第4話・・・恥ずかしい_スイートピー小隊長_『爬蜘蛛』・・・
「今回の標的は『ジグルデ』の元幹部、迩橋漏電。士器全般に関する豊富な知識と、世界中から集めた士器を携えてアメリカ裏社会に飛び込み、アメリカの巨大組織『ジグルデ』で幹部にまで上り詰めた男。
病的なまでの士器マニアで、特に士や気の存在が確認され始めた新時代初期に現れた天才士器鍛冶師、滑空原龍電が創成した士器にご執心。はっきり言ってもう信者に近いわね。
ちなみに漏電という名前は本名で、同じ〝電〟が入ってることにも運命を感じて常日頃から「私は滑空原龍電の生まれ変わりだ!」って周囲に言いふらしているらしいわ。
半年前にアメリカ裏社会で大きな抗争が起こり、そのどさくさに紛れて『ジグルデ』を抜けて部下と共に日本に帰国し、『爬蜘蛛』という裏組織を立ち上げた。既に日本裏社会で人脈を広げ、『裏・死頭評議会』に属する組織とも繋がっている。まあ〝新進気鋭〟〝飛ぶ鳥を落とす勢い〟って言葉がぴったりね。
放置すればいずれ『裏・死頭評議会』に名を連ねて脅威となりうること間違いなし。だから、まだ若い内に排除し、ついでに士器マニアとしての多彩な知識も掻っ攫う。……これが大まかな任務内容なんだけど………、」
説明していた瑠璃が言葉を止め、問い掛けた。
「……話、聞いてる?」
「聞いてます!」
即座に答えたのはスイートピーだ。
しかしぷくっと頬を膨らまして目を細め、殺気の籠った気を垂れ流しにしてる彼女は不機嫌さ全開で、小動物のような可愛らしさはあるが、とても人の話を聞いているようには見えない。
「スイートピー、もう少し落ち着けない? 貴女の殺気の所為であまり集中できないんだけど」
「んッ!?」
コスモスの注意にスイートピーが今にも沸騰しそうな激情を宿した視線を向けた。
「誰の所為だと思ってるのかな!?」
「私は『ジグルデ』の元幹部って言っただけ。それを貴女が勝手に誤解してあんな意味のない啖呵を切ったんでしょ」
ぐぬぬっ、とスイートピーが下唇を噛む。
スイートピーは昨日、コスモスから『初一』が『ジグルデ』関連の任務であることを先んじて伝えられた。
それをスイートピーは因縁のある『ジグルデ』の幹部、アシュリー・ストールンであると勘違いし、先程瑠璃の気持ちに答えてお門違いの啖呵を切ったのだ。
先走って誤ったことを高らかに宣言したスイートピーは一転、耐えがたい羞恥で心が揺れ揺れになってしまっている。
「何が勝手に誤解!? 明らかに誘導したでしょ!?」
「まあそうね」
「あっさり認めるな! あああああッッ!」
「申し訳ないと思ってるわ。でも気にすることないわよ。貴女のやる気が伝わっていいと思う」
「コスモスが言うなッ!」
どんどん口が悪くなっていくスイートピーに、コスモスが「まあでも」と呟いたかと思ったら、
………スイートピーの背後に立っていた。
「ッ!?」
ぽん、とスイートピーの頭に手を乗せたコスモスが耳元に口を近付ける。
「これぐらいで一々動揺してちゃ小隊長は務まらないわよ? そもそも、さっきも言ったように私は『ジグルデ』の元幹部って言っただけ。アシュリー・ストールンの名前は出してない。
普段のスイートピーならこの穴にも気付いたはずなのに、『ジグルデ』と聞いて思考が狭まり、他の可能性を見落としてしまった。どう? 違う?」
「ッッ! ………ッ」
何も、言い返せなかった。
その通りだ。結局のところ、まだスイートピーは過去に縛られている。忌まわしい影が、まだスイートピーの体に巻き付いているのだ。
「そろそろいいかしら~?」
ぱんぱん、と手を叩いて瑠璃が注目を集める。
「隊員同士の意見のぶつけ合いは成長への第一歩だから私としては好ましいところだけど、脱線してるとスカーちゃんにいびられるから、話を進めてもOK?」
ギロッとスカーレットの睨みなど素知らぬ態度で瑠璃が進行を促す。
「はい!」
逸早く返事をしたのはスイートピーだった。
「お時間取らせました! もう大丈夫です!」
そのスイートピーの姿勢に、コスモスとのやり取りを客観的に観ていた18歳のクールな男性隊員シラーは(ほう…)と感心していた。
(痛いところを突かれてもこの切り替え。『ジグルデ』やコスモスに関することだと子供然としたリアクションが目立つが、やっぱり基本的にメンタルは強いな。……ネメシアから聞いてた通り、将来の隊長候補としての素質は十分備えているといるようだな)
シラーは今のやり取りでスイートピーの足りない部分ではなく、それを補う精神力に注目する。
スイートピーとシラーは同じ第四隊だが年齢も性別も違うので特別親しくはない。話す時はネメシアを交えることが多く、元気溌剌とした姿しかほとんど見たことがなかった。
