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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第3章 学試闘争編

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第3話・・・模擬戦刀と刀_九頭竜川と来木田岳徒_湊のやり方・・・

 ペアが決まってから初めての放課後。

 今日と明日明後日の休日を使って互いのペアとの連携を確認するため、サークル活動は休止される。

 紫音と勇士は演習場へ向かっていた。紫音が中間テストの形式について、改めて説明する。

「テストは一次試験と二次試験があります。まず3日後の月曜日から金曜日までで一次試験が実施されます。5日間の間、全279組のペアを15ペアずつ18グループに分け、そのグループ内での総当たり戦が行われます。つまり1日に三試合から四試合行います。その結果、各グループごとに最も戦績の良かった2ペアが二次試験に進めます。全部で36組。全校生徒559人中72人ですね」

 勇士が「んー」と唸る。

「1日三試合か。大変だな」

「それはどこも同じなので不公平というわけではないんですよね。来週は授業も免除され、テストに集中できるよう配慮もされていますし」

「テスト中に授業というのもおかしな話だがな。……そして、二次試験が、」

 紫音が頷く。

「はい。五日間の一次試験を終えた後、一日の休息を入れてから日曜日に二次試験が行われます。内容はバトルロイヤル。36組のペアが獅童学園の敷地内に放たれ、制限時間5時間でひたすら相手を刈る。……肉体的にも精神的にも辛いことで有名らしいです」

「5時間って凄いよな。途中で最後のペア一つになれば終了されるみたいだけど。しかも昼の3時から夜の8時まで」

「はい。夕食もその試験内で食べる上に、その食料は学園から支給されたものしか持ち込んではいけません」

「さすが名門。スパルタだな」

 この時期、7時になる頃には暗くなる。学園側が明かりを灯してくれるはずがない。極限下での体力、対応力、判断力などのスキルが見極められる。

 紫音は横目で勇士の表情を注視しながら尋ねた。

「……勇士さんはそういうサバイバル的なことの経験とかあるんですか?」

「…少しだけね。小さい頃に」

 集中して視ていたが、僅かな表情の変化はあるもののそれが意味があるかは分からなかった。

「小さい頃って…中学生の台詞じゃないですよ」

「そう? あははっ。もう歳かな」

 紫音も笑いながら、己の不甲斐なさに失望する。

 探りを入れようにも、自分では大した駆け引きもできない。

 武者小路源得に頼られた以上、何か結果を残さなければいけないのに。

 そうこうしている内に演習場前の更衣室へ着いた。

「それじゃ一旦ここで。運動着に着替えたら第三闘技場に集合な」

「はい」



 更衣室。

 紫音は自前の動きやすい練習着に着替えた。

 サークル活動時は学校指定の運動着着用を義務付けられているが、自主練やテスト前の練習などは好きな服装でOKなのだ。

 他の女性徒の雑談の中、着替え終わりロッカーを閉めると。

「あれ? 紫音!」

 聞きなれた声がする。

「愛衣さん」

 ちょうど今来たばかりらしく、制服の愛衣が近寄る。

 そしてもう1人……、

「淡里深恋さんですよね?」

「うん! こうして話すのは初めてだねっ。気軽に深恋って呼んで」

 赤みがかったショートの黒髪を右耳にだけ掛けた上品さとカリスマ性のある女性徒、淡里深恋のことはよく知っている。

 若干人見知りのある紫音も、こうして踏み込んできてくれると緊張よりも嬉しさが勝つ。

「よろしくお願いします。深恋さん。私のことも紫音でいいですよ。…2人とも良かったら私達と一緒に訓練しませんか? 敵同士ではありますけど、演習場には他にも生徒がいますし、固くなっても仕方ないでしょう」

 紫音の意見はごもっともだ。

 演習場は広大で、一次試験の際は闘技場として使用される程だ。周りの目を気にして練習に身が入らないのでは本末転倒と言える。

 深恋は当然快諾した。

「うん! やろうやろう! 紫音のペアって紅井くんだよね? 彼とお手合わせしてみたかったんだー」

「お手合わせ…ですか?」

 紫音が聞き返す。

「うん。…同じ剣士だからね。……迷惑かな?」

 心配そうな深恋に首を振る紫音。

「そんなことないです! 勇士さんも受けてくださると思いますよ」

 深恋が満面の笑みを浮かべてお礼を述べる。

 それから紫音は2人が着替え終わるのを待ちながら、考えた。

(…深恋さんなら勇士さんの本気を少しでも引き出せるかもしれない。私は紅華鬼燐流を知らないけど、監視カメラに勇士さんの闘いが映れば武者小路学園長が何か気付くかもしれない。……この程度の貢献で済めばいいのですけど)

