第2話・・・『宝具』と『妖具』_姉_縮まったかな?・・・
夕方の5時半頃。
湊は二者面談を終え、サークル活動を終えて寮に帰っていた。
部屋に入ると、珍しく勇士が湊より先に帰っていることに少し驚く。運動サークルの勇士は湊より帰りが遅いからだ。
勇士は激しい運動をした後のはずだが、休んでいるどころか勉強をしている。
自分用の勉強机に向かい、一心不乱にシャープペンを走らせている。脇に何かの本を置いていることから、その内容を要約しているようだ。
さすがは優等生だと湊は心中で苦笑した。
「あ、湊。おかえり」
湊の帰宅に気付いた勇士が手を止めて顔を上げる。
「ただいま。今日は早いんだね」
「うん。今は大切な時期でもあるからオーバーワークは避けるべきだって」
「なるほど。…それ、何読んでるの?」
湊は荷物を置いて床に勇士の机の上の本に視線を移す。
勇士は片手で本を持ち上げて表紙を見せながら答えた。
「『宝具』と『妖具』についての本」
「それって、今日授業でやった内容じゃん」
「うん。受けてみて結構知らないことが多かったからさ。予習と復習を兼ねて」
「勇士は本当に優等生だねー。…でも勇士ってそういうこと詳しそうだけどな」
『宝具』や『妖具』はそのほとんどが武器だ。
純粋な戦士の勇士なら詳しいものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
勇士は苦笑しつつ頭を振って、
「俺は今まで鍛えてばっかりで学業の方は一般教養レベルなんだよ、本当に。『宝具』や『妖具』についても時々自分なりに調べてたんだけど…やっぱりちゃんと勉強しなきゃダメだね。身に付かない」
どこまでも優等生でイケメンだな、そう思わずにはいられなくする男だ。
「熱心だな。…ていうか、勇士の刀って『宝具』だったりしないの? それだったら勇士の強さにも納得がいくんだけど…」
勇士は机に掛けてある刀の入ったケースを手に取り、薄く笑う。
「これは『宝具』じゃないよ。『源貴片』なんて埋め込んでない」
『宝具』。
士器の中でも特殊な工程且つ希少な素材を用いて出来上がった代物。
『宝具』を作る上で最も重要な物は『源貴片』と呼ばれる素材だ。
仮に千年に一人の天才職人がいたとしても、これが無ければ『宝具』の域までは達しない。無論、天才職人が必要ないわけではない。
『源貴片』とは、多くの場合が自然的にできた物だ。そしてそれは謎で未解明のものが多い。
現在確認されているものから例に上げると。
北極で発見された、大気中の気がドライアイスのように凍った結晶体。ただ気が凍っただけでは『源貴片』にまでは至らないが、その結晶体に触れた者は数秒としない内に体内の気の半分近くを『内側』から凍らせられたという。
原理は未だ不明。
60年前に落ちた隕石の欠片。S級士3人のおかげで大きな被害を出さずに済んだ災害。その時、2人分の高出力気が隕石とどう反応したのか、欠片となった隕石はS級並みに高密度な気を三系統も帯びていたという。
原理は未だ不明。
『宝具』とは、それらの謎の物体『源貴片』を技術を結集して士器へと昇華させた代物だ。
「『源貴片』なんて簡単に手に入るものじゃないよ」
勇士が肩を竦め、湊は「だよね」と呟きながら同じように肩を竦める。
(まあ、勇士のバックにいる連中なら幾つか持っていそうだけどね)
「でも『宝具』は欲しいでしょ?」
「どうだろ。力は欲しいけど、借りた力っていうのには少し抵抗あるかな…」
「でも『宝具』だってA級上位かS級ぐらいの実力がないと扱えないんでしょ?」
「それもそうだね。…でも『宝具』を扱うにも適正があるんだよな」
「ああ、『宝具』が人を選ぶって話か…なんかややこしいね。意思でもあるのかな」
「さあね」
湊は深く頬杖をついて顔を面白く歪ませながら、勇士を見る。
「勇士…本当は知ってるんじゃないの? そういうの」
「そういうのって…」
「『宝具』の意思とか色々。絶対知ってるでしょ」
勇士がどこかの凄い組織の一員であるということを湊は知っている。それは『聖』のクロッカスとしてではなく、友の漣湊としてもだ。
多少の邪推は仕方のないことだろう。
