第19話・・・ショック_呑まれ_対戦開始・・・
今回は文字数少なめです。
(………いやぁ、勇士が愛衣を好きになった時も思ったけど、本当に恋愛感情読み辛ッ! これは俺がまだ若いからなのかな? 大人になって人生経験を積めば精度も上がると願いたいけど……。………まあ、現実逃避はこの辺にしようか)
湊が意識を切り替えて現在の状況を見詰める。
疲労困憊で気残量も微かな綺羅星桜と乙吹礼香。
本気を出せない且つ嫉妬されている速水愛衣。
そして無傷全開で感情の居場所が怪しい亜氣羽。
(まずどう足掻いても勝てる戦力じゃない。……幸い、本物の亜氣羽さんは〝これからどうしよう〟って本人もこの後どうするか迷ってるみたいだから交渉の余地はあるみたいだから……俺が話すしかないよな。……………ていうかさっきから愛衣からすごい視線を感じるなぁ。ここまで愛衣に批難の目を向けられたのは初めてかもしれないなぁ…)
湊の察したように、愛衣は(湊~? モテ男~? これどういうことかなぁ? 聞いてないんだけど~? そりゃ好きな人に毒盛られたら女の子は超ショック受けちゃうよね~?)と滅茶苦茶責めていた。
「亜氣羽ちゃん…!」
綺羅星が代表して声を掛けようとするが、その肩に湊が手を置いて制す。
「俺が話しますよ」
「……わかったわ」
こういう舌戦、交渉事こそ湊の領分だと理解している綺羅星が大人しく引き下がった。
水晶の『源貴片』を手に持つ亜氣羽の前に、湊が歩み寄る。
7.8メートルの間隔で立ち止まり、湊は夜色の結った髪を靡かせながら、亜氣羽と初めて視線を合わせた。
「本物の亜氣羽さんとこうして顔を突き合わせるのは初めてだよね。改めて自己紹介した方がいいかな?」
淡々と、穏やかで、それでも親しみやすさを感じる言葉遣いと所作で亜氣羽に話し掛ける。
「別に必要なくない?」
亜氣羽がこてんと小首を捻る。
「わかった」
この答えが返ってくるのはわかっていた。
湊は礼儀を示しつつワンクッションを置き、軽く頭を下げた。
「まずは毒を盛ったこと謝らせてほしい。勝負とはいえ、あんまりやるべきことじゃなかった。申し訳ない」
愛衣が後方で同じように軽く頭を下げている。
(ここで深く頭を下げて仰々しく謝罪したら亜氣羽さんのプライドを逆撫ですることになる。亜氣羽さんとしても、〝俺に毒を盛られたことがショックで逆上した〟っていう事実を隠したいようだしね)
本物の亜氣羽の思考を超過演算で読みながら、湊は話を誘導していく。
「ううん、実際そんな気にしてないから、頭上げて? 今のは毒の所為でボクの分身が狂っちゃっただけだから」
頭を下げたまま、湊は想定通りの返しに安堵する。
これで毒を盛ったことや亜氣羽の分身が暴れ回ったことは一旦脇に置いて話を進められる。
「………………って、言いたいところだけど……めっちゃショックだった。本当に……本当に、ショックだった」
(え?)
湊がバッと頭を上げる。
そして亜氣羽を見て、その思考の変化に驚かされた。
(数秒前と思考の流れが違う!?)
