第21話・・・ルオ・イニシエート_五人の_まもる・・・
『鬼尤羅化』。
これはある状態に成る時の掛け声のようなものだ。
こういった言葉は一種の条件付けで、この言葉を発することで脳のスイッチを入れる役割を果たしている。
だから、国によっても違う。
ましてや、俗世と隔離された森の中の住人は、もっと理に適った発音の単語適用していることも考え得る。
「『鬼寶我』ッッ!!」
そして、コンパクトな単語を叫んだ亜氣羽が、ある状態に成る。
……『修羅士』。
本来、『鬼獣使士』が使役する鬼獣の角を己に刺し、『洸血気』を流し込むことで至れる、言わば外付け最強の力だ。
しかし、それを鬼獣無しの生身でやってのけた十代半ばの少女が、湊の前に立ちはだかっていた。
二本の赤黒い角『鬼赫角』を生やし、全身に淡く発光する赤黒い線を走らせた、半異形の形姿。
『慟魔の大森林』で長く暮らすことによって、『洸血気』を宿す肉体となった少女、亜氣羽。
「いっくよーッッ!! ボク『達』ッ!!」
亜氣羽が叫ぶと同時に、一瞬で亜氣羽の周囲に気が広がり、何かを象り、具象化を始める。
「させない」
湊が相手の死角を取る歩法『夜見影』で肉迫する………が、湊は迂闊に近寄れない壁に阻まれ、足を止めざるを得なくなった。
亜氣羽をすっぽり覆う半径10メートルほどの球体の赤黒い壁が一瞬で形成されていたのだ。
(……これは『鬼血の壁』。〝歪み〟の壁……破れないことはないけど…)
湊は考えながら、壁の中の亜氣羽を見て一旦後ろに退いた。
直後、五人の亜氣羽が具象形成された。
本物の亜氣羽が「イエーイッ!!」と雄叫びを上げる。
「これがボクの究極狩猟モードッ!『五鬼陣来』ッッ!! この五人プラス一人から逃れられた鬼獣はいないんだよッ!」
(……またまたこれは厄介だな…)
湊は感情を押し殺し、具象された五人の亜氣羽を数瞬で観察した。
その特徴ははっきり言ってわかりやすかった。
一人は火を纏い、西洋風の長い剣を構えている。
一人は水を纏い、長い槍を構えている。
一人は土を纏い、大きな鎌を構えている。
一人は風を纏い、弓矢を構えている。
一人は雷を纏い、両手にはナイフを構えていている。
全員、本物ほどではないが、10センチほどの鬼赫角を生やし、全身に赤黒く発光した線が走っている。
(まず、べらぼうに厄介なのが、五人全員が『別己法』で具象されてることだ。……俺の瞬間的に使う虚無法と違って、別己法は維持し続けなければならないデメリットがある。理界踏破一歩手前の超上級法技の中でも、特に難しいとされてるのに…それを一気に五人…。
でも正直、ただの別己法ならそれほどキツくはない。S級が使っても作られるのは完全なS級とは言えないからだ。一部スペックはA級止まりになる)
本来別己法は潜入や囮などの謀で使われることが多い。先のデメリットと合わせても、戦闘で使われることは少ない。
(……しかし、洸血気は、そんなデメリットをあっさり覆す)
湊は頭を悩ませた。
(洸血気の特性は『歪曲』。A級の攻撃に『歪曲』を付与すれば、S級の気構成を歪ませて攻撃を通しやすくできるし、A級が動く際に空気密度を歪ませれば不規則な動きでS級とも張り合える)
乙吹礼香のような未熟な修羅士だとその効果も安定しないが、亜氣羽は格別だ。
(…それに分身一体ごとに属性を絞って役割を分け、俺の戦い方から分身ごとの武器をチョイスしたり、具象された武器は士器と比べると劣るから本来はあまり怖くないのに洸血気を纏っている所為でそうもいかなくなったり、亜氣羽さんの元々の属性は風だから〝風の亜氣羽〟さんだけは特に気を付けるべきだったり、分身は動きが読み辛いから余裕を持って動かなきゃいけなかったり………………ああ~、色々考えさせやがってよ…っ)
「改めていっくよッ! ボク『達』ッッ!」
そして亜氣羽『達』が動いた。