勇士は刀入れを元の場所に戻しながら、参ったなという感じに笑う。
「俺はあくまで戦闘専門だから、ちょっと偏りがあるんだ。………でも、『妖具』についてはそれなりに詳しいよ?」
少し雰囲気が変わった勇士に気付かぬふりをして湊は首を傾げる。
「へー、知り合いに『妖具』を使う人でもいるの…?」
「知り合いじゃないけど…前に言ったどうしても倒したい敵の1人に『妖具』使いがいるんだ。だから俺なりに結構調べてたんだよ」
「…なるほど」
(「あいつ」のことか…)
『聖』にコードネームがばれている隊員の1人である『妖具』使いを思い浮かべる。
湊は思考を切り替え、友としての湊になりきる。
「『妖具』って危険なのによくやるね、その敵さん」
勇士の目が鋭く光る。
仇敵を思い浮かべ、その憎しみが少し表れている。
「全くだ。『妖具』は人を呪い、苦しめ、堕とす。そんなものの力を使うなんて……他人はもちろんのこと、己すらどうでもいいと思っているとしか考えられない…っ」
『妖具』
そのほとんどが、『源貴片』を用いずに『宝具』並みの力を持つ士器だ。
だがそれは外道そのもの。
『妖具』は例外なく人を呪う士器なのだ。
多くの種類の中から1つを取り上げると。
とある強化系の刀鍛冶の一人娘が無惨に殺された。特に天才非凡など当てはまらない極々普通の職人はその強過ぎる怨念が気にまで反映した状態で一本の刀を作り上げた。
その怨念は刀全体に浸透しており、使用した者の気、筋肉、感覚を限界まで強化し、遂には脳のリミッターを外して半ゾンビのような状態になってしまうという。
そして、命枯れるその時まで他者を殺戮し続けるという。
使用者を妖怪のように化けさせることから『妖具』と名付けられた。
湊は制服のポケットから取り出したポッキーを咥えながら。
「その敵って『妖具』を使いこなしてるの?」
『妖具』も『宝具』と同じで扱いが難しい。
心を呑まれなければ強力な武器となるのは確かだ。
勇士は顔を顰め、渋々言う。
「………まあ、ある程度は」
(いや、結構使いこなしてるだろ)
「でもいつ心を呑まれてもおかしくない」
(それもそうだけどさ。考え無しに『妖具』使わせるわけないじゃん)
その時。
『どこか怯えてるような…もしかしたら恨みもあるような』
湊の脳裏についさっき二者面談の時にカキツバタが言っていた言葉がフラッシュバックした。
(……)
『妖具』を所持していることに対する怯え。
『妖具』を使ってでも殺したい相手への恨み。
(………まさかな。いや、でも…警戒は必要か? …可能性はゼロに近いが、ないわけじゃない。頭の片隅にでも入れておくべきだろうな)
「それはそうと勇士、今日練習量少なかったからってシャワー浴びなかったでしょ? 汗臭いよ」
「え、あ、ごめん」
「俺はお前の汗で興奮する女子とは違うんだから、気を付けような?」
「本当にごめんな! ちょっと今から風呂行ってくるよ!」
「せっかくだし俺も行くよ。……あ、勘違いしないでよ? 別に勇士が体を動かして垂らした汗水の刺激臭をもっと嗅ぎたいなんて風宮みたいなことをしたいわけじゃないからね?」
「湊それ琉花の前で言ったら殺されるぞ?」
「あはは、確かに」
湊は思考の片鱗も見せずに、いつも通りのやり取りをした。
■ ■ ■
愛衣もまた、湊と同じようにサークル活動を終えて自分の部屋に戻って来ていた。
ドアを開ける直前、既に友梨が戻ってきていることを確認しつつ、ドアを開ける。
「きゃっ……あっ、おかえりなさい。愛衣さん」
迎えたのは当然友梨。
可愛らしい声を上げたのは彼女が着替え中だったからだ。上半身下着状態の友梨を見て愛衣は「ごめんね」とすぐにドアを閉める。
「今日は早いのね? …それとも、限界が来たとか?」
「違いますよ。時には体を休めるのも必要ということで今日は早く切り上げたんです」
着替えを終えた友梨はふわふわな髪を整えながら言う。
実を言うと友梨は運動系のサークルに所属している。
紫音もそうだが、彼女はお嬢様と言っても『御十家』の一角で幼少の頃から訓練を積んできた才女。
対して友梨は違う。お嬢様系ではあるが、家柄も普通の、女の子。しかも、運動神経は文学系の愛衣と五分かそれ以下。