 そこまで考えて、少し顔を伏せる。

(……深恋さん、利用するような真似をして申し訳ありません)

(……紫音も大変ね)

 愛衣は視線を動かさず、紫音の動きを捉えてそんなことを思った。



 ◆ ◆ ◆



 第3演習場。

 見た目は演習場、とは名ばかりの完全なコロシアムスタジアムだ。床が特殊素材で作られた円形のフィールド。フィールドの周りはずらりと観客席で囲まれている。一般的な野球場やサッカースタジアムよりは規模が狭いが、それでも十分過ぎるほど広い。

「お手合わせ? ハハっ。いいよ、やろうか」

「ほんと!? ありがとう!」

 愛衣たちの着替えを待った為、待たせてしまったことに嫌な顔一つせず、勇士は深恋からの申し出を承諾した。深恋と勇士も初対面だったが、お互いの性格がプラスに働いたらしくすんなり仲良くなった。

 深恋が愛衣に告げる。

「愛衣。ごめんね。折角の練習時間なのに」

「今更気にしないでよ。どうせだから深恋の実力を見せてもらうわ」

 深恋が得意気に笑む。

「いいわよ。見せて上げる」

「でもまあ、紅井も強いから程々のところでやめてね。テストに差し障りが出るのは勘弁よ。…紅井もそこんところ、よろしくね」

 勇士が指でOKを作る。

「安心してくれ」



 勇士と深恋がスタンバイする。

 演習場には他にも生徒がいるが、勇士と深恋の勝負に興味を示さない者はおらず、自然と2人が存分に戦えるように広がった。

 勇士と深恋が数メートルの間隔を空けて対峙する。両者の腰には刀がささっている。

「淡里さん。周りに被害が出るのは困るからお互いジェネリックの使用は無しにしないか?」

 深恋は横目で愛衣を見る。

 勇士の意見には賛成だが、実力を見せるという話だったので確認を取ったのだ。愛衣は何も言わずに首肯してくれた。

「いいわよ! 純粋な剣技のバトルと行きましょう。……愛衣。掛け声お願いできる?」

 愛衣が仕方ないな、と肩を竦め、ポケットからコインを取り出す。

「でも大声張り上げるの苦手だからこのコインが床に落ちたらスタートでいい?」

 深恋と勇士が頷く。

 愛衣は2人の態勢が整ったのを確認してから親指でコインを弾く。くるくる回ったコインが宙に浮き、落下していく。そして床に鈴のような音を立てて落ちた。

 勇士と深恋の姿がぶれる。

 直後にカキンッ、と金属音が響く。

 それだけで周囲の生徒は2人に釘付けだ。

 鍔迫り合いからすぐさま剣戟の応酬となり、両者一歩も退かず刀を振るう。深恋が刀を振り下ろすと勇士は躱すことも受け流すこともせず斜めに構えて受け止める。男と女の力量差が顕著に出た。

 勇士は力任せに刀を弾き返し、深恋の刀が両手で握ったまま持ち上げられる。ガードの緩いに脇腹に向かって刀を横薙ぐ。

 深恋は刀を即座に下に引っ張る。しかし間に合わない。刃で刃を受け止めることは不可能だと勇士の動体視力で判断する。

 しかし、深恋は刃で刃を受け止めず、柄を握る右手と左手のほんの僅かな間に勇士の刀を当てて弾き返した。

(!? 凄い動体視力だな!)

