第13話・・・レクイエム_ダリアの焦燥_アジュガ・・・
『爬蜘蛛』の別荘を一望できる高台。
そこに集まったネメシア以外の『聖』の隊員達。
小隊長であるスイートピーが開幕の合図を一人の隊員に出した。
「シラーさん、お願いします」
「了解」
シラーが前に出て、改めて別荘を見下ろす。
そして深呼吸してから目を瞑り、別荘内に潜入中のネメシアに意識を向けた。
別荘は五重の結界に覆われていて、探知法が得意なシラーと言えどもネメシアの居場所を探知することは不可能だ。
…だが、ネメシアと交換した気を通じて微かに感じ取ることができる。これは長年共に訓練したネメシアだからこそできる芸当だ。
(……よし、繋がった。ネメシアも準備万端だな。……それじゃあ、行くぞ!)
潜入中のネメシアからの(OK)という反応を確認して、シラー&ネメシアが技を発動した。
(( 一体技『虚静の界牢』ッッ!! ))
瞬間、見た目ではわからないが、別荘内はシラーの司力『戦型陰陽師・螺尚牢』の支配下となった。
ネメシアは潜入中、別荘を包むようにシラーの御札を貼っていた。この御札を媒介とし、空気中の水分に〝鎮静〟を織り交ぜた〝水〟を溶け込ませることで探知精度を低下させているのだ。極小の水粒は完全に空気と同化し、相手も気付かぬ内に探知法が使い物にならなくなっている。そしてこれは結界内のネメシアのサポートあってこその技だ。
『聖』の隊員からは〝見えない牢〟と呼ばれている。
シラーが目を開く。
「第一道儀は完了。あと五分程頂ければ第二に移行できる」
「わかった」
スイートピーが頷き、ダリアの方を向く。
「ダリア、そっちの準備は?」
「こっちもOK。別荘のセキュリティシステムの一部は掌握してる。……いつでも結界を弱体化できる」
「わかった。……では10秒でいきましょう」
スイートピーは一瞬、間をあけて声を張った。
「総員構えっ!」
その号令と共にシラー以外の三人が消えた。
三人とも歩空法と加速法で天高く駆け上がったのだ。
全員の中でカウントが(6……5……)と進み、最後(0)と同時にダリアが結界を一瞬弱めた。
そしてスイートピーが簡易的な転移の士器を取り出し、即座に発動させた。
短距離且つレベルの低い結界なら転移できるコンパクトな士器だ。この転移型士器は二対一体となっており、結界内のネメシアがもう一方の士器を準備することで転移が可能となる。
士器を使用すれば基本的に気が漏れるが、シラーの『虚静の界牢』のおかげで探知は完全に阻害され、難なく敵陣に潜り込むことができる。
……そうして別荘の屋根上に現れたスイートピー、コスモス、ダリアの三人は一斉に散開した。
■ ■ ■
迩橋漏電は別荘の執務室で黙々と仕事をしていた。
(『霧煙炭』との交渉材料はこれで良し。……まだまだ日本では新参者だから交渉で丸く済ませたいけど…もし向こうが乱暴するようだったらこちらも満胴を使うしかない……。『霧煙炭』、頼むから愚かなことは考えないでくれよ)
と交渉相手を下に見た考えを巡らせている。
………その時、
「ん?」
迩橋漏電が眉を顰めた。
「………どうしたんだい? 満胴」
そして顔を上げ、音もなく目の前に現れたひょっとこ仮面の側近、満胴を見詰めた。
満胴は隠密行動が常態だ。こうして突然出現しても驚かない。
何も言わない満胴に、迩橋がふっと笑う。
「……なんて、自我のない君に言っても無駄か」
迩橋は机の引き出しからドッグフードのような固形食物が入った袋を取り出し、……満胴の目の前にぽいっと投げた。
正に動物の餌のようにばら撒かれる。
「ほら、」
迩橋が淡泊な笑みを浮かべる。
「どうせ餌が欲しかったんだろう? 好きなだけ食べるといい」
まるで満胴をペットのように扱う迩橋。しかしそれが二人の間では当たり前だと慣れた手付きが物語っている。
満胴は餌を幾つか手に持って、霞のように姿を消した。
天井裏に微かに気配を感じつつ、迩橋が「ふぅ」と溜息を吐いた。
(満胴を士器と『完融合』させてから一年二ヵ月。…最初の頃のように暴れないし、こちらの命令にも従うが、もう少し意思疎通は取れるようにしなければ今後厳しくなってくるな)
迩橋は常に先を見据えている。
士器に関する知識を完全網羅することが裏社会のトップに立つ道だと信じ、多くのものを犠牲にしてここまできた。
……その中には数えきれない命も含まれており、この先もそのスタンスは変わらない。
(……針生がいなくなった今、残る側近は大切にしたいところだけど………『半融合』させた佐滝を失う覚悟で私も研究をもう一段階上に進めなければならないかもね)
■ ■ ■
ダリアは速攻で佐滝の元へ向かっていた。
以前考えた通り、不確定要素を孕むこの状況ではダリアが逸早く佐滝を倒し、手を空かせることが作戦成功への鍵となる。
シラーの『虚静の界牢』によって探知法は機能しにくくなるが、別荘の結界内に入ったことでネメシアと通信ができるようになり、その報告で佐滝の大雑把な位置を教えてもらっていた。
(佐滝はしばらくこのエリアを動いていない……となるとやっぱり、死体を吊るした自分の部屋か!)
