第16話・・・シラーVS佐滝『決着』_勘弁_七・・・
佐滝は首から広がる衰退感を必死に振り払いながら、『聖』の隊員シラーと対峙していた。
(悪戯小僧……とは言ったが、自爆を演出する為に体内で気を暴れさせた直後に仮死状態を偽装するなんて、気の操作技術はもちろんだけど、それ以上に肉体と精神に莫大な負荷が掛かる。……陰陽師として『念心法』を習得するには極限の精神鍛錬が必要と聞くが、例に漏れず、ちゃんと優秀な士というわけか。
強靭な心身に裏打ちされた悪戯小僧としての不規則性。……嗚呼……厄介な臭いがぷんぷんするね!)
何よりも厄介なのは、今佐滝の首に貼り付いている御札だ。
『聖』で作られたという特別性の御札。鎮静や念人法と掛け合わさって体を侵食するような不快感と衰退感が襲う。
(この御札がずっと貼り付いているのはさすがにまずい……が、)
佐滝は冷静に分析する。
(この御札からどんどん気が抜けていくのを感じる。…あと五分もしない内に、簡単に剥がれる…っ)
「ちなみに言うと」
そんな佐滝へ、シラーがあっけらかんと告げた。
「その御札、もう簡単に剥がれるよ」
「ッ!?」
佐滝が片眉を歪め、何かに気付いたように見開く。
そして手を首の御札に伸ばし、爪を立てて引っ掻くように捲った。
……すると、先程は頸動脈も一緒に剥がれそうだったのに、数分経った今………ぺろっと簡単に剥がれてしまった。
「これ……ただの御札だねッ!?」
佐滝が苦渋の笑みを浮かべる。
「そう」
シラーがあっさり認める。
「今まで使ってた御札と同じだ。お前の首に貼り付けた瞬間だけ肌に吸着するよう気を操作しただけ。……『聖』の隊員は強過ぎる士器に頼らない。一定以上の性能の武器と、この身一つで戦うことを想定して訓練を積んでるんだ」
シラーがこてんと首を横に傾けた。
「だから安心しな。これから先、妙な士器が出てくることはないから」
「………その言葉も、嘘かいっ?」
ふっ、とシラーが仮面の裏から苦笑が漏れた。
「さあ、どうだろうね」
「悪戯小僧がッ! 顔は見えないけど、…よほどいい笑顔を浮かべてるんだろうね!」
その瞬間、佐滝とシラーが同時に動き出した。
腹から巨大な蛇『喰蛇の触腕』を生やしている佐滝よりシラーの方が機動力は勝っている。しかしそれは佐滝も重々承知している。
「『大蛇喰包:湿潜沼』ッ!」
佐滝が十八番の泥沼を蛇の口から吐き出す。……しかし、
「『水の巨塔』!」
放出された先に逆流する水の巨大な塔を立て、鎮静の水をたっぷり泥に混ぜて沼として機能させなくした。
(同じ手はそう食わないかッ)
「『禍邪二番・隆々回河』ッ!」
大量の水と御札が組み合わさる。水の中で御札が不規則に回転し、荒れ狂う巨大な水の竜巻が『喰蛇の触腕』ごと佐滝を呑み込まんと押し寄せる。
「嗚呼! いいねぇ!」
しかしここに来ても佐滝の愉快な余裕は崩れない。
「『大蛇喰包:牙蛇喰』ッ!!」
佐滝が気を込めるやいなや、己の腹から伸びるサイボーグのような蛇の口元に硬い土が集結し、巨大な〝岩の牙〟を生成した。
口から飛び出るように作られた〝岩の牙〟は『喰蛇の触腕』の全長に匹敵する見上げただけでは視界に収まらない巨大な代物だ。
「さあ! 君の技を頂こうかッ!」
その佐滝の言葉はなんの比喩でもない。
正真正銘、シラーの広範囲技『隆々回河』を『牙蛇喰』で喰らおうとしているのだ。
そして一秒もしない内に二つの技が激突した。
佐滝は……頬を赤く染め、恍惚とした表情を浮かべる。
「美味だ…嗚呼…っ」
『喰蛇の触腕』が大口を開けて水の竜巻を呑み込んでいる。サイボーグのような蛇と繋いだ感覚を通じてシラーの技を味として堪能していた……が、
佐滝はあることに気付いた。
(……彼は一体どこだ…ッ?)
シラーの姿が消えていたのだ。
(僕に彼の探知阻害は効かない! なのになぜ見失っている!?)
佐滝は『喰蛇の触腕』と感覚・神経を繋いだことで『気共感覚』を常時発動し、探知法ではなく五感でシラーの居場所を突き止めることのできる。
(『喰蛇の触腕』が狂わされた…!?)
