第11話・・・良い関係_初焦り_クレマチス・・・
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「『慟魔の森林山』で暮らしてた…ッッ!?」
たまらず琉花が息を詰まらせる勢いで反復する。
「なるほどね」
湊もさすがに驚いているはずだが、平静に納得する。
「もしそれが本当だとすれば、世界史実に残る大発見だね。……歴史を遡れば、『指定破狂区域』に古の先住民がいたっていう話は、幾つかはある。でもそれは危険度が比較的低いエリアの場合だ。……『参禍惨域』レベルの、S級士をも殺し得る鬼獣が住まうエリアでの記録は当然ない」
正に前代未聞。
世界的な一つの分岐点を迎えていると言っても過言ではない。
「……漣さんは今の話を聞いて、私達の推測が当たっていると思いますか?」
乙吹が湊に意見を仰いだ。年下であろうと高い知性を持つと認めているのだ。
「現状だと可能性は高い、としか言えないね。……ただ、もしそれが本当だとすれば、亜氣羽さん一人ではないみたいだね」
乙吹や綺羅星が気絶していると思った亜氣羽が〝ババ様〟と呟いたことからも、彼女の上の存在がいると考えるべきだ。
さらに湊は乙吹に聞いた。
「……今回の突発的バトルイベントが終わった後も、『鍾玉』は亜氣羽さんのことは追い掛けるつもりなんだね?」
「はい」
乙吹が力強く頷く。
「今回の勝負も、水晶の『源貴片』が目当てではありますが、本心を言えば彼女と深い接点を持って今後の交渉に繋げるか、『慟魔の森林山』の住人である証拠を取得する機会を増やすことも視野に入れています」
湊が「なるほど」と相槌を打つと、綺羅星が「貴方はどうなの?」と聞いてくる。
「この情報を知って、貴方はどう動くの?」
綺羅星と、乙吹と、ついでに琉花の視線が湊に集中する。
重大が過ぎる情報を得た湊の思考が気になるようだ。
「俺個人としては大きく動くつもりはありませんよ。というか、俺はあくまで中学生なんで、できることが何もないと言った方が正しいですね」
湊は変哲のない平凡な返答をしつつ、
(……『聖』の第五策動隊を動かしたい気持ちはありありだけど、もし後々『聖』の暗躍が捕捉された場合、時期やタイミングから芋づる式で俺の正体に届く可能性がある。『聖』の動向が掴まれる可能性は限りなく低いんだけど、油断はできない。……取り敢えず、実際に亜氣羽さんを直接見て〝読み〟たいよなぁ)
などと一瞬で考えながらも一旦その思考は置いておいて、目の前の会話に意識を戻した。
「そもそもさ、」
湊が乙吹と綺羅星を見詰める。
「情報交換の約束とはいえ、どうしてそこまで素直に大きな情報を教えてくれたの? 誤魔化せる部分がたくさんあったのに。……俺や風宮の口から他人に渡る可能性も全然あるんだよ?」
そう。細かいが、気になる点ではある。
今もわざわざ『指定破狂区域』と言うだけで、『慟魔の森林山』とまで言う必要はなかった。
無論、湊なら看破できたが、そこを追求するつもりもなかった。
湊が聞くと、隣の琉花も同調する。
「そう! 私もそれ気になってた! トレジャーハンターなんて特に情報を独占する傾向があるじゃない! どうしてここまで教えてくれたのよ!」
乙吹は指を二本立てて答えた。
「理由は二つあります。……一つは、どれだけ重大な情報があろうと、明確な証拠がない限り組織は動かないどころか信じようともしない。何より『指定破狂区域』を専門に扱うのは『御十家』の一角『阿座見野家』か、『陽天十二神座・第十二席』の武装探検集団『森狼』、そして『聖』の第五策動隊ぐらいです。
お友達の四月朔日家や、獅童学園の武者小路学園長に知られても専門外故に何もできず、阿座見野家などに情報を売るにしても、やはり物証がないので動くこともない。そもそもとして、この情報を簡単に売り渡すとも思えないんです」
要するに、現場を知らない人間からすれば価値のない情報でしかないということだ。
乙吹の考えは正しい。百点満点である。
(……なんか、申し訳ない気持ちになるな…)
漣湊(『聖』所属)は微かな罪悪感に心中で苦笑していた。
湊が「なるほど」と流そうとすると、隣の琉花が小首を傾げていた。
「阿座見野家と『森狼』はわかるけど、『聖』の第五策動隊も……?」
乙吹が「はい」と縦に首を振る。
「『聖』は『指定破狂区域』についての成果をほとんど上げていませんが、それは報告をしていないだけだと私は見ています。むしろ、動きが見える阿座見野家や『森狼』よりも、水面下で蠢動する『聖』の方が厄介だと考えています。どこから『聖』に漏れるかもわからない。警戒しようにもできない。厄介極まりない」