 これには観客や勇士も驚かされる。

 深恋は刀を弾き、一瞬の内に上段に構え、振り下ろす。どうやら彼女の剣術は剣道に準ずるもののようだ。勇士はその振り下ろしを僅かな重心移動で躱す。

 深恋は清廉潔白な性格だが手加減も手心もない。彼女のカリスマ性はそういうところから来てるのだろうか。

 勇士は僅かな動作で躱した直後、瞬発的に再び刀の峰で深恋の首筋を狙う。彼女はまだ振り下ろしで空振ったままだ。

 深恋は少し手首を捻り、おかしな角度で刀を床に打ち付けた。

 演習場内に嫌な音が響く。まるで黒板を爪で引っ掻いたような刺激音。鼓膜から脳へ、電撃が雑に這い回るように伝わる。

 勇士の手元が少し狂い、刀の軌道が逸れる。

 深恋は上方に逸れた刀を顔を少し伏せて躱し、下段から刀を振り上げる。

 勇士は刀を両手で振った直後だ。野球のバッターが球を打った直後のように隙だらけな胴体を晒している。勇士は足に力を入れ、後方に大きく退き、躱した。

 紫音はそれを見て驚く。

(勇士さんが最初に退いた!?)

 そう深恋が勇士を退かせたのだ。

 深恋はぱっちり開いた瞳でチャンスを捉え、刀の切っ先を勇士に向け、突き出す。

 これは躱すか受流すかしないと駄目だ。

 切っ先を向けられた勇士。当たれば重傷だ。深恋の思う通り躱すか受流すかしなければならない。

 勇士は小さく笑った。

 見開く目で深恋の刀を確認、そして片手持ちで刀を突き出した。

 深恋の刀の切っ先が、勇士の刀の切っ先によって受け止められる。

「!?」

(寸分のたがいも許されない技術…。動体視力なら負けないってことなのかな)

 深恋や紫音、他の生徒達が驚く中、勇士はフェンシングのように刀をくるっと操って深恋の刀を上げる。

 勇士が加速法アクセル・アーツで接近するが、深恋もすぐ反応して鍔迫り合いとなり、怒涛の剣戟がまた展開される。

 しかし1分もしない内に両者跳んで距離を取った。

 数秒見詰め合った後、ふっと笑って構えを解く2人。

「この辺でめにしようか」

「賛成。このままじゃ収拾つかなくなりそうよ」

 ギャラリーと化してた生徒達は張り詰めた糸が緩んだように胸を撫で下ろした。見ていて心臓に悪い。

 勇士と深恋は握手を交わした。



 それを見ていた琉花と愛衣は。

「はぁぁ、何事もなく終わって良かったです。いくら規則で凶器と成り得る武器の使用が許可されてると言っても、ここまで躊躇なく刀を振るうなんて…」

「お互い躱されること前提だったみたいだからいいじゃない。…それよりも深恋予想以上にやると思わない?」

 紫音が苦めの表情になる。

「ええ……レベルで言えばC級はあるでしょうね」

 分かっていたことだが、確かに強かった。動体視力や反射神経は紫音よりも上だ。単純に中間テストで強敵となる。愛衣がペアなら尚更だ。

 そして、紫音が顔を観客席側にある一つの出入り口を見上げる。そこに先程までいた人物がいない。

「どうかしたの?」

「あ、いえ…漣さんは平気かなって…」

 愛衣に顔を覗き込まれ、咄嗟にそんなことを口走る。だがそれも事実だ。

「ああ、ペア青狩くんだもんね」

 紫音は咄嗟の発言とは言え考え込む。

「はい……悪い人ではないと思うんですけど…」

 普段の彼の態度からは想像しにくいが、皆より少しは知っているのでそう言えた。

「そう言えば前の中学一緒なんだっけ?」

「はい。2年ともクラスは離れていたので面識は少ないですけど」

「…今みたいにすれ違う度睨まれていた?」

「そんなことないですよ。普通だったと思いますよ?」

「話さなかったの?」

「いえ全く。何度か機会があったので私から話し掛けたことはあるんですが、全部生返事で今と同じ感じです」

「…へえ、そう」

「漣さんなら上手く付き合えると思うんですが……心配です」

「大丈夫よ。湊なら」

 断言する愛衣。

 その表情には並みならぬ自信があった。




 ◆ ◆ ◆

 


 猪本圭介は、第三演習場から伸びる廊下を歩いていた。

 紅井勇士と淡里深恋の戦闘を思い返す。

(紅華鬼燐流は二刀流。紅井くんは刀一本でも違和感のない闘いをしていたが……最後、淡里さんの刺突を受け止めた時、彼は片手持ちだった)

