第15話・・・諦め_盤外戦_角・・・
なんとか早めに書き上げました…っ!
「え! すごいじゃん! 紫音! 大健闘ってやつじゃん!」
ぽりぽりポップコーンを食べながら、ソファーの中央に座る亜氣羽はモニターを見て興奮していた。
紫音と尭岩の対決は激烈な一撃勝負の末に引き分けとなった。
「アイスピックっていうんだっけ? 自分の体にザクザク刺すとかやるぅ!」
テンションが上がった亜氣羽の左隣で、湊が「ほー」と感心している。
「あれって四月朔日家の自己強化法『翔る剛の雷針強』だよね。本来使用するアイスピックは一本なのに、三本とは中々思い切ったね」
亜氣羽の右隣でジュースを飲む愛衣が苦笑する。
「私も少しびっくりしてるわ。一応三本刺す場所は教え込んだけど、練習では二本までが限界で、三本目を刺したら気絶してたからね」
「それじゃあ土壇場で限界を超えたんだ。増々やるじゃん、四月朔日さん」
紫音がしっかり成長の道を歩んでいることに湊は一安心する。
「ねえ」
すると、二人に挟まれた亜氣羽が視線だけ湊に寄越して。
「二人ってもうこの『宝争戦』の勝敗自体は諦めてるの?」
視線をもらった湊は、澄んだ笑みを浮かべた。
「うん。どう考えても亜氣羽さんに勝てるわけないからね。……今画面に映ってる三人の成長の場になればなーって思ったんだ」
「真面目にやらなくて怒ってる?」
愛衣が前屈みになり、亜氣羽の顔を覗き込むようにして聞く。
「別に。正直思い付きで提案したけど、なんかやる気失せてたから、こんな面白い観賞会開いてくれてむしろ感謝してるよっ」
亜氣羽が愛衣にも晴れやかな笑みを浮かべて答える。
ちなみに、遠く離れた位置にいる本物は湊と近しい間柄の愛衣に良い印象を持っていないので唇を尖らせていたが、それを湊も愛衣も知る由もない。
それから、湊は亜氣羽に今回の趣旨を軽く説明した。
「ふーん。紫音や勇士の成長の為に『宝争戦』に乗ったんだ」
亜氣羽が口端に人差し指を当てて頷きながら理解を示す。
「弱いって大変だね。ボクにはわからないかも」
今の亜氣羽の心は浅い表層しか読めない湊と愛衣だが、それでもその言葉には、嫌味も自慢もないようと確信できた。
亜氣羽からすれば、勇士や紫音の努力は1を2にする程度のものにしか感じていないのだろう。
そうだとしても亜氣羽の実力は圧倒的なので、異論の余地もない。
「亜氣羽さん結構強いけど、何か秘訣でもあるの?」
湊が自然な流れで聞くが、探りのつもりはない。
適当にはぐらかされて終わりだと思うが、今後の布石になればとダメ元で聞いたのだ。
「気になる?」
だから、この亜氣羽の反応には少し驚いた。
相変わらず心は読めないが、ヒントぐらいは頂けそうな雰囲気をなんとなく感じたからだ。
「あいや、そうだ。これ言っちゃいけないんだ」
しかし亜氣羽は思い出したようにぱしっと口に手を当てて自制した。
湊と愛衣は内心薄目で((調子狂うなぁ))と溜息を吐く。
亜氣羽はぴんと人差し指を立てて。
「まああれだね。〝鬼〟退治のおかげ、とだけ言っておこうかな」
適当にはぐらかしたつもりであろう亜氣羽の言葉に、湊と愛衣は喉元まで出掛けた溜息を噛み殺した。
(一応、俺達は『指定破狂区域』とか『慟魔の森林山』とかその辺のことは知らない体だから、鬼なんて言われたら鬼獣が関係するってバレるのに…)
(ヒントのつもりがほぼ答え言ってるのよ? ……この様子だと、私達が本当に知りたいどういう訓練を積んだかとか、〝ババ様〟のこととかもぽろっと言ってくれるんじゃないの?)
