第13話・・・『宝争戦』_目的_尊敬・・・
夕方6時前のほんのり赤みを帯びた空。
街外れの古い工場跡地。
都市開発の名残で、錆びれた建物が立ち並び、手入れされていない草木が生えた区域。
普段は立ち入り禁止の場所だが、武者小路源得の威光を借りて管理人に話を通し、一時的な使用許可を取った。
ここが本日のステージとなる。
ちなみに、バトルイベントという呼称では味気ないので、今回の勝負の目的に即して、『宝争戦』と適当に名付けた。
そして工場跡地の入り口に、三人の男女が揃っていた。
漣湊。
綺羅星桜。
亜氣羽。
この各チームの代表者《亜氣羽は一人だが》である。
「『宝争戦』のルールを確認するわよ」
綺羅星桜が述べる。
「フィールドはこの工場跡地。
制限時間は一時間。
各陣営の参加メンバーは事前に購入したこの指輪を嵌めて争い、私と亜氣羽ちゃんは指輪を六個、漣くん達は指輪を八個、集めて制限時間が終わるまで守りきるというシンプルなルール」
そう。
今回は言わば指輪争奪戦。
制限時間内に指定の個数以上の指輪を持っていた陣営が勝利となる。
綺羅星・亜氣羽達よりも湊達の方が多いのは、元々の人数が多いからだ。
「気絶した者を過剰に痛め付けたり、人質に取ることは禁止。通信機器の持ち込みあり、水薬の持ち込みも事前の取り決め通り。いいわね?」
綺羅星の確認に、湊と亜氣羽が頷く。
ちらり、と湊は亜氣羽の表情を見やった。
(……読めない。やっぱりここでも別己法か…)
「亜氣羽ちゃん」
その時、綺羅星が亜氣羽を真っすぐに見詰めて呼んだ。
「なに?」
「ちゃんと『水晶』は持ってきたかしら?」
真剣さが染み出ている綺羅星に対し、亜氣羽が「はいはい」と軽い調子でトレンチコートの大きなポケットから手のひらサイズの丸い巾着を取り出し、その口を開いて中身を見せる。
「「……ッ!」」
その瞬間、圧倒的存在感を放つ気の塊に、綺羅星だけでなく湊も少なからず衝撃を喰らった。
湖面に緑と赤のインクを垂らして軽くかき混ぜたような紋様の、少し歪んだ形の水晶だ。
淡く発光した水晶からは体積に見合わない超濃密な気の覇気が神経に直接響くかのように伝わってくる。
完全なる〝個〟としての存在。
『源貴片』に相応しい素材だ。
(ちゃんと本物だな)
湊が目を細める。
(分身に『源貴片』を持たせるってことは、やっぱり負けるとは思ってないのかな。
……それに、この『水晶』も気になるけど……これを包んでいた巾着も、中々の逸品だね。『宝具』とまではいかないけど、『水晶』が放つ気を漏らさないようきっちり密閉保管してる。……これを製作した人、そこいらの士器技師より凄腕だ)
「オッケー。それさえあればいいわ。事前に言ったように、勝負開始直前まで私の仲間が操る〝蜂〟を監視に付けて、その『水晶』を外に持ち出されないように見張らせてもらうわよ」
「はーい」
亜氣羽が返事をする。
気丈に振舞う綺羅星だが、ホッと胸を撫で下ろしたのが湊にはわかった。
亜氣羽が分身であろうと関係ない。本物の『源貴片』が用意されているかを密かに懸念していたのだ。