計六人の亜氣羽が洸血気で空気密度を歪曲させた不規則軌道移動により、六方向から同時に攻め込んでくる。
「『虚無激振』ッッ!!」
湊が音叉をカツンと強く鳴らし、全てを消し去る振動攻撃を繰り出す。
「『風の囮矢』ッ!」
「『火の空間焼』ッ!」
弓矢を持つ〝風の亜氣羽〟が風を纏う矢を放って大量具象し、『虚無激振』の威力を減少させ、西洋剣を持つ〝火の亜氣羽〟が巨大な炎の斬撃を飛ばして空間ごと『虚無激振』を焼き消した。
普通なら湊の虚無法を破れないA級並みの攻撃だが、洸血気による歪曲の特性も付与されることで湊の気が歪まされて威力が激減しているのだ。
結果、湊の自慢技の一つがあっさり破られてしまった。
(だと思った。……『夜見影』)
しかしそれは湊も読んでいた。
『夜見影』で湊へ攻撃せんと肉迫していた六人の亜氣羽の内、大きな鎌を持つ〝土の亜氣羽〟の死角を無言で取り、迅速な手捌きで音叉を振り下ろす。
(分身を完全に消滅させて亜氣羽さんに気も回収させない!)
「あっぶなーい!」
だがその湊の首元に本物の亜氣羽の半月刀が迫っていた。
「ッ!」
湊は瞬時に上空へと回避する。
(……本物の亜氣羽さんと一番離れていた〝土の亜氣羽〟さんを狙ったのに……まさかあそこまで速く反応されるなんて……『修羅士』になって反射神経もわかりやすく倍増してるな…)
別己法の亜氣羽も面倒ではあるが、絶望的な脅威ではない。しかしその中に本物の亜氣羽が混ざり込むことで相対的な脅威度が爆上がりしている。
「『雷の麻痺域』ッ!」
湊が回避した先へ絶気法で気配を消して回り込んでいた〝雷の亜氣羽〟が雷を広範囲に撒き散らし、湊は逃れられず痺れさせられた。
「ぐ…っ」
具象された雷と言えど、洸血気を混ぜられたら湊も苦しい。
「『雷の双瞬斬』ッ!」
「『土の鎌落』ッ!」
「『水の一点槍』ッ!」
湊の動きを一瞬縛った瞬間、近くの三人の亜氣羽が一斉に襲い掛かった。
〝雷の亜氣羽〟が雷を纏った二本のナイフをクロスして斬りかかり、〝土の亜氣羽〟が大きな鎌を振り下ろし、〝水の亜氣羽〟が渦巻く水を纏った槍で貫きかかる。
……しかし、三人の亜氣羽の攻撃が湊をすり抜けた。
「「「えッッ!?」」」
『陽炎空』。空気密度を調整して幻影を見せる司力だ。
幻影を囮にし、湊はいつの間にか〝水の亜氣羽〟の背後で音叉を振り上げていた。
「やっぱそういう手も使ってくるよね! 『火の極振り』ッ!」
しかし気配を消して一歩後ろに控えていた〝火の亜氣羽〟がその湊の背中に斬りかかった。
「『風の直線貫』ッ!」
更に、その〝火の亜氣羽〟の攻撃よりも速く、〝風の亜氣羽〟の弓矢が湊を射抜かんと迫っていた。
「『緩和振』」
湊は落ち着いて音叉をカツンと鳴らし、濃厚な鎮静の気を周囲に展開することで敵の気を緩和し、消すことが出来ずとも遅めることが可能だ。
それは〝風の亜氣羽〟の矢だけでなく、〝火の亜氣羽〟自身にも作用し、動作が遅くなる。
湊はその隙を逃さず、瞬足で〝火の亜氣羽〟に接近して消そう……とするが、
「「「『水土雷の三重壁』ッ!!」」」
先程湊の幻影に騙された〝水・土・雷の亜氣羽〟が巨大な壁を張って〝火の亜氣羽〟を守った。
(次から次へと…)
湊がうんざりな気持ちになる…が。
「「「『水土雷の荒波』ッ!!」」」
湊の行く手を阻んだ三属性の巨大な壁がそのまま倒れるように荒波となり、湊を襲った。
「『消滅強振』ッ」
湊が消滅法を付与した振動攻撃で水土雷の荒波を打ち消す。
(亜氣羽さんの属性じゃなければ、いくら洸血宝を混ぜてても虚無法を使う必要はないな…。
でもこのままじゃジリ貧だな…。言わば五人のA級上位の士が完璧な連携…。正直、『聖』の隊員を相手にする時よりキツイわ…)
※ ※ ※
(……すごい、ミナトくん。『五鬼陣来』を難なく防いでる! ひな姉やりん姉だって大苦戦するのに!)