ネメシアからの簡易的な敵の位置マップを見ながら、ダリアはあたりを付け、絶気法で移動しながら別荘内に侵入し、三分と掛けずに死体が並ぶ佐滝の自室、ネメシアが最初潜入した部屋のドア前まで辿り着いた。
別荘内はどこも灯があるので、ダリアの黒装束は逆に目立つ。
『爬蜘蛛』の他の構成員が通りかかる前に素早く忍び込もうと息を殺してタイミングを計る…………だが。
(……………? これは…ッ!)
ダリアが大きな違和感を覚えた。
シラーの〝見えない牢〟と言えど、ドア一枚隔てた先はなんとなく探知できる。シラー程ではないにせよ、ダリアも探知法は『聖』の中でも上位だと自信があるのだが……室内に生きた人間を探知できないのだ。
(く…!)
バタンと、ダリアは慎重且つ大胆にドアをこじ開けた。
死体を保管しているので室温を低めに設定しているので、戦闘服の上から冷たい空気が触覚を刺激する。
……そしてやはり、室内に佐滝の姿はなかった。
(……ネメシアの話では佐滝は大体この部屋か、死体を食べるために切断する用の部屋、どちらかにいるという話。その切断部屋に行くとなればネメシアが現在待機している場所から目視で確認できるからそっちはありえない!)
ダリアが別荘の見取り図を思い出しながら爆速で脳を回転させていく。
(トイレ? いや、それにしてはどの死体もさほど弄ばれている形跡はない。佐滝はしばらくここに足を踏み入れてない! ……考えられるとすれば……外か!)
消去法で佐滝の居場所を絞っていく。
(広い庭のどこかにいるのか!? 一体何を!? 死体はネメシアの最終報告と変化はない。死体は持ち出してない! ……くそ、俺じゃここまでが精一杯か!)
ダリアは思考が行き止まりに差し掛かったところで他の隊員に連絡を取り、意見・情報の交換をすべく敵陣だが危険を承知で通信回線を開こう…………としたが、
『ネメシア、オープン。……緊急事態発生よ』
それより早く、驚くべき報告が他の隊員から為された。
■ ■ ■
『聖』の面々が潜入した高台から離れた深い林の中。
「ネメシア、北東と南東に一枚ずつだ」
「OK」
シラーは『虚静の界牢』を万全にすべく、唯一通信の繋がっているネメシアに指示を出していた。
(『爬蜘蛛』には佐滝と満胴以外にも警戒すべき士が何人かいる。ダリアさん達が側近を相手してくれてるからといって油断はできない…)
今回の任務におけるシラーの役割は重大だ。
シラーの探知阻害は任務成功に大きく関わることはもちろん、仮に任務が失敗した際も全員生還させる為にこの探知阻害は大きな助けとなる。
万が一の時の場合に備え、慎重且つ万全に準備を整えなければならない。
……………しかし、想定外の出来事というのは何の前触れもなく訪れる。
「ッッッ!!!?」
シラーが異様な気を探知し、即座に絶気法を全開まで引き上げ、茂みの中に身を潜ませた。鎮静系であり探知阻のシラーの絶気法はS級にも及ぶ。
「…………嗚呼。………密やかな臭いが僕の鼻孔を刺激する…っっ!」
そこに現れたのは、迩橋漏電の側近の一人、『食人鬼』佐滝だった。
身長190センチを超えるブランド物のスーツを着こなしたスタイリッシュな男。美食家と言われればそう見えるが、実際は〝歪んだ美食家〟に他ならない。
(なぜ…ッ! 佐滝がここに…ッ!?)
シラーは驚愕を隠すことができなかった。
心臓の動悸が激しくなり、口と鼻から乱れた呼吸音を漏らさないように必死に抑える。
(ネメシアが迩橋漏電と側近全員の行動を把握しきれないのは当然としても、佐滝は基本的に外出なんてしないだろ! ……俺を探知したにしても不可解過ぎる…。確かに仲間との通信の影響を考えて結界は張らなかったが、その代わり俺の御札で簡易的な探知阻害の領域を展開したんだ。別荘からはもちろん、多少接近されたぐらいで探知法に引っ掛かったりはしない…!)
それならば、なぜ佐滝がこの場にいる?
……その時、シラーがあることを思い出した。
(針生の元にかかってきた〝謎の電話〟…。あれに関係してるのか…!?)
