第24話・・・ネメシアとシラー_難航取引_近付く終・・・
文字数多くなりました…。
「先に言っておくよ」
湊と向かい合って座るや否や、榎屡氣がテーブルに肘をついて指を組みながら述べる。
「取引するならこの場で完結する内容でだ。情報でも、物品でも、この場で交換して終了。今後一切お主らと関係を持つつもりはない。もしそれに反する真似をするようなら話は即切り上げて雛菊の転移で消える。……わかったかい?」
「……ええ。了解しました」
(……継続的に関係を維持することはやっぱ難しそう。………亜氣羽さんが出鱈目な軌道で移動してくれたおかげでまだここはバレてないけど…、そろそろ『北斗』が勘付く頃合いだしな…。
………雛菊さんが現れた時点で呼んでおいてよかった)
ババ様こと榎屡氣が現れたことは想定外だった。
しかし、雛菊という転移法の達人が現れた時、湊は『誘靡』が不発に終わった時の為に、既に信号を送っていた。
その信号を受け取り、………『聖』の人間が動いていた。
■ ■ ■
獅童学園周辺。
カキツバタこと蔵坂鳩菜はひっそりと張られた結界の中で、転移士器が起動し、紫色の仮面を被った『聖』の隊員を三人、呼び寄せていた。
「……ご苦労だった、カキツバタ」
三人の内の一人、『聖』第四策動隊の元副隊長、穏やかなお爺様ことスターチスがカキツバタを労う。
カキツバタは「いえ」と首を横に振り、他の面々を確認して、一つの疑問を述べた。
「………メンバーは聞いていなかったのですが…コスモスはいないのですね? 今回に関してはコスモスの司力は特に有効だから呼ばれると思ったのですが…」
「コスモスはクロッカスの言わば懐刀だからのう。……もしかしたら『北斗』や速水愛衣といずれ戦うやもしれぬと考えて温存したらしい」
合理的な意見にカキツバタが納得する。
すると、他の二人の隊員が口を開いた。
「てかなんで隊長、今回悉く予想外れてるんだよぉ? うち呼ばれないと思って今日食堂で初出しされたモンブラン食べてたのに! なんなのさ! こんにゃろうっ!」
「くだらないことで文句を垂れるな、ネメシア。本来呼ぶ予定のなかった俺達が呼ばれたんだ。真面目に取り組め」
ぷんすか不満を漏らす身長が146センチ前後の18歳女子、「ネメシア」。
クールだが面倒見の良さも伺えるネメシアと同い年の男子「シラー」。
第四策動隊所属の、湊の部下だ。
(……ネメシアにシラー…。第四隊の若手の中ではサポート型として優れた二人…。さすがの隊長も今回は予想外のことが起こり過ぎて、この二人で調整するということですかね)
そうしてスターチス監督の元、ネメシアとシラーが動き出したのが、湊と榎屡氣が初邂逅する十数分前のことだった。
■ ■ ■
「自己紹介がまだでしたね。漣湊と言います。……失礼ですが、俺が所属する組織は伏せさせてもらいます。よろしいですか?」
「構わないよ」
榎屡氣が即答する。
「亜氣羽や雛菊に重傷を負わせなかったことや、先程からの態度で裏組織の類ではないことはわかった。ワシ等のことを探らない内は問い質さないでおくよ」
榎屡氣も湊の正体を迂闊に探るような真似をするべきではないと判断したらしく、素直に納得した。
湊は「ご理解頂きありがとうございます」と感謝を述べてから、早速本題に入った。
「では、まず先にこちらから差し出すものをお見せします」
湊が全収納器から紙媒体の資料数枚を取り出し、それをテーブルの上に置いた。
「ほう? どれどれ」
榎屡氣が資料を手に取り、さらっと目を通す。
すると、まるで猛禽類が獲物を捉えるかのような鋭い目付きで視線を細めた。
榎屡氣の背後からちらっと覗いた雛菊も、その資料に記載された内容に驚き目を瞠っている。
「『洸血気』を宿した動植物から抽出できる特殊成分と、その成分を用いることで調合できる薬のレシピです」
湊が簡潔に説明すると、榎屡氣が「ふっ」と笑った。
「ワシも長年『慟魔』の奥地で住んでる身。調合した薬の数は無限にある。この程度の知識はある………などというハッタリは効かないんだろうね」
湊が「ええ」と肯定の笑みを浮かべた。
「仰る通り榎屡氣さんの薬草の知識はそこいらの名誉教授とか比べ物にならないでしょうが、我が組織は極秘に『屍闇の怪洞窟』を深く調査していましてね。素材の母数も多く、優秀な研究員も揃っているから、入手できる情報も多いんですよね。
これは『屍闇の怪洞窟』の素材が元ですが、『慟魔の大森林』で入手できる素材にも応用できるぐらいには分析されていると自負しています」