 勇士は切っ先を切っ先で受け止めた時、片手で刀を持っていた。

(…これで決め付けるわけにはいかないが、紅井くんが片手でも刀の精密な操作ができることが判明した)

 そして、もう一つ判明したことがある。

(…紫音ちゃんは嘘をいてはいなかった)

 朝、学園長室で紅井勇士の刀が紅華鬼燐流かもしれないという告白を受けた時、様々な可能性から少なからず疑っていた。

『あの家』がこんな簡単に発見できるのか、とか、紫音が好きな人の為に動くかもしれない、など。特に前者が強い。『あの家』の人間がいきなり傍にいると言われて信じるのは無理がある。

(疑ってごめん、紫音ちゃん)

 軽い自己嫌悪に苛まれながら歩いていると、進行方向に1人生徒が佇んでいることに気付く。

 その生徒を見て、猪本が表情には全く出さず、嫌な気分になる。

 人気のない廊下で、その生徒が真っすぐに見詰めてくる。無視するのは無理そうだ。

「おや、どうかしたのかな? 来木田くるきだくん?」

 来木田岳徒(がくと)

 アシンメトリーにした灰色の髪。身長、体格は平均的な中学三年生よりも一回り大きく、漂う冷静さからもう少し年上に見える。テストに向けての練習時間だというのに制服を着たままだ。

『御十家』の一つ、九頭竜川家傘下、来木田家の直系。

 来木田岳徒は不愛想なまま猪本に対して声を出す。

「どうやら武者小路一派は紅井勇士に御執心のようですね」

 敬語だがその声音に尊敬の心は無い。

 猪本は肩で笑う。

「さあな。それよりも訓練の方はどうなんだ? ペアとの連携は上手く行ってるか?」

「…学園の意には沿いますよ。自分勝手やって低評価もらうような間抜けな真似はしません。…青狩くんじゃないんですから」

 侮蔑を込めて言う岳徒に溜息をつく猪本。

「もういいか? こう見えて学年主任なんでね。色々と忙しいわけよ」

「九頭竜川家からの伝言です」

 岳徒の横を通る足が止まる。息を呑む猪本に更に告げる。

「武者小路家が誰をどうのように探ろうと興味はない。しかし、四月朔日わたぬき紫音を巻き込むことはやめて頂きたい」

 岳徒は続けて。


「我がの婚約者に手を出す愚行は貴殿らも重々承知しているであろう?」


 猪本が心の底から拒絶を露わにする。

「以上です」

「……その話、四月朔日家は断ってると聞いたけど?」

「見苦しい足掻きでしかありません。武者小路源得様が学園長を務めるこの学園に入学させたこともくだらない悪足掻きの範疇です。私も念の為に入学しましたが、どちらにしろ何も変わりません。……紫音様が九頭竜川の妻となることは決定事項です」

 猪本が舌打ちをする。

 暴論にも聞こえるが、大方言う通りなので憎たらしい。

「…呑気だねぇ。今の紫音ちゃんの心が誰に向いてるか、来木田くんも知らないわけじゃないだろ?」

「問題ありません。紫音様が誰に恋していようと単なる若気の至り。その程度で気分を害する程、九頭竜川は狭量ではありません。……それに、仮に紅井勇士という生徒には『何か』あるかもしれません。多摩木要次の研究所での報告書は私も見ました。確かに目を張る強さですが……結局はただの力ばかり鍛えた子供ですよ。そういう意味では漣湊くんと速水愛衣さんの方が良い働きをしています。……紅井くんのバックには『何か』いるかもしれませんが、九頭竜川家に敵うとは思えません。本家も私と同意見です」

 岳徒の言う事はごもっともだが、猪本の心に余裕が生まれる。

(甘いぜ、お前も、九頭竜川も)

「あっそうですかい。そろそろいいか? さっきも言ったが、中間テストの準備で忙しいんだ」

「……申し訳ありません。御時間を取らせてしまって。失礼します」

 一礼して歩いて行く岳徒の足音を聞きながら、猪本も歩いて行く。

(もしかしたら……『あの家』と九頭竜川が激突することになるかもな)

 そう考えたら、ゾッとした。



 ◆ ◆ ◆


 