実技の授業でもこれといった差はない。
友梨が純粋な戦闘向きではないのは明白なのに、運動系に入った。
周囲の人々は友梨の意思を尊重して何も言わず、努力する姿に自分も励まされるのでそれで良しとしている。
そんな友梨の姿を一番近くで見ている愛衣は、なんとも複雑な気持ちだ。
「でも辛いんでしょ?」
「辛くはありません。凄く疲れるだけです」
「あらそう」
友梨が選んだ道なので、とやかく言うつもりはないが、母性本能をくすぐられてしまうので仕方がない。
「愛衣さん、二者面談はどうでしたか?」
今日、湊と愛衣が二者面談をすることを知っていたので、友梨は聞いてみた。
「別に、普通に終わったわよ。蔵坂先生とお話するの楽しかったわ」
「進路とかはもう決めてるんですか?」
「さあ。一応大学まで進学はするつもり。士って就職率高いからそんな心配する必要もないでしょ」
「愛衣さんは覚えが早いですしね」
「そうかな? 湊と同じくらいよ」
「漣さんも愛衣さんも同じくらい凄いですよ。加速法をあそこまで使いこなしてるんですから」
「それね。私が言うのもあれだけど、湊意外とやるわよね」
(元々中の上くらいの成績は取るつもりだったから、琉花たち含める五人のメンバーの中で湊だけ劣っちゃったらどうしようかと思ったけど、その心配しなくてよかったわ)
愛衣はそんなことを考えながら、晴れた気分になって友梨に聞き返した。
「そういう友梨は将来の夢とかあるの?」
聞かれた友梨が一瞬、らしくない暗い表情になる。が、それもすぐに引き、いつも通りの笑顔で応えた。
「私は普通の生活が送れればそれでいいですよ」
だが、一瞬浮かべた友梨の表情を見逃さなかった愛衣は真偽のほどを疑っていた。
時々垣間見せる友梨の表情。
(両親の話はあまりしないし、そういう話題を避けてる節があるのよね…)
まあ、士は家に厄介な事情を抱えやすいという話はよく聞く。
深く聞くのは酷かもしれない。
愛衣はさりげなく友梨に近付いてその柔らかな頭に手を置く。
これが愛衣にできる精一杯だ。
え?という顔の友梨に、愛衣は無垢な笑みを向ける。
「何かあったら気兼ねなく相談してね。私こう見えて頭良いから相談相手としては有能よ」
言われた友梨は目をぱちくりして、嬉しさと懐かしさが絡んだ柔和な笑みを浮かべた。
「…ありがとうございます。愛衣さん………姉によくこうしてもらったのを思い出しました」
「っ」
初めて友梨の口から出た家族に関する言葉に驚く。
だがそれで興味本位から詰め寄ったりするほど愛衣は愚かではない。
友梨の家族が良い人だということを知れただけで結構だ。
愛衣は友梨の頭から手を離し、目を輝かせる。
「へー、友梨ってお姉さんいるんだ。私もいるんだ。奇遇だね」
「そうなんですか? 愛衣さんのお姉さん……美人なんでしょうね」
「あれ? 今なんか微妙な顔しなかった? 私の姉って聞いて微妙な顔しなかった?」
笑顔で問う愛衣を前に、友梨の視線が泳ぐ。
「そ、そんなことないですよ? ただちょっと……」
言い淀む先を予測して愛衣が言う。
「魔性の女みたいとか思ってるわけ?」
「そ、そこまでは思ってはませんよっ」
「じゃあどれくらいまで思ってるわけ?」
「う、えっと…性悪女…ぐらい……もちろん良い意味でですよ?」
わざとらしく頬を膨らませた愛衣が部屋の真ん中に置いてある小さなテーブルに腰掛ける。
「まあ私と似たような性格っていうのは合ってるんだけどね…。友梨のお姉さんも友梨と似た性格でしょ?」
「そ、そうですね…確かに私と姉はよく似た性格をしていると思います…と言いますか、私が姉を尊敬して真似てるだけなんですけどね」
「なるほど。友梨が基本大人っぽいのに時々子供なところがあるのはただお姉さんの真似がうまくいかなかっただけなのね」
「な、なんですかぁ、それ…」
愛衣がクスリと笑う。
「今の友梨みたいな時のことよ」
「うぐっ」と友梨の表情が複雑に動く。
元が美少女なせいか、台無しにならない程度に可愛い。
愛衣はまたクスリと笑った。
一歩、友梨との距離が縮まったかな?なんて思う愛衣であった。