榎屡氣が「そうだね」と頷く。
「この資料、これで全てじゃないね。……取引に応じてくれたら全部渡してくれるってことかい?」
「仰る通りです。今お手持ちの資料に記載された情報だけでは調合はできません」
湊が良い笑顔で答える姿を見て、榎屡氣の背後に控えている雛菊は《交渉が上手い…ッ》と驚嘆している。
榎屡氣は揺るがない笑みを浮かべて。
「ワシにはわかる。これだけの分析情報、一年や二年の研究で得られるものではない。お主の組織の研究員が毎日必死に検証を重ねて得た宝の如き情報だ。……それをお主の一存でこうも簡単に取引材料にしていいのかね?」
榎屡氣の言い分に、湊はくすっと笑った。
「意外と自己評価低いんですか?」
「なに?」
湊の言葉に榎屡氣が訝し気な表情を浮かべる。
「榎屡氣さん。正直に申しまして貴女達の存在の稀少性は計り知れない。この取引で下手に躊躇する方が、仲間は俺を責めますよ」
「……そうか」
榎屡氣は納得し。
「話を進めよう。お主はワシ等に何を求める?」
「では、単刀直入に申し上げます」
湊はポケットに仕舞っていた、ある物を取り出す。
………それは、先程、亜氣羽から奪い、榎屡氣に譲ると言われた『源貴片』だ。
「この鬼獣の心臓から生まれたという『源貴片』。名前は『恐凶命晶』でしたっけ? ………これの作り方を教えて下さい」
湊が要望を口にすると、榎屡氣は目を細めた。
「……さすが。目の付け所が違うね」
「お褒めに預かり光栄です」
湊は微笑を浮かべる。
(……『恐凶命晶』。鬼獣を寄せ付けない効力を持つ源貴片。亜氣羽さんはさらっと説明してたけど、この恩恵は『指定破狂区域』探索において究極の合理化をもたらす。もちろんこの手の士器はあるし、『聖』でも開発されてるけど……この『恐凶命晶』は既存品の精度を大きく上回ってる)
そして、榎屡氣はもちろんとして、雛菊もまた湊の狙いに気付いていた。
(……この漣湊って人、私達のことを探ること全然諦めてない…!『恐凶命晶』の大量生産が可能になれば『慟魔の大森林』も格段に探索しやすくなる…。そうして、私達の住む『翠晶館』に自力で辿り着くつもりだ…!)
(とか雛菊さんは思ってるみたいだけど……いやいやいや、今言ったように貴女達の稀少性は計り知れないんです。このままここで黙認なんてできない。………正面から探らず、こうして迂回して探ることぐらいは許してほしいね。ってか榎屡氣さんはその辺もわかってるみたいだけど)
当の榎屡氣は肩を落として。
「それは偶然鬼獣の心臓から採れたもの……というハッタリも効かないんだろうね…」
「ええ。…これ、自然に生まれたものではないですよね? 鬼獣の心臓を特殊加工したのか、それとも鬼獣そのものを養殖して結晶化する餌を与えたのか。結晶化した後も特殊な処置を施したのか。……是非、知りたいです」
「ふむ。……しかしそうなると、この資料に記載されたデータだけでは不十分だね。なんせ『恐凶命晶』はワシの生涯における最高傑作の一つなんだから」
榎屡氣の返しを予想していた湊が、別の全収納器を取り出す。
「では、こちら 」
そんな湊を、榎屡氣は手を広げて制した。
「いや、まずワシの要望を聞いてくれないかい?」
湊が別の情報を渡そうとしたタイミングで榎屡氣からそんな提案をされた。
「……申し訳ありません。気が逸ってしまいました」
湊は素直に謝りながら、(主導権を握ったままとはいかないか…)と心中で肩を落としていた。
「それで、どういった要望でしょうか?」
聞くと、榎屡氣が「その前に」と前置きをした。
「ワシは今回雛菊との戦いからしか見ていないが、この空気中に漂う『洸血気』の残滓、亜氣羽のものだけとは思えない。……お主も、『鬼寶我』…こちらでは『鬼尤羅化』だったか。……取り敢えず、〝鬼〟となることはできるね?」
「……はい」
榎屡氣の意図を勘繰りつつ、湊は正直に答えた。
「そしてこの『洸血気』の濃密さ……もしかして、お主も『慟魔の大森林』と同レベルの『指定破狂区域』……今しがた述べていた『屍闇の怪洞窟』で育った身……違うかね?」
「仰る通りです。そのことはつい先程亜氣羽さんにも伝えました」
湊は肯定しながら、内心で冷や汗を掻いていた。
(……いやいや、空気中に残った洸血気から俺が修羅士になれることを見抜けるのはまあわかる………でも、『指定破狂区域』で育ったことも見抜くって……どんな探知精度だよ…っ。百歩譲って俺が『鬼獣使士』じゃないところから予想したなら納得できるけど……洸血気の〝濃さ〟でわかるって異常過ぎ……っ!