「だからさ、」
亜氣羽が一歩踏み出す。
湊は自分の真骨頂が悉く効かない亜氣羽に対し頭を悩ませつつ、次の瞬間、亜氣羽が小悪魔的な笑みを浮かべて、告げた。
「ボクも悪い子になっちゃうね」
その声は、湊のすぐ隣から聞こえた。
亜氣羽が一瞬で、湊に接近したのだ。
湊には見えていたが、その凄まじいスピードには驚きを隠せない。
亜氣羽の超スピードに反応するわけにはいかない湊は、獣装法で右腕に具象装備した巨大な獣の手にあっさりと捕まった。
湊が顔を引き攣らせる。
(……あぁ、こうなるかぁ)
「ちょっと!?」
「ばいばーい」
綺羅星の制止の声も聞かず、亜氣羽は風で広範囲に土煙を発生させた。
………………すぐに綺羅星が水で土煙を払ったが、亜氣羽と湊の姿はなかった。
綺羅星と乙吹が〝なぜ?〟と困惑する中、愛衣は心中で重く深い溜息を吐いた。
(……随分と情熱的な子に好かれたね。…湊)
■ ■ ■
湊は巨大な獣の手に捕まれながら、雲の上を移動していた。
亜氣羽は疾走力と跳躍力に特化したチーターやウサギのようなしなやかで柔軟性のある獣の脚を具象装備し、歩空法で雲の上を駆けていた。
時速100キロ以上。S級の強化系と並ぶ速さである。
湊は風圧で片目を閉じながら、どうすべきか真剣に悩んだ。
(本気でどうするか…。……亜氣羽さん本人を読んでみても、精神がぶれぶれだからさっみたいに直前で考えてることが変わる可能性もある…。……やっぱ、ここは小細工抜きで真摯にいった方がいいな)
湊は腹を決めた。
亜氣羽は獣の手を具象装備した右腕を後ろに伸ばしながら疾走しているので、顔は見えない。
「ねえ、一回止まってちゃんと話そう。……亜氣羽さんも、今どうするべきか少し困惑してるでしょ?」
湊は亜氣羽の後頭部に声を掛けた。
精神はブレているが、迷いがあることはわかる。
そこを諭して話し合いに持ち込むことはまだできる。
「ボクね……ずっと気になってたことがあるんだ」
(ん?)
あれ、と湊が瞬きする。
困惑する湊の心情を知ってか知らずか、亜氣羽が言葉が続ける。
「どうして恋愛小説の登場人物ってあんなに意味不明な行動するんだろうって」
(……)
「そういう本読んだことある? 多分ミナトくんなら読んだことあるよね。……恋愛小説の人達って、いきなり支離滅裂なことやらかすんだよね。モノローグの説明文を読んでもボクにはいまいちそういう言動が理解できなくてさー。……あ、別に恋愛系が嫌いって言ってるわけじゃないよ? ドキドキキュンキュンするシーンもたくさんあって楽しいし」
(………)
「でもようやくわかった。………恋は理屈無しに暴走するものなんだって」
(………)
「そりゃ理屈のない言動を表現したり説明するのって難しいよね」
(………)
「ババ様にも言われたんだ。〝そういう本はまだ早いんじゃないかい?〟って。その通りだった」
(…………)
「でもボクはそんな意味不明支離滅裂な恋愛小説の登場人物とは違うよっ?」
(…………)
「確かにちょっと強引だったけど、理由無く今ミナトくんを連れ出したわけじゃないよ」
(………)
連れ出したというか、誘拐している亜氣羽が朗らかな笑みを浮かべた。
「ミナトくん! これから一緒にボクの家に行こう!!」
「…………家?」
「ボクの家族を紹介して上げる! あ、もちろん付き合ってとかそういうんじゃないんだけど……そういうのはまた後でというか……」
亜氣羽がもじもじと言葉が尻すぼみになる。
そもそもとして、湊への好意は隠すはずではなかったのか。
そして今の亜氣羽の発言も、本人が言う恋愛小説宜しく意味不明で支離滅裂だと気付いていないのか。
(…………………迷ってたはずなのに…迷いが消えてる。……………俺としたことが………完全に見落としてた…)
………次の瞬間、湊が、自身を鷲掴みにしていた巨大な獣の手中から、消えた。
「ッッッッッッッ!?」
そして次の瞬間、亜氣羽が驚愕の表情を浮かべた。
それは湊が拘束から抜け出したからではない。