亜氣羽は家族と手合わせしたことを思い出しながら、湊の強さに改めて感服していた。
そして亜氣羽の気分上昇と呼応するように、左腕に巻き付けた巾着の中の『源貴片』が発光度を増す。
亜氣羽が頬を朱く染めた。
(だったら、もっとレベルを上げなきゃね)
その瞬間、今も攻撃を続ける〝五人の亜氣羽〟の全身に走る赤黒い線が強く発光した。
※ ※ ※
(これは…また…)
湊が溜息を押し殺した。
分身達の赤黒い線が発光するのと同時に、五人の亜氣羽の気、特に洸血気が膨れ上がった。
「こっからは洸血気主体で攻めるよ!」
ご丁寧に本物の亜氣羽が宣言する。
(いやいや……今までも十分辛かったけど? 俺の大好きな『一面結界』も使い難くて意外と薄氷の上だったけど…?)
思わず湊がツッコミを入れるが、当然亜氣羽には届かない。
「『土の鬼血惑星』ッッ!!」
そうこうしている内に、〝土の亜氣羽〟が半径三メートルはある球体の岩を、まるで惑星のように周囲に展開した。
(……『洸血気』が濃縮された疑似惑星でここら一帯の空間を歪ませて俺の移動を阻害し、精神も歪曲させて徐々に蝕むつもりか…。簡易的な領域ってわけか)
「『火の鬼血斬り』ッッ!!」
そして〝火の亜氣羽〟が先陣を切り、赤黒い《エナジー》の混ざった燃え盛る炎の西洋剣を振り翳してくる。
湊は他の分身に気を配りつつ、〝火の亜氣羽〟の攻撃を真向から音叉で弾いた。
そのまま湊が追撃しようと一歩踏み出たら、〝風の亜氣羽〟に足下を矢で狙われほんの一瞬だが、牽制されて時間を稼がれてしまう。
そしてその一瞬の隙に、〝火の亜氣羽〟が洸血気を鬼赫角に集中した。
すると、角の先端に赤黒く輝くエネルギーが球体状に生成されていく。
超濃縮された洸血気の塊だ。
(………まさか分身でそれ使えるとはね)
湊が顔を引き攣らせるや否や、
「『鬼汪羅烙』ッッ!!」
その洸血気の塊が、超広範囲を埋め尽くす光線と成り、放出された。
『鬼汪羅烙』。
修羅士の中でも一部の者だけが使える脅威的な技だ。
原理は単純。
超濃縮な〝歪み〟の洸血気を一点に集中し、限界を越えると共に一方向に放つ。
この攻撃は不規則ではなく直線的に進み、最後直撃した対象の防御も攻撃も身体も精神も全て歪ませて戦闘不能とする技だ。
その威力と難易度は理界踏破一歩手前の虚無法や別己法と同格だ。
湊の全長をすっぽり覆う光線が一瞬で射貫かんと差し迫る。
「『虚無激振・斬』ッ!」
躱しても他の亜氣羽に隙を与えると判断んした湊は、『虚無激振』の振動を縦斬りするように収束させて『鬼汪羅烙』を迎え撃ち、耳を劈く衝撃音と共に相殺する。
(分身でこの威力か…。先々厳しいな…)
本日何度目かわからない心の溜息を吐いていると…。
「『水の鬼足取湖』ッッ!!」
「『雷の鬼麻痺域』ッッ!!」
続け様に、湊を挟むように位置していた〝水・雷の亜氣羽〟が動いた。〝水の亜氣羽〟は足下に赤黒い湖を敷いて湊の足を取らんとし、〝雷の亜氣羽〟は這うように赤黒い気が混ざった雷を湊の周りを囲むように放出する。
「『風の鬼轟多矢』ッッ!!」
また〝風の亜氣羽〟が放った矢を五十本以上具象して漏れなく赤黒い気を纏い、頭上から雨の如く降らんとしている。
そして、その全てが『歪曲』によって不規則な軌道を描いている。
普通なら予測は不可能。
大技を放って相殺するしかない。
だが。
「パワーアップして技が大雑把になっちゃったね」
