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小さな旅人  作者: 安藤洋
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旅立ちへの準備

本作の主人公「私」は大学四年生である。周りの人間は、サークル仲間で毎晩遊んでばか騒ぎしているが、内定をもらう。私は真面目に毎日を過ごすも、何の特異性もない私は内定をもらえない。私、某大手企業の幹部として働く母、今年から貿易会社の勤める姉の三人家族。父は四年前仕事中、交通事故に遭い死んでしまった。優秀な一家なのに、私には何の才能もない。そう、私にはどこにも居場所がない。そんなことを考えた時、私は思い立つ。知らない世界に行ってみたい。こんな狭い世界にいても、私を奮い立出せるものはない。そこでやり直せるかもしれない。よし、ここを出よう。この物語は主人公「私」が拘束された窮屈な世界から、見知らぬ土地へと旅経つ物語である。

 七月一五日の午前二時一四分。家族は皆寝静まり、外から酔っぱらいの歌だけが聞こえてくる。そこに、旅立ちを促す時計からの怒鳴り声が加わる。ベッドの上にある布団、枕は、日中に母が日干ししてくれたのだろうか、夏の太陽の暖かな香りがする。太陽からの贈り物による誘惑を遮り、起き上がる。ここで誘惑に負けたら、一生囚人のまま、この夢のない牢獄に閉じ込められたままだ。

 電気をつけ、身体を伸ばす。私は、押し入れから以前アメ横で買った、安物の大きなリュックサックを取り出す。部屋の北側にそびえたつタンスから、Tシャツとパンツを三枚ずつ、靴下四足、タオルを二枚取り出す。次に目についたものは、黒色のウォークマン。このウォークマンは、小学六年生の時に、中学校への進学祝いとして、死んだ父に買ってもらったものだ。入っているのは、クラシックばかり。よく寝る前に聞いている。ウォークマンをためらいなくリュックサックのポケットに入れた。机の上には、死んだ父が愛用していた財布。財布には現金十万円、牛丼屋のクーポン券、町の図書館カードがある。お金には困らない。旅立ちのために、警備員のアルバイトをして貯めた八四万円がある。他にも使い古した合羽、充電器、愛読していた新渡戸稲造の『武士道』も連れていく。最後に置手紙でも書いておこう。私は家族への感謝、旅の目的を大学で使用しているボールペンで綴る。どうか、私の覚悟を受け入れてください。午前三時八分。ロレックスの腕時計で時間を確認し、牢獄に別れを告げる。私は、今日で出所します。

 夏なのに東京の夜は肌寒い。パーカーを一枚でも持ってくればよかった。でも、戻りたくない。どこかで買おう。家族からの見送りはない。見てくれているのは、雲で薄暗い月とビクトリーロードを作るかのように両脇に立つ外灯たちだけ。声は出さずじっと見守っている。私は振り返らず前へ進み続ける。よし、まずは駅へ移こう。


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