……亜氣羽の後ろ首に、湊の手刀が迫っていたからだ。
亜氣羽はそれを間一髪屈んで躱し、瞬時に大きく距離を取った。
「……ミナトくん……?」
目を見開き、たった今自身に危険を感じさせた湊を強く見詰める亜氣羽。
湊の実力はF級そこそこで、亜氣羽の拘束を解けるはずがなかった。
そのはずだった。
………しかし、湊は歩空法で中空に佇み、並々ならない気を漲らせながら静かに言葉を紡いだ。
「正直、このまま『慟魔の大森林』に連れていかれるっていう展開も有りだったよ。今亜氣羽さんがあっさり口に出した『ババ様』も話が通じそうだし、被害者を装って交渉に持ち込むのもありだと思った。…………でも、そういうわけにもいかなくなっちゃった」
「………?」
頭上に疑問符を浮かべる亜氣羽に、湊は告げた。
「亜氣羽さん。『源貴片』に心呑まれてるでしょ?」
■ ■ ■
「綺羅星さん…」
乙吹に呼ばれ、綺羅星は重く頷いた。
「……いくら無闇に探して追い付けられる相手じゃない。……やはりここは素直に『士協会』に連絡するべき。……そう思うのだけれど、貴女はどう思うの? 速水愛衣さん」
工場跡地に取り残された綺羅星が自分の考えを述べつつ、速水愛衣に意見を伺った。
愛衣は頬をぽりぽり掻きながら。
「武者小路学園長に応援要請出すので協会への連絡は避けたいですね。極力『士協会』には介入されたくないです」
「あら、そんな悠長なこと言ってていいのかしら? ……湊くんの命が危ういのよ?」
「ええ。もちろん承知しています。ただ、私達に色々と考えがありましてね。……湊が上手くやってくれると信じたいんです」
愛衣の冷静な判断に綺羅星は肯定も否定もしなかった。
「普通なら、子供が危険に晒されたら然るべき所に通報するところだけど、どうやら貴方達は普通とは少し違うみたいだからね。……下手に口出しはしないでおくわ」
「ありがとうございます」
愛衣は御礼を述べながら、考えた。
(……湊なら窮地にならないよう立ち回ってくれると思うけど、念のため『北斗』にも連絡を入れておこうかな)
■ ■ ■
「ボクが『源貴片』に呑まれてる? 何言ってるの?」
亜氣羽がトレンチコートのポケットから、鬼獣の心臓の一部が結晶化したという水晶の『源貴片』を取り出す。
淡く発光している赤と緑の水晶を。
「ボクがババ様からこれを貰って何年になると思ってるの? 子供の頃に散々扱いを覚えたんだよ? 今更これに振り回されるなんてありえないって!」
確かに、先程の分身のように理性を失ってはいない。
しかし、一貫性に欠けた言動や、亜氣羽から僅かに感じる気の反応から、確実に『源貴片』の洸血気が亜氣羽の心を蝕み始めてると湊は確信していた。
(俺が言うのもあれだけど、初めての恋で精神が緩んじゃったんだろうね。さっき洸血気に呑まれた別己法の気を回収してたから、それも原因の一つかな。……『源貴片』や『宝具』は『妖具』と表裏一体。扱う者によっては毒にも薬にもなる)
湊は全収納器から二本の音叉を取り出しながら。
(……さすがに、この亜氣羽さんを放っておくわけにはいかないよなぁ)
臨戦態勢となる湊を前に、亜氣羽が意気揚々と叫ぶ。
「それよりさっ! その気量どうなってるの!? 数秒前までと別人じゃん!」
『聖』のクロッカスとしての実力を解放した湊の凄まじさを肌で感じた亜氣羽の目はギラギラと嬉しさと驚きを露わにしている。
「待って待って!! うそ!? まさか実力隠してた系!? え!? ミナトくんあれだけ頭良いのに普通に強いの!? ボクの好みど真ん中過ぎるんだけど!!」
ニヤリ、と純粋な狂気に満ちた笑みを亜氣羽は浮かべた。
「絶対、ボクと一緒に来てもらうよッッッ!!」
(いやはや、面倒なことになったね…)
人知れず、湊と亜氣羽の化け物対決が幕を開けた。
いかがだったでしょうか?
次話から湊対亜氣羽の勝負です。
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