第9話・・・はとこの信頼_歪んだ短刀と脳_最後に笑うのは・・・
更新遅れて申し訳ありません!
他にやりたいことがあったのと……本章のプロットが見当たらなくて、手間取ってしまいました…。
ここからまた更新頻度を戻していきたいと思います。
何卒、よろしくお願いいたします。
『ネメシアから緊急信号が届いた後、通信不通となった。この信号パターンは〝交戦〟ね…』
スイートピー率いる小隊は迩橋漏電の別荘近くの街で散開し、各々の役割を果たしていた。
その最中、ネメシアから緊急信号が届いたのだ。
コスモスが逸早く状況を察し、続けてこう述べた。
『それで合ってるわよね? シラー』
『ああ。その通りだ』
シラーが答える。
ネメシアは序盤で最も危険な役割を担うので、サポートとしてシラーを離れた場所に配備していた。
『盗聴器を通じて状況を確認していたが、針生が誰かから連絡を受けた途端に攻撃してきた。それまでは万事上手くいっていた』
『なるほどね』ダリアも通信に加わる 。『真っ当に考えたら、その電話相手は迩橋漏電だと思うが…迩橋漏電だと見るべき。そこも確認は必要だが、今は何よりネメシアをどうするかだね。結界法で通常の通信は遮断されるけど、高度士器を使えば多少強引に通信を繋いで状況を確認することは可能だけど…』
『でもそうすると周囲の裏組織にその電波をキャッチされる可能性もあるから得策じゃないわね』
コスモスがすかさず物申す。
『そうだよね』ダリアが同意する。『助けに入るならシラーに結界を解いて参戦してもらう必要があるけど、そもそも助けるかどうかだよね』
『ええ』コスモスが相槌を打つ。『ネメシアは典型的なサポート型。A級相当の気量を有し、操作精度はA級でも群を抜くけど、攻撃力に乏しい。迩橋漏電から賜った癖の強い士器を持つ敵を相手だと正直言って勝算は五分五分か、良くて6:4。……判断が難しいところだけど、』
そこでコスモスは一泊言葉を区切ってから、告げた。
『聞いてるんでしょう? スイートピー。貴女はどう判断する?』
コスモスの質問に、スイートピーから数瞬置いて返事がきた。
『………確かに難しい』
スイートピーは素直に述べる。
確かにこの仲間の命が天秤に掛けられた場面は非常に判断に悩む。
『だから、私よりもネメシアを知る人に聞くことにする』
そしてスイートピーが改めて尋ねた。
『シラー、どうすべきだと思う?』
ネメシアと再従兄妹であり、誰よりも長く特訓を重ねたシラーに言葉が向く。
対するシラーは、間髪入れずに答えた。
『俺なら静観する。……ここで負けるほど、あいつの努力は生温くない』
『決まりだね』
スイートピーの声に喜色が宿る。
『そのままシラーは周囲の監視をお願い。他の二人も任務に戻って』
『オッケー』
ダリアが気前よく返事をして、
『みんな、「ジグルデ」の動きにも注意を払っておくようにね』
コスモスが最後にお小言を述べた。
(ネメちゃん…大丈夫だよね…!)
