聖女様は後ろ暗い事に巻き込まれそうになってました
タイトルの割に聖女様は出て来ません
………………最初に言っておく。
俺は自分が手先は器用だが、しょせん下働きだと思っている。
まあ、掃除も出来るし、洗濯も料理も。馬の世話や大工仕事。下働きの範囲越えてんじゃねえと言う辺りも出来るのは自覚しているが。
「あの………暗殺者の手引きって犯罪に手を染めるのは………」
この場にメイプルが呼ばれなくて良かった。
メイプルに聞かせたくない話題だ。
「無論。お前に頼む事が間違っているのは分かっている」
ここの上司さんはある意味いい人だな。
本当なら下働きが逆らうなと一刀両断できるのに――まあ、実際それをしたらこっちも伝家の宝刀。じゃあ、仕事辞めます宣言出来るけど。これでも俺の下働き技術は引き抜きされるほど評判だ。仕事を辞められたら困る様な秘密もわんさか抱えているし――それをしない。
「だが、これ以上聖女としての評判を落とされては困るんだ」
「ってか、何したんですか? その聖女様(仮)は?」
いくら聖女様候補であって、本当に聖女かというのは分かっていない状況だ。それでも、暗殺という話が出てくる事態物騒だ。
女尊男卑法律を作っちゃった聖女とか。
聖女の身分を笠に掛けて豪遊している聖女とか。
盗賊に一味になっている聖女とか。
色々いるのに秘かに暗殺しようとしている聖女って………。
渋い顔の上司――これでも神殿では司祭の一人だ――は最近髪が薄くなったのを気にしてどこぞの国で販売されている育毛剤をご購入しているという事も下働きネットワークで知っているがこの話題でまた髪が無くなったようだ。
何という哀れな事だ。
因みにそのとある国はやりて聖女様のいるところであるのは言わぬが花だろう。
この聖女様(仮)は何とも胃が痛い話題のようで上司以外にもこの場に居た者達は心痛そうな面持ちで、胃の辺りを押さえる者。眉間に皺を寄せている者。
………頭痛があるのか頭を押さえている者もいる。
「………ってか」
何したんですか? ホント?
「「「「…………」」」」
お前言え。
いえいえ、貴方が言った方が。
俺詳しく知らないもん。
男がもんって言っても可愛くないので。
言い出しっぺの法則があってなぁ~。
それを言うのなら一番位の高い貴方が言えば……。
それを言えばこの者を雇っているお前の方が伝わりやすいだろう。
因みにこの場に居るのは司祭様――正式な身分は知らないけど、枢機卿を狙える身分の方々が多くいる――普段は派閥争いをしている仲で下働きでも誰が出し抜くのかとトトカルチョが流行っている程の……つまり仲良くないのだ。
「簡潔に言えば、その国の権力者の子息全員に色仕掛けをしている」
溜息と共に告げたのは、この場にいた唯一の女性――女傑として評判の枢機卿候補――ただし性別がネックになっていて候補に挙がるが他の候補者達が女性というだけで一致団結して落としていくという女司祭様であった。
「権力者の子息……ですか?」
なんだそりゃ。
今が分からない。
「私も分からない。噛み砕いていえば、ご子息の中でも見目麗しくて、天から才能を得られていると評判の者達だ。皇太子。皇太子の弟。将軍の息子。次期公爵。若き大商人。そして、嘆かわしい事に……その国で神の教えをしている最年少枢機卿候補の司祭も居てな……」
「…………」
ああ。暗殺したいわけだ。
ってか、なんだそりゃ。
国荒れるだろう。
第一、神殿関係者は例外が無ければ所帯は持てない。
――因みにその例外の一つは。とある身分を笠に女性を苦しめていた男が居て、その男に苦しめられていた男の無き兄の妻であった未亡人と子供を庇う為に所帯を持ったというのがある。
子供が優秀で、男はその子供を殺しかねなかったが、子供を守る術がないと未亡人が嘆いたので時の枢機卿の取った手段だったそうだ。
後で知った事だが、その男は兄を殺して兄の持っていた財産や地位を全て奪って、邪魔になる子供を消したかったそうだ。
未亡人が子供を産んだと思えないほどの美女ぶりだったのも欲を暴走させるきっかけだったようだが……。
まあ、とういうわけで、身分を笠に掛けて無体な事をされそうになった女性を保護するために緊急的なものであるのだが。
今回の例は当てはまらない。多分………。
まあ、権力者のご子息に一方的に狙われているのなら保護対象だが、聖女(仮)である身分は誰よりも高いのだ。
何で聖女は結婚を許されているのかは突っ込んではいけない。
「注意はしたんじゃないのですか……?」
進言という名の忠告。聖女にか。その司祭にはしたはずだ。
「それが……」
頭が痛いとばかりに顔をしかめ。
「聖女曰く、………おとめげぇむとか何とか」
何だそれは?