 十数分前。

 湊はGクラスまで足を運び、あたかも自分のクラスのように堂々と入っていった。

 まだたくさんいる生徒達が湊を凝視する。

 湊は青狩総駕(そうが)の前まで行き、一言。

「迎えに来たよっ」

 総駕は目を細めて嫌悪と苦手な感情を見せる。湊はにこにこしたまま総駕が準備を終えるのを待ち、教室を出た。

「おい、マジかよあれ」「朝の話本当だったのね」「青狩を完全に手懐けてるよ…」「力の紅井勇士。知の漣湊…」「湊くん…影の王様…」

 2人が出て行った後の教室で、そんな話がされていた。



 湊と総駕は目的地に着いた。

「よし、総駕くんは何食べる?」

 食堂の券売機の前で湊が聞く。

「ちょっと待て! なんで食堂なんだ!? 練習するんじゃなかったのか? それに名前で呼ぶな!」

 すかさず突っ込む総駕。

「一度にそんな言わないでよ。まず食券買いなって。後ろの人待たせてるよ?」

「後ろなんて誰もいねえよ! みんな演習場やグラウンドで練習してるんだよ!」

「そんな大声出して疲れない?」

「誰の所為だよ!?」

「ほら、何食べたい?」

「ッッッッ!」


 湊にされ、結局総駕も食事を取ることになった。

 晩御飯に差し支えてはいけないので、湊は半ライスの魚定食にしたが、総駕は『なぜか』今日一日で大量のカロリーを消費したらしくがっつりしたカツカレーを頼んだ。「ヤケ食い?」「うるさい黙れ死ね」という会話があった。

 誰もいない食堂で湊と総駕は向かい合って座り、「いただきます」と湊が手を合わせる時には総駕はもうカレーを食い荒らしていた。

「少し飛び散ってるよ。綺麗に食べなって」

「うるさい! …それで! お前は何がしたいんだよ! 練習はいいのかよ!」

 湊が微笑する。

「練習練習って、意外とやる気なんだね」

 総駕はカツをガリっと半分に千切り噛む。

「テストだぞ? やる気の問題じゃない。それなのに……」

「まあ落ち着けって。今の俺達の状態で連携を練習したって上手く行きっこない。まずは親睦を深めよう」

 緊張感のない湊の言葉に嘲笑する総駕。

「親睦ぅ? はっ。笑わせんな。どうやって俺の機嫌を取るつもりだ?」

 その総駕の発言に、今度は湊が嘲笑した。

「え? なんで俺が君のご機嫌取りなんてしなくちゃいけないの? 俺はあくまで対等に望むつもりだけど?」

「ああ?」

 お互い手を止め、総駕は睨み、湊は余裕を感じさせる瞳で見据える。

(こいつ…ホントいきなりだな…)

「……結局何がしたいんだ? お前は?」

「はは、そんな怖い顔しないでってば。ただ仲良くなりたいだけだよ」

 湊は柔らかく笑い、目線を外して魚を頬張る。

 総駕は先に目を逸らしたら負けだと思っていたが、あっさり引いた湊に怪訝さを増した視線を送る。だがその湊の姿は落ち着いてご飯でも食べなよ、とでも言っているようだったので、総駕も渋々カレーに手を付ける。

 二口ほど食べたところで、湊が口を開いた。

「ぶっちゃけさ、総駕くんが憎いのって勇士だけでしょ? 俺じゃないじゃん。まあ今日のことで悪印象与えちゃったかもしれないけどさ、とにかく君に近付く為だったってことで多めに見てよ」

「…………は?」

 当然の如く、総駕が疑問の声を出す。

「なに勝手に話進めてんだ? 憎いのが紅井だけ? どこからその理屈が来てやがる」

 総駕が勇士達5人を憎く思っているのは有名な話だ。

 デパートで敵を打倒したことや、敵のアジトから生きて帰ってきただけで調子に乗っていることなどがが気に食わない。理由も明確化されている。

 しかし湊はあっけらかんと、述べた。


「だってわたぬきが好きなのは勇士だけだよ? 俺まで嫌われてはいないよね?」


 カラーン、とスプーンを皿に落とし、開いた口が塞がらなくなる総駕。

 嫌悪や怒り、疑念など湊に抱いていた感情が全て吹っ飛ぶ。思考の迷路へ真っ逆さまだ。

(……なんで? ボロを……出したのか…? カマかけ…てる……?)