湊は特に大技を放たず、頭上の不規則な軌道を描く弓矢の雨に向かって飛び跳んだ。
そして一般的な法技である加速法と歩空法の組み合わせで流麗な軌道を描き、『土の鬼血惑星』の影響で体の自由が効かなくなる時もあったが、その度に鎮静の気で払い、結果的に余裕で縦横無尽な弓矢の雨をあっさりと突破した。
「そこぉ!」
しかし、湊が弓矢の雨に突撃したのを確認してから動き出し、ギリギリ回り込みに成功した本物の亜氣羽が半月刀を振り抜いていた。
(間に合うのかよ!)
湊が半月刀を音叉の二又の間に挟んで受け止めながら、心中で叫ぶ。
亜氣羽が接近していたことは承知していたが、間に合うとは思っていなかった。
「あれ、本当に間に合っちゃった!」
亜氣羽がジリジリと音叉に挟まれ捻って固定された半月刀に力を込めながら、間に合ったことに自分で驚いていた。
洸血気の『歪曲』の不規則性に加えて本人も間に合う自覚が無かったとあれば、さすがの湊も読み切れない。
(でも、好都合!)
湊は空いている右手の音叉を亜氣羽へと振り切った。
亜氣羽の半月刀は湊の左手の音叉に挟まれ固定されているから防げない。
「…らァッッ!!」
しかし亜氣羽は『獣装法』で獣の手を左手に具象装備、湊の右腕を音叉ごと鷲掴みにして攻撃を未然に防いだ。
「今だよ! ボク『達』ッ!」
本物の亜氣羽の掛け声に、他五人の分身の亜氣羽が四方八方から襲い掛かる。
瞬時に、湊が思考した。
(この拘束なら無理矢理解いて離れることもできる……でも、本物の亜氣羽さんが目の前にいるチャンスは逃せない!)
一瞬で考えをまとめ、湊がとある防御技を発現した。
「『虚無の四重壁』ッッ!!」
湊と亜氣羽を包む半径10メートルほどの球体状の風の壁が四枚、瞬く間に構築された。
触れれば全てを消し去る虚無法の壁。
さすがの別己法の亜氣羽『達』も迂闊に近付けない。
「へー!」
『虚無の四重壁』を見た亜氣羽が目をキラキラさせた。
「かなりレベル高い虚無法の壁だねっ。……でも、ミナトくんの気がごっそり減ったのが伝わってくるよ? ちょっと無理し過ぎたんじゃない?」
そう。理界踏破一歩手前の超上級法技は例えS級であろうと何回も使えるものではない。それは湊も例外ではなかった。
湊は若干の汗を浮かべながら、清々しさと悪戯っぽさを混ぜ合わせたような笑みを浮かべた。
「亜氣羽さんと二人っきりになるためならへっちゃらだよ」
「ッッ! ちょ…」
至近距離の湊の魅力全開の笑みと、キザな台詞に、思わず亜氣羽が赤面した。
その動揺を湊は遠慮なく突き、亜氣羽の顎を狙って蹴り上げた。
だが亜氣羽は躱さず、湊の脚が上がりきる前に自身の右脚を間に挟んで防いだ。亜氣羽の脚は相当な柔らかさがなければ曲がらない可動域を発揮しており、野性味がある。
「酷いなぁ! 女心を弄んで!」
未だ互いの両腕を互いに拘束している状態の至近距離から亜氣羽が叫んだ。
「そうも言ってられない状況だからねっ」
湊は余裕のある笑みを浮かべつつ、内心で冷や汗を掻いていた。
(……『慟魔の大森林』っていう常在戦場で過ごした所為か、圧倒的に〝受け〟が上手い。俺がどう攻撃しても並外れた反射神経と身体能力で対応してくる…。分身と戦ってた時もそうだったけど、本物は格別…ッ! 予想できないことはないけど、直前まで亜氣羽さん自身どうするか決めてないからこっちの対応もギリギリになる…ッ)