■ ■ ■
結界に包まれた路地裏。
一人のキャバクラ嬢が意識を失い地に付している横で、他二人が火花を散らせていた。
キャバクラ嬢・孔美の変化を解いたネメシアと対峙する針生が軽薄な笑みを浮かべて聞いてきた。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「……」
無言のネメシアに、針生が構わず尋ねる。
「『聖』って、ブラック?」
「……」
「『士協会』のトップ! 『陽天十二神座・第二席』! ……そんだけ大層な肩書持ってるところってぶっちゃけ大体ブラック企業ってのが俺の持論なんだけど、どう? 合ってる?」
「……」
「答えろよ。割に合わない仕事のオンパレードじゃないのか? 煽って脅して仕事を強制するクソ上司はいないのか? ………それとも、マジで『聖』は噂通り仲良しこよしのホワイトなのか?」
「……」
「これだけ聞いても君からは何も感じない。孔美ちゃんの時に見えた〝欲〟は仮初のものだったのか。……でも、もし本当にホワイトなら………狡いよなぁ」
語尾に憎悪が混じったかと思うと、カッと細目を開いた針生が膨大な気量を纏い始める。
「俺がアメリカの裏社会で人間扱いされてなかった頃も、お前ら『聖』はぬくぬくと絆を深め合ってたのか!? 狡いな! それはッ!!」
針生がぐねりと歪に曲がりくねった形状の短剣を逆手で持ち上げる。
先程針生が言っていた『錯流刀』、これが迩橋漏電から授かった士器だ。
「俺はお前らみたいな温室育ちのエリートが大っ嫌いなんだ! 野生育ちの不幸人間の力を思い知らせてあげるよッッ!」
そして逆手持ちしている『錯流刀』をその場で振り下ろす。
ネメシアは距離を取っているので当然空振るはずだったが、ぐりっと、『錯流刀』が空間に突き刺さった。
「けははッッ! 『歪空領域!!』」
直後、二人を包む空間がぐわんと、揺れる。
「…っ」
仮面越しで表情なんて読み取れないが、ネメシアの警戒度が高まったことが針生にはわかった。
「ほら! いくぞ!」
針生が加速法で早速突っ込む。
「『水飛沫』!」
対するネメシアは全方位に自属性の飛沫を飛ばす汎用技で迎え撃った。
「おっと!」
針生は勢いを殺し、その場で『錯流刀』を一振りした。
すると全方位攻撃であるはずの『水飛沫』が針生のところだけ避けていく。
「最低限の『錯流刀』対策はしてるみたいだが、甘い!」
「甘い? どっちが?」
「ぐッ!!?」
膝関節に激痛が走った。
ネメシアの蹴りが炸裂したのだ。
ちなみにネメシアの声は機械の補正がかかっており、それがかえって無機質な鈍痛を掻き立てている。
(さっきの『水飛沫』は目晦ましか…!)
なんとか骨折には至らず、針生は激痛に耐えながら後ろに距離を取った。
その時に『錯流刀』を三振りしていく。ネメシアは追撃しなかった。
「……『錯流刀』」
ネメシアが述べる。
「新時代初期の天才士器鍛冶師、滑空原龍電が鍛えた初期作品。有する『司力』は刀身の〝歪み〟を空間と協調させて空間そのものを歪ませる。『洸血気』の特性『歪曲』から着想を得て作られた短刀。
恐るべきはその副次効果。空間が歪めば攻撃は逸れ、視覚が歪に揺れることで平衡感覚が不安定になり、三半規管にも影響を及ぼす。
しかもこれには空間への干渉力や協調系としての大きな素質を本来なら問われるはず……だけど、その『錯流刀』は協調の気を流し込むだけでほぼ自動で〝歪み〟の協調を可能とする」
ネメシアが説明する。
針生に対して下調べ済だと圧を掛ける狙いもあるが、一番は違う。
「大した労力を払わずに相手にデバフを掛けられる便利な士器だけど……、」
ネメシアは膝を抱え激痛で顔を引きつらせる針生に告げた。
「使用者がこの程度だと、宝の持ち腐れもいいところね」
「こんのッッッ!」
針生が下唇を嚙み千切り、流血させながら怒りを募らせる。
「子供騙しが成功したぐらいで調子に乗らない方が身のためだよ!」
今、ネメシアは『錯流刀』相手に効果的な『水飛沫』による全方位攻撃を繰り出した。結局それは囮で新の狙いはネメシア本人による関節攻撃だった。オーソドックスで重宝される戦法だが、学のない人間はありふれた騙し技だと卑下してしまうものだ。
ネメシアが「はぁ」と溜息をつく。
「やっぱりお頭はいまいちね」
「ほざいてろ!」
針生が気を纏う。
「今の『錯流刀』の説明、不足してるから補足してあげるよ!」
『錯流刀』に気を集中してく。
「この刀は言わば諸刃の剣! なぜならこの『錯流刀』の司力、『歪空協調』は所有者も関係なく巻き込むから!
俺はアメリカに渡った頃に無茶しすぎて脳に損傷を負って雑な手術を受けたことがあって、その所為で三半規管が人よりかなり歪んでるんだ。もう慣れたけど、人とは少し違った平衡感覚は持ってる。……だから『錯流刀』の影響をあまり受けないんだよね!