具象系でもさすがに『源貴片』を作り出すことはできないので、偽物だったら低級士でも気付ける。
この『水晶』は本物の『源貴片』だ。
「それじゃあ、各々のスタート地点に移り、6時になったら『宝争戦』開始ってことでいいわね?」
綺羅星の最終確認に、湊と亜氣羽は異論無く頷いた。
■ ■ ■
工場跡地にはおあつらえ向きに三方向に入り口があったので、綺羅星・亜氣羽・湊の陣営はこの三つの入り口に散り、6時になったらバトルロイヤル形式の争いが始まる。
『宝争戦』開始五分前。
綺羅星桜、尭岩涼度、乙吹礼香の『鍾玉』の三人は、最後の打ち合わせをしていた。
「何度も確認したように、」
乙吹が述べる。
「まず尭岩。貴方には紅井勇士以外の四人の内、三人の学生を早急に倒してもらいます。私の〝蜂〟で索敵しますので、しっかり指示に従って下さい。紅井勇士は力と気量だけはA級にも匹敵するので、何が起こるかわかりません。接触は避けて下さい。
綺羅星さんは逸早く亜氣羽さんと交戦しつつ、尭岩が合流するのを待って下さい。これも口を酸っぱくして言いますが、はっきり言ってこんなお遊びで亜氣羽さんが『源貴片』を素直に譲るか怪しいところです。
学生達三人を倒して指輪を三つ奪い、それを制限時間までキープすれば私達の勝ちですが、確実性を高める為に亜氣羽さんと戦って弱らせて逃げられなくします。別己法を解いたら分身はいなくなりますが、『源貴片』は消えません。
……私達は以前、〝突然の雷撃〟で不意を打たれましたが、おそらくその時の亜氣羽さんは本物だった。ですが、今回は分身です。十分に勝機はある」
乙吹が今回の作戦を述べ、最後に。
「そして、もし紅井勇士が割り込んできたら、申し訳ないですが綺羅星さんには『霜氷の囮』で軽く拘束をお願いします。……そうして頂ければ、」
乙吹が背負っていた身の丈以上の細長い入れ物から、武器を取り出す。
それは……ライフル銃だ。
「私が、撃ち抜きますから」
「安心しろって。しっかり頭に入ってるから」
「乙吹、貴方の〝蜂〟達が要よ。頼んだわね」
■ ■ ■
本物の亜氣羽は、工場跡地の周りにある林の中にいた。
高い木の枝に足をぶらぶらさせながら座り、緊張感のない態度で待っている。
別己法で作り出した分身の周りにはこれ見よがしに乙吹の〝蜂〟達が飛んでいるので遠くにいる。
(宝を巡って多数の人間が戦う。……ボクの好きな展開のはずだし、提案した時は楽しさもあったんだけど、なーんか乗り気になれないなぁ。
……………てゆうか、勝負とかどうでもいい。……ミナトくん………もう! ああああああぁぁぁ! あああああああああああ! こんな気持ちやだああああああ! なんで仲良くしたいのになれないの!? うううぅぅぅぅ!!)
心に振り回される亜氣羽だが、パシンっと己の両頬を叩く。
(落ち着いて! 亜氣羽! 決めたでしょ! ……今日のこの戦いの中でミナトくんに話しかける! あわよくば仲良くなる! それを目標にするって!)