湊を目標にスイートピーが日々努力していることは知っているので〝命を預ける〟ことに関して不満はないし、スイートピーはまだ不安定な面があることも承知していたが、こうして早く彼女の長所と短所を己の中で更新できてよかったとシラーは思う。
(まあ、人の心配ばかりもしてられないんだけどな)
シラーが気を引き締める。
(俺とネメシアはもう18だ。そろそろ次のステップを〝上〟も考え始める頃合い。『隊長直属小隊』は今のメンバーで安定してるが、有事の際に直属隊員が別任務で空いてしまってる時の為に『予備隊員』は必ず確保していなければならない。他にも『隊長・副隊長補佐』『小隊長』『参謀係』、ネメシアが既に持つ『副官資格者』など、イレギュラーな事態に陥っても混乱しないよう予め振り分ける『役職』が『聖』には幾つかある。そして20歳前後を目途にその『役職』の適性が審査される)
ちなみにネメシアが持つ『副官資格者』は小隊が組まれる時に『小隊長』の次点の指揮権の保有と、仮隊員が任務に参加する際にツーマンセルを組む義務の二つだ。
まだひよっこの『仮隊員』を危険に晒さないよう、通常の隊員より上の指揮能力がツーマンセルを組む『正隊員』には求められる。その証が『副官資格者』という『役職』である。
(間違いなく、ここ最近の任務の裏では俺達の審査も同時並行でされてる。今回はダリアさんとコスモスが記録を取ってるんだろうな。……瑠璃さん達の期待を裏切るわけにはいかない。集中だ。任務達成の図を描き、それを実現できるよう全力を尽くす。やることは変わらない)
心は熱く、頭は冷静に。
シラーは静かにやる気を向上させた。
その後、瑠璃から補足説明をいくつか受け、そのまま小隊だけで会議室へ移動した。
■ ■ ■
「さて、」
スイートピー達が去った総隊長室で、瑠璃はスカーレットとチェリーに声を掛けた。
「改めて、二人は今回の任務どう見る?」
「私はやはり、せめてメンバーは六人にするべきだったかと」
スカーレットが真っ当な意見を述べる。
「今回の任務は〝五人でぎりぎり〟、〝六人で過剰〟との判断で敢えて危ない橋を渡せる為に五人にしましたが、追い込み過ぎると今度こそ立ち直れない心の傷を刻まれるかもしれません。ましてや今回のメンバーは全体的に若い。『役職』審査の為に気合の入ったシラーとネメシアが空回りする可能性もゼロではないです。……最少人数の五人は少々不安になります」
「そうかな? 私はむしろ安心して送り出せるけどね」
チェリーが妹とは真反対の意見を言う。
「スカーの心配もご最もだけど、スイートピーはあれから腐らず成長したし、シラーとネメシアは18歳のもう大人よ。〝力が及ばない〟ってことはあるかもしれないけど〝周りが見えなくなる〟なんてことはないはず。そして力が及ばない時はしっかり仲間に助けを求めることができる。……もし仮に今回の任務が失敗という形で終わっても、誰も死なずに『反省』と『努力』を繰り返して停滞せずに『成長』してくれるよ、あの子達なら!」
心配するスカーレットと信頼するチェリー。
仲間を想うからこそ紡がれた意見は、どちらも正解だ。
「ありがとう、二人共」瑠璃が言う。「スカーちゃん、私も同じ気持ちよ。できることなら隊員数なんて100人ぐらいにして安心安全に任務に取り組んでほしい。五人なんて少人数、心臓が破裂しそうなぐらい心配よ。……というか、今回の任務内容なら六人か七人で取り組んでもらうのが普通だからね」
瑠璃が「はぁ」とわざとらしく溜息を吐いた。
「まあ、今回はクロッカスの言う通りにしましょう」
クロッカスの名を聞いてスカーレットも溜息を吐き、チェリーがくつくつと楽しそうに笑った。
「全くクロッカスは…っ。一応潜入任務中なんですからそっちに集中して下さいよ…!」
「あははっ! そんなに目くじら立てないであげなよ、スカー。……クローは文字通り命懸けでスーちゃんを守ってきたんだよ? 私達のことは信頼してくれてると思うけど、それでも後からしゃしゃり出てきた私達が〝大事な妹は私達が育てるから口出しするな〟なんて言えるわけないじゃない」
湊は『屍闇の怪洞窟』という地獄の底でまだ赤ん坊だったスイートピーを命を賭して守り、共に生き延びてきた。
鬼獣に襲われる絶望的恐怖。赤黒い気が体を蝕む発狂ものの苦痛。そんな地獄という表現も生温い環境でスイートピーを立派に育てた湊に対して、今のチェリーの台詞は口が裂けても言えるはずがない。
誰よりもスイートピーを大切に思っているのは、湊なのだから。
「わかってるわよ」
スカーレットがチェリーの言い分を口を尖らせながら認める。
「クロッカスも決して私達の意見を蔑ろにしてるわけじゃないし」
いつも敬語のスカーレットが姉に対してだけ言葉を崩していることに瑠璃がほっこりしつつ、「そうね」と同調する。
