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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第3章 学試闘争編

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第17話・・・『武者小路の才僧』_負けの笑み_嬉しくない・・・

 陽天十二神座ようてんじゅうにしんざ第五席・大規模連合族『御十家ごとおけ』。

『御十家』は一枚岩ではない。『御十家』の特徴は二つ、物理的な強さと社会的な強さにある。

 元々は徒党を組んでいなかった。組まなくても、各々で『フォーサー協会』の上位に君臨し続けていた。

 しかし、『御劔みつるぎ』や『ひじり』など、脅威的な勢力の台頭により、その地位を引きずり落とされる。

 崖っぷちに立たされた各大家が選んだ道が、連合族となることだった。

『御十家』となり、勢力を約十倍することで再び確固たる地位を手に入れた。

 ……しかし元はプライドの強い権力者が文字通り権力を得るために手を組んだ集団。頭は良い者が動かしているので他勢力の介入することこそ許さないが、内部抗争は凄まじいものだ。

 真に他家と平和的な関係を結びたい家もいれば、他家を土台としか捉えていない家もある。そういった微妙なバランスの元に成立しており、いつ内側から崩れてもおかしくないのが『御十家』である。


 必然的に、各家傘下の家の仲も主の意に準ずる。


 ※ ※ ※


『猪本、漣・青狩ペアがお主らの戦闘に気付き、下から近付いている。屋上だから奇襲は成功しにくいと思うが、油断はするな』

(了解)

 猪本は心中で返事をしながら目の前の人物へ改めて目を向ける。

 戦闘から十分が経過しようとしている。

 猪本は少し息が上がっているが、目だった外傷も極度の疲弊もない。

 対し、来木田はぜぇぜぇと肩で息をしている。表情こそまだ薄れぬ戦意を放っているが、そろそろ体が言うことを聞かなるのでは、と危惧させる。

「いやあ、お前もよく頑張ったよ、来木田くん。その歳で「氷」を操って来木田家の『氷武創造クリエイト・アイス』を習得しているのは本当にすげえよ」

 その言葉に嘘はない。心からの称賛だ。

「でもそれも初歩段階。「氷」も棒に取り付ける形でしか形にできないんだろ?『氷の壁(アイス・ウォール)』や『氷の吐息(アイス・サイ)』も、使えるかもしれねえが実戦レベルじゃねえと見た。それか『氷武創造クリエイト・アイス』を発動中は使えないのか? 

 …どっちにしろ、俺には勝てないと思うぜ。リミッター付けてちゃいるが、お前も強敵と戦った後みたいだしな。試験序盤で聞いた爆発音…もしかすると四門・風宮ペアと戦ったか? …仮に回復したとしても、全快じゃねえだろ。

 ……さすがに負けねえよ」

 猪本が口角を僅かに上げながら真剣な瞳で告げてくる。そこには嘲りも傲りもなく、観戦中の生徒も、それを納得させられた。

 事実、猪本は先程から来木田を圧倒している。来木田の攻撃を全て防ぎ切り、己の攻撃はほぼ成功させていた。リミッター付けていても、実力の差は明らかだった。

 来木田自身、自分の攻撃が全く通じず、未熟による弱点を告げられ、精神的にダメージをもらう…というほどではないが、思うところはある。

(…手を抜かれてこのざま、か。まだ『地像列』も使ってないのに、か。武者小路家元頭首の護衛筆頭を務めるだけのことはあるな…)

 だけど。

(だけど、今は勝ち負けはどうでもいいんだよ!)

 思いつつ、来木田は氷の刃で出来た槍を構えて駆ける。

 バサァ、と瞬時に猪本が御札を放って迎撃に向かう。

 来木田は駆けながら槍を構え、全力で放った。

「『氷流撃』!」

 舞う御札の中心を、槍が一瞬で抜ける。

「…っ」

(俺相手に得物を手放した?)

