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小さな旅人  作者: 安藤洋
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思い出の地へ

 暗闇の中、人生の放浪者を大きな光が迎い入れる。先ほどまでいた静寂に包まれた牢獄にいた時には感じられなかった、せわしく流れ続ける足音、私を運ぶであろう電車の音。ロレックスの腕時計が指す時間は午前四時二三分。だいぶ歩いたな。どこに行くかはまだ決めていない。そういえば、久しく静岡に行っていなかった。静岡は私の母の故郷であり、小さいころよく長期休みを利用して遊びに行っていた。祖父母は私が小学生の頃に亡くなってしまったから、それ以来静岡に行くのは、墓参りくらいだ。富士山のふもとにある墓場に行き、線香をあげ、手を合わせ、祖父母と遊んだかすかな記憶を呼び戻す。それが終わると東京にすぐ戻る。流れ作業のようにこの工程をこなしていただけだし、ゆっくり静岡にいることができた例がない。

 私はいつの間にか東海道新幹線に乗り新富士駅に向かっていた。記憶が掃除機と化して、私を吸い込んでいく感じがした。それに逆らうことはできない。新幹線という運び屋は後ろを振り返ることなく、掃除機によって吸い込まれていく。その流れに逆らう気さえも起こそうとしない。新幹線は、俺様が通るぞ、お前らどけ、というようにビル群を駆け抜け新横浜へと吸い込まれていく。

 私は新幹線の中で、弁当を買って食べることにした。そういえば、昨日の昼くらいから何も口に入れていなかった。私は弁当と駅で買ったお茶を口の中に長く滞在させ、舌の上でその味の深みを感じた。梅干しの酸っぱさが私の眠気を和らげてくれる。二時間睡眠の辛さは想像以上だった。何といったって、いつもは八時間寝る。大学生にはそれくらいの余裕はある。あ、数時間前までは就活する大学生だったんだ。今はもちろん違う。あいつらとは一緒にしないでほしい。なんていったって私は孤高の旅人なんだから。

 新横浜駅を通り過ぎた。やはり睡魔が襲ってくる。では、寝ることにしよう。そう考えた時、隣の席に座る、おそらく七十代くらいのおじいさんが私に話しかけてくる。

「兄ちゃんは大学生か」

僕はうなずきかけた。いや、私はやつじゃない。

「年齢的には大学四年生です。ですが、私は孤高の旅人なのです」

「それはかっこいいな。何を求めているのか」私は少し黙り込む。

「おそらくわからない何かを求めているのだと思います。それは言葉では言い表せない」

「わしも昔は兄ちゃんみたいに、無の世界を求め続けていたな。それはかなりの時間を有した」

「どんなものにたどり着きました」と私は即座に返す。

「言葉にすることはできない、未知なるものだったよ。たどり着くことは本当に大変だった。たどり着いた時、わかったのは未知なるものすべてを受け入れることは難しく、それを乗り越えない限り未知を扱うことは困難になる」

私は未知なるものについて考えてみた。私のように東京にずっと暮らし、優秀な家族に囲まれて暮らしていただけの凡人には、未知なるものはたくさんあるだろう。至る所にそういったものはある。歩道ですれ違ったサラリーマンもそうだ。私にとっては、人間であるということ、性別は男というくらいしかわからない。私は、彼を人間という表面上のことでは受け入れることができる。だが、彼について説明してくれと言われても、名前もわからない、性格もわからない、職業もわからない。彼の内面性(未知)を受け入れることができなければ、説明という行動によって未知を扱うことはできない。

 私がこの旅で求めていることは一体何だろう。未知なるものを求めていることはわかっているが、たどり着いたときそれをどうするというのか。新幹線は間もなく新富士駅に到着する。


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