理解できる!? 温室育ちのエリートじゃ手に入れられない力を俺は手に入れたんだ! 俺は人生のどん底を味わうことで、無二の力を手に入れたんだ!」
怒号を放つと同時に針生が気を込めた『錯流刀』を振り切った。
「『歪空の炎辣』ッッ!!」
放たれたのは至って普通の炎の飛び斬撃だった。
〝歪み〟の欠片もない。
……しかし、その分超速で、ネメシアが回避行動をする間もなく眼前に辿り着いた。
そして、その瞬間その炎が弾けるように肥大化し、縦横無尽の不規則な動きでネメシアに襲い掛かる。
「『水の壁』ッ!」
ネメシアは巨大な水の壁を半円を描くように張り、『歪空の炎辣』の不規則性が増す前に動きを止めようとする。
それを見た針生がニヤリと笑った。
「残ッ念ッ!」
すると、『歪空の炎辣』が『水の壁』を歪ませ、通過してしまった。微かに接触して蒸気が発生しているが、まるで壁の意味を成していない。
「『錯流刀』を介せば相手の気は簡単に歪ませちゃうんだよ! ……ッ!?」
針生が目を見開いた。
「ほんと、この程度で粋がんないでほしいわ」
縦横無尽の動きで『歪空の炎辣』がネメシアを直撃する……そうなるはずだったのに、ネメシアは軽やかな動きでその炎を躱してみせていた。
そしてそのままネメシアが針生へと接近している。
(くっ…!)
針生は『錯流刀』の所有者として、ネメシアが何をしたかしっかりわかっていた。
(最初の『水の壁』で〝歪み〟の力を予想以上に使ってたのか…! だからその後に不規則な軌道を描くほど残ってなかった…! 俺自身が歪ませてるわけじゃないから気付けなかった…!)
顔を引き攣らせる針生に、ネメシアが淡々と告げた。
「『錯流刀』の〝歪み〟は完全自動。それは大きな利点だけど、使用者によっては弱点にもなる。うちが言ってること、理解できた?」
「ぐっ…!」
そうこうしている内にネメシアが針生の懐に潜り込んで、技を放った。
「『水飛沫』!」
「んがっ…! こっの…!」
ネメシアの水攻撃を受けながら、針生は『錯流刀』を振ってその場から離れる。
「どうした!? 威力落ちてるよ!?」
「ええ。だって……狙いはこっちだもん。『着雷』」
すると、針生の体が雷に包まれた。
「がぁああああああああぁぁああッッ!」
ネメシアは『水飛沫』に混ぜて己の気も飛ばして針生に貼り付かせ、油断したところで雷を具象したのだ。
針生は感電による激痛に晒されながら、さらに自分の炎で全身を包んで水を蒸発させて解放された。
「まだまだ行くわよ」
「ッッ!?」
針生は背後から聞こえた声に咄嗟に距離を取ろうとするが、一歩遅く、ネメシアの回し蹴りが針生の右顔に直撃した。針生がごろごろと受け身も取れない情けない恰好で吹き飛ばされる。
(コイツ…! スピードは目で追える範囲だが、小さい体を利用して死角を縫うように移動して的確に急所に蹴りを入れてくる…! 洗練された格闘スキル…! これが『聖』かッ…!?)
「ぶ、『炎の壁』ッッ!」
意識が揺れる中、針生は更なる追撃を警戒して即座に炎の壁を張った。
しかしここで針生は冷静に策を弄していた。
針生は若干左寄りに『炎の壁』を張り、こうすることでネメシアが炎の壁側から来るように仕向けたのだ。
本来なら壁を避けるところだが、この『聖』の隊員は針生の意識が向いていないはずの壁側から来ると読んだのだ。
(来い! その壁に触れた瞬間、もう一度『歪空の炎辣』を喰らわしてやる! この至近距離ならさっきの手は使えないだろ!)
そして……、針生の狙い通り、『炎の壁』から水を纏ったネメシアが現れた。
(来た!)