 猪本に焦りはない。あるのは疑心。それにすぐ答えは出た。

 来木田が水蒸気を発生させ、超高速で移動している。目晦ましをして、大きく横に距離を取りながら回り込んでくる。しかしその軌道は猪本へ走り向かうものではない。

 来木田の狙いは、猪本が槍を躱すと判断してその先へ回り込み、槍を掴んで攻撃することだ。それらは1秒も経たない間の出来事。普通では反応できないかもしれない。

 しかし猪本は『操作法オペレート・アーツ』を施した御札を撒き、容易に対処する。せっかく相手が武器を手放してくれたのだ。躱すことも防ぐことも跳ね返すこともできるが、今回は封じる。

「『石封符せきふうふ』」

 御札が豪速で飛んでくる槍をバサバサと音を立て、ほぼ一瞬で覆い、次いで御札が石と化す。

 猪本のジェネリックは拡張系土属性。


接着法ペースト・アーツ』という拡張系特有法技(スキル)がある。

 拡張系は他のエナジーを吸収して拡大する。言わば融合する。その特性を応用して、他(フォーサー)エナジーに触れ、そのまま一体化、融合することで剥がれないようにする。

 士器アイテムは総じてエナジーを纏っている。そもそもの性質。当然、貼り付けることも可能ということだ。

 そして猪本の土属性により、御札をエナジーを介して石化する。

 これが『戦型スタイル陰陽師・地像列』の基本だ。


 槍が石の皮を被って重くなり、屋上の床に落ちる。慣性に従って摩擦を立てる。

 即座に槍を使えなくした…が、猪本が僅かに引き攣り苦笑を浮かべる。槍を御札が覆い尽くした段階で、あとは片手間でできるので迫り来る来木田に視線を向けた猪本は己の凡ミスに気付いたのだ。

 …来木田が、手に棒を持っていた。

(そりゃ予備の士器アイテムぐらい持ってるか!)

 槍を投擲後、全収納器ハンディ・ホルダーに仕舞っていた予備の武器を取り出したのだ。

 しかし、猪本の予定に狂いはない。

(でも、だからって形勢は変わらないぜ)

 彼我の距離はまだ十分にある。武器を持っていても変わらない。余裕を持って、御札をばら撒く。

 来木田が棒の先端にエナジーを集中する。

「『氷武形態アイシーアーム団扇ファン』!」

 棒の先端に円形の氷が取り付けられる。それは正に巨大な団扇うちわだった。

「『乱慌風(レイブ・ウィンド)』!」

 来木田が横から大きく団扇を振り上げ、更にそのまま勢いよく下げる。本来は風属性の技だが、二方の風を発生させることで見事に再現してみせた。

 御札が風に流される。御札は扱いを習得すれば応用性は高いが、とにかく軽い。本来ならこの程度の風で流されるほど柔ではないが、リミッターであったり、いつもより御札の使用枚数が少なかったり、来木田を舐めていたり、と。

 とにかく今の猪本は本領とは程遠い。

 御札が風に吹かれ、十分な穴が空く。

 来木田は走りながら、団扇を装備した棒をカチャっと半分に割る。元からの構造なので、コンパクトに外れる。

 そして団扇を装備した棒を左手に、装備していない棒を右手に持ち、

「『氷武形態アイシーアームハチェット』!」

 1.5メートルの棒の先端に、氷の細長い刃が装備される。なただ。キャンプでまきを割るのに用いる刃物が、巨大バージョンで現れる。

 巨大団扇に巨大鉈。それらを軽々しく、器用に使うことこそ『鬼兵』と言われる所以である。

 またも御札が襲い掛かるが、団扇で吹き返す。そうして猪本の目の前に足を付け、鉈を振り下ろす。静止中の猪本が今から動いても、加速中の来木田の攻撃は回避できない。

 それでも。

(悪いな、来木田岳徒)

 形勢は変わらないとばかりに、猪本が武器を持たない手を頭を庇うように上げ、直後に鉈がと激突する。カキンという硬音が響く。

「『纏像手まといぞうしゅ』」

 猪本の腕は石化していた。いや、より正確には言えば、御札を自身の腕に纏い、石化したのだ。一種の鎧。氷の刃を容易に防ぐ。

(武者小路家は九頭竜川家をちゃんと警戒してんだ。その傘下家もしっかり調べている。…その氷の団扇のこ……)


「恭太さんのことはご愁傷様です」


「ッ!?」

 余裕が、猪本の顔から抜け落ちた。

 至近距離からの囁くような小さい声。監視カメラもその声は拾えてないだろう。

『纏像手』とハチェットが未だ鍔迫り合いの如く、ギギギギと音を立てている。

「いやぁ、報告を聞いた時はびっくりしましたよ。あの元気で献身的な人ともう会えないと思うと、悲しいです」

(こいつ…! 元から狙いは接近して俺と話すことか!)