……俺が知る中で最も探知法が上手いのは多分マチ兄《クレマチス》だけど、……少なくとも洸血気の探知精度に関しては榎屡氣さんの方が上だな…)
湊は兄弟子である第五策動隊隊長の顔を思い浮かべつつ、榎屡氣に先を話すよう促した。
「それを踏まえた上でのご要望とは一体なんでしょう?」
「それほど難しいことではない」
わざとらしくそう前置きしてから榎屡氣が要望を述べた。
「その『屍闇の怪洞窟』の詳細な地図を頂きたい」
「……ッッッ!」
これにはさすがの湊も予想外過ぎて驚いた。
「言っとくが、市販のものは認めないよ」
榎屡氣が追い打ちをかける。
「お主らの組織が一から探索して作成した詳細なマップ。鬼獣の種別や各個体数の多さと群れの形成の有無。そして生息地の詳細。採れる薬草に関しても同じだ。また洸血気の濃度や、『洞窟』にあるかはわからないが、湖や沼などの特殊危険地帯も。………そして何より『屍闇の怪洞窟』と言えば、無数に存在する〝穴〟だね。〝穴〟の場所を正確に記録した地図。……あるんだろう?」
そう。
『指定破狂区域』の探索において欠かせないもの。
それは地図。
指定破狂区域探索を生業とする阿座見野家や武装探検集団『森狼』などの組織は独自に探索して地図を作製している。
市販のものはその一部に過ぎない。
この地図は『破狂区地図』と呼ばれており、『参禍惨域』レベルのものになれば数千万から数億の価値もある。
……しかしそれは、士達が命を賭して作り上げた正に〝数多の命の結晶〟なのである。
「もちろんありますよ。指定破狂区域の地図、通称『破狂区地図』」
湊は認めつつ、一歩も退かない勇ましい微笑みを浮かべる。
「……ちなみにお聞きしますが、この地図を入手したら『屍闇の怪洞窟』を探索するおつもりで?」
「ああ。ちょっとね」
「……そうですか」
(答える気はなし、と)
湊はちらっと雛菊の表情を窺う。
(雛菊さんも見当つかない感じか…)
「では本題に戻しますが、『屍闇の怪洞窟』の『破狂区地図』をお渡しすれば、『恐凶命晶』の製造方法を教えて頂けるのですか?」
「いいや。悪いがそれはできん」
あっさりと否定する榎屡氣。
湊が「……」と無言で見詰めると、榎屡氣が苦笑する。
「そう怖い顔しないでくれ。お主を信頼しないわけではないが、その『破狂区地図』が本物かどうか、こちらとしては確証を持てないんだ。だから『恐凶命晶』の製造方法というワシに取っての秘伝をそう易々と教えることには抵抗を覚えてしまう。………だから、別の代物で勘弁してほしい」
榎屡氣の言い分も最もだと理解する湊はとやかく聞かずに聞き返した。
「別の代物とは?」
聞くと、榎屡氣が片腕を軽く持ち上げて、そのローブの袖の隙間からまた鬼獣の蛇をにょろにょろと表に出す。
(……さっきの蛇と違う…)
先程雛菊を起こした蛇とは僅かに見た目が違うことを湊が見抜く。
その赤黒い角を生やした蛇が口を大きく開けた。
……そして、
その口の中から、大量の水晶………『恐凶命晶』を吐き出した。
テーブルに収まりきらない量の水晶を操作法で浮かせながら、榎屡氣が告げる。
「『恐凶命晶』、計50個。これを代わりとさせてほしい」
「……ッ。これはまた随分と奮発しましたね…」
湊があまりの大胆さに笑みが零れてしまう。
榎屡氣も苦笑しながら。