湊はそろそろ切り札の出しどころを見極めるべきだと考えた。
(………やっぱり…『誘靡』で決めるしかないな…)
湊の切り札、理界踏破『誘靡』。
起こり得る未来全てを予測し、消滅させる力。
(源貴片の影響で読み辛かった上に、基本分身しか攻撃してこなかったから使い所が難しかったけど………本物が前にいる今しかないよな)
「……ミナトくんって、『理界踏破』使えるの?」
(ッッ!?)
その時、突然亜氣羽から考えていることをドンピシャで聞かれ、表情には出さなかったが動揺してしまう。
「……さあ、どうだろうね。そういう亜氣羽さんはどうなの?」
それでも至って平然と湊が質問を返してはぐらかすと、亜氣羽が苦笑した。
「ボクは無理。特訓はさせられてるけどね。………ああでも、ミナトくんなら使えそうだな…」
「まあ、『理界踏破』は強力ではあるけど絶対ではないからね。……仮に使えたとしても、それでどっちが強いとか決まるものでもないから」
そう。
『理界踏破』を使えるS級と、使えないS級に気量の大きな差はない。概念への干渉力というまた別のセンスが問われる。
当然、『理界踏破』を使える方が断然有利だが、S級であれば防ぐなり、躱すなり、不発に終わらせるなり、などして九死に一生を得られる可能性も高い。
例え『理界踏破』と言えど、適当に行使して勝てるものでもないのだ。
湊の言を聞いた亜氣羽が、「ふーん」と鼻を鳴らす。
湊の右腕を鷲掴む獣の手に、ぎゅっと力が入る。
「なんかその口振りだと、本当に使えそう」
「そう思わせるのが狙いかもよ」
「それ自分で言う?」
「信じられないなら信じなければいいさ」
「……だめだ。口でミナトくんに敵う気がしない」
あはは、と亜氣羽が笑う。
しかしその笑いも一瞬で消え、重さと寂しさを伴った沈鬱な雰囲気を漂わせる。
「………ねえ、ミナトくんさっき、組織に所属しているって言ってたけど、……どっち?」
湊が首を傾げる。
「どっちって?」
亜氣羽が覇気薄く、口を開いた。
「生まれた時からその組織にいるのか、何かあってからその組織に入ったのか、どっち?」
「……その二択だと、後者かな」
湊が正直に答えると、亜氣羽が少し苦笑した。
「後から入ったんだ…。ちなみにさ、何かって……昔の仲間が死んだとかだったりする?」
亜氣羽の不躾な質問に、湊は目くじらを立てることはなかった。
湊の脳裏に過る。
孤児院での記憶。
笑顔に溢れた子供達と、優しさに満ちた大人達。
湊のこの世で最も大切だった家族のみんな。
…………そして幸せな思い出に浸っていると、嫌でも呼び起こされる………その家族の、凄惨な死に様が。
「……亜氣羽さん」
湊が静かに呼んだ。
「怒るわけじゃないけど、そういうの不謹慎だからやめたら?」
湊が真っ当な注意をすると、亜氣羽は「…ごめん」と言いつつも、あまり謝罪の念は籠っていなかった。
そしてまたぎゅっと、湊の右腕を鷲掴む獣の手に力が入る。
「でもさ、聞きたいよ。……ボク以外の不幸話」
「……不幸話…ね」
「不謹慎だってわかってるよ? わかってるけどさ……ボクだってしんどい人生歩んできたんだからさ、聞く権利あるでしょ!」
「……しんどい人生歩んだことと、聞く権利があることは全く別だと思うけどね」
亜氣羽が源貴片で支離滅裂になっていることはわかっているが、それでも一応湊は言葉で返す。