シラーが脳をフル回転させるが……佐滝は待ってはくれなかった。
「くんくん……嗚呼、恥ずかしがり屋なのかな? あまりに密やか過ぎて臭いの元に辿り着けそうにない。………だから、仕方ないね」
佐滝が気を纏う。
「『土の巨塔』!」
佐滝を中心に地中でも大爆発でも起きたかのように地盤が捲れ、巨大な土の塔が出来上がる。
(く…ッ! 全方位攻撃か…!)
これではどこに隠れていようと意味がない。
土の塔が消えた後に残ったのは、木々と土が入り混じった災害のような跡地と、その中でスタイリッシュに佇む佐滝。
………そして、姿を現した紫の仮面の男・シラーだった。
「嗚呼……味わってもないのにもう脳が蕩けそうだよ…ッ! ……決めた。君のことは髪の毛先から爪垢まで、肉体の全てを僕の舌でしゃぶりつくす!」
佐滝が頬を赤く染めながらそんな宣言をするが、シラーに勇ましく返答する余裕はなかった。
(……やるしかないのか…ッ!?)
■ ■ ■
独立策動部隊『聖』の任務おける死者数は極めて少ない。
これは多くの功績を持つ組織の中では珍しい方だ。
大規模連合族『御十家』も年間でどれだけの親族を亡くしているのか、数えるだけでも心が痛くなるし、警視庁捜査零課『御劔』も数え切れぬ仲間の死の上に成り立っている。
これは一重に『聖』が厳しい特訓を幼少の頃から課し、更にその中で厳選した者のみを正隊員として任務に当たらせている為である。
おそらく『聖』全体の隊員数は『士協会』でもトップクラスだが、外に出て任務に従事している隊員は極端に少ない。
これが『聖』が少数精鋭と言われる所以である。
……だがそれでも、どうしても死者が出てしまう。結局のところ『聖』も愛する仲間の屍を踏み越えて今の地位を確立しているのだ。
『聖』では死者が出ればほとんどの仕事をストップし、葬式を上げている。
そこにはもちろん……仮隊員以下の子供たちも参列している。
皮肉だが、こうした身近な大人との別れが、子供たちの心を一段と大きく成長させているのだ。
大好きだった人、優しくしてくれた人、厳しかったけど自分のことをしっかり見ててくれた人。『聖』には様々な大人がいる。
その大人たちの背中を追い、亡くなってしまっても自分が尊敬した者の意思を引き継いで人間としてまた一つ成長する。
………しかし、その中でも深い悲しみの底に落ち、もがき苦しむ子はいる。
当時まだ5歳の仮隊員だったシラーが物心ついた頃に亡くなった最初の大人は……実の父親だった。
■ ■ ■
『聖』のアジト。
優しさと強さを兼ね揃えた好々爺ことスターチスは談話スペースの一角で将棋本を片手に将棋盤の上で駒を動かしていた。
第四策動隊において、スターチスはクロッカス直属小隊の専任であり、他の業務は他の若い隊員に任せている。既に世代交代によって身を引き、体力も全盛期より大分衰えたスターチスは『聖』内で好きに行動させてもらっている。
「一局、いいかしら?」
そんなスターチスに、一人の『聖』の者が声を掛けた。
「おやおや」
スターチスが微笑む。
「総隊長がこのようなところで油を売ってて、スカーレットにまた小言を言われるぞ?」
そう。現れたのは『聖』総隊長、西園寺瑠璃だ。
長い髪が今日も美しく靡いている。
「一日の休憩時間はちゃんと決められた範囲に収めてるからそんなこと言わないで」
そしてまだ了承を得ていないのに瑠璃はスターチスの対面に座った。
「全く。……平手で構わないかの?」
「ええ」
パチ、パチ、と駒を動かしながら、二人の会話は自然とスイートピーの『初一』になった。
「今頃どうしてるかしらね、スー達」
「総隊長の見立てはどうなんじゃ?」
「御意見番の見立てを私は聞きたいわ」
「……御意見番になったつもりはないんじゃがのう…」
スターチスは『聖』古株の一人だ。長く『聖』を守ってきたからこその視点を持っている。
「そうじゃのう…」スターチスが駒を動かす。「スイートピーはまだまだ迷走しているが、困った時には周りにしっかり周りの意見を取り入れて確実に前へ進んでる。心配要素はない。……ネメシアも、かつてスイートピーを危険な目に合わせたことを悔いているが、それを活力に変えている」
一拍置いて、スターチスが告げた。
「……個人的に一番気になるのは、シラーじゃのう」
「あら、そうなの?」
瑠璃が駒を動かしながら意外そうに言う。
「無論、実力面を心配をしているわけではない。……ただ、どうにもシラーは自己評価が低いところがあるからな…」
「……アジュガのことね」
シラーが五歳の時に亡くなった父、アジュガ。
アジュガの死を知ったシラーは泣いて悲しむというより、死ぬように生気を失った。
それでもネメシアのおかげでなんとか前に進めるようになったのだ。
スターチスが頷く。
「シラーに取ってアジュガは士としての理想であり、永遠の目標じゃ。……だからこそ、父の影を追い求め過ぎて、自分を見失ってないか、少しだけ心配なんじゃよ…」
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