「お主も気付いておるのだろう? ……この『恐凶命晶』は恒久的な代物ではない。消耗品だ。製造し、完成すると同時に徐々に効力を失っていく。基本的に持続するのは約三週間。使わなければ先程お主に渡した物のように数カ月単位で使用は可能だ。
……もちろん、その効力は失っても上級鬼獣の心臓の水晶として素材の価値は残るから『源貴片』と言って差し支えないがね」
……そう。
湊も気付いていたが、この『恐凶命晶』は永続的に効力を発揮するものではない。
イメージとしては元々の鬼獣の心臓の水晶に榎屡氣が何かしらの加工を施した。
それを持ち出した亜氣羽はこの加工が剥がれ、加工によって抑え込まれていた『恐凶命晶』の狂暴な精神が剥き出しとなり、亜氣羽を呑み込んだ…。そんなところなのだろう。
(……だから俺は製造方法を要求した。幾分か消耗したこれをもらってもあまり意味がないから。……でも正直、この要望が通るとは思っていなかった。最初大きな要求をしてから少し小さめの要求をする。交渉事の基本だ。……それをしたに過ぎないが……まさかこんなことになるなんてね…っ)
湊は大量の『恐凶命晶』を眺めながら思う。
(これだけの量があれば研究用や実践用で使い分けることもできる…。それにもしかしたら研究すれば製造方法も分かるかもしれない。………だけど…、)
湊は榎屡氣の自信たっぷりな表情を視界に収めながら思う。
(榎屡氣さん…。まるで〝作り方を暴けるものなら暴いてみせろ〟とでも言いたげだね…。それほど難しいのか。いや、そりゃ難しいか…)
これは榎屡氣の罠だ。
榎屡氣は『恐凶命晶』という消耗品を、
湊は『破狂区地図』と薬の成分表という恒久品を、
交換する。
もし『恐凶命晶』の原理を解明できなければ湊側の損害は大きい。
(……多分だけど、この『恐凶命晶』を作るには榎屡氣さん特有の司力か、それか別の源貴片や宝具が必要だと考えれば、仮に原理を解明できたとしても再現することはほぼ不可能…)
製造方法がわかっても、道具が無ければ意味がない。
(雛菊さんも薄っすら知ってるみたいだから読めるけど、その線が濃厚っぽいな…)
背後の雛菊で簡単な答え合わせをしつつ……湊は提案をした。
「わかりました。主軸は今の内容で構いません。ただこの内容だと仲間に色々言われそうなんで、もう少し細かく交換情報を詰めさせてもらってもいいですか?」
まだまだ食い下がるつもりの湊に、榎屡氣がくつくつと笑う。
「ワシは構わないが、お主はよいのか? ……時間が経てばここも直に見付かってしまうのではないのかい?」
「大丈夫ですよ。元々貴女との取引はスピード重視などせずにじっくり時間を掛けて話し合うつもりでしたからね。……しっかり手は打ってあります」
湊がくすりと笑った。
……それからも湊と榎屡氣は長い時間を掛け、詳細な内容まで慎重に話をまとめていく。
…………その話し合いは、一時間以上も続いた。
■ ■ ■
湊と榎屡氣の交渉が続いている最中。
同時刻。
『北斗』の所員、30代の男性、設楽海馬は持ち前のフィジカルを活かして仲間である上山琴代が示した方角へと先行して駆けていた。
加速法と跳弾法の併用で建物と建物を渡っていた……その時。
「ッ!? あれは…!」
設楽はあるものを見付けた。
それは………とある建物屋上で横たわり気絶している漣湊の姿だった。
(漣湊!? なぜ!? 亜氣羽という少女から逃げたのか!? ……監視だけという話だったが、致し方ない!)