「チッ!!」

 舌打ちしてその場から後ろに跳び退く。無駄口をかわす気など毛頭ない。

 しかし、来木田が即座に追い掛けてくる。レベルの差があると言っても、身体能力を極める強化系の来木田相手では分が悪い。

 結果、また同じように『纏像手』と鉈の鍔迫り合いに持ち込まれる。

「気に障ったのなら謝りますよ」

 囁くような声。監視カメラに声を拾われれば、観戦中の生徒にも知れ渡る。

 そんな株を下げるような真似はしたくないのだろう。

 言葉をかわそうとしない猪本に、来木田が粘質に言葉をかける。

「ただ俺達は知りたいだけなんです。今回の試験内容変更、それと関係あるんですか?」

「……」

「やっぱり紅井くんですか? 本家の参謀室はそう結論出してるんですけど? でもそれは状況からの推測であって、紅井くんそのものに価値を見出したわけじゃないんですよねぇ」

「……」

「参謀室の最終結論なんですけど…、武者小路家は紅井くんに関する何か決定的な情報を隠している、どうです? 違いますか?」

「……うるせ」


「恭太さんを殺した『終色しゅうしょく』の情報、九頭竜川が提供して上げましょうか?」


「『急急如律令』」


 容赦なく、猪本が放つ。

「ッ!? アアアアアアアアァァ!?」

 至近距離にいれば御札を介さずとも、念心法クリンズ・アーツは使える。

 加えて、来木田は油断した。猪本を動揺させる言葉を告げたつもりなのだろうが、猪本に取っては生半可だった。

 念心法クリンズ・アーツの直撃を受けて、来木田がたどたどしい足取りで一歩二歩と後退する。

 苦悶の表情の来木田に、さらに御札が貼り付いてきた。接着法ペースト・アーツで全く剥がれない。

「『不動ふどう地像じぞう』」

 先程来木田が団扇で払った御札も集合し、貼り付いて行く。

 来木田も鉈なり団扇なり水なりで抵抗を試みるが、その御札は最初に関節周りに貼り付き、念心法クリンズ・アーツが常時発動状態となっていて、全く思うように動けない。

「九頭竜川家は独自のパイプで今までに何回も巨大裏組織をひっ捕らえてる。俺達の知らない『終色』の情報を知っていても不思議じゃない」

 だけどな、と御札にどんどん覆われていく来木田を睨む。


「どんな理由があろうと、九頭竜川おまえらから施しを受けるなんて100パーセント損になるんだ。そんな分かり切った答え、言わせんじゃねえよ」


 来木田が8割御札に顔を包まれた状態で、負けを認めた笑みを浮かべる。

 そして『不動地像』が完成した。

 息もできない空間で念心法クリンズ・アーツを受け続けている。この技は本来こうして相手を殺すものだが、その前に生命測輪グラスプ・リングが限界を察知し、転移乱輪セット・リングによって転移される。

 中身を失った『不動地像』が崩れた。


 来木田岳徒、リタイア。


 ※ ※ ※


 御札を自身の戦闘服の至る所に戻す。しかし戻すのを通常より遅らせる。

 すぐ近くに久浪夢亜も潜んでいるので気は抜けないが、それ以上に湊と総駕のペアが危険だ。湊の得体の入れない頭脳に、C級レベルの総駕が指示を受けたその実力は測りにくい。

 しかし。

『猪本よ、どうやら少しは運が傾いてきたようだ』

 武者小路源得が落ち着いた声で告げる。

 どう意味だ?という猪本の心中の疑問に、源得が答え、猪本は一先ひとまず安堵した。



 ◆ ◆ ◆



 湊・総駕ペアは2階にいる。

「…総駕、どうしよう。美少女二人と偶然出会ったのに全然嬉しくない」

 総駕が何か言う前に、その美少女二人組の内一人が明るい声を発した。

「私は嬉しいけどねっ」

 ちろっと舌を出しながら、その美少女、速水愛衣が笑顔で言った。

 その隣で淡里あわり深恋みれんが苦笑していた。


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