今までにない手合に、湊と愛衣は妙に苦戦していた。
その頃、フィールドである工場跡地に近付く、とある人影があった。
■ ■ ■
(……さあ紫音様。ここで一体何をされてるんですかねぇッ)
灰色の髪をアシンメトリーにした男子、来木田岳徒は『宝争戦』が繰り広げられる工場跡地周辺まで忍び寄っていた。
ここ最近、紫音や勇士達の様子がおかしいことに気付いた来木田は、密かに勇士と湊のことを監視していたのだ。
勇士達の雰囲気から、近々何かの決戦があると判断した来木田は学園の敷地の外、獅童学園の周りに建つ一般住宅やマンションに安価の監視カメラを設置し、定期的に見張っていたら、案の定、隠し通路らしき所から戦闘服で外出していく五人の姿を見付けたのである。
ほくそ笑みながら、来木田は門限など気にせず学園を抜け出した。追い掛けるのは一苦労だったが、他にも街中にあらかじめ設置していた監視カメラから向かう先の予測を立て、工場跡地に辿り着いたのだ。
(武者小路家は『終色』を打倒するに当たり、必ず近い内に大きなアクションを起こす。……九頭竜川本家の考えでは、現頭首である武者小路仁貴より、武者小路源得の方に注目すべきとのこと。……そして、最近妙な言動が多い紫音様含める紅井勇士のグループが、人目を憚って学園を抜け出した。関係ないはずがない)
来木田の読みは深く、知能が高いことを如実に語っている。
……しかし、今回に関すると、その読みは外れていた。
勇士達が相手している亜氣羽や『鍾玉』は武者小路家とは何の関係もない。勇士達が戦っているのも、湊と愛衣が成長の為に促したものだ。
だがそれでも、高い知能を自負する来木田は何かあると睨み、
(状況次第じゃ、遠慮なく乱入してやる)
この来木田の思考は、勇士や湊に取って、非常に厄介なものだった。
「こんなところで何をしているのかしら? 来木田くん」
「止まれ。ここから先へは行かせねぇ」
そんな来木田の前と後ろに、見知った顔が現れた。
その二人を見て、来木田が眉尻を上げた。
「淡里深恋……青狩総駕…ッ」
獅童学園で一番の優等生の淡里深恋。
そして、厳つい印象で以前は他の生徒から距離を少し置かれていたが、学園試験で湊と組んだことで印象が緩和した青狩総駕。
前に深恋、後ろに総駕。
一筋縄ではいかなそうな二人の登場に不満を抱えるも、歯を見せてニヤリと来木田が笑う。
「いやー、街で遊んでたら何やら不穏な気の波動を感じてさ。え、ここで何か起きてるのかい?」
表情に反してとぼけた反応をしながら探りを入れてくる来木田に、深恋が薄く微笑みながら言い返した。
「外出届は出してるの?」
「……ッ」
来木田の表情が少し固まる。
(淡里深恋……チッ、厄介だ)
「オーケー。変に取り繕うのはやめて、腹を割って話そうじゃないか」
「話すことなんて何もねぇ。とっとと帰れ」
「青狩くんー、もう少し舌戦に積極的になったらどうだい?」
取り付く島もない総駕に、来木田は顔だけ振り向き、煽るように言い放つ。
「は? ストーカーの分際で何をイキってるんだ?」
「…ッ」
しかし総駕の反論に、来木田の頬が引き攣った。
青狩が更に畳みかける。
「監視カメラ使ってコソコソ人の尻追っかけてよ。……お前と喋ることなんか何もない。帰れ」
安直な挑発だと来木田にもわかっている。
……だがそれでも、自分より下等な青狩にここまで侮辱されて言い返さないのはプライドが許さない。
暴力ではなく弁舌で、説き伏せてやる。そう思い、口を開いた。
「ストップ!」
しかし、そこに深恋の制止がかかった。
思わず口を閉じた来木田と青狩に、深恋は多少語気を強めて語った。
「悪いけど、ヒートアップする前に止めさせてもらうわ。……来木田くん。私達は愛衣と漣くんに頼まれてこの工場跡地周辺を見張ってたの。貴方のような乱入者の介入を防ぐ為に。
……これ以上言うことはないわ。青狩くんの言う通り、外出届も出さずに門限破ってここにいるのでしょう? 私達はしっかり許可を取ってここにいる。…もう貴方と話すことは何もないわ。早く帰った方がペナルティは少なくて済むわよ」
深恋が真っすぐ語る正論に、来木田は怒りを増しながら、頭はクールにして状況を分析した。
(……街外れのこんな工場跡地に近寄る人間なんて滅多にいない。例えA級同士の気のぶつかり合いがあっても、一番近くの公道にも届かない。……となれば、まず間違いなく淡里達はこの俺の介入を防ぐ為だけに配置された、漣と速水の仕込み…ッ!)
来木田の考えは当たっていた。
湊と愛衣は紫音に執着している来木田が何らかの方法で介入してくると予想し、以前の試験で親交を深めた深恋と総駕に来木田を引き留めるよう頼んだのだ。
しかし、それがわかったとしてもどうしようもない。
(……くそッ、仮にどっちか一人だったら力づくで突破したが……淡里も青狩も実力はC級…ッ。俺と拮抗した実力者二人は、さすがに分が悪い…ッ。……せめて相手が猪本であれば仮に勝負して負けても後で批難のネタにもなったのに…ッ!)