このまま放っておくわけにもいかず、ぐったりした漣湊の元へ設楽は駆け寄った。
■ ■ ■
設楽が漣湊発見から約30分後。
「ハァッ、ハァッ…!」
紅井勇士は獅童学園の廊下を全速力で走っていた。
『宝争戦』で綺羅星桜に敗北した勇士はそのまま気を失い、次に目が覚めた時は獅童学園の医務室にいた。どうやら青狩総駕が運んでくれたらしい。
そして亜氣羽が暴走して湊を攫ったという話を聞いて気が気でなかったのだ。
武者小路家の手の者が探索しているらしく、勇士も参加すると進言したが、負傷者の未成年を使うわけにもいかず、医務室で大人しくしてもらっていた。
……そんな時、湊が見付かったと聞き、勇士はこうして走っている。
そして勇士は別の医務室に着き、勢いよくドアを開けた。
「こらっ、静かに開けろっ」
すると室内にいた猪本圭介が勇士を咎める。
勇士は「す、すみません」と謝りつつ、「み、湊は…!?」と室内に入った。
………そして。
「だからうるさいって、勇士」
ベッドの上で座っていた湊が溜息を吐いていた。
長い夜色の髪を今は降ろしており、どことなく淑やかさが漂っている。
「湊…! だ、大丈夫なのか…?」
「うん。命に別状はないって」
ちなみにその部屋には猪本と湊の他に武者小路源得と速水愛衣がおり、源得が勇士にざっくりと説明した。
「………『宝争戦』を行った街の更に二つ隣の街の雑居ビルの屋上で気絶しているところをたまたまそのビルの清掃員が発見したらしい。ポケットから生徒手帳が落ちていて、連絡をしてくれたようだ。獅童学園へと運んで水薬を点滴で投与したらすぐに目が覚めた」
「そういうこと」
湊が同調すると、勇士が別の疑問をぶつけてきた。
「ぶ、無事ならよかったが……お前、どうやって逃げたんだ…?」
「ああ、それは愛衣からお裾分けしてもらっていたこれのおかげだよ」
湊がベッド横の台に置いてあった小さな機械品を手に取る。
それは、愛衣が表社会の武器として利用している小型爆弾だった。
「隙を見て亜氣羽さんをこれを顔の近くで爆破させて驚かせ、そのまま逃げたんだ。まあ上空から落下して受け身が上手く取れなくて、気かなり消耗してたことも相まって気絶しちゃったんだけどね」
湊の要点だけまとめた説明に勇士は納得がいかないようで。
「亜氣羽さんに追い掛けられなかったのか…?」
当然の疑問だ。
「うん。……」
それに対し、湊は歯切れ悪く答えた。
勇士が首を傾げると、湊は「さっき愛衣達にも言ってちょうどその話をしてたんだけど、」と話し始める。
「これは証拠のない俺の見立てなんだけど……。俺は亜氣羽さんの獣装法で具象された巨大な獣の手で鷲掴みにされてて、その掴む握力が緩んだところを突いて逃げたんだけど、その時亜氣羽さん何か別のことに気を取られてたっぽいんだよね…」
「別のこと…?」
湊が頷く。
「うん。………多分、別の士が亜氣羽さんを狙ってたんだと思う」
「ッッ!」
勇士が驚く。
湊が続けて。
「亜氣羽さんは誰かに狙われていることに気付いて俺の拘束が緩み、俺がその隙を突いて逃げた瞬間、誰かが亜氣羽さんを襲い、俺は追われることなくなんとか逃げ延びた。……今思い返せば、なんか気を探知したような気もするしね」
そこまで話すと、勇士が自然と、口を開いた。
「亜氣羽さんは大丈夫なのか…?」
それに逸早く反応したのは、愛衣だった。
「なに? 亜氣羽さんの心配してるの? ………最初騙されてたのに?」
「……ッ」
それを言われると何も言えなくなるのか、勇士が押し黙った。
亜氣羽に攫われた湊に対して不謹慎だったことも察したのだろう。
「それよりも気になるのは、その襲った奴だよな」
そこで猪本が観点をずらした。
「まあ現状ではなんとも言えんがな。一応『聖』の疑惑がある蔵坂先生が住むマンションにも監視は立てていたが、少なくとも外出してはいなかったらしいしな」
猪本の予想に源得も続く。
「じゃな。聞けば亜氣羽さんはここらに来る以前も幾つかの街に滞在していたらしい。……そこで妙な連中に目を付けられた可能性も十分にある」
それに湊と愛衣も続いた。
「そうですね」
「現状ではなんとも言えないです」
………そう言いながら、愛衣は(いや、)と猪本の言葉を否定していた。
(蔵坂鳩菜はマンションを外出してた。光を応用した光学迷彩の司力とA級鎮静系にも匹敵する絶気法で完全に姿を消して、密かに家出していた。……猪本先生、『聖』相手に付け焼刃の監視者じゃ通用しませんよ。
……『北斗』の仲間の報告によれば、蔵坂鳩菜は街の片隅で結界法を張ったところまでは掴んでる。結界が解かれた後も蔵坂鳩菜以外の人間はいなかったらしいけど……断言できる。『北斗』の監視のプロの探知すら誤魔化す『聖』の隊員を呼び寄せたんだ。
……その呼ばれた隊員、おそらく複数以上が爆速で亜氣羽さんを追い狙った。……そこから先は湊が話した通り。……一応、筋は通るわね…)
そして、ベッドに座る漣湊………もとい、その中の人物は、心臓が押し潰されそうな緊張を味わっていた。
(…………よかった…っ。紅井勇士の『天超直感』にも引っ掛からなかった…っ。ていうかほんとなんなのさ! 今この空間に『天超直感』と『超過演算』がいるの!? 馬鹿なの!?