そう。
亜氣羽は今日、湊とお近付きになることが狙いであった。
(どうせ分身のボクでも楽に勝っちゃうだろうし、早く終わらせないようにしないとっ)
………そして、開始時刻となった。
■ ■ ■
6時。
『宝争戦』開始だ。
(さーて、どこにいるのかなー)
巨大槌を軽々と肩に担ぎながら荒い印象の男性、尭岩涼度が加速法で工場跡地内を疾走する。
早急に学生達を倒して綺羅星に合流することが今回の綺羅星の使命だ。
(乙吹の〝蜂〟の包囲網が整うまで五分弱。それまでに見付けられれば時間の短縮にもなるが……)
と、思考を巡らせていた時。
「……ッ!?」
尭岩が走る先、砂埃の舞う道路の中央に、一人、見覚えのある少女が待ち構えるように佇んでいた。
四月朔日紫音。
一週間前、尭岩が完膚無きまでに叩き倒した『御十家』の令嬢だ。
紫音が、レイピアを腰に収め、さながら武士のような立ち姿で真っすぐ尭岩を見詰めてくる。
元々、学生を見付けたら時短の為に不意打ちで一気に片すつもりだったが、こうも堂々と待ち伏せされてしまっては尭岩も正面から行かざるを得ない。
尭岩は加速法を解き、その少女にゆっくり近付きながら、耳に装着した通信機で乙吹に連絡した。
「尭岩だ。四月朔日紫音を発見。……乙吹の見立てでは学生達は二人組か三人組で行動している可能性が高いって話だったが、雰囲気的に一人っぽい」
『……ええ。そうみたいですね』
通信機越しの乙吹の含みのある言い方に、尭岩が眉を顰める。
尭岩が何か言う前に、乙吹が答えた。
『私と綺羅星さんの前にも、現れました』
「ッ!?」
尭岩が更に深く、眉を顰めた。
◇ ◇ ◇
「あらあら、やる気満々って感じね。……そんなに私と戦いたかった?」
綺羅星が苦笑交じりに問い掛る。
「ええ。もう一度戦える日を、待ち望んでいましたよ」
綺羅星を待ち伏せていた紅井勇士は二刀を構えて、闘志を漲らせながら答えた。
◇ ◇ ◇
灰ビルの屋上。
ライフル銃で敵を撃ち抜く算段だった乙吹もまた、己の前に現れた相手を見て、肩を落としていた。
「亜氣羽さんに大半の〝蜂〟を向かわせて所為で、索敵が漏れしまいましたか。……それにしても、意外です。まさか貴方が私を倒しに来るとは」
「私のこと覚えてくれてたんだ。漣と交渉してた時も空気だったし、てっきり記憶にないかと思ってた」
乙吹の相手として現れた風宮瑠花は、サイドポニーテールを風で靡かせながら、自嘲気味に笑った。
■ ■ ■
工場跡地にある古い倉庫の二階。
湊と愛衣はそこにいた。
「モニター良し、リモコン良し、ソファー良し、お菓子良し」
愛衣が元気よく何やら確認している。
「湊! どう? 琉花達は捉えてる?」
「ばっちり。もうモニター付けていいぞ」
大きいリモコンを操作していた湊がOKサインを出す。
二人がいる倉庫二階の空間には全収納器に入れて持ってきたふかふかのソファーと、三つの27インチサイズのモニターが台の上に並んでいる。
そして愛衣が画面を点けると、そこには勇士、紫音、琉花の三人が『鍾玉』の三人と対峙する姿が映っていた。
「映ってる映ってる! これから始まる感じだね!」
愛衣がポップコーンを抱えながら、ソファーにばさっと座り込む。
高い物ではないが、ふかふかで座り心地は抜群だ。
そこに湊も座り、愛衣のポップコーンをひょいっと手に取って頬張る。
そう。これは三人の勝負の観戦会である。
源得から借りた超広角レンズを搭載したカメラドローンをリモコンで操作して鑑賞しているのだ。
「どこにも亜氣羽さんが現れる気配はないな」
湊がぽりぽりポップコーンを食べながら言うと、愛衣が「だね」と頷く。
「どうかこのまま三人のところへ行かず、私達の読み通りになってくれー」
愛衣が少しふざけながら祈るのを聞きながら、湊はソファーに座りリラックスした笑みを浮かべる。
「まあ、非力な俺達にできることはもうほとんどない。あとは流れの赴くままに、だね」
(今はとりあえず、三人のバトルを楽しく観させてもらおっか)