それを聞いて。
(………いやー、ほんとにごめんなさーい)
漣湊(『聖』の隊長)は罪悪感を募らせていった。
そんな湊の心境など知らず、琉花が目を細めながら、乙吹に問うた。
「…さっきから思ってたけど、やけに詳しいのね。『士協会』について」
先程、『指定破狂区域』の監視員のトラブルについても言及していたが、それは完全に内部情報である。簡単に知れることではない。
琉花の疑問に対し、乙吹は端的に答えた。
「私も協会員だった、それだけですよ」
あまり思い出したくない過去に触れたかのように、乙吹の表情には疲労と暗雲が見え隠れしていた。
「っ、…そ、そう…」
琉花も乙吹の琴線に手をかけていることに気付いたのか、それ以上は何も言わなかった。
(やっぱりそうだよな)
そして湊は既に乙吹が元『士協会』の協会員であることを見抜いていたので、驚きはしなかった。
(……それにしても、『士協会』でも『聖』の第五策動隊は実質活動ゼロって認識が浸透しているのに、この乙吹礼香は第五隊が裏で動いてることを確信してる。……中々鋭いじゃん)
感心しつつ、湊は軽く乙吹を分析した。
(『士協会』は数多の組織と、その組織を統括管理する国家公務員で構成されている。……でも実際は多大な力を有する複数の組織の間を取り持つ中間管理職。部署によってはかなりストレスの溜まる労働環境だし、〝国の闇〟にも少なからず触れたに違いない。………そこで色々思うところがあったみたいだね、この人も)
乙吹礼香という女性の凛々しく冷静な表情の裏に押し留められた強い想いを感じつつ、湊が話を進めた。
「それで、もう一つの理由は?」
情報を独占せず湊達に明かすもう一つの理由。
湊が促すと、乙吹は湊を真っすぐ見据えて答えた。
「漣湊さん、貴方と今後も良い関係を築く為です」
それを聞いてまず琉花が「えッ!?」と驚いた。
湊は「へー?」と予想できていたらしく、薄く笑みを浮かべている。
「コネクション作りですよ。……漣さんは士としての実力はまだ年相応ですが、知性面はそこらの大人以上です。将来上位の役職に就くことは火を見るよりも明らか。………今の内に粉をかけておこうというわけです」
清々しい程あっさり考えを述べる乙吹に、琉花は目を丸くし、湊は「ふーん」と相槌を打っている。
湊相手には変に誤魔化すより、素直に打ち明けた方がいいって思ったのだろう。
正解である。
「別に何か契約を交わそうというわけではありません。互いに情報や意見を聞きたい時に連絡をし合う。持ちつ持たれつでありたいだけです」
「……まあ、取り敢えずさっき交換した連絡先を消さない、ってことでいい?」
湊が聞くと、乙吹が口角を微かに上げた。
「ええ。それで十分です」
湊と乙吹が打算的な計算高い目で交差する。
……そんな光景を目の当たりにして、琉花は思った。
(………漣と一緒にいるとつくづく、自分の無力さを思い知らされるわね…)
■ ■ ■
乙吹礼香・綺羅星桜との交渉は無事に終わった。
あの後もお互い気になったところを質問し合い、軽く意見を交わして解散となった。
「……どうだったの? 話してみて」
琉花が先程の交渉の感想を湊にざっくりと聞く。
湊は「んー」と後ろ手を組みながら。
「『鍾玉』、普通に良い組織だよね。リーダーとして一本芯の通った綺羅星さん、冷静沈着な参謀の乙吹さん、そして四月朔日さんと戦ったっていう、静かな憤怒を宿した尭岩さん。……良いバランスだ」
「……何が言いたいのよ」
琉花が訝し気に目を細めながら、
「バラバラな俺達とは逆だなって」
「ッッ!」
勇士は湊に対する劣等心を募らせて空回りし、紫音は家の事情に振り回されて焦っている。
琉花も気付かないはずがない。
「………漣は、今回の対決で勇士達の成長を促すって言ってたよね? つまり今回の一件が終われば、勇士達も今みたいにはならないってこと…?」
「そうだねー。……まあ、そういうのは誰かに答えを求めるんじゃなく、自分の目で確かめたら?」
少し突き放した湊の言い方に、琉花は自分の心の甘えを痛感した。
■ ■ ■
そんな湊と琉花の背中を、密かに見詰める人影があった。
キャスケット帽を被った少女、亜氣羽だ。
この亜氣羽は本物である。
一キロ以上距離が離れているとはいえ、湊すら気付けない絶気法で完璧に気配を消して、常人離れした視力でジッと湊に熱い視線を送っていた。
先程購入したクレープを持っている。
(……やっと話終わったかな? 待ちくたびれてクレープ買っちゃった)
亜氣羽は残り少なかったクレープを一息に食べ、(よし!)と己に喝を入れて一歩踏み出した。
(ボクも話し掛けちゃおう!)