いざとなれば暴力も辞さない来木田の思考回路を、湊と愛衣はしっかり読み、二人配置したのだ。
そして猪本などの武者小路家の大人の関係者を配置しなかったのは、仮に争いとなって来木田が負傷すれば教師が生徒を害したという武者小路家に取って都合の悪い事実を握れたのだ。
抗議なり後々の交渉カードの一つとして使えたかもしれない。
しかし、深恋と総駕が相手ではそれが成り立たない。
……湊と愛衣に、抜かりはない。
(既に始まっていた盤外戦に負けてたとでもいうのか…ッッ!?)
ギリッ、と歯軋りした来木田は二人を睨み付けた。
「ハッ、なんだお前ら、漣達にいいようにこき使われてるのか? ………どうせ工場跡地で何が起きてるか詳しく教えてもらってないんじゃないか?」
「それは貴方が知る必要ないわね。勢い任せに乗り切ろうとしても無駄よ」
深恋が来木田の捲し立てに呑まれず、落ち着き払って言い返す。
「道具のままで満足なのか!?」
しかし来木田は尚も叫び続けた。
「淡里! お前なら薄々気付いてるんじゃないか!? 武者小路家が水面下で怪しい動きをしていることに! そしてそこに紅井勇士のグループが関わっていることにッ! 俺達はだんだん差を付けられてるんだ! 多少目立ってるが同級生だぞ!? 獅童学園に入ったってことはお前らも多少なりとも野心を持ってここに来たんだろ!? それなのに俺達このまま蚊帳の外でいいのかよ!?」
来木田が相手の本能を揺さぶりに掛かる。
腹の内はともかく、来木田の訴えは一理あった。
動揺する人間も中にはいただろう。
……しかし。
「なーにが〝俺達〟だ。お前も俺達なんて蚊帳の外の癖に」
「来木田くん。何度も言うけど、無駄よ。大人しく帰ってちょうだい」
総駕と深恋は全く揺れなかった。
「……ッ!」
来木田が唇を噛む。
深恋の言う通り、何を言っても無駄だと悟ったのだ。
(……クソッ!)
来木田はそれ以上何も言わず、振り向いてその場を立ち去る。
「ちょっと待って」
だが深恋がその背中に声を掛けた。
……少しだけ、期待した来木田に、深恋が一つのブレスレットを取り出す。
「この発信機を付けさせてもらうわよ。帰ったと見せかけて別の場所に回り込まれたら厄介だから。獅童学園に鍵はあるから安心して」
「チッ!」
丁寧で親しみやすさすら感じる深恋の説明を聞き、来木田は舌打ちしながらそのブレスレットを取り付けられ、不機嫌な足取りで去っていった。
来木田が遠ざかったのを確認して、深恋は苦笑した。
「あははっ、さすが『御十家』に属する人間と言うべきかな。すごい迫力だったね」
総駕が「ふん」と鼻を鳴らす。
「いつも澄ました顔だが、あれがあいつの本性ってこったな」
「来木田くん、頭は切れるみたいだけど、愛衣達の狙いには気付いた様子はないわね」
「そりゃそうだろ。…あの話を聞いた俺達ですら、まだ信じられないんだから」
総駕の言葉を受けながら、深恋は様々な意味を含めて苦笑した。
(……全く、愛衣と一緒にとんでもないこと考えちゃうんだから。……また嫉妬しちゃうわよ、私やコスモスが)
■ ■ ■
『士協会』が定めるS~Fまでの等級は、必ずしも強さだけを現す指標とはならない。
等級ごとに、幾つかの条件を満たした者がランクアップを認められるのだが、その条件の一つに『気量』がある。
『気量』は士としての強さに比例する。
例えばサポート型のB級と、戦闘型のC級の勝負となっても、軍配はB級だ。異論の余地は皆無である。
もちろん、気の操作精度や頭脳プレイによる搦め手でそれをひっくり返すこともあるが、それは少数に限った話だ。
等級差による軍配は一般常識レベルで備わっている。
《………それでも、今回ばかりは相性が悪過ぎるようですね》
灰ビルの屋上。
乙吹礼香は飛来する五本の弓矢を躱しながら距離を取る。弓矢は全て風によって別々の軌道を描いており、本来なら躱すことは至難だが、周囲を飛ぶ蜂と感覚を協調することで広範囲高精度の探知を可能とする乙吹の司力、『索連蜂』で完璧に軌道を把握し、難なく躱す。
……そのはずだった。
「無駄ですよ。私の『渦歪領域』による貴方の蜂の索敵対策は完璧です。広範囲ならともかく、この屋上周囲だけなら、もう蜂の索敵は半減です」
「……ッ」