「クローくんも心配してないはずがない。だからもしもの場合に備えてコスモスとダリアを同行させたんだからね」
「スイートピーは毎度毎度コスモスに噛みついてますが、根っこの部分では認めてますから足並みが乱れることはない。それでももし何かあっても『金剛の精神』ことダリアがいれば統率はきちんと維持できる」
瑠璃とスカーレットの言葉を聞いてチェリーが苦笑する。
「そう聞くと、保険はしっかり整ってるねっ」
「取り敢えず」
瑠璃が背もたれにゆっくり体を預けながら言った。
「私達は大人しくして、スイートピー小隊長の御手前、拝見といきましょう」
■ ■ ■
「…………美しいっ。僕の血が沸々と昂り悦が極まっているのが伝わってくる…っ」
「けははっ、相変わらず新しい士器を手に入れたら変態度が増しますねぇ、漏電さんは」
とある建物の一室に二人の男がいた。
一人はオーダーメイドの米風スーツに身を包んだ30代中頃の男性、一人は細い糸目と細い体で飄々とした雰囲気を醸す20代後半の男性である。
米風スーツの男性、迩橋漏電は子供が粘土で作ったような不格好な人型の像を眺めてうっとりと目を蕩かし、糸目の細い男性が呆れていた。
「針生くん」
漏電は糸目の男性の名を呼んだ。
「もう世の中はハイテクノロジーの時代だ。気という神から与えられた恩寵を創意工夫して『士器』という新技術を開発した。………だが忘れてはいけない! この『士器』開発の先駆者、滑空原龍電の存在を!
改界爆発によって人類が気を宿した当初から士器開発に心血を注いだ無頼の職人! 気を得てから起きた士による世界戦争では彼が作成した武具士器が数多くの功績に貢献し、戦争終結後に彼が広めた日用士器は爆発的に大ヒットして世界各地で販売されるようになった! 今世に至るまで滑空原龍電の作成士器はほとんど改良されることなく普及している!
彼がそれほどまでの人気を博したのは偏に士器鍛冶師としての才能、即ち万人受けする造形美と画期的な機能美の観点と嗅覚が誰よりも優れていたからに他ならない!
そんな彼が造形美、見た目の美しさを捨てて機能美のみ追求したこんな一見ガラクタにしか見えないものを作成したのだよ!? これを見て興奮せずにはいられないだろう!?」
漏電の熱意がこれでもかと籠った言葉を聞いて、針生と呼ばれた男性は「けははっ」と飄々とした笑みを浮かべた。
「最後の方は何言ってるかわからなくなるのも相変わらずですねぇ」
針生は立ち上がり、出口へと向かった。
「そんじゃ、そろそろ俺はこのへんで」
「この美しさがわからないとは。君も相変わらずだ。……また女かい?」
「はい。やっぱ俺が興奮するのは女と一緒にいる時だけなんで」
「何度も言うが、寝物語に情報を漏らすような真似だけはやめてくれたまえよ」
「わかってますって。………あ、そうだ」
去ろうとしていた針生が何かを思い出して立ち止まった。
「どうかしたのかい?」
「今度地方で取引する関係で別荘へ行くじゃないですか」
「ああ、僕達の西日本での拠点も兼ねて買った別荘だね。それが?」
「佐滝のやつが〝死体を持ち込みたい〟って許可を求めてましたよ」
「っ」漏電が顔を歪める。「……あの食人鬼も遠慮がなくなってきたようだね。んー死体の腐敗ガスは飾ってる士器にも悪影響を及ぼすから勘弁願いたいんだが…」
「俺が女を連れ込むのはいいのになんで死体は駄目なんだって、ごねてたらしいですよ」
「……一区画までならと許可したのは失敗したか」
「あ、今更女の子連れ込み禁止とか言うの無しですからね」
「わかってるよ。女関係は基本好き放題するって条件でアメリカからついて来てもらったんだから」
漏電が「はあ」と溜息を吐く。
「ひとまず、その話はわかった。あとは僕と佐滝くんで話し合うよ」
「お願いします~」
「……手間のかかる部下達だよ、本当に。みんな満胴くんを見習えないものか…」
「あの無口不愛想忍者ばかりだと窮屈な思いするだけですってば、けははっ」
針生はそれだけ言うとルンルン気分で部屋を出ていった。
漏電は手元の不格好な士器を目線を戻した。
その瞳は……酷く冷めたものになっていた。
(……針生くんと佐滝くん。己の欲に溺れる君達は全く以て〝美しくない〟。針生くん、君をアメリカから連れてきたのはこの組織『爬蜘蛛』が大きくなるまで一時的に利用するまでということにそろそろ気付いたらどうなんだい。……君達がそのままなら、そう遠くない未来、君達の存在そのものが消えるぞ)
ふっ、と苦笑した漏電はまた士器観賞を堪能する時間に戻った。
裏組織『爬蜘蛛』の長、迩橋漏電。
士器に固執する変態性と他者を道具として扱う狡猾さを併せ持つ汚れて歪んだ本性の異常者である。
……珍しく早く書けました。
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