「『歪空の炎辣』ッッ!!」
針生が渾身の力を込めて縦横無尽で不規則な動きの炎の斬撃を飛ばした。
「ッッ!?」
対するネメシアは……成すすべなく、全身に炎を浴びてしまった。
「ケハハハハハハハハハハハッッッ!! 散々俺のことバカにしてたけどさ! 気分はどうだい!?」
ネメシアを包む炎は更にうねって火中の人間を締め付けるように苦しめていく。
これでは火属性と相性の良い水属性でも抜け出すことは不可能に近い。
………と、そこへ。
「あのさ、うちの質、忘れてない?」
声が聞こえた。
機械の補正がかかった、無機質な声。辛うじて性別だけ判別できる声。
「ッッッ!?」
針生が真後ろを向くが、もう遅い。
「『獣装法』……『象馬の蹄』ッッ!!」
獣装法。
獣の部位を自身の体に装備する具象系特有の法技。
ネメシアは右脚に象のように太くて馬のような硬い蹄を具象装備し、象の重さと、馬の速さ、そして屈強な蹄が100%嚙み合った全てを踏み潰す一撃を、針生の頭に振り下ろした。
踵落としの脳天直撃だ。
「がは……ッッ!!」
針生の頭がコンクリートの地面に叩き付けられ、めり込んだ。
■ ■ ■
「さっきあんたの炎の斬撃に包まれたのはうちの分身。分身法。……具象系と戦うならこれぐらい警戒しておきなさいよ」
ピクリとも動かなくなった針生に、ネメシアが冷めた声で告げた。
「まあ、もう聞こえてないか」
ネメシアが肩を竦めた……その時、
「確かに……その通りだな……すっかり忘れてたよ……分身法…」
「…!」
ネメシアが数歩退いて距離を取った。
確実に意識を刈り取ったはずの針生が、ゆらゆらとゾンビのように揺れながら起き上がったのだ。
「……今の一撃を受けてよく立ち上がれるわね…」
「言ったよね? 俺は一人より三半規管が歪んでるんだ。いつも俺の脳は揺れまくってるような状態でさ。……その所為か、いくら頭部に攻撃を受けても脳震盪、気絶することはないんだ。……まあ、吐くほど気持ち悪いんだけどね」
けはは、と笑う針生に対し、ネメシアは油断なく構えた。
(三半規管から絶えず歪んだ情報を脳が受け取ってることが、ここまで針生に異常な効果をもたらしてるとはね…)
「それと、」
針生が更に続けて言葉を放った。
「攻撃を受けてみて、一つわかったことがあるよ…」
「……」
何も返さないネメシアに、針生は構わず告げた。
「どうやら君はそこまで強くないらしい」
「……」
針生が続ける。
「先を読んで意表を突く駆け引きの腕はピカイチ、相手の死角を突く足運びは達人の域だ。……だけど、それは君に取って元々戦闘以外の要素なんじゃない? 駆け引きは変装して敵組織に潜入する際のもので、足運びは万が一の時に逃げる為のもの。……どう? 当たってるでしょ?」
「……」
ネメシアの沈黙がどちらを意味するか。
「強いて言うなら、足技のバリエーションの高さが舌を巻くものだけど、それだけだ。……はっきり言って正面戦闘には向いていない。典型的なサポート型」
「……確かに」
ようやくネメシアが口を開いた。
「言う通り、うちは俗に言う支援型の士。……で、それが? それでも全然うちに敵わないじゃない。それがわかったところで意味ないわよ?」
「……けはは」
針生が乾いた笑い声をあげる。
「ほんとだよね。この『錯流刀』でカッコよく君を斬って剥いて哭かせたかったけど……思うようにはいかなかった。さすが『聖』と言うべきか。戦闘型じゃない隊員にここまで手も足も出ないなんて…最近復活した俺のプライドも少し折れたよ。………はぁ、
この手を使わずに勝ちたかった」
「ッッッ!? んぐ……ッ!」
次の瞬間、ネメシアが頭を抱えて膝をついた。
「何……これ…ッ!?」
ネメシアが仮面の裏から苦悶の声を漏らす。
「やっと効いてくれた」
ポキポキと首を鳴らしながら、肩を回しながら、針生が笑う。
「何を……した……ッ!?」
「けはッ」
ネメシアが歪な笑みを浮かべる。
女癖最悪なサディストらしい嗜虐的な笑みだった。
いかがだったでしょうか?
後編も近い内にあげます!
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