「まあそういう事で、話が通じなくてな……もう暗殺者を送り込むしかないと」
「だからって、手引きするのは勘弁してください」
俺の次の仕事に影響出るので!!
「雇い主は神殿だけど?」
「誰が、暗殺者を手引きした下働きを城に入れたがる王と聖女が居ますかっ!!」
そう言う常識はある筈でしょ。
「という事で手引きするのなら引き受けませんので」
断言。
「仕方ないか………」
ちっ
舌打ちすんなよ。爺。
それ信者が見たら失望するぞ。
「*****」
女司祭が声を掛けてくる。
「暗殺者の手引きはしなくていい」
もともと私はこの件は反対だからな。
女司祭の言葉にそりゃそうだよな。てか、ここに居る男達よりも頭が回るな。
うん。この人が枢機卿になった方がいいんじゃないか。
「だが、このまま放っておくわけにはいかない。――様子をお前の目から見てくれないか?」
そして、お前の口から直接司祭を説得してくれ。
「――いいんですか?」
俺ただの下働きですよ。
「神殿関係者が上から言っても無駄だった。聖女の方が身分が上だしな。下から客観的に教えてやれ」
一人の女を巡って権力者が揉めるなんて、端から見るとこの国どうなるのかと心配だろ。
「…………」
ですね。
足があって、資金もあればさっさと国捨てるわな。
一晩の被害者は逃げれない立場の国民だが。
「お前とお前の妹ならそれくらいの腹芸も出来るだろう。それに」
それに?
「密偵の報告だと。聖女は『そろそろ隠しキャラが出てくるはずなのよね』というもので、どういうモノかと他の聖女に尋ねたら」
尋ねたんだ。そして、答えてくれたんだ。
誰が聞かれたか分からないけど、答えてくれた聖女様(仮)は暇だったんだろうな~。
「隠しキャラというのは、一見平凡そうに見えて権力を握っているキャラの事だそうだ」
お前だろ。
「何ですかっ!! それっ!!」
俺ただの下働きですよっ!!
「………」
「…………」
何ですかその呆れた顔は。
他の司祭様もため息吐かないで下さい。
「下働きネットワーク」
ぼそっ
「下働きなら何でもできるオールマイティ」
ぼそぼそっ
「その気になれば下働きを全員ボイコットなり、ストライキ出来る立場が何言っているのやら」
我等は下働きの力があるから権力の上で胡坐をかいていられるんだぞ。
「………過大評価じゃないですか」
「ワルド家を崩壊させた事があるお前が言うな」
「あー」
あれは若気の至りでした。
下働きというだけで無体な事をしようとして――契約外で――給金を払わず――下働きを奴隷と思ってんのか――何をしても許されると思っていた豚――丸々太って醜い風貌だった――に下働き全員が協力して、その豚の捨てた書類をうっかり捨てるのを忘れて、しかもどこか――税務署――の前に落としたり、豚が、権力を使って脅迫しようとした現場に豚にとって目に痛い相手をついつい呼ぶ相手だと勘違いして呼んできてしまったり、豚にばれないように生活環境を少しずつ悪化させて、こっそり下働きを逃がして――ちなみに最後に残ったのは俺だったりする――豚が世間にばれたら極刑者の内容をホントうっかり教えてしまい、豚は御用となったのだ。
ああ。あれは大変だった。
豚が溜め込んだお金から後で給金とほんの僅かな上乗せ――全然僅かではない――を貰って下働き達は納得して次の仕事を探しに行ったが、そんな事もあったな(遠い目)
他のみんなはともかくそのうっかりをやらかした責任者である俺はなかなか次の仕事先見付からないわ。見張りに妹来るわで大変だった。
「あの時の事件で、下働きの環境は大幅に向上になった」
「あ~。そうでしたっけ?」
「そう。下働きを怒らせたら怖いという教訓になったからな」
なんすかそれ。
俺そんなに影響与える事やってませんよ?
ってか、若気の至りだから!! 黒歴史だからっ!!
「因みに先日ワルド家の当主はいまだに国に貢献してくれているぞ」
「極刑してなかったんですね」
とっくの昔にしてるんだと思いましたよ。王家乗っ取りとかクーデターとかしようとしていたおうちだったのに。
「ああ。――新薬の研究に協力してくれている」
薬物の実験ですね。
いっそ殺してくれという様なものですね。
ってか。その「薬物」の実験。どれだけ毒も含まれてんでしょうかね。まあ、即死しない程度の解毒剤とかの開発がメインかもしれないですけど。
「という事で、お前が適任だ」
「話を急に戻すんですね」
「ボーナスが出るぞ」
「うっ!!」
汚いなんて汚い。
「………………………………………………………………………やらせてもらいます」
所詮雇われ人。雇用主に逆らえなかった。
あっ、もちろん。ボーナスにつられたわけじゃないからな!!
因みにその小悪党で試された居薬が常備薬な司祭の方々。