琉花の言葉を認めるように、乙吹が目を細める。
『渦歪領域』。
肝は『風の渦』と『陽炎空』。
一定領域内に『風の渦』を無軌道に発生させてバランス感覚を歪ませ、更に空気の密度を操り景色を歪ませる技術をまばらに散りばめることで視覚情報も歪ませる。
この『渦風領域』によって蜂から得られる情報が限られてしまっているのだ。
(『指定破狂区域』ではこんな風とは比べ物にならない嵐のような強風や、視界がゼロになるほどのくぐもった区域なんていくらでもある。私はそんな場所でも蜂達と共に情報を得てきた。……でもそれは、広範囲を探索する際に意識を集中して蜂との感覚協調率と遠隔操作精度を上げた時の話っ)
乙吹は弓矢を純粋な体術で躱しながら心中で独り言ちる。
(こうまで集中を削がれては効力も半減してしまう…。……私は特にサポート型に偏ったB級士であり、気は蜂にも分割しているから私自身が宿す気量はB級下位より少なめ。ライフル銃も広範囲探知と相性がいいから使用していますが、こうまで距離を詰められては通常の拳銃より使えない…。
仮にもっと距離を詰めて戦う近接タイプであればもっと戦いやすかったのに、風宮瑠花は中距離を旨とする弓矢使い…ッ。この間合いでは、遠距離武器のライフル銃より小回りが利いてやり辛いですね…)
ここまで的確に乙吹の弱点を突いてくるとは。
完全に乙吹の想定外である。
(だがそれでも、このまま続ければ、勝てる勝負ではある)
乙吹は見逃していない。気の消費量は琉花の方が大きく、特殊な呼吸法でなんとか余裕を取り繕っていることを。湊ほど表情を読む眼力は鋭くないが、乙吹もその辺の手法は心得ている。
微かに琉花の方がジリ貧だ。
(……けれど、思いの外風宮瑠花の戦闘スキルが高い。効率よく気を制御していて私の見立てより大分長引くかもしれない。……そうなれば、私のミスか風宮瑠花のツキが重なり、足下を掬われる可能性もある)
乙吹は冷静に状況を分析し、最適解に至った。
「……正直、貴方のことを見くびっていました。まさかここまで戦えるとは」
乙吹は素直な賞賛を述べると、琉花は「どうも」と苦笑する。
「〝空気〟からは脱却できた?」
〝私のこと覚えてくれてたんだ。漣と交渉してた時も空気だったし、てっきり記憶にないかと思ってた〟
乙吹と対峙した時、琉花はこのようなことを言っていたが、乙吹からすれば脅威とみなしてはいなかったものの、新情報が飛び交ったあの交渉の場で動揺しつつもしっかり呑みこみ理解していた琉花の評価は実は高い。
漣湊が琉花を連れて来たのも、今後の良い経験になるからだと乙吹は睨んでいる。
「風宮さん。差し出がましいかもしれませんが、一つだけ言わせて下さい。……あまり自分を過小評価しない方がいいですよ」
「……ッ」
「この一週間で貴方達のことは一通り調べさせて頂きました。紅井勇士とは幼少の頃からの付き合い。俗に言う幼馴染らしいですね。……歳不相応に強大な力を持つ彼と共に過ごしては、自分の無力さを痛感させられることが多いかもしれませんが、貴方は十分強いです。自信を持って下さい」
それは、真っすぐな激励だった。
まさかこの状況でこのようなことを言われるとは思っていなかった琉花が、面食らっている。
「だから、」
そんな琉花に、乙吹は続けて言った。
「敬意を払って、私の〝本気〟を披露致します」
すると、数十匹の蜂達が乙吹の周囲に集結した。
乙吹の、蜂。
ずっと離れた位置や死角にいたので、こうしてはっきり直視するのは初めてで、琉花はゴクリと喉を鳴らした。
『鬼獣』の蜂。
なぜ、〝鬼〟という文字が付いているか、その蜂を見れば一目瞭然だった。
小さいが、蜂には赤黒い〝角〟が生えている。
この角こそが、『鬼獣』の証であり、名前の由来だ。
『指定破狂区域』に充満する赤黒い特殊な気が動物に作用し、脳内物質と融合して、頭の内側から生えるように剥き出てくる。
この角の本数によって、その『鬼獣』の危険度も変わってくる。
……そして、乙吹が指を動かして合図を出した瞬間、約10匹の蜂達が、…………その赤黒い角を、乙吹の首に突き刺した。
いかがだったでしょうか?
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