佐滝がそう考えた時だった。
………『喰蛇の触腕』の全身に亀裂が奔った。
「ッ!? 何!?」
突然『喰蛇の触腕』の内側から巨大な力が加わったかと思うと、大きな亀裂が刻まれた。
砕けこそしてないが、強力士器としての機能は大幅に削られてしまっている。
自分の体を支えることも難しくなった『喰蛇の触腕』が地面に体のほとんどを付けた。なんとか自立しているが、機動性も確実に失われている。
「……また騙してくれたね…っ!」
佐滝はシラーが何をしたのか何とか理解し、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。
「これも〝騙す〟の内に入るのか。俺としては純粋な駆け引きのつもりだったんだが」
佐滝の前に降り立ったシラーが淡々と応えた。
「……自分の技の中に隠れてよく言うよ…!」
そう。
『喰蛇の触腕』と『隆々回河』が衝突する中、シラーはその『隆々回河』の中に身を潜ませたのだ。
木を隠すなら森の中。
シラーは己の気を隠す為に己の大技の中に身を投じたのだ。
そして大口を開けてその大技を呑み込む『喰蛇の触腕』へと御札を束ねた巨大な杭『禍邪九番・禍漸士柱』を叩き込んだ。
佐滝からすれば突然シラーを見失ったかと思ったら『喰蛇の触腕』が大ダメージを負ってしまったのだ。『隆々回河』の中に潜んでいたことに気付けていれば回避する方法はいくらでもあったのに。
悔いても悔いきれない……が、佐滝はその感情を一瞬表に出したが、シラーの今の有様を見て、冷静さを取り戻した。
「……嗚呼、すっかり裏を搔かれてしまった。これが『聖』と言うべきなのかな? ……だが、君も決して無傷じゃない」
「……」
佐滝の言う通り。
シラーは己の大技に身を投じ、佐滝に気付かれないように『隆々回河』の威力を全く緩めなかったので、シラーもまた大きなダメージを負ってしまっていた。
『隆々回河』の中にいた時間は短いとはいえ、今後の戦闘に確実に支障をきたす。
「……御託はいい」
「ッ」
しかし、シラーは一ミリも動じる様子を見せない。
「毎回毎回気色悪い声で反応しやがって。……悪党なら悪党なりのひん曲がった魂を込めて戦闘に臨んだらどうだ? ………じゃないと、最期の敵である俺の記憶にも残らないまま、死ぬぞ?」
シラーの心の底から響く言葉に、佐滝は目を丸くした。
「………ハハッ! 言ってくれるね…。……まさか、『喰蛇の触腕』をここまで傷付けたからってもう勝った気でいるのかな? だったら心外だ。………OK。魅せて進ぜよう! 僕の切り札を!」
佐滝が全身と『喰蛇の触腕』に気を込める。
あまりのエネルギーの奔流に大地が揺れている。
「……一つだけ、いいか?」
それは、シラーの言葉だ。
佐滝が莫大な気を込める最中でも、シラーは一歩も動く気配がない。
「なんだい!? この期に及んで時間稼ぎかい!? だがもう遅いよ! 『大蛇喰包』ッ! 『:絶海り ……
「いや、時間稼ぎはもう終わった。……ご苦労様と、伝えたかっただけだ」
「……ッ! は、あぁ…ッ! がぁあああぁぁぁッ」
突如、佐滝はまるでジェットコースターにでも乗ったかのような激しい視界の揺れに襲われた。
平衡感覚を失って立っていられず、強く倒れ込んでしまう。
(な…ん……ッ!?)
佐滝は今度こそ理解ができず、そもそも理解する脳内で無数の虫が這いずり回っているかのような激しい不快感に見舞われ、まともに物事を考えられない。
何が起きている? そんな疑問も浮かばないほどに混濁して朦朧とした意識の佐滝の口へ、大量の御札が吸い込まれるように入り込んだ。
「ほら、食べたかったんだろ?」
シラーが、窒息しそうな程に佐滝の口に御札を詰め込んで。
「……『禍邪十番・霧震烈波』」
霧を介して密閉空間内で心と体に強振動を起こす技を放った。
一瞬で口内に霧を充満させ、振動法と念人法によって脳、骨、臓器、心臓、精神を激震させて体を内から壊す技。
本来なら『氷牢惰』という氷の牢で自分や周囲に影響が出ないよう密閉した上で発動する技だ。
だが今回シラーは、佐滝の体内を密閉空間として『霧震烈波』を起こした。
通常時に比べて威力は抑えたが………この直撃を受け、耐えられるはずもない。
……佐滝は全身の毛穴から鮮血を吹き散らして……顔面から地面へと倒れ込んだ。
そして『喰蛇の触腕』も主と共に倒れ、気の反応が完全に掻き消えた。
■ ■ ■
シラーが膝をついた。
「ハァ…ハァ……ッ」
(さすがに無理をし過ぎたか…ッ!)
