそう。


「ムーサテだったかな」

「さて?何か頼むのか?」

「あ、いや、なんか串焼き見てたら頭に浮かんだだけだ、気にするな」


 冒険者でどれだけ稼げば、毎日こんな食事が出来るのだろうか。

 明日からのことも考えると、まずはアンジェリークを知るべきだと思った。

 この不思議幼女のことを何も分かっていないのだから。


「そう言えばお前、じゃなかったアンジェはなんで魔王なんだ?」

「むぐん?」


 最後の肉を喉ごしで味わう音がした。

 食べ終わった串を名残惜しそうに舐めているアンジェリークは、自分に尋ねられた事に気づいた。

 串を咥えたまま天井を見て思い巡らす。

 しばらくして何か思いついたのだろう。

 目を大きく開きルイスの質問に答えてきた。


「儂は記憶喪失なんじゃ」

「はぁ?」

「ここに来る前に海岸で追われていたんじゃが、それ以前の記憶があまりないんじゃ」

「服がボロボロだもんな。そこで虐められたのか」


 そうだったのか。

 確かに近くに親も居らず、一人で彷徨っている理由としてはありそうだ。

 それにしても。

 アンジェリークは恥ずかしそうにしているのは何故だろう。


「実は……」


 一呼吸置いて話し始めた。


「気が付いたら裸だったんじゃ。この服はその時そこいらの子供から引っぺがして奪ったものじゃ。服ごときで追いかけられて、えらい目におうたわ」


 恥じらいながら話す悪事。

 数分前の同情を返せと言いたくなる。


「アンジェが悪いんじゃねえか。裸は問題あるけど、人の物を盗ったらダメだろ」

「なんじゃ!それじゃあ儂は盗人より露出していた方が良かったと言うんじゃな?」

「そんな大きな選択迫っちゃいねぇよ」

「まぁそんなことはどうでもいいんじゃが、追いかけてくる小童らが皆、儂に向かって叫んでおったんじゃ」

「なんて?」


 なんか嫌な予感がした。


「魔王が現れたぞ!魔族を連れて仕返しに来る前に皆でやっつけちまえって」


 ……繋がりました。

 色々な意味のご馳走様な気分で両手を合わした。

 分かってきていたことだった。

 半日くらいしか付き合いはないが、こいつは危険なくらい純粋なのだ。

 気づいたら裸で服盗ったら追われて逃げて。

 その服に魔王って書いてたくらいだから、服の持ち主も虐められてたのかもしれない。

 あるいは魔王おにごっこだったのか?

 とにかく虐めの対象がアンジェに移っただけだ。

 挙句に魔王と言われたから魔王だと思ったわけで。


 しかも魔族連れてくる妄言信じて下僕集めようとするなんて、健気な幼女じゃないか。

 ってか、こいつ。

 魔王じゃないじゃねえか。


「アンジェ。重要なことを言うからよく聞け!」

「なんじゃ?」

「お前は…………魔王ではない」


 驚いた顔のアンジェリークは口に咥えた串を落とし、ルイスを凝視した。

 そして静かに地べたに倒れこんだ。

 本日2度目の膝カックン。

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