クロ~~~っ! 突然信号連絡してたきたと思ったらうちにこんな色んなこと覚えさせてこんな鉄火場に放り込んでくれちゃってさ! クローと速水愛衣関連で起きたことはいつも報告書で予め覚えてるといっても今日のこととか! うちの司力はお前のものじゃないんだぞ! む~~~~!!)
『聖』第四策動隊所属・コードネーム「ネメシア」。
質は具象系水属性。
司力は『完似創人』。
146センチの身長を活かしてすっぽりと気を纏い、全くの別人に成り代わる能力だ。
己の一挙手一投足に仮面を貼り付ける『完偽生動』、分子レベルの気操作により、他系統の気の〝感覚〟を再現する偽気法、精密な気操作で声帯を振動させて任意の声を発する方法、体の水分を操作して更に体格を絞る方法など様々な〝欺き〟の技術を集結させて初めて成し得る司力である。
湊は雛菊が現れた時点ですぐに『聖』本部に信号を送り、蔵坂鳩菜にスターチス・シラー・ネメシアの三人を転移士器で呼んだ。
スターチスは今回湊のいる結界を見張る以外の出番はない。本当ならコスモスの無遁法で完全に気配を消す方が得策なのだが、湊の一存で温存した。
そしてシラーとネメシアには今回働いてもらった。
シラーは他者の探知法を阻害する司力を有しており、それは『北斗』の特殊な〝眼〟を持つ上山琴代の探知すら錯覚を起こしてしまい、偽物の湊を発見させた。
それがネメシアである。
本来は雛菊を無力化した後、雛菊相手に交渉するための時間確保、もしくは『誘靡』が不発に終わって逃げられた時の為に呼んだのだが、結果的には榎屡氣との交渉の時間をたっぷり確保するというベストな選択をする結果となった。
予想通りに進まないことが多かった湊であるが、最後はなんとか『聖』の利へと繋げられた。
■ ■ ■
ネメシアが湊として保護されてから数十分後。
「…………それじゃ、これでワシ等は帰らせてもらうよ」
湊と榎屡氣の情報交換は無事終わり、榎屡氣が雛菊の転移法を用いて去ろうとしていた。
榎屡氣、雛菊、亜氣羽の三人共一個所に集まっている。
湊も椅子から立ち、見送る形で三人の前にいた。
ちなみに湊の周囲には頂いた『恐凶命晶』100個が浮いている。
最初は50個だったが、交渉により倍に増やしたのだ。
「……全く、100も上げるつもりはなかったのにね…。それに他にも色々情報取られちまった…。……本当に交渉上手だよ」
「こっちとしては『恐凶命晶』の製造方法のほんの一部でも聞ければと思ったのに、全然教えてくれなくて溜息ものですけどね」
榎屡氣と湊がふっと笑い合う。
そして湊が。
「榎屡氣さん。最後一言だけいいですか?」
「? なんだい?」
少し疲れた表情の榎屡氣に、湊が天使のような微笑を浮かべて。
「また、お会いしましょう」
「………ふっ。もう会うことはない。これっきりさ」
榎屡氣が「雛菊」と合図を送る。
雛菊が転移する為の気を練り始めた。
………そして転移する直前、湊と亜氣羽の目が、交差した。
いかがだったでしょうか?
そろそろ今章も終わりです。
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