「え…あっ、あいや! なっ、ななななんのことだ!? それじゃまるで……」

 何とか気を取り直す総駕《図星丸出しだが》に、容赦なく湊が言ってのけた。

「好きなんでしょ。紫音わたぬきのこと」

 もはや疑問調ではない湊。

「聞いたよ。中学一緒なんだってね。その時に何かあったんじゃない? わたぬきって性格面はほぼ完成されてるからね。恋に落ちても仕方がないよ」

 マシンガンのような不意打ちを急所に受け、動揺が表に出てしまう総駕は見ているのも可哀想になってくる。

「俺の予想だと、勇士《恋敵》やわたぬき《好きな人》に関する話を知り合いとする時にぶっきらぼうな態度を取ってたら、その噂が一人歩きして「俺達5人が調子に乗ってて嫌い」なんて言われるようになったんじゃない?」

 その通りだった。

 確かに勇士のことはよく思っていないが、それだけだ。調子に乗ってるとかそんなのではない。

 なのに元々感情表現が苦手だったことや、つい琉花と口論してしまうこと、いざこざを起こしてしまうことなどが祟って、変な噂が早くも取り返しが付かないところまで来ていた。

 それを湊は何てことないように理解してくれている。不覚にも涙腺が熱くなった。

 だがそう簡単に認めるわけにはいかない。そこは総駕の矜持の問題だ。

 例えバレバレだったとしても、隠し通しているというていにしておきたい。

「し、知らねえし! 何の話してんだよ!」

(認めねえぞ! よく分かんねえがコイツは確信を持ってる! 何を言われようと絶対認めねえ!)

 動揺を越え、総駕の心が固く成長した。鋼の心と化してもうどんな『真実』にも揺さぶられない。

 しかし湊は晴やかな笑顔を浮かべ、

「そっか、ごめんね。変なこと言って。冷めない内に早く食べよ」

 それ以上追求してはこなかった。本当にご飯を食べ始める。

「………っ」

 カマを掛けて失敗した? 違う。元から認めさせるのが目的ではなかったのだ。

 それなら何が目的か?

 最初から言っていた。親睦を深めること。仲良くなりたい。

「……ハハっ」

 一人笑いをもらす総駕を、湊は箸を咥えながら目をやってくる。

 ……総駕の鋼の心をあっさりと砕いた。

 この女みたいな男と親睦を深められたかは疑問だが、

(……俺はもう………認めちまってる…)

 総駕が、頭を下げた。

「負けた。お前の勝ちだ。すげえよ、お前」

「……あはは、別に勝ち負けを競ってるつもりはなかったんだけどな」

 とぼけたりせず、湊は応えてくれた。

「それでだな…その…」

「分かってる。このことには誰にも言わない。ペアを信用しようぜ」

 敵わないな。

「……なあ、いつ気付いたんだ? 俺何かボロ出してた?」

「え、見てたら気付いただけだけど? 総駕ってばわたぬきを見掛ける度に通常より少しだけ頬を赤くしたりチラ見が激しかったりするんだもん」

(愛衣も気付いてるよ)

 大したことではないとでも言いた気な湊だが、総駕にその意思は伝わらなかった。

 総駕が人生で最大と言えるくらい首を傾げる。

「見てれば? 通常より? ……お前何言ってんだ?」

「まあまあ、気にしない気にしない。それよりも本当に冷めちゃうよ?」

 パクパクと食べる湊に総駕は「ちょ、おいっ」と声を上げるが相手にされない。

「話は終わって…」

「カツもーらいっ」

「あ、おい!」

「(もぐもぐ)…うんめええっ」

「てめえな……っ」

「学食のご飯ってレベル高いよね」

「………………はああああぁぁ」

 諦めたように溜息をつき、大人しく皿に落としたスプーンを掴んで口に運ぶ。

「……ところでお前帰国子女なんだって?」

「そうだけど」

「話聞かせてもらっていいか?」

「留学に興味あるの?」

「俺の爺ちゃんがアメリカ人だったんだよ。それでなんとなく」

「クオーターだったんだ」

「まあな」

 ……こうして、二人は親睦を深めていった。

 湊は見事に成功したのだった。

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