亜氣羽の瞳は、燦々としつつも邪な色を帯びている。
※ ※ ※
……昨日から、亜氣羽の頭の中は湊のことでいっぱいだ。
亜氣羽と綺羅星がかっこよく舌戦を繰り広げているところに割って入り、あっという間に場を支配してしまった瞬間、脳に熱が走って湊の言葉、仕草、表情が記憶に焼き付き、いつでもどこでも思い返してしまうようになってしまったのだ。
最初、亜氣羽はその全身の体温が上がり、胸の鼓動がうるさいくらいに高鳴ることに動揺したが、たくさんの本を読んだ亜氣羽はこの感情が何なのか、すぐに思い当たった。
………恋。
悟った瞬間、亜氣羽は赤面する顔を隠して地面をごろごろ転げ回った。
夢見た恋の感情。
いつも恋愛ものの本を読む度に胸がほっこりすると同時に、知り合いに男の子すらいない自分との差に虚無感を覚えていた。
自分にも王子様が現れる日は来るのだろうか。
外の世界に出ても何も無く、結局自分で見付けなければいけないと思ったが、それも上手く行かず、物語みたいに自分はヒロインにはなれないと失望していた時に、
亜氣羽の心をぎゅっと鷲掴みにされてしまった。
もう、湊のことしか考えられない。
はっきり言って、バトルイベントとかもどうでもよくなっていた。
※ ※ ※
(ボクもカッコよくミナトくんと暗躍しちゃおうかなっ)
と、るんるん気分で歩いて行って………ぴたっと、亜氣羽が立ち止まった。
瞬きをしながら、視線を空に向けて小首を傾げながら、亜氣羽は思った。
(………あれ、……でも……なに話せばいいんだろ?)
亜氣羽の顔色が、だんだん悪くなっていく。
ん? え? と亜氣羽は頭をこねくり回しながら、想像してみた。
湊に声を掛けたとする。
湊が振り向いて、「なに?」と聞く。
……そこで亜氣羽はなんと言えばいい?
まず暗躍っぽいことをしてみたいと思うが……具体的に何を言えばいいのかさっぱり思い浮かばない。
本で主人公が暗躍するスパイものなども散々読んできたのに、いざ実戦となると何をすればいいのかわからない。
もしこのまま声を掛けても、何も言えないか、勢い余って変なことを言う、変な女になる。
……好きな人に変な女と思われる…?
…………絶対に、嫌だ。
(あ、あ、……えぁ、…………な…ぐぅぅぅぅっっ、……な、なに!? なん…ッ!)
亜氣羽は胸にぐっと手を押し当てながら、その場で蹲った。
(………ババ様…ッ! こんなの教えてもらってない……ッ!)
■ ■ ■
その日の夜。
『聖』アジト。
総隊長である西園寺瑠璃の部屋に、一人の隊員が入室した
いつものようにスカーレットとチェリーを両脇に置いた瑠璃が、柔和な笑みで迎える。
「待ってたわ。……貴方がちょうどアジトにいる時で良かった。クロッカスからの報告は聞いてるわね? 是非貴方の意見を聞かせてほしいの」
瑠璃は一拍置いて、その者の名を告げた。
「第五策動隊隊長『クレマチス』」
二十代中頃の前髪で目が隠れた若干猫背の男性が、こくっと頷いた。
「………ほんと、クロッカスは良い仕事をしますね……。まさか『慟魔』とは。……怖いくらいです」
途切れ途切れで虚ろ気味に話すその男性は、『聖』第五策動隊隊長・コードネーム「クレマチス」。
『指定破狂区域』の調査を専門とする、緑の仮面の隊の、長である。
いかがだったでしょうか?
亜氣羽の初めての感情に振り回されるところが表現できていたら幸いです。
それと、感想についてなのですが、ひとまず今話の感想からまた返していこうと思います。
古い感想から順番に返そうと思っていたのですが、他の作業もあって後回しになってしまったり、毎回遡って当時の気持ちになって返すのが中々持続しなかったりして、ありがたいことにどんどん感想が増えていくので、まず新しい感想を返すことから再開したいなと思いました。
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