■ ■ ■
「リベンジマッチ。って感じか? 四月朔日紫音」
尭岩涼度が巨大槌を肩に乗せたまま紫音に聞く。
「仰る通りです」
紫音は頷き、続けて言った。
「その前に、一つだけよろしいでしょうか?」
「? なんだ?」
すると、紫音はその場で深く頭を下げた。
「お、おい…!」
あまりに躊躇なく流れるように頭を下げたので、尭岩が思わず目を丸くしてしまう。
「以前の非礼、深くお詫び申し上げます。……貴方が言っていた通り、あの時の私は慢心し、相手である貴方のことを見ていませんでした。……本当に、申し訳ございません!」
潔過ぎる態度に、尭岩は「い、いや…」と少し戸惑いつつも、引き締まった表情を保って答えた。
「……別に、構わない。てゆうか、あの後乙吹にもどやされたし、確かに俺もやり過ぎたって自覚はあるからな。……俺も悪かったよ」
尭岩は「ただまあ、」と声のトーンを少し落とし、目付きを険しくて、続けて告げた。
「それはそれとして、まさかお前一人で俺を倒そうってのか?」
尭岩が気を纏う。
B級上位相当。A級には一歩届かない程度だが、紫音とは比べ物にならない。
以前紫音が辛くも退散させた『玄牙』のリルーより、明らかに強い。
油断していた紫音が勝てるはずがなかった。
それを肝に銘じた紫音が、気を纏いながら、厳かに口を開く。
「……この一週間を、貴方を倒す為だけに捧げました」
「ほう? 捧げるって具体的にどん 」
「尭岩涼度、26歳。名門・白兎扇学園を二年の秋始めに中退。在籍当時の最高序列は4位」
「ッッ!?」
突然紫音が述べた自身の個人情報に、尭岩が驚愕する。
紫音の言葉は、そこでは止まらなかった。
「白兎扇学園では一部の男子生徒から頼れる兄貴分として慕われていたが、当時の生徒会とは反りが合わず、幾度となく反発。学園側も基本的には生徒会の味方であり、徐々に貴方は学園で孤立していった。……そして、二年の夏休みに〝何か〟が起こり、翌月の九月に退学届けを出した。
それからは幾つかの正規組織の下っ端として転々と働き、三年後にはフリーの仕事人となる。そこから先の情報はほぼ無し。……〝過去の天才〟の一人と、なった。」
紫音がそこで言葉を区切る。
尭岩はというと。
「…………よく調べたな。そんな昔のこと」
特に怒った様子もなく、冷静で、むしろ感心した雰囲気を醸し出している。
「顔と名前さえあれば、裏の出でない限り、簡単に調べられますよ。……しかし、〝過去の天才〟、ですか。……見当違いな評価ですね」
紫音の素直な見解に、尭岩は「いーや」と首を横に振った。
「俺は間違いなく〝過去の天才〟だぜ」
尭岩はそう言いながら、左腕の袖を捲り、その腕を見せた。
「…!」
紫音が目を見開く。
そこには夥しい傷跡と、縫い目が刻まれていた。
嫌でも共感し、心が痛くなる。
「今お前が言った二年の夏休みの〝何か〟で負った傷だ。今でもワイヤーやらピンやら針金やらを入れてる。俺は元々左利きで、当時は槌じゃなくて、近接格闘術を司力にしてたからな。……要の左腕がこの有様じゃ、戦力半減どころじゃない。………あっという間に落ちていくってわかったからな。だから俺は学園を辞めたんだ」
そこまで言った尭岩が、「おっと」と言葉を切る。
「いけねえいけねえ。……こんな無駄話してる場合じゃなかったわ。とっととガキ達倒さなきゃいけなかったんだ」
尭岩の目付きが、完全な戦闘モードに切り替わる。
これ以上は何も話すつもりないらしい。
だから紫音は余計なことは言わず、しみじみと思った。
(そうですね。貴方はもう天才ではない。………そのようなどん底から這い上がった、尊敬すべき努力家です)
敬意を払い、紫音も気を纏う。
「手合わせ、お願い致します!」
いかがだったでしょうか?
ようやく始まりました。
とりあえず初戦は紫音です。
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