「確かにボクは物心ついた頃から『翠晶館』にいて、鬼獣と戦う時も大人達と同伴だったよ!? だからボクは不幸じゃなかったって!? そんなこと言うんだったら許さないよッ!!」
「誰もそんなことは言ってないし」
湊はそう返しながら、亜氣羽の全身に走る赤黒い線、額から生える二本の鬼赫角、左腕に巻き付いた巾着の中の源貴片が更に発光度を増していく。
まるで全てが一つの心臓のようだ。
(………完全に、呑まれかけてるな)
「もういいッッ!! いくよ! ボク『達』ッッ!!」
その声を合図に、『虚無の四重壁』の外側にいる五人の亜氣羽が洸血気を鬼赫角に集中した。
そして。
「「「「「『鬼汪羅烙』ッッ!!」」」」」
五人同時の『鬼汪羅烙』。
赤黒い〝歪み〟の光線が五つが『虚無の四重壁』の一点に集中放出され、空間にひびが入るような轟轟しい亀裂音と共に四枚の壁が破られる。
「あんな壁! その気になればすぐ破れるんだよ!」
亜氣羽は左腕だけでなく右腕にも獣装法で獣の手を半月刀ごと纏うように具象装備し、湊の両腕を固く拘束する。
「今だよ! ボク達ッ!」
その無防備な湊の背中に、
「『火の鬼血斬り』ッッッ!!」
「『雷の鬼双瞬斬』ッッッ!!」
「『土の鬼血鎌落』ッッッ!!」
「『水の鬼一点槍』ッッッ!!」
「『風の鬼直線貫』ッッッ!!」
五人の亜氣羽の渾身の攻撃が迫る。
(………………本当は、これ使うつもりあんまりなかったけど…………まあいいか)
湊が、唱えた。
「 『鬼尤羅化』 」
次の瞬間、本物と分身の亜氣羽『達』が、一斉に吹き飛ばされた。
□ □ □
「…………………………………………え……?」
亜氣羽は、瞳に映る光景が信じられず、半ば放心状態となっていた。
日常生活では油断や慢心が目立つ亜氣羽だが、勝負が始まれば一端の狩人だ。
そうそう相手に隙を曝け出すような真似はしない。
………そんな亜氣羽でも、今の湊を見たら、大きな隙を開けっ広げにして呆けるしかなった。
全身に走る赤黒い線。
額から生える30センチ大の赤黒い二本の角『鬼赫角』。
その身に纏う、赤黒い気『洸血気』。
その全てが、湊に備わっていた。
「まあ、これを使わなくても、やり様はあったんだけどさ」
亜氣羽の耳に、湊の言葉が届く。
「どうやら亜氣羽さんは不幸自慢をしたいみたいだから、特別に見せてあげるよ」
湊が、最初亜氣羽がやったように、全身を見せびらかすように両手を広げた。
「どう? カッコいい? カワイイ? ……なんつって」
『修羅士』……〝鬼〟と成った湊が、怪しく、微笑んだ。
■ ■ ■
約10年前。
『指定破狂区域』の中でも特に危険な三つの区域『参禍惨域』の一つ。
『屍闇の怪洞窟』。
真っ暗で、光など全くない空間。
「……………だいじょう………ぶ…………………げほっ、ごほっっ! ……………………………ぼくが…………………ぼくが何があっても……………………まもるから…っ……………………っっっ!!」
当時一歳前後の乳幼児だった………スイートピーの頬を撫でながら、…………当時五歳の湊は、涙を流していた。
悲痛的で、絶望的で、空虚な、とても子供とは思えない表情を浮かべながら。
いかがだったでしょうか?
湊のルーツが少し見えたかなと思ってます笑
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