シラーは御札を数十枚を宙に放り、水を纏わせて自分の周りを渦巻くように舞わす。
「『気付八番・回流生螺』」
唱えると同時にシラーの脳に癒しの波動が広がると同時に、心臓に強烈な衝撃が加わる。
脳の疲労を和らげ、精神を叩き起こす技だ。
回復と同時にこの後もまだ続く『爬蜘蛛』の壊滅作戦の為、自身に喝を入れているのだ。
シラーは血塗れで倒れている佐滝に目をやる。
決め手はシラーが仮死状態から反撃した時に佐滝の首に貼り付けた御札だった。
シラーは常日頃から数枚の御札に丹念に気を練り込んでいた。あれはその一枚。『聖』の技術を詰め込んだというのは当然嘘だが、特別性であることに変わりはなかったのだ。
(『戦型陰陽師「螺尚牢」』・『禍邪十一番・時雨乱類』。……〝鎮静〟で脳の機能を緩やかに鈍らせたところに数多の法技で全身に強烈な負荷を掛ける技。脳と体の落差に意識の混濁は必至。
……あの時、首に貼った御札をもっと警戒していたら、体内に潜り込んだ俺の気にも気付けたかもしれないな)
「………嗚……呼……ッッ」
その時、シラーの体を大きく跳ね上げた。
「ッ!!? ………まだ意識を保っていたとはな…ッ」
それは佐滝の声だった。
咄嗟にシラーは御札を佐滝の周囲に展開したが、佐滝に動く気配はない。一先ず安心だ。
「…こう見えても……タフなんだ…ッ。……それにしても……やられた…なぁ……ッッ」
佐滝が力無く笑う。
「やっぱり…あの首に貼った御札が…何かあったんだろう…?」
「反省会に付き合うつもりはない」
勝負後の雑談でも始めようとする佐滝に、シラーが冷たく告げる。
「お前はこれから『聖』に連れていく。実は針生も一度捕獲したんだが、迩橋漏電が体に埋め込んだと思われる士器で意識を失ってしばらくしてから殺されている。……まだ意識があったことは僥倖だった。五感を閉じて連れて行かせてもらう」
「……意識ある状態で五感を奪うって……拷問かい?」
「黙れ。食欲を満たす為に人の命を奪った人間に『聖』は容赦しない」
「…確かに……それを言われたら何も……言い返せないな……」
佐滝が続けて、告げた。
「………だけど、悪いがそれは勘弁願うよ」
次の瞬間、結界が破られると同時に、シラーの前に二つの影が現れた。
「これがグッドタイミングというやつか?」
「あら、『聖』じゃない」
「ッッ!?」
シラーはその二人を見て目を瞠った。
「お、お前らは……ッ!」
現れたのは二人の男女だ。
三十代中頃の男性と、二十代後半くらいの女性。
どちらも外見の特徴はさほどない。無感情な印象だ。強いて言うなら男性は濃い髭を生やしていて、女性は右耳だけにピアスを付けていることぐらいだ。
しかしシラーはこの二人のことを知っていた。
『士協会』である程度高い地位の組織に属していれば知らぬ者はいない。
(なぜだ!? なぜこいつらがここにいる!?)
そこで、シラーに一つの仮説が立った。
(………ま……………まさか…………っ)
そのシラーの仮説を裏付けるように、右ピアスの女性が佐滝へ近付き、顔を覗き込む。
「まさか貴方がやられるなんてね。……………タートル」
タートル、と呼ばれた佐滝が軽薄な笑みを浮かべる。
「…ほんとだよ……情けない。……でも…嗚呼……本当に素晴らしい臭いだっ………………………………って、そうか……………………」
スッ、と佐滝の顔から表情が抜け落ちる。
「……このキャラを演じる必要はもうないのか」
他の二人同様、無表情になった佐滝を前に、シラーは静かに深く深呼吸をして、平静を保った。
(〝タートル〟…動物のコードネーム……やっぱりこの二人は〝シャーク〟と〝イーグル〟………そして佐滝のこの変わり様……もう疑う余地はない)
「それで、」
シラーが物怖じせず、言葉を紡いだ。
「どうしてお前らがここにいるのか、説明はしてもらえるのか?」
一拍置いて、シラーは三人をとある組織名で呼んだ。
「…………………………………………………………………『白影』」
『士協会』のトップ12。
『陽天十二神座・第七席』。
特殊諜報機関『白影』。
〝無情の群れ〟とも揶揄される潜入の専門家集団。
『食人鬼』佐滝は、その諜報員だった。
いかがだったでしょうか?
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