第2話・・・出現_フォース_ギャング・・・
(こっちに向かって来てやがる)
そう確信した瞬間、暗い路地をこちらに向かって走ってくる男たちが姿を現した。
「な、なんだなんだ!?」
「ちょ……」
ロケットとアリソンが慌てふためく。
無理もない。目の前の男達、計5名は顔が厳つく内2名は普通に暮らしてたら付かないような傷を額や目に付けている。そして全員、銃を所持していることが決定的だ。
どっからどう見てもギャング。しかも何人かは目に見えるところに王冠みたいなタトゥーが見える。
『グランズ』だ。
アリソンが戸惑った様子で湊の手を取りながら叫ぶ。
「は、早く逃げよう! 危険だよ!」
(いや…違う)
だが湊は心の中で静かに否定した。
(危険が迫ってるのはギャングの方だ)
それを証明するかのように、ギャング達が震えた声で叫んだ。
「が、ガキ共! 逃げろ! ここは危険だ!」
「え?」
アリソンが目を丸くする。
ギャング達をよく見てみると、こちらを襲うというより何かから逃げている様子だ。汗をかき、息を切らせつつも全力疾走で体を動かす。
命の危険を感じさせる程に切羽詰まっている、そんな感じがした。
湊は深入りはせず一般人らしく逃げきるべきだろう、そう思った時だった。
ここら一帯が『それ』によって囲まれた。
(結界か)
司力という、言わば異能力が当たり前となった現代。
一部の人間の体には気という力が流れるようになっていた。司力の源であり、今の世界の根幹。
この結界……正確には結界法と言うものは、その名の通り対象を囲み、逃げ場を無くしてしまう法技。
(範囲はこの路地周辺か……それに結界法は上級法技…B級の上位者でもなければ使えないはず……)
大通りの広さはあるが、人気の少ない路地。夜となってはもう誰もいない。
湊が探知した限り、結界の中にいるのはアリソン、ロケット、ギャング『グランズ』の5人、そして自分の8人だけ。
いつの間にギャング達は湊達の所までたどり着き、庇うように背を向けた。そしてたった今自分達が走ってきた方へカチャっと銃を構える。
「ガキ共! とっとと逃げろっつてんだろ!」
「な、何が起きてんだよ!」
我慢できずにロケットが叫び聞くと、ギャングは叫び返した。
「ミイラ男が出たんだよ!」
その単語に、ロケットとアリソンの二人が息を呑む。
刹那、ギャング達が走ってきた方角から、『何か』が来た。
暗い雰囲気を発した、『何か』が。
「……え」
そう呟いたのはアリソンだった。
目の前から迫ってくるその『何か』の異様な姿に、呼吸の仕方を忘れてしまったように咳き込む。
その『何か』は、正にミイラ男だった。
全身にボロボロな包帯を雑に巻き、ゾンビのような重い足取りでこちらにゆっくりと歩いて来ている。
両手からは包帯を2,3本ずつだらっと垂らしている。辛うじて見える体のパーツは目ぐらいだが、それは魚の目のように大きく見開き、血走っているように見える。目周りの肌は真っ黒で、褐色肌ではなく、焼け焦がされたような肌だ。
見ただけでヤバいと断言できる。
「な、なんだよあれ!?」
ロケットが過呼吸気味に叫んだ。
「いいからとっとと逃げろ!」
ギャングの一人が叫ぶが、別のギャングがその言葉に首を振る。
「いや、無理だ。結界を張られてる。そいつらは見たところまだ中坊だ。結界を破る術がない」
湊は今発言した目に傷を負ったギャングを横目で見る。
(士はこの人だけか…)
「だったら俺達が引きつけてる間にそのガキ共を連れて逃げろ! 結界を破る方法はあるんだろ!」
「ああ、あるにはあるが……ッ」
目の傷のギャングは最後まで言葉を続けず、銃を構えて3発発砲した。
前を見ると、ミイラ男が腕を振って包帯を3本こちらに飛ばしていたのだ。
気を纏った弾丸が、迫って来ていたミイラ男の包帯に当たり、攻撃を逸らす。包帯と弾丸が当たった時に本来聞こえないはずのカキンという金属音が鳴った。
目の傷のギャングが強く言う。
「やっぱり無理だ! 士じゃない奴が足止めできるような相手じゃない!」
「じゃあどうすんだよ!」
「それは……」
チラッと、ギャングが湊達に目を向け、複雑な表情をしてミイラ男に目を向ける。
「俺が倒す…」
「無理だ! あの化け物にお前の弾まるで効かなかったじゃねえか!」
「でもそれしか……」
またも、ギャングの言葉が続くことは無かった。
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!」
アリソンの絶叫が響く。
悪寒がして、弾かれるようにロケット、ギャング達が視線を前に向ける。
そこには、ミイラ男が8人の斜め上空に飛び込んできていた。
「なッ、いつの間に!?」
ギャングやアリソン達が叫ぶ中、湊はあくまで冷静に思考した。
(加速法も使えるのか)
気を足に貯めて、一気に発散することで瞬間的に速度を上げる法技だ。
ミイラ男は空中で体を反らし、戻す勢いを使ってこちらに包帯を飛ばしてくる。金属音が鳴る包帯が普通なわけがない。
その包帯が計5本、こちらに飛んでくる。
だがその包帯は全て、目に傷のギャングへ向かっていき、腕や脚、胴体に絡みついた。
(士を狙ってるのか…? 今までの被害者には一般人もいたはずだが…気を目の前にするとそれに飛びつくということか?)
湊が思考している間に、目に傷のギャングに異変が起こった。
「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ギャングはその場に倒れ込み、包帯が巻き付いた身体部位から灰色の煙が立ち昇っている。そしてその部位から皮膚が変色していき、冬の落ち葉のようにカサカサになってきていた。
…そう、まるで木乃伊のように。
「これが…ミイラ……」
ロケットが青ざめた顔で、呟いた。
■ ■ ■
結界に囲まれた人気のない路地。
そこには湊、ロケット、アリソンの3人と士である目に傷の男を含むギャングが5人。
そしてもう1人。
もう1体と言うべきか。
自我を感じない包帯だらけのミイラ男が1人。
そのミイラ男の包帯が目に傷のギャングに包帯を巻き付けてミイラ化を図っている。
「お、おい!」
「やべえよこれ!」
周りのギャングが叫ぶが、怖くて近付けないようだ。
湊は取り乱しを装いながら、分析した。
(包帯で巻かれ、焼かれたからと言ってあそこまで動けなくなることはない。火事場の馬鹿力みたいなので少しは動けてもいいはず。…それができないということは、〝鎮静系〟。俺と同じ系統か。…そしてあのミイラ化現象。おそらく相手の水分を蒸発させてる…。〝鎮静系火属性〟か)
気には、一人一人質と呼ばれる特性がある。
質は系統と属性の2つに分かれ、一人が司る質は一種類のみ。
系統は〝強化〟〝拡張〟〝炸裂〟〝協調〟〝具象〟〝凝縮〟、そして〝鎮静〟の7系統。
属性は〝火〟〝水〟〝雷〟〝土〟〝風〟の5属性。
研究者が数百年の時を掛け、最終的に質をこの7系統5属性に絞ったのだ。
湊は分析を進める。
(鎮静の特色は『性能、性質の低下』。あの包帯はあり得ない硬度から考えても特別性の士器と見るべき。あの包帯を媒介として鎮静の気を伝導し、対象者の身体能力や意識を一時的に下げる。その間に火で対象者の水分を蒸発させ、殺す。それがあのミイラの司力か。……レベルはC級の中位と言ったところかな?)
ミイラ男に対する最低限の分析を済ませる湊。
そうこうしている間も目に傷の男の死は刻一刻と迫っていた。少しだが平常心を取りも出した周囲のギャング達が包帯やミイラ男に向かって発砲するが気を纏っていない弾丸ではあの包帯に傷一つ付けることができない。
(俺の司力なら周囲に気付かれず場を治めるのは簡単だけど……)
チラッと、湊の目が『一人の人物』を一瞥する。
(うん、やる気になったみたいだし、ここは『彼女』に任せようか)
次の瞬間、湊の結い上げた夜色の髪が風に揺れた。
今の今まで湊の隣に立っていた『彼女』が加速法で高速移動したことによる風圧だ。
「え!?」
「な!?」
「ちょ!?」
ロケットを含む何人かが声にならない声を上げる。
大きい衝撃音がしたと思ったら、『彼女』は一瞬にして目に傷の男を救い出し、ギャング達に向かって投げつける。
『彼女』は鋭い視線をミイラ男に向け、ギャング達に代わって湊達を庇うように立つ。
他のギャング達に支えられながら、目に傷の男は『彼女』…アリソン=ブラウンの背に向かって、消え入りそうな声で言った。
「お嬢……」
■ ■ ■
士の素質の有無は小学生の早い段階で分かる。
だが小学生の内では気の制御が効かず、暴走する可能性があるので、リミッター系の士器で強制的に制御をする。そして体が気に耐えられる中学3年生、14,5歳頃まで成長するのを待つ。
湊、ロケット、そしてアリソンは今現在中学2年生。歳にして13,4。
実は3人とも士の素質があると既に診断されているのだが、まだまともな教育も受けていない。現時点での戦力は一般人と同等のはず。
それなのに、目の前にいるアリソンは明らかに気を使いこなしていた。
「え!? お、お嬢って……どういうことだよ!?」
ロケットが意味不明という表情でギャング達に聞き振り返る。だがギャング達が風貌に似合わず頼りなさ気に視線を逸らす。
「おい!」
ロケット自身、自分のコントロールが効かず、本能の赴くままに叫んでいる。
そこへ、綺麗な声が割って入った。
「ごめんなさい」
言うまでもなく、アリソンだ。
視線をミイラ男に釘付けたまま、振り返らずに謝罪した。
「ミナト、ロケット。今まで黙っていてごめんなさい」
「お嬢! それ以上は…」
「いいの。私とは何の関係もないように振る舞ってくれてありがとう。……でも、もういいの」
ギャングの一人が悲し気に叫ぶが、アリソンは静かに制する。
そして。
「私はギャング『グランズ』のボス・ロベルト=ブラウンの娘、アリソン=ブラウン。…士としての教育は父から受けてたわ」
あっさりとした告白。
ロケットは数度瞬きして、現実が受け入れられない様子。
ギャング達は涙を流してお嬢ぉぉと呻いている。俺達の所為で友達が減っちまう、とでも思っているのだろう。情には滅法熱いようだ。
そして湊と言えば。
(まあ、知ってたけどね)
と思いつつも顔を伏せて一応理解が追い付いていない風を装う。
「で、でも!」
最初に口を開いたのはロケットだった。以外にも現実帰還が早い。
「い、いくら士としての教育を受けてたからってそんな化け物に勝てねえよ!」
「化け物じゃないわ」
「っ」
「自我は失ってるみたいだけど、このミイラ男も士よ」
「で、でも……」
「心配してくれてありがとう。………マシュー」
「は、はい」
目に傷の男が切れ切れの声で返事をする。
ギャングのボスの娘という風格がアリソンにはあった。
「結界を解くことはできる?」
「す、すみません……。もう気が…」
「そう、分かったわ」
周囲には結界。
目の前には敵。
逃げ切ることは不可能。
アリソンは、改めて手に持っていた武器を構えた。
それは二本の特殊警棒。伸縮式の、45センチ長の黒い警棒だ。
「みんなはできるだけ離れてて。…私がやるわ」
その言葉